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創価学会の人はクリスチャンをどう思ってるの?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 01:48 ID:EtpKRwpp
夫の家族が創価学会で私はクリスチャンです。
創価学会の方はクリスチャンをどのように
見ている(思っている)のでしょうか?


2 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 01:49 ID:???
夫の家族に聞けば?

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 01:53 ID:EtpKRwpp
ずーっとじわじわぎくしゃくして壁があるのは宗教の違いからかと思って。




4 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 01:56 ID:???
>>1
結婚させてもらってから支障ないんだったらいいんじゃない?

子供の信教をどうするかで何か言われたら鬱ですね・・・

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 02:01 ID:EtpKRwpp
では特にクリスチャンに対して敵対してるわけではないんですね?


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 02:05 ID:???
>>5
一般人がクリスチャンにもっている印象とかわらん。

敵対するも何もむこう側から攻撃もなにもないわけだし
エホバはあんまり好きじゃないね

7 :        :03/11/09 02:11 ID:WzyXikag
ここに書き込もうとしたら、
書き込みエラーの表示が出て
‘あなた騙されてますよ’とかメッセージが出ました。
どういう意味なんだろう・・・?

8 :1:03/11/09 02:15 ID:EtpKRwpp
>7おかしいですねー???
何を書き込もうとしたのですか?
私は普通のプロテスタントです。実家も。
実家同士もずっとそこはかとなくぎくしゃくしています。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 02:16 ID:???
子供に信仰させる自由って確か憲法にあるよね。
夫婦で宗教が異なる場合、子供はどうするんだろう?


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 02:20 ID:???
>>7
心配するな。みんな出てる。

11 :1:03/11/09 02:23 ID:EtpKRwpp
夫は創価学会ではありません。夫の家族の中ではただ一人。
どちらかというと創価学会をきらっています。
結婚式は教会でしました。
ずいぶんあとからお義母さんに「結婚式の間中 心でお題目
唱えてた。」と言われてとても寂しい気持ちでした。

12 :クリスチャン最高!!:03/11/09 02:52 ID:???
>>11
同感します。
本当に大嫌いです。多くの方からもソウカは売春婦巣窟なんていわれるのも
正論です。
金にしか執着がないから、色々な地獄を説明して差別的な身分を
つっています。
独身男性は最高急の被差別民!!!
これこそがソウカの美徳でしょう、。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 02:54 ID:???
>>11
赦しなさい。あなたは赦すことを知っている。
義母は知らない。
だから、あなたが赦しなさい。

14 :数字的に言うと。:03/11/09 02:58 ID:???

キリスト教徒は世界人口の33%。

創価学会員は世界人口の0% (正確には「0.1%」)。

てんで比較の対象にならないので、何か言ってきても優しくスルーしてあげましょう(笑)。


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 02:59 ID:???
●公明ロリコン議員、H行為をビデオ撮り●
15−17歳の少女4人を買春したとして、
児童買春・ポルノ処罰法違反の疑いで警視庁に逮捕された公明党の江戸川区議、松本弘芳容疑者(48)。
あっせん業者から紹介された少女相手に買春を繰り返していたロリコン区議は、
…略…、少女とのH行為をせっせとビデオ撮影。
少女の名前や日付をつけてきちんとテープに保存していたという。
調べによると、松本容疑者は7月4日、売春クラブから、15歳と16歳の女子高1年生2人の紹介を受け、
現金10万円で荒川区内のホテルで3Pをしていた疑い。
「容疑者は、このほかにも『複数の少女を合わせて20数回買春し、ビデオに撮影した』と供述しています」。
区議会では文教委員会に所属。
青少年健全育成などもテーマにした委員会にいながら、自ら少女たちを毒牙にかけていたのだ。
…略…。
“特技”のビデオでは、逮捕直前の8日までドイツやフランスを訪れた海外視察でビデオ撮影班を担当していたが、
周りの区議たちに“ボロ”を出すことはなかった。
http://www.zakzak.co.jp/top/3t2000111401.html


16 :クリスチャン最高!!:03/11/09 03:00 ID:???
ソーメスとクリスチャン、どっちが高級?そりゃあクリスチャンに
軍配が上がりますよ。ソーメスなんかよりはどれだけ人格、徳性
様々な面ですぐれているのは自明でしょう。ソーメスは暴力を肯定
するし、ちょっとでも嫌な男(別に何も悪事をしてもいない人)には、
別の「強い」「カッコいい男」に
頼んでソカがカイン(それも真っ当な男)をヒトラーみたいなジェノサイド
するから、
真っ当な奴等じゃない!
ソーメス=畜生なんでしょうね。ソーメスなんかは六道輪廻しかない
でしょう。こんな低境涯メスからも、統治のために暴行を受ける男子部
は、人間としては最悪の扱いでしょうね。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 05:11 ID:???
>>1
いずれ地獄に落ちる外道の徒だと思っている。
わかりきったことでいちいちスレ立てすな。

18 :17:03/11/09 05:16 ID:???
それがなんでキング牧師を讃えるのか、
なんて疑問は奴らは一切感じない。
それが洗脳された人間というものだ。

自分には理解出来なくても、
とにかく池田先生に従っていれば間違いはない、
池田先生はすべてをお見通しだ、
と本気で考えている。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 15:04 ID:???
「敬虔な」と言えばクリスチャンの枕詞みたいだが
「敬虔な創価学会員」つうのは存在するのだろうか?

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 20:12 ID:???
予定調和を信じているのが「良きクリスチャン」であり「良き創価学会員」である。

どっちもくたばったらよいのに

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 20:21 ID:???
>>19
存在しない。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 20:28 ID:???
「良きクリスチャン」や「良き創価学会員」でなく
まともなクリスチャンや創価学会員は

存在するのだろうか?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 20:35 ID:???
クリスチャンについては知らん。

「まともな創価学会員」は、存在しない訳ではない。
強引な折伏もしないし、内部批判もやる人。
ただそういう人は組織内ではかなり浮いていると思う。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 20:42 ID:???
いや、内部でも結構いるよ。
あとキリスト教に関しては前にも出ていたけど一般の認識と大して変わらない。
音楽の授業で普通にアヴェ=マリア歌ったりするしねぇ。

25 :24:03/11/09 20:43 ID:???
あ、上のは創価学園の授業でって事ね。

26 :プッシー大好き:03/11/09 20:44 ID:Eoi/U6HK
正確にはクリスチャンとはプロテスタント系及びカトリック系のキリスト教
信者を指します。
ものみの塔、モルモン教、統一教会はクリスチャンとは呼びません。
なぜなら異端だからです。
キリスト教を名乗っていますがキリスト教ではありません。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 20:52 ID:???
>26
今に 創価を名乗る異端創価が出そうで常っと
なんでこんなに似てるんだろうな、と個人的に思うよ
創価とキリスト凶ってさ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 21:30 ID:ab6mZ+MK
27>同感 極端すぎるところ 暴力を行使するところ
以上が説得力の無いところである。 本人自身が救われてない 謎?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 22:08 ID:9XCN76kU
クリスチャンに信仰おしつけられたりしつこくされたことないぞー
あたしのまわりには層化の連中にはうっとうしいやつしかいないぞー


30 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/09 22:12 ID:???
私もクリスチャンに勧誘された事はないなー。
クリスマス会に参加した時も、お菓子いっぱいくれたけど
勧誘ぽい事はみじんもされなかったな。
層化の人は、断っても断っても定期的にヘンな集会に誘ってくる。。。

31 :学会員ですが:03/11/13 17:19 ID:???
>>11
何よりまず、お互いに身内としての良い関係を築くことが大事だと思います。
必要ならばその上で折を見つつ、
お互いの信仰について「話し、聞く」ことをしていけば良いのではないでしょうか。



32 :真の学会員として:04/01/08 15:38 ID:???
>>1
僕は自分の叔母からの学会員で3代目になります。叔母の夫、つまりおじいちゃんはお寺の
息子で、叔母と結婚する時たいそう反対されたそうです。でも、じいちゃんは、ばあちゃんを
愛していたので、結婚しました。ばあちゃんは、50歳くらいになくなってしまいましたが笑顔だったそうです。
その後娘3人と息子一人が母の意志をつぎ、次女の母から自分が生まれました。
しかし母は僕に学会員であれというようなことの強制はまったくしません。
もちろん行動では示しますが。僕はそんな母を尊敬しています。
学会員だからとか、クリスチャンだからとか、無宗教だからとか、
そんな小さなことにとらわれなくてもいいと思います。ただ自分の愛した人を信じることが大切だと思います。
僕は、あったことのないおばあちゃんにも、宗教という小さな枠にとらわれず心でばあちゃんを愛してくれたじいちゃんにも
心から感謝しています。
僕にも今付き合って4年半になる彼女がいます。彼女は無宗教です。
ですが僕は彼女に学会員になれなどというつもりはありません。
「真の宗教というものはそれ自体が大切なのではありません。大切なのは人がどう生きるかです」

>>1のかたに
宗教が違っても結婚した二人の愛こそ本物だと思います。
二人も感謝されますよ・・宗教じゃなくじいちゃんとばあちゃんが僕に命をくれたのだから。
だから今僕が彼女を愛することができるのだから・・・



33 :名無しさん@お腹いっぱい:04/01/08 15:45 ID:JdY9yFAz
クリスチャンって、偽善者だと思う。俺も昔カトリックに関係したこと
あるんけど、自分たちが如何に善人であるかを競っているところが
嫌になった。綺麗事だけ言っているみたい。

34 :KURI:04/02/04 21:05 ID:FrklJMpv
>>33 それは気の毒に。

1さん、このスレに今気づきました。
私は家内(と実家)がバリ創価です。私はカト。
根本的に子育ての違いなんかで衝突します。
お互い、祈りのうちに頑張りましょう。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/04 21:07 ID:???
創価学会もうっとうしいが、
昔、小学生のとき、
通学中の校門の前で、聖書を配っていたな。
子どもに宗教の勧誘はだめでしょ。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/05 23:50 ID:???
クリスチャンセン

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/06 00:02 ID:???
クリスチャン・スレーターって俳優がいたな。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/06 00:03 ID:???
__Λ_Λ__   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 |  ( ´∀`)  | < ナンミョーホーレンゲキョー
 |\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ \______
 |  \〜〜〜〜〜〜\
 \  \          \
   \  \          \
    \ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
      \|        |
         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


39 :牙城会大学校3期生:04/02/06 00:46 ID:3JAzBSnE
欧米ではクリスチャンてありふれた名前ですよ
ちなみにうちのいとこはピーターと親戚によばれてました(純日本人でクリスチャン3代目)
ぼくに初めて聖書をみせたのも祖母です。ぼくは洗礼うけて3年目

40 :  :04/02/06 01:15 ID:AMWBI2UU
 宗教なんてどうしたってどこか独善的なもの。
自己愛を保護して、心穏やかに生きていく支えにするものだと
思っている。
それからやはり、人間を超えた‘何か’を意識して生きる事で
自分を超えた所の‘世界’を大切にする力をもらえる。
宗教がそういう働きをしている限り、人類にとって有益であると思う。
宗教は、それ以上の域を出るべきではないと思う。
あくまで観念上の存在である以上、政治だの商売だのに強い影響力を
持つべきではないと思う。
宗教は人間の弱さを守るためのもの。
現世的な力を持ったら、それは不条理で理不尽な‘おきて’にしかならない。
まして、一般の人間に理解不可能なほど複雑で難解な教えなんていうのは
全く宗教として意味が無いと思う。
上の人間が良識から外れた計画を立てたとき、下の人間を動かすのには
難解な教えの方が都合がいいのかもしれないが。


41 :反学会:04/02/06 21:57 ID:zTJznCdM
勧誘などしなくとも、自然に人を引き付け信仰するのが本当の宗教だ。


42 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/06 21:58 ID:???
独りでは勝てないから集団で囲むんだろ。畜生界は。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:08 ID:ukqicJtk
アイワナビーアーナーキー

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:09 ID:ukqicJtk
アナキーは道徳や宗教を嫌いはめつさせる

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:10 ID:???
おー、畜生界の人まだ起きてたか

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:10 ID:ukqicJtk
日本版ピストルズでてこないかな

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:11 ID:ukqicJtk
日本なら創価、天皇制、仏教あたりにかみついてほしい

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:12 ID:ukqicJtk
教育はゆとり教育批判してもダサいし

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:14 ID:ukqicJtk
おえれこそが神

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/07 04:25 ID:???
おい!人間に混ざって創価・公明版見てる下等動物め!
心あたりあるヤツは氏ね!

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/16 13:22 ID:BJFBBn8H
丸谷香織議員はキリスト教の大学を卒業してるよね

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/17 10:54 ID:socyu9k3
>>51
でも藤女子大はカトリックで学会とかあまり関係ないかと。
ちなみに中島みゆきもそこのOG。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/17 13:33 ID:AUNfeTAF
キリストって何の事?なんて信者ばっかり。創価学会

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/17 14:38 ID:ZEZANutK
>>35
それはプロテスタント系だ。
カトリックではないので関係ない。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/17 18:34 ID:5SHc1siD
↑その二つ区別できない日本人は星の数ほどいます

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/17 18:42 ID:???
>創価学会の人はクリスチャンをどう思ってるの?

昔から、苦しんで死ぬと言われているよ。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/18 12:14 ID:k8RSsyY2
層化チルドレンには、イエスに関してのネガティブイメージだけは洗脳しておりますね

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/19 00:58 ID:AqK7Lf5c
なんかエロイと思ってます。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/20 20:50 ID:Wyjpn4gl
わが社の栗栖ちゃんは巨乳です

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/24 11:34 ID:XXJqftxS
学会権力をバックにつけることに成功したら周りに敵はゼロになります。
あの池田尊師との謁見を拒んだ某ローマ教皇庁も敵ではありません。
(オプス・デイもへっちゃらです。)

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/25 01:05 ID:???
61

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 19:49 ID:???




y

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 20:04 ID:???
売れすぎて3日で出荷休止 サントリーの「伊右衛門」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040321-00002031-mai-bus_all

いいものであれば誰もが買うというもの。

キリスト教が売れないのは味が良くないか、食べ方呑み方がわからないか、
のどちらか。

創価学会が多少とも売れたのは、それなりに味が良かったか、多少まずくても
うまいと思わせてSMのMのようになれば救われると思い込ませることに成功
したから。とにかく呑み方は簡単だからこのどちらかになる。

さてこの通りだとしたら、今のキリスト教の要改良点は何だろうか。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 20:26 ID:???
>>63
日本には昔から神道の神社、仏教寺院があり、冠婚葬祭の都度、関わる機会があった。
また、古来からの倫理感についても仏教的なものが多く「悪いことをしたら罰が当たる」
という考え方は子供のしつけにも多く使われているし、死後の行き先も「極楽」「地獄」が
一般的に頭にイメージされている。そんな仏教的な考え方受け入れ易い素地の中
で、法華経に基づいた「人生を変える」というフレーズでの創価の布教作戦が戦後
の苦難・貧困にあえぐ多くの人に受け入れられたものだと思う

宗教は改良したからと言って受け入れられるものではない。嘘でもいいから
信じ込ませた方が勝ちなのは過去の幾多の例が示す通りだよ、いいかどうかは
信じた人間が決めるものだから


65 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 20:32 ID:???
池田先生は世界約30のミッション系大学から
名誉教授・名誉博士号を贈呈されているという事実。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 20:39 ID:???
>>65
折伏教典の池田さん監修版を英訳して送ってやってくれ
「偉大な先生の監修書籍」としてね

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 21:25 ID:6Of11bLu
公的人物の事務所電話番号なので、削除対象外です

浜四津 敏子 参議院議員会館306号 電話3508-8306 FAX3593-0134

「表現の自由」について、浜四津議員がどのように考えているのかを知りたい人は電話してみるといいでしょう。
また、有権者からの直接の声は、議員にとっても非常に参考になるものだと思います。

コピペお願いします

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 21:47 ID:???
>>65 ミッション系の大学もそのほとんどがお金に困っているので池田有名人漁りの
一環なんですがね。原島とはあの若いコロの池田に師弟の忠誠を誓った究極の弟子の
原島で元教学部長を任じられていたが、池田の悪徳ぶり、信心のなさぶりに嫌気が
さし暴力団的創価学会を信仰の面から完全なNGと知り脱会した顕著な人物。以下は
彼の忠実な弟子の時代の話です。

池田「俺をそろそろエライと言ってもらえるようにしてほしい。おれも
   世界の表舞台に出て注目されたいんだ。」
原島「先生、そうですか、ではこうしましょう。財務をたくさん集めて軍資金を
   貯めましょう。それを小出しにして世界の政界や学問界の有名人にばら
   撒いてやり、いっしょにいるところを写真にとって学会の広報紙誌に大々的
   に載せてやりましょう!」
池田「そうか、それはいい!!イイ!!いいぞ!!!さっそく手配しろ!!!」

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/20 21:48 ID:???
原島「さっそく手配できました。中南米の国のノリエガ将軍と東欧の国のチャウシェスク
   大統領に電話したらすぐにOKもらえました!!2人とも独裁者ですが、
   まずはこういうところから行くしかありません」
池田「なんだそんなチンケなやつらじゃだめだろう。モ舞いも少しいいとこ取れなかった
   のか!!バカヤロー」
原島「いいえ、我々などはまだまだ先進国の大統領などには会って頂くほどメジャー
   にはなっていないのでとても無理です、しかしこういう第三世界の独裁者なら
   ちょっとお金を出せばすぐになびいてきます。こういう流れを少しずつ作って
   いくことでいずれはアメリカ大統領にさえ謁見が適うようになるのです。
   いまはガマンしていくのです、先生。」
池田「そうか、、まあしかたない。そのうち必ずクリントンにもブッシュにも謁見
   してもらえるよな、そうだよな。ぶつぶつぶつぶつ・・・・・・・・・・・」
グラフ創価「池田先生の勇姿を見よ!世界の大統領とも対話の風を起こすこの力!」
   池田談「こうしてすばらしい統治もすべて力強いノリエガ閣下の指導力の賜物です」
   池田談「チャウシュスク大統領の叡智に満ちた政治手腕にはまさに目を見張るものが
       あります。ますますのお国のご発展を祈念します。」こうして独裁者からの
       勲章もらいの仕業の嵐が吹きすさぶ創価姑息戦略がずんずんと進んだのだった。

ただその後ノリエガもチャウシュスクも独裁者の時代が終ってみな処刑され、そのもらった
勲章は時に池田のストレスが溜まったときのバカヤローのとび先に使われているらすい。


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/05/19 22:06 ID:???


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 16:53 ID:cQ2j9xa8
キリスト教を嫌っているなら何故ガンジー(ヒンズー)、キング牧師(キリスト教)と
自分を並べて自慢するの? Dsaku先生は。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 17:09 ID:IgVQJNpj
>>71
ガッカイインがそういう矛盾に気づかないから。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 17:55 ID:S5ryLAgj
>>72
層化ってユダヤ教にも甘いんだよね。
だって、サイモン何とか協会(ホロコーストに疑問を
投げかけた記事を載せた『マルコポーロ』を潰した
団体)と共催で『アンネの日記』展なんかもやってるしね。
結論としては、大ちゃんは洋モノに弱いってところかな?

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 17:58 ID:TqI3cYEV
>>71

学会員は、なぜか「キング牧師」とは言いません。「キング博士」なんです。

ちなみに「キング牧師」でググってみると1万件以上ヒットするのに、
「キング博士」だと1千件にも満たないという事実(しかもほとんど学会系)。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 18:10 ID:DYVE6tP5
キリスト教のような伝統的な
宗教にどうやってしようか毎日
虎視眈々です。馬鹿池田〜〜〜

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 20:04 ID:???
そういやあ、反共主義のはずなのに、周恩来は「偉人」だって
褒め上げているもんね。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 20:21 ID:xcAICwfy
おれ創価学会員だけど、クリスチャンもそれで幸せならいいかと俺はおもってる
カソリックとかならいいんだけどエホバは他人の血を汚れていると説き、輸血を拒んで死を選ぶ
ことをいとわない
幸せになるための宗教の意味が損なわれてしまうのではないかと思う

宗教の目的は、幸福感を満たすこと、要するに自身の精神のコントロール

78 :法華経とバラモンとブッダ=釈迦の関係:04/06/26 21:03 ID:???
>自身の精神のコントロール

そうかい、そんならそいつのために別に「いわしの頭を拝む」必要はないはずだが。


栗栖ちゃんなんぞはそもそも「信じる」信仰でやってるんで、好きにしろとしかいえんが、


もまいら学会員は自発的に「精神のコントロール」がしたいだけなんだろ? なら別に


イケダビダコのいいなりで「宗教」にする理由も必然性もない。


さっさと奴隷の生活から足を洗って出なおした方がいいはずだが?













尤も、「奴隷にならないと自分の精神のコントロールはできない」と堅く信じて疑わないのなら


それまでだが?

79 :( ^^) _旦~~:04/06/26 21:21 ID:???
>>77
精神のコントロールなら薬でももらえばよろしかろう。
宗教の目的は”極楽浄土”とか”天国”にあるとばっかり思っていたが。
層化は精神のコントロールでつか。

なるほどDQNが多いわけだな。 茶でも飲んで出直して故意や。

80 :77:04/06/26 21:57 ID:???
>>79 極楽浄土があの世じゃ幸せか?
精神ていうから語弊があるなら「心」といえばいいか?

81 :( ^^) _旦~~:04/06/26 22:11 ID:???
やっぱり 心の安定には お茶でしょうな。

まぁ、77も掛け軸拝む暇あったら うみゃ〜お茶でも飲んで 力なく笑えや。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 22:13 ID:???
ソウカはいつから唯心派になったんだ(ああん

恥ずかしいソウカだな。

83 :( ^^) _旦~~:04/06/26 22:18 ID:???
層化自体が恥ずかしい。
熱いお茶飲んで”志村けん”見たいになったときくらいに オハズカシイ (* ̄Θ ̄*)

84 : :04/06/26 22:27 ID:???
クリスチャンは公明入れろとか、棲狂新聞取れとか言ってこないからね

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 23:04 ID:???
>>77
エホバはクリスチャンじゃないってば。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/26 23:58 ID:Tz2Visjs
クリトリスチャンならここですが何か?
http://www10.plala.or.jp/the-vsop1985/

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 00:06 ID:+Q78hOh0
層化が暴力振るうのが実はクリスチャン。酷いよ。層化のクズ餓鬼は、クリスチャンの
子供の衣類を便器に入れて汚染させたり、全くろくなやつがいないのが層化。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 00:06 ID:+Q78hOh0
層化女ほど酷い売春婦はない

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 00:08 ID:+Q78hOh0
層化はカス。

90 :( ^^) _旦~~:04/06/27 00:24 ID:???
層化は子供の顔にいたずら書きするのはやめて、お茶に汁。

(  ゚Д゚)⊃旦 < 茶飲めやフォルァ

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 04:23 ID:RadaneGK
クリスチャンを大変尊敬していますよ>学会員

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 08:04 ID:???
共産主義者も尊敬してますよ、ただし、会長に勲章をくれる人のみ>学会員

93 : :04/06/27 09:31 ID:???
>>6
それは末端の考えだろ。

創価学会は、
「マザー・テレサは成仏できない(創価学会員より格下)」
と断言してる。
本部職員が言ってたことだから、間違いない。

>>33
クリスチャンといっても、殆どはクズ。
ま、どの宗教も99%がクズで、オレもクズなわけだが(w

>>77
エホバは、キリスト教じゃないよ。
創価学会が、仏教じゃないようにね。
創価学会で、本気で仏教をやりたければ、
創価学会の教学関連本じゃなくて、
東洋哲学研究所(創価学会の仏教研究所で、そこそこまとも)の本を読めと。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 11:11 ID:???
>>93 マザーテレサは素晴らしい人間だ。創価はテレサ女史を尊敬している
多くの孤児を救ったし、ガンジー、キング牧師、ローザパークス同様に尊敬している
そもそも、本部職員とは信濃町の学会本部の職員を言ってる?

95 :( ^^) _旦~~:04/06/27 19:08 ID:???
層化がキリスト教を見るときは

「十字架で神様が死ぬわけ無い」
「神様は優しい笑顔であるべきなのに十字架上のキリストは苦しそうで気持ち悪い」
「キリストなんて存在も疑わしい者であり、信者は基地外」

茶でも飲むか   ( ^^) _U~~

96 :( ^^) _旦~~:04/06/27 19:16 ID:???
>>93
マザーテレサは既に福者として 聖人の一歩手前の存在ですよ。
層化の人は速攻、成仏するらすいな。

でも、せっかく成仏できても金持ちのうちに生まれ変わらないといけないんでしょ?
おいらはず〜〜〜〜っと成仏してた方がいいけど、層化は金持ちになりに生まれ変わるだみゃ〜。

旦~ ⌒(゚ё゚;≡;゚ё゚)ノ 旦~ お茶どうぞー 仏さんっ! ってもういないみゃ。。。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 20:03 ID:???
>>96
それでは、結局他宗派の家に生まれ変わるということか滑稽ですなソウカは。。。
(だって、ソウカのポスター貼っているところで金持ちそうな家みたことないからねぇ)

98 :( ^^) :04/06/27 20:08 ID:???
>>97
禿げしく和露他。(^u^)プププ

名誉会長も来世は銀のスプーン咥えて生まれたいんだとみゃ。

無理だろうな。 人には自分の物をずいぶん咥えさせたみたいだみゃ。

(´〜`)_旦~~ ウ〜ン うみゃ〜

99 :94:04/06/27 23:47 ID:???
>>95 悪いが、クリスチャン、エホバ、幸福の科学その他諸々、勧誘に来ても気持ち悪いとも
思わんし、他の会員とはオレは違って、彼らを参考にする部分もある

>>96-97 来世で成仏するのは浄土宗とか浄土真宗だろが?
来世で成仏しても幸せになれん、今世で成仏することが幸福と説いているがなにか?
もっと勉強してから言って欲しいねw

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:14 ID:???
>>99
>今世で成仏することが幸福と説いているがなにか?

何時、誰が、何処で成仏したんだ。仏なんだから恥ずかしがらなくてもいいぞ。
書き込んでみろ。(笑)

ついでに100ゲット

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:20 ID:???
>>94
Why your life has been wasted?
I think your sarvage coudn't come this time.
So you have some of wrong idea about human's soul or spirit.
We never have got own etarnal life but it was given from almighty
God.

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:21 ID:???
>>100 悪いが次元が低すぎる、もっと建設的な反論をもらえると期待したのでがっかりだ…
成仏とはなにか勉強してくれ、正直煽ってくるなんて次元が低すぎて悲しくなってくる
自分を仏なんて自分で言う者は仏とはいえないし、仏の境涯を悟ることがそもそも成仏の意味だ
そんなことも知らないで小学生の「いつ、どこで、何時何分何秒?」みたいなこと言ってるようじゃ
次元が低すぎて話しにならない
法華経を読め、妙法蓮華経の意味を説明できないようじゃオレに反論するのは無駄というものだ

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:22 ID:???
94=99はこれに答えて下さい。勉強してるんだろ。
1)法華経の何処に今生で成仏するって書いてあるのか。
2)創価の会員で誰もが納得出来得る仏と呼べる実例。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:36 ID:???
成仏したものが皆無なのに層化は偉そうな・・・層化は次元の低い連中ですな。(プッ

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:39 ID:???
>>102
キミが94=99の代わりに答えてもよいのだぞ、糞うか殿

106 :102:04/06/28 00:48 ID:???
>>101 わざわざ英語で書く意図はわからないが、現世で成仏しないだろうと考える根拠を知りたい
また、抽象的表現でよくわからないが、何の神が救いをもたらすのか?

>>103-104 創価を否定しようがどうしようが結構だが、もっと知的なことを書けないのだろうか?
正直、次元が余りに低くて議論に及ばない
法華経について語れると期待していたし、成仏の意味を多少は分かって発言しているものと期待
したが、世間の低俗な噂に振り回されるだけの連中が集っているということがわかった
残念だが、期待した自分が間違っていた

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 00:55 ID:???
>>102
君の次元でいいから>>103の回答よろしく。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/06/28 01:43 ID:udZmSDhD
洗脳されちゃってるから、矛盾を指摘されると、嗜好回路がストップして
「次元が低い」で逃げちゃうんだよね。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 01:45 ID:???
101
英語レベル低すぎ

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 02:45 ID:???
たしかに
のっけから文法的におかしい

111 :102:04/06/28 07:36 ID:???
>>107 期待してくれてありがとう、書いたところで過ちをがあったとして指摘、反論をしてくれるなら
長い文章をずらずら書くよ。
法華経、妙法蓮華経、Saddharmapundarikaとの関連を全く知らず、鳩摩羅什を知らない人間に一から
説明するのは正直、骨が折れるというか口頭じゃなければムリだ
如何に法華経が長文であるか知っていればそんな無責任な発言は出来るはずも無い
とりあえず、この言葉の意味がわかったなら回答しよう

>>110 文法は合っている、厳密に言えば最初の文は口語的で文法的に過ちだが、ネイティブも
遣う表現だ。TOEIC 930だがSVCはちゃんと出来ている、ただ表現が抽象的だし自動翻訳したか
は知らないが

112 :( ^^) _旦~~:04/06/28 08:00 ID:???
>>102
朝茶は三里戻ってでも飲めや (  ゚Д゚)⊃旦 < 茶飲めやフォルァ

仏教徒が己を仏に投影して最終的に菩薩にいたるのはここにいる殆どの住人は理解しているみゃ。
層化の勤行は確かに気迫にあふれていて熱心に見えるが、静寂や黙想に欠けているようにみえるみゃ。
それに層化で成仏した人間とは具体的に誰なんだ?

キリスト教徒では有名なマザーテレサをはじめいわゆる”菩薩”の域に達した聖なる人たちが生きている間にその聖性を発揮している。
敵を針金で結わいて頭をトンカチで殴れと教える学会のどこに菩薩があり、成仏が現世で可能であるかを問うているみゃ。

まぁ、難しければ答えなくとも良いみゃ。 無理スンナ 旦~ ⌒(゚ё゚;≡;゚ё゚)ノ 旦~ お茶どうぞー

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 15:02 ID:???
In my opinion, Man who obey Jesus Christ will be (or wants to be) similar their master Christ.
God's said to us "I assure talk to you, you are the Gods" in bible.
And who'll be considered the God's son, He'll be like a Christ and able to miracle. Showing his holiness in his real life.
There is the point. The real salvage has to be come from "almighty God".

I'm afraid your "成仏" means the man who obeyed Daisaku will be given some of POWER from "ご本尊" and the person
who gotten POWER will proud himself and seems never give thanks to his "ご本尊". Because they often said to people
"I'd come back from ill of death with my own POWER, that was given me by "お題目" and "池田先生" not "ご本尊".
This is another point they never reach "成仏" in his life because they have never leave himself or his life but they really want many of money and rich man life.


114 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 15:21 ID:RyzBudom
113>
please pass the pepper.



115 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 15:26 ID:jVzaLG6m
クリスチャンを二重人格と見ています。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 15:27 ID:???
いま創価では「この本だけは絶対読むな!!」と    
全国の組織に指令が出ているんだそうです!
だからこそみんなで読もう!

富士大石寺顕正会発行 「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」
http://kenshokai.or.jp/kangyou/index.htm

とりわけ158ページ以降
「創価学会の仏法違背」-「御遺命守護の戦い」は全学会員必読!
http://kenshokai.or.jp/kangyou2/index.htm

117 :政教不純@名無しさん。:04/06/28 15:29 ID:???
創価にとって   
クリスチャン=魔

創価以外にとって
創価=魔

それだけの事

118 :政教不純@名無しさん。(外野) ◆xvk8SAbtQc :04/06/28 15:33 ID:???
またハンドル戻すのを忘れていた。このハンドル気に入ったから、以降これに変更。
ハンドルを書き換えた理由は、このスレ山椒
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1087725250/l50

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 15:44 ID:01Bkd6BU
115>
(笑)

120 :( ^^) _旦~~:04/06/28 19:14 ID:???
>>115
癪服経典の他宗へのカウンター中に確かに記述があるみゃ。

キリスト教徒は二重人格であるとハッキリ書いてある。
文責は誰みゃ?
しかし、こんなのを鵜呑みにしている学会員は全体の99.5%にしか過ぎないみゃ。

(  ゚Д゚)⊃旦 < 茶飲めやフォルァ

121 :石原莞爾 ◆Ta183UT/Us :04/06/28 21:12 ID:???
>>120
そういえば、この間、創価学会員から映画「パッション」は悪魔の映画だ!といわれたが・・・
創価学会員って皆こんなふうにみえるかね〜?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 21:13 ID:???
>>111
キミの様に低次元でいいからさ、答えてみてね。

>来世で成仏しても幸せになれん、今世で成仏することが幸福と説いているがなにか?>>99

1)法華経の何処に今生で成仏するって書いてあるのか。>>103
2)創価の会員で誰もが納得出来得る仏と呼べる実例。


123 :( ^^) _旦~~:04/06/28 21:24 ID:???
層化ばばぁいわく、パッションは”子供に見せられない暴力映画”、”猟奇映画”という認識みゃ。
所詮世界中に認識されている救い主を「実在も疑わしい人物」とDQNを繰り返すくらいのレベルだから仕方ないみゃ。

でも、パッションは 御茶とせんべいが合わない映画みゃ。

いつの間にか 正座してみてるみゃ。

層化は茶でも飲んで 力なく笑えや。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 21:25 ID:???
>>114
Give me gum.

125 : :04/06/28 23:26 ID:???
>>94
当然、信濃町のだよ。
信濃町は、マザー・テレサは「成仏できなかった」と解釈している。

>>96
だから信濃町の解釈だってば(w

>>121
サイモン・ウィーゼンタール・センターとの関係。
シオニスト→イスラエル→ユダヤ人と連想すれば良い。
創価では、ユダヤ人批判は御法度だから。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/28 23:47 ID:AEwpa1+c
ところで「御書」の現代語訳ってないのか? 読むのすっげー面倒くさいんだけど。
「聖書」はあるのにな。それともアレか? ボロが出るからワザとそうしているのか?

127 :法華経とバラモンとブッダ=釈迦の関係:04/06/29 01:37 ID:???

   ナムダイハンニャアキョオ


 でいいのなら、


    ナムミョウホウレンゲーキョー


      でなければならない理由はないことになる。


 しかもさらに、漢字はどうでもいい当て字だということにもなるよなーーー


    どちらも音韻だけの効果だからさー


       てーことは、ベチレンはイイ面の皮ってー、ところかなー。 Pu



   所詮は 「中味のない当て字キョウ」 だったってことで


                   > ベチレンちゃん、 ネー





128 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 07:08 ID:???
>>127 阿呆にも程がある
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1040457873/l50#tag429
これを読んでみろ、いい説明がなされている
当て字なんて言い出すとはオレは正直驚いた

129 :( ^^) _旦~~:04/06/29 08:17 ID:???
シャカ自体が勘違いなのに、法華経が正しい分けないみゃ。

特に 法華経。 シャカの死後 400年を経て編纂したものがどうして最高峰の経典になるわけみゃ?
それは”ダイジェスト版”だみゃ。

それに仏教は静かに自分の中の仏と向き合うのが本筋で、題目百万回唱えるとか言ってる時点で
仏教の本質から逸脱しているみゃ。

仏教=”自分自身の中にいる神の霊と語り、それを悟る”
キリスト教=”父と子と聖霊・全能の神を賛美しともに人生を全うする。”

これがおいらなりの理解だみゃ。

且⊂(゚∀゚*)ウマー  

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 11:10 ID:TnCy6kvW
125 >創価では、ユダヤ人批判は御法度だから。
超排他カルトが何を言う!てな感じだね。でもやはり池田は(ry

>>129
age

131 :128:04/06/29 19:06 ID:???
>>129 きみ素晴らしいね。語尾を「みゃ」にするところを除けば。
岩波文庫の法華経を読んだが、法華経を非常に素晴らしいと思った。釈迦を勘違いしているとまで
断絶できるとは、もはやオレにはきみに反論する余地は無いし、感服だよ
国会議員になって法華経をルーツとする宗教法人は全て過ちであり、宗教法人格を剥奪として宗教
法人法の改訂をとなえれば?
これで法華経をルーツとする数千という宗派から、今まで宗教法人格の特例で税金の免除がされていた
分を確保できるかもね

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 20:27 ID:???
>>111
キミの様に低次元でいいからさ、答えてみてね。

>来世で成仏しても幸せになれん、今世で成仏することが幸福と説いているがなにか?>>99

1)法華経の何処に今生で成仏するって書いてあるのか。>>103
2)創価の会員で誰もが納得出来得る仏と呼べる実例。

133 :102:04/06/29 22:20 ID:???
>>132 書くのはいいけどさ、それに対して建設的な意見を貰えるなら書くよ。

1) 法華経とはまず何であるかを知っているのかどうかを逆に問いたいところであるが、法華経は
鳩摩羅什は28編に分け、これを本来法華経と漢訳で言う。前置きは抜いて、ではどこに書いてあるか?
妙法蓮華経比喩品第三に仏陀が自ら永久の生命に満ち、衆生を救いつづける久遠思想を書いている
人は誰しも仏になれる(仏の境涯を説く)という絶対的平等(一乗佛思想)を説いている。
つまり、法華経を信じるもの、実践するものは仏の境涯を予言できる、要は成仏出来るということだ

2) 仏の境涯とは絶対的な幸福感であり、これを十界論という。簡単に言えば自分の心の状態を十段階
に分けている、下から地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、菩薩界、声聞界、縁覚界、仏界
とある。下から6界が六道とされ、上4界を四聖という
人の通常の状態は人界にあたり、天界とは一時的幸福を指す、人が幸福を感じるのは天界がほぼ99%で
あり、短期的な幸福感をいう、例えるならば仕事で上司に誉められた、昇給した、商談が取れた、欲しいもの
を手に入れた、などだ。でも時間が経つにつれて幸福感は消える
仏界とは何者にも揺るがされることの無い絶対的幸福感であり、法華経を実践するものでなければ六道を
超えることは出来ない。例外的に菩薩界にいける者がある。それはボランティアをはじめとする人道的な
行いをしているものだ。
「誰だれさんは仏だね」などというものではない。
かつて戸田が不当な治安維持法違反容疑で逮捕され、獄中で「仏」の真髄を知った瞬間があった。
仏とは丸くもなく、四角くも無く、軽くも無く、重くも無く、大きくも無く、小さくも無く...と
日田漢文で「不」が続く。無形であることを示す。つまり、仏とは生命の心の状態が絶対的幸福
に満たされた状態のことを言い、これを成仏と言う

これで納得してくれないなら、聞く前に自分で勉強をしてもらいたい
これはオレの勝手な憶測や思い込みで書いていることではないからだ

134 :102:04/06/29 22:28 ID:???
>>132 さて、低次元で無知なオレとして独断ではない正しいことを書いた
創価の書物の引用では無いことを前述しておく
これは創価云々ではなく、法華経であり、妙法蓮華経であり、Saddharmapundarikaである。
高次元なきみにこの意見を詳しく貰う番だ。
期待して具体的な回答を待っているよ

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 22:32 ID:???
>>133
回答になってないぞ。

>来世で成仏しても幸せになれん、今世で成仏することが幸福と説いているがなにか?>>99

1)法華経の【何処】に【今生で成仏】するって書いてあるのか。←第○×品の何処か具体的に。
2)【創価の会員で】誰もが納得出来得る【仏と呼べる実例。】←特に、これが無いなら机上の空論ですな。

136 :102:04/06/29 22:45 ID:???
>>135 失望した。1の質問に対しては比喩品だと書いているじゃないか
2についても十分な説明をした。創価云々ということを知りたいなら、経学部の人間に聞けばいい。
うんざりするくらい教えてくれるだろう。
2の実例が抜けているというなら、実例を掲げる
・死の宣告を受け、余命3箇月の者が法華経を信じ、実践し妙法蓮華経を唱え奉る、そして病気によって
死の恐怖から逃れ、考えをポジティブに転帰することが出来るようになる。
絶対的幸福感を仏の境涯としているが、これは口で説明することは不可能なことだ。
身をもって経験する以外に方法は無い。
なにも創価に入信する必要は無い、法華経を読めば自ずと納得がいく筈だ。

回答になってないというなら大いに結構だ。その時点でもうこれ以上きみの相手をする
のはやめよう。キミの勝ちだ、低次元で結構

BTW、高次元で知的なキミもオレの回答に答えていないことを忘れないで欲しいが

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 22:59 ID:???
>>136
>低次元で結構

では無くて低次元そのものですね。驚愕部にでも聞かなければならないのはお前さんじゃないのか?
成仏できないかもしれないぞ(笑

138 :102:04/06/29 23:15 ID:???
妙法蓮華経比喩品第三の該当個所
なお、漢文はJIS X0208では表現できない文字が含まれるので割愛していただく
旧字はIMEの入力の便宜上新字にあらためる

世尊。聞此法音。心懐踊躍。得未曾有。所以者何。我昔従佛。聞如是法。見諸菩薩。
受記作佛。而我等不予斯事。甚時感傷。失於如来。無量知見。世尊我常獨処。山林樹下。
若坐若行。苺作是念。我等同入法性。云何如来。以小乗法。而見済度。是我等咎。
非世尊也。所以者何。若我等侍説所因。成就阿耨多羅三藐三菩提者。
必以大乗。而得度脱。
然我等不解方便。随宜所説。初聞佛法。遇便信受。思惟取證。世尊我従昔来。終日竟夜。
苺自剋責。而今従佛。聞所未聞。未曾有法。断諸疑悔。身意泰然。快得安穏。今日乃知。
真是佛子。従佛口生。従法化生。得佛法分。

139 :102:04/06/29 23:18 ID:???
>>137 こちらの質問に一つも答えない、その羞恥心知らずな高次元な君に、敬意を表する
以上

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:24 ID:???
>>136
比喩品でシャリホツは未来で仏になれるとは予言されてはいるが、
今生での成仏は約束されていない。


141 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:26 ID:???
>>139
こいつ創価のドキュソにかなり汚染されてるなァ〜もう仏きどりだね。
恥ずかしくないのが不思議。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:29 ID:82wq4+d/
http://www.e-nws.net/~sterl925/get3/index.html
参加者のほとんどが創価学会員。(らしい

143 :うんこ野郎:04/06/29 23:34 ID:zAcO3Lpx
法華経っていくらですかぁ?"(゜◇゜ )"

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:40 ID:???
>>141 なんかさ、138がマジメに答えているのにアホだな、おまい
層化がどうだかしらんが、恥ずかしいのはおまいだよ!何一つ102の回答をしてないじゃんか。
その点、140は短いながらも答えてる。
阿呆はおまいだな、いっぺん死んだほうがいいんじゃないか?
143と一緒にな。

145 :うんこ野郎:04/06/29 23:41 ID:zAcO3Lpx
経典の解釈議論なんてオナミーみたいなもんでしょ(藁
それよりホーホケキョウに入るのには学会にいくら払えばいいとか
公明党にいくら払えばいいとか直球で書きなよ(w
屁理屈こいて洗脳しようとしてるのみえみえw
オームに経典かぶせただけの集金会社が偉そうな事いっちゃだめよw

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:45 ID:???
>>145 ほんとにうんこ野郎だね

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:46 ID:nUnYfdOk
>>140
>比喩品でシャリホツは未来で仏になれるとは予言されてはいるが、
>今生での成仏は約束されていない

こ れ は 大 正 解 。

ちなみに未来になることが予言されている仏の名は華光如来であり、その仏の国土は離垢。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:50 ID:???
どうでもいいが、スレ違い
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1040457873/l50
このへんでやってくれ

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 23:58 ID:???
>>
尊顔を瞻仰して仏に白して言さく、「いま世尊に従いたてまつりて、この法音を聞いて心に踊躍を懐き未曾有なることを得たり。
ゆえはいかん、我れ昔、仏に従いたてまつりて、かくのごとき法を聞き、もろもろの菩薩の受記作仏を見しかども、しかも我れらは
この事に預からず。はなはだみずから如来の無量の知見を失えることを感傷しき。
世尊、我れ常に独り山林樹下に処して、もしは坐、もしは行じて毎にこの念を作しき、『我れらも同じく法性に入れり、いかんぞ
如来小乗の法をもって済度せらる』と。これ我れらが咎なり、世尊には非ず。
ゆえはいかん、もし我れら、所因の阿耨多羅三藐三菩提を成就することを説きたもうを待たば、かならず大乗をもって度脱せらるる
ことを得ん。しかるに我れら方便随宜の所説を解らずして、初め仏法を聞いて、たまたますなわち信受し、思惟して証を取れり。
世尊、我れ昔よりこのかた、終日竟夜つねにみずから剋責しき。しかるにいま仏に従いたてまつりて、いまだ聞かざる所の未曾有の
法を聞いて、もろもろの疑悔を断じ、身意泰然として、こころよく安穏なることを得たり、
今日すなわち知んぬ。真にこれ仏子なり。仏口より生じ法化より生じて(法より化生)仏法の分を得たり。」

単にみなさんには仏性がありますヨン。ということですな。。。>>138


150 :うんこ野郎:04/06/30 00:10 ID:MD9nOkkh
>149やその他のオナニスト共よ"( ゜◇゜)"
少ない記憶力を古典の解釈に使うのはアフォとしか言いようがありまへんな"(゜◇゜ )"
こんな解釈どうでもいいんだよ。
オマー等これ覚えるのにいくら使った?まじ言ってみろ。
間接献金ばっかしてねぇで常識だけ覚えろ。簡単だぞ。
人殺すな。物盗むな。良い行いしろ。
基本さえ覚えてればクソ面倒な知識いらねぇんだよ(*゜Д゜*)
金かけてこんだけ人より自分は偉いんだとか優越感に浸ってるオマァ等アフォ。
現代日本語で勝負してみなw

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/30 00:15 ID:???
>>150はいい事いうね。

勝負とかはソウカっぽくていやですよん(笑)・・・・・ササッ((((・_・)

152 :うんこ野郎 ◆0UpPhQ5lno :04/06/30 00:23 ID:MD9nOkkh
>1よ"(゜◇゜ )"漏れが答えてやる。
創価のアフォ共もキリスト経のアフォ共も、他の宗教に関しては頭から否定だ。
他を認めたら権力と金にならないからだ。
だから他宗派同士でいつも問答で勝った負けた等と争っているし、
キリスト経も宗教戦争で何百万って人間を殺している。
どっちの宗派も自分のことを棚にあげて、アフォだと笑っているが、
基本は同じ"( ゜◇゜)"ただのアフォの組合さ。


153 :( ^^) _旦~~:04/06/30 02:12 ID:???
>>131
いろいろとありがとうみゃ。
でも、「金取る」こととおいらが書いた「仏教の姿勢」については関係ないみゃ。
税金を払いたいならぜひガカーイ本部へ上申して宗教法人の鏡として
借金だらけの国難を救済してほしいみゃ。

というか 税金返せ

旦~

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/30 13:59 ID:Qchs45G8
>>152
削除。

155 :バードマン:04/06/30 14:22 ID:niinMezZ
そのとうり

156 :バードマン:04/06/30 14:23 ID:niinMezZ
税金返せといいたくなるね。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/30 20:07 ID:YIqffwwt
君たちここを頼む
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/poem/1088588783/l50


158 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/30 20:45 ID:aBT5ExDy
随分昔の会合では、
打倒邪教!打倒邪教!打倒邪教!
と、学生が叫んでいて、まわりも同調してシュプレヒコール化。

159 :( ^^) _旦~~:04/06/30 22:24 ID:???
会合なんて始めから暇のある香具師の集まりなんだから
茶でも飲んで優雅にやりゃぁいいのにみゃ。

ドウモ( ・∀・)っ旦

まったく余裕のない連中だみゃ。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/10/20 02:42:23 ID:???
単発質問については以下でお願いします

★創価学会・初心者質問スレ Part6★@創価・公明
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1097818305/l50

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/10/30 18:54:20 ID:MMrxMnyg
★貴方は創価?反創価?板全体の調査スレッド★
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1098491950/l50

板全体の意識調査です。重要なスレッドなのでご協力
お願いします。


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/10/31 01:56:29 ID:d7rzLdMk
私は学会員だけど、クリスチャンは別にどうもおもってないよ?
学会の中にもそうゆう動きは見られないけど?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/10/31 04:45:24 ID:???
昔は創価学会からクリスチャンを“二枚舌”と教えてもらいました。
嘘だと思うのなら、草創の方に聞いてみんしゃい。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/04 10:36:42 ID:???
>>1
てかさ、だんなに訊けばいいじゃん。
こんなスレ立てなくても・・・

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/03/09 04:18:34 ID:S22v3VPv
Q.阿弥陀仏以外の仏では助からないのですか?


A.「十悪・五逆の罪人も、五障・三従の女人も、空しく皆十方・三世の諸仏の悲願に洩れて、捨て果てられたる我等如きの凡夫なり」(御文章)とあるように、
諸仏方も、何とか救ってやりたいの慈悲心を起こされたのですが、私たちの罪があまりに重く、見捨ててしまわれたのです。
そんなあらゆる仏に見放された極悪人だからこそ、なおさら捨ててはおけぬと、ただ一仏、「必ず助ける」と誓われたのが阿弥陀仏です。
だからこそ釈尊は、仏教の結論として、「一向専念無量寿仏」(大無量寿経)“弥陀一仏に向かい、信じなさい” と、何度もお勧めになっているのです。


166 :蝦夷閑蔵:05/03/09 07:26:50 ID:???
バチカンとの宗教会議に秋谷会長が出席されたり池田先生が森ヶ崎海岸と歌で道は違うけどとクリスチャンになった友人を歌ってるけどずっと友達だったと聞いてます。私もNPOで多くのクリスチャンのボランティアの方に合いました。

167 :蝦夷閑蔵:05/03/09 07:31:59 ID:???
私も素晴らしい方に沢山あったし、バチカンとの宗教会議が聖教新聞に載ってだけあって良好な関係を結びつつあるのでは?私も伯父夫婦がクリスチャンです。仲良くやってますよ!

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/03/09 08:12:46 ID:OqvEljmK
俺、キリスト教に興味があったから、
俺の所に折伏にきたガカーインに
キリスト教ってどうよ?って聞いたら、
「外道、邪教、魔女狩り、ガリレオ裁判」
の単語を繰り返して罵るだけでした。


169 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/03/09 08:23:38 ID:???
末端の会員には、そのようにすりこんでいるのでしょう。
私も、他宗教の信者はかわいそうだと言ってるのを、つい最近、聞きました。
邪宗撲滅と長年言ってきたので、まだまだ他宗批判は残ってますね。

170 :♂@沙羅:05/03/09 09:00:49 ID:???
キリスト教と言えば世界3大宗教の一つだよ。
西洋哲学の確立によってその矛盾を露呈したが、その試練を乗り越え今にいたってる。
特に目立つのはボランティア活動などの社会奉仕は評価している。
またアフガンやイラク戦争でみるように異文化圏には容赦のない残虐な制裁も辞さない
面もあることを付け加えておく。


171 :菅ちゃん ◆bu.JfPj2vI :05/03/09 09:42:37 ID:pyGaSWsH
ひとつ屋根の下、キリストの祭壇と創価学会の仏壇を両方置かなければ、問題ないんじゃないですか?>>1

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/16(月) 12:53:06 ID:OpXmpgMS
http://www.roppongi-tv.net/
640*480

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/20(金) 11:52:04 ID:RJ/wcxGz
わたしの職場の学会員のお局が、
なにかの話の拍子に
「キリスト教はまちがった宗教だかね〜」
と言っていた。わたしはなにも言いませんでしたが

もしわたしがキリスト教だったらどうするつもりなんだ。

174 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講@佛所 ◆xd7mxrd9Z6 :2005/05/20(金) 11:58:01 ID:???
折伏するつもりだったに決まってるだろ(藁)

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/20(金) 12:22:10 ID:4k8m/K7J
学会員には私がクリスチャンというので陰湿ないじめをずっと受けてきました。


176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/28(土) 13:21:40 ID:ZukG2L4M
>>175
主がすべてご存知です。
安心してこれからも不当な扱いを受けてください。

彼らに普通に接することで「彼らの頭に燃える炭火を積む」ことになるでしょう。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 18:36:36 ID:DsmidARI
俺、創価学会員だけど、正直クリスチャンは全部畜生道に行くと思うよ。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 19:16:38 ID:???
法王も畜生道ですか。
さすが、敵を許さない学会員!

異常な感じを受けます。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 19:23:42 ID:bnVDQy42
>>177

学会員の本性だね。
口では平和、対話と言っておきながらやっぱり本音は
「自分たちだけが正しい」
「信心してない人は馬鹿」







怖い組織だね。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 20:15:41 ID:Yv4xXdS+
創価学会員は終わってる。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 23:16:29 ID:fMZhtjnA
177は教学試験とか受けたことないみたいだね。受けてるのなら、それを根拠に説明しなきゃ。
そりゃ177のように唐突に言われたら誰だっておかしいと思うよ

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 23:20:01 ID:LtBJJnBX
何とも思わない。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/29(日) 23:36:21 ID:PM+gjUIb
創価学会は 疲れる うんざり
3時間 5時間ぐらいの対話?をなんどもしたけど
入会させることしか頭に無いから 地区部長だろうが 支部長だろうが
話にならん 学会員でないままの状態の人は認知でいないようだ 

184 ::2005/05/29(日) 23:55:37 ID:GdmnRLTy
キリスト教では六道輪廻だよ。
まして第六天の魔王に勝てない(>_<)
日蓮仏法では法理に照らして破折するけど、けっして人をバカにしたり見下したりしません。
何故ならば、皆の心に仏界があるからです!

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/30(月) 20:36:40 ID:SAfLisdj
法王も畜生道です!

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/05/30(月) 20:59:10 ID:???
現在大学4年就職先は決まってます
創価の友人に聖教新聞を勧められ購読中 
目から鱗のような毎日です。しかし立正にも
入りたいと考えていたので悩んでいます。
大きな違いはどういったことでしょうか。
ご教授願います

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/06(月) 00:06:03 ID:MnXYJbWA
やっぱりキリスト教は「仏敵」と位置づけるのが本来の姿勢と思う。草創期の古参会員からも昔キリスト教批判を何回か聞かされたこともあるし・・・。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 14:09:20 ID:???
大工の息子の死刑囚を崇拝する宗教は邪教です。
邪教の信徒は畜生道をさまようとされています。
邪教の坊主は無間地獄です。キング某やマザー某も無間地獄です。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 14:38:54 ID:???
>>188
無間地獄に落ちたものは
26億年経たら極楽浄土に生まれ変わることが決定されていますが。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 21:01:14 ID:Kk2laJ9h
>>188,189
ていうか、キリスト教をはじめ、ユダヤ教、イスラームは輪廻なんかしないんだけど。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 21:07:14 ID:???
>>190
他宗の教義はおろか、ご都合主義で変遷を重ねる自宗の教義すら
まともに理解できていない哀れな盲信会員がほとんど。

それが創価クオリティ。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 22:15:05 ID:???
邪教の教えは嘘で間違いです。
輪廻は必ずあります。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 22:36:11 ID:???
>>192
いわゆる唯識論ですね。

如来の境地に入っても、あえて成仏せずに
六道の世界に生まれ変わり、
六道の衆生を救うと言う「大悲闡提」思想ですね。

チベット仏教で活仏制度を取り入れているゲルグ派やカルマ派などの
根本思想ですし、日本では法相宗や華厳宗、天台宗や真言宗でも出てきますね。


草木土一切皆物悉有仏性

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/06/29(水) 22:44:38 ID:Kk2laJ9h
>>192
そんな風に簡単に言えることが創価クオリティ=カルト

195 :律宗国賊・念仏無間・真言亡国・禅天魔:2005/07/10(日) 17:44:00 ID:KzX8+N+6
・・・上には上がいる。
「耶蘇畜生道」。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/11(月) 01:56:39 ID:mwv70C2I
栗だけど、学会員も共産党員も神の家族、兄弟だと思っています。

苦言を呈しますが、聖教新聞の一面にはキレイなことを書いておいて、
中のほうには他宗や敵対者、思い通りにならない相手にたいして
非建設的な嘲笑、侮辱をしている記事が載っているのをみて、さすが創価クオリティとは思った。
あれは、好ましくなかったです。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/24(日) 16:50:50 ID:S2XBc6r5
逆、つまり「クリスチャンは学会員をどう思っているか」に興味がある。
(まあ両方とも数が多く一概には言えないだろうから、極論は除いてね・・・。
特に前者は宗派もかなりの数に分かれてるから)

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/24(日) 16:56:51 ID:???
>>192

基督教系は邪教ではなくて単なる「外道」なんでしょ?

教学試験問題にもでるんじゃないのこれ?

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/24(日) 18:16:05 ID:yrvXfGHD
俺の知ってる学会員にはクロムハーツすら嫌ってる基地外がいる。キリスト教だけならまだしも十字架の形自体そこまで嫌ってる姿はカルト信者のそれ。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/24(日) 18:31:00 ID:???
>>199
まるでドラキュラですねw
鳥居もダメなんでしょうね、きっと。
クリスチャンはクリームソーダ嫌うだろうな。

201 :秘密真言:2005/07/30(土) 02:24:09 ID:Sy+KfcBa
とにかく一神教ってのは問題多過ぎ。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/30(土) 02:52:15 ID:1+PYdpr8
>>187
創価には賛成派と否定派がいるみたい。
キリスト教がそうだったようにいつか組織内で片方の勢力、もしくはあまりにも酷いことした人は処罰されるんじゃない?
例えば某国でキリスト教でも他宗教を「悪」とみなして神の名の下に弾圧した時代があったけれど、その後に謝罪と関係者の厳しい処罰が適用。
池田大作が頑張って融和をはかろうとしているのに、信者が逆を行くのはいくない。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/30(土) 03:06:00 ID:1+PYdpr8
>>175
そういった内容はあなたの行ってる教会や労働関係・警察の相談窓口へ相談。
一つの団体で治まるときもあれば、複数の団体や海外の団体まで絡んで来そうだけれど
大抵は数人の創価学会員や少し地位が高い会員による個人的ないじめ。
少し大きな問題にすれば創価学会側もその人間を「除名」し、余計な火の粉を振り払うと思いますよ。
本人は隠してはいてもそういった理由で退会(除名)も知っている人は知っていると思うんで・・・w
つまりは名を汚すなってことを破ったから(?)だと思う。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/30(土) 03:11:33 ID:1+PYdpr8

というのは、もし組織的にそんなことをしているとしたら国内問題だけではなく、
かなりの国際問題になると思います。少しでも組織的関与の証拠が揃えば、海外から取材依頼が沢山来ますよw

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/30(土) 04:15:59 ID:???
>>1
愛知にはそんなにほかの宗教がどうとか言う熱心な信者は少ない。
しかし創価の考えは排他的であったから熱心な信者はあまりよくは思わないと思うが。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/30(土) 10:44:09 ID:???
>>1
別になんとも思ってない人が多いよ

学会がよく思ってないのは
聖教にでてくるのだけだから

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/07/31(日) 18:06:37 ID:PorYP0x5
つまり、聖教編集部や創価幹部らによって情報がいい様に扱われてるだけのことでしょ?
一般の学会員がいい餌食ですね。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/01(月) 03:45:32 ID:qdbcsDRd
オレから見たらキリスト教こそカルト。
宗祖が処刑された十字架を首からさげて喜んでるなんて。ギロチン(当時は無いが)
で処刑されたらそれをネックレスにするのか? 聖書にもせいぜい天界ぐらいしか
書かれていないし、科学が発達するにつれてむちゃくちゃなことを言い始めてるし、
軍事力を背景に布教できなくなったらどんどんまじめな信者が減り始めてる。
キリスト教で活動家の割合ってめちゃくちゃ低いじゃん。
というのが教えに対する見方だけど、クリスチャン自身には特にどうもこうも
思ってないよ。幸か不幸かまじめ一直線のクリスチャンなんて割合で言えば
絶滅種なんで無宗教と同じだしね。まじめちゃんでも無宗教と同じなんだけど。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/08(月) 00:47:24 ID:???
>>208
おっしゃっている意味が分からない。大丈夫ですか?

210 :クリさん:2005/08/21(日) 16:36:58 ID:???
>>208
活動ってなに? (w

宗教は生き方であると 私は思います。

サークルみたいに”やる”とか”活動する”もんじゃぁ〜ありません。

対話とか平和とか言っておいてやっぱり 狭量さを隠し切れないのがあんたたち。
変な教育を好んで受けるから、歴史観も政治の見方も歪むんです。

いい加減、目覚めなさぁ〜い! 

211 :■■■ 創価学会による暗殺事件 ■■■:2005/08/24(水) 09:47:10 ID:XtxJPGdV
1995年9月、朝木明代議員謀殺事件の直後、「週刊現代」が「朝木明代は創価学会に
殺された」というタイトルで掲載した記事を、創価学会本部は、刑法の「名誉毀損罪」
にあたるとして、週刊現代編集長および朝木明代議員の夫大統さんと娘の朝木直子
本紙編集長を刑事告訴した。
 しかし、吉村弘支部長、信田昌男検事の創価信者コンビの異動後に、東京地検八王子
支部は、反創価シンポジウム主催者の高知在住関係者らにも事情聴取するなど、徹底した
捜査をおこなった結果、創価信者らが事件に関与した疑いは否定できないとして、1998年
7月、創価学会の刑事告訴を、門前払いの不起訴として、この処分は確定済みである。
 今回の「他殺は事実に反する」とした創価信者らの刑事告発が不起訴となり、
門前払いとなったことで、事件の輪郭がいっそう鮮明となった。
http://www.sokamondai.to/jiken3.htm

朝木市議の暗殺事件を担当した信田昌男検事は子供のころからの学会員で、信田昌男検事
の夫人は、矢野・元公明党委員長の公設秘書で、夫人の姉妹はいずれも創価学会の本部
職員。相手を誹謗する材料に架空の万引き事件を持ち込んだのも創価学会員だった。
http://www.sokamondai.to/jiken.htm

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/02(金) 05:49:16 ID:Z1dFtAxq
否定する事は簡単。
認める事の方がずっと難しい。
お互いに。

213 :211は:2005/09/02(金) 06:27:49 ID:???
副長だろうて。別スレで朝木問題ヤレ。

ガンジー、キング、キンマンコ展のキングはヤソの坊さんだて。

ビン=ラディン、金正日、キンマンコ展もやったほうがいいぞ。

214 :通りすがりのスナフキン:2005/09/02(金) 08:39:00 ID:AP6SjvLS
1番さんへ
旦那さんが貴方と結婚を決意した事実が答えでは?
語弊があると良くないので、自分の言葉で語らせてもらいますけど
実は僕も学会員なんですけど…
小さいころからミッション系の教育機関で学んできました
ですからクリスチャンにも勿論、宗教にも偏見はありません!
逆に確固たる思想を持っている方が賢明、健全だと僕は個人的に思いますし、
広い意味で言えば目的とする教義は人間の幸福追求ですから、むしろ良識ある思想家、
宗教者は手を取り合ってより良い社会を築いてゆくために語り合っていくこともこれからは必要でしょうね。
まぁ新興宗教と言うこともあり、また組織がデカイだけに学会に対する誤解や嫉妬は多いですけど
まぁ僕は実際、生活も好転してきているし、組織が実際どうなってるかはまだ謎ですけど…
末端で一生懸命信心してる僕自身の実感としては創価学会やひいては宗教に対する誤解は多いですね!
まぁ中で信仰する人間の行動に責任があるんでしょうけど…
話を戻します。僕はキリスト教も法華経も信じてます!神様も仏様も!
こんなこと書き込むとその筋の人たちからしかられそうですが、
イスラム教もヒンドゥー教もユダヤ教全部が全部、もありだと思います(人間を真に幸福に導く思想なら)
現に僕にはクリスチャンの友達も学会員さんの友達も、さらに、イスラム教の友達もいますし、彼女はクリスチャンですし
僕と言う人間が生きる中では誰一人として欠けてはならないので…


215 :通りすがりのスナフキン:2005/09/02(金) 08:41:08 ID:AP6SjvLS
(続き)
思想が違うから排他してゆく、理解しようとしないそんな狭義ならばこちらから願い下げですしね
歴史的にも宗教間の争いやトラブルが多いので誤解されていますが、
これからはこれだけ開けた世界の中でどれだけ違う価値観の者どうしが和解し、理解しあっていけるか?だと思います
正直、学会員さんの中には学会以外は認めない!と言う人もいると思いますが、
そう言う人だけではないし、現に僕や旦那さんのような人もいますしね
僕も学会員になってから離れって行ったクリスチャンの友人もいます…
でも僕は純粋にその人たちにも幸せであってほしいので健康を祈ってます
思想や価値観の違い、宗教の違いで憤慨するとしたら、それは自分に対する怒りであって、誰かに向けるようなものではないでしょう
だって違いはあっても本当に大切な人ならその人であることは変わらないし、
自分のことのように幸せを祈る気持ちは変わらないですからね
旦那さんのきっと1番さんの幸せを毎日、祈っているはずですよ…
僕の話になってしまうかもしれないけど、
僕が今、学会に居る事は宗教間の誤解を解いて互いに前進できるような未来を築いてゆくためだと思います
神様の御心か?仏の慈悲かはわかりませんが…
不安な時はまず自分の信心を信仰を信じることです!素晴らしい行動思想がそこにはあるわけですから!
キリスト教にも仏教にも悪魔と悪魔に心を犯された愚かな人が描かれ、
それらに人生を妨害されると言う教えがあります。
ですからそう言う愚かさに埋没することなく、ただただ、自分の信じたものを信じればいいんではないでしょうか?
宗教者であるなしに関わらず、自分が信じたものなら間違いないはずです。
結果は後でおのずとでてきますから…
信仰、家族、友人、夢、理想、お金、私たちには信じられるものが沢山あるはずですよ!
ちょいと熱くなってしまいましたが…生きていることは悪い事ばかりではないんです。


216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/02(金) 15:53:33 ID:hYGl9MJO
なんだかんだ綺麗ごと言ったとこで、一般人の解釈としては
カトリック>プロテスタント>>>>>>>>>>>>>エホバ
って感じだと思う。
生活に影響するほどの問題が無ければ気にしない。が。
カトリックの彼女とは付き合えるが、プロテスタントやエホバと俺は付き合いたくない。
まぁ、俺のなかではキリスト教=カトリックってイメージがあるからな。
まがい物を必死で侵攻してると思うと、精神に問題があるんじゃないかと感じてしまう。



217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/02(金) 16:45:28 ID:???
半裸で磔になった代作・・・オエッ!

218 :参上:2005/09/03(土) 17:34:08 ID:nOgEX8sW
ヨハネ・パウロ2世は、イエスの弟子初代法王ペテロから数えて264代目 。

初代法王ペテロは、キリストが迫害に遭ったとき、
「自分はキリストの弟子ではない」と言って逃げた。

そして生き延びて初代法王となった。



219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/03(土) 22:32:29 ID:ZrexM2k0
>>218
こらこら途中が抜けとる。

220 :唯一ネ申:2005/09/03(土) 22:36:27 ID:???


       ,r-'''"" ̄ ̄"'-,_
    _,.-'^γ´          `i,
   ,r' ,.r'"ヽヽ、( ( ソノノ彡、 i
  ,i' {     "'''''''''''''   ミ  .i [ ̄二. ̄| [二⌒二]    / ̄7 [二 ̄二]  [二二 ̄|
  i  i             ミ  i \\/ /  [二__二]   /   l´     | |      //
  |  i   二 二 二 二   ミ  i..  > く.  ┌──┐ く,/!  !     | |     / く
  .i   i      ハ      ミ  i. ∠/\> l_二二_」    |_|   [二__二] ∠/\_>
  |  ノ {{|iiiiiiilll;ノ,,,,,ヽ;liiiiiiii||}} ゝヾ
   | .ミ >='^◎≫,i'^'i,≪◎'=、< ミヘ
  ,ヘ ミ ~こ二ヲ i i; .'ミ二こ、 ミ }
   { レ   ノ  i i;  ヽ、_, ';,ノ ノ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   Li,;'ゝ    ,イ  ト、  ';, i'~  | 支持者の皆さま いつも暖かなご支援ご声援 どうもありがとう御座います。
    i, i ._,ノ^-0し0-ヘ,_  }|   | 東京都民であれば 9月11日の選挙区投票で又吉イエスに投票すべきだ!
     ゝ,イ'<ー--ニ---ー>|ノソ  <  東京都に住む友人知人にも 又吉イエスに投票するよう呼びかけるべきだ!
      ゝ.i  `'ー-'´  i,イ     \_______________
       |..ヾ、 ,.......、,i'.,ソ |   
      ,|. ヾヽ_____レ'ソ .|、  

世界経済共同体党 †
http://www.matayoshi.org/index.html



221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/04(日) 15:38:43 ID:???
>>214
しゃくにさわるねぇ

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/07(水) 12:24:32 ID:MB+yLiPT
>>214

ソウカのほかに何か信じるのは ホウボウ  (w

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/10(土) 02:58:53 ID:97Wg8wBz
禿

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/10(土) 04:19:56 ID:uVAodr1E
俺学会員のおっさんに十字架のピアスしてるだけで文句言われたぞ!ピアスやネックぐらいで過剰に反応しすぎじゃね?若いのはなんも言わんけど

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/10(土) 04:42:53 ID:cbsbXLIt
1)よ、お前も頭おかしいと思うよ。

日本人でキリスト教を信じる奴もおかしいし
層化学会員になっている奴もおかしい

 

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/10(土) 04:45:53 ID:OStSRUKf
創価テラコワス
創価寺壊す

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/10(土) 09:39:37 ID:XbebYjP2
>>224がソウカだったら 言われても仕方ないと思うが、

一般人なら難癖つける そのおじさん、過剰反応だね。

ソウカはキリスト教にコンプレックスでもあるのでしょうか?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/09/10(土) 13:50:20 ID:QAZkYUDg
>>225
宗教やってること自体頭おかしい。

229 :殿舎 ◆XgzPoOaLlE :2005/09/11(日) 04:53:42 ID:???
私は学会員ですがなんとも思っていません

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/10/04(火) 04:49:48 ID:???
この板のキリスト教徒見てるとちょっとなw

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/10/04(火) 18:23:29 ID:???
>>230にはげどう。
電波ユンユンで、痛いのばっかだよ。会話にすらならねいんだもの。

創価学会組織的には、別にどうとも思ってないんじゃないのかな。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/14(月) 12:44:00 ID:+bV3vzqu
別になんとも。


233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/14(月) 22:00:45 ID:cm4FN7Dd
層化にとって日蓮消臭や腱鞘会は近親憎悪も手伝って目の敵だろうが、クリの存在はほとんど視野に入っていない。
一昔前の折伏経典世代にとっては、クリ=バカもしくは可哀想なとしか思っていない。
一方、折伏経典を知らない現世代にとってクリに対する侮蔑的な意識はほとんど無い。これは太作の外道好きのお陰でもある。
層化は厚顔にもクリからでさえF(好迷党票)を取ろうとする。もしそれが義母からならば、適当に調子合わせておけばよい。どうせ誰に投票したかなんて分からないんだから。
もし層化の人を敵に回したいなら、池田と好迷党と層化大学をこき下ろせばよい。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/15(火) 12:28:13 ID:???
クリスチャンはいいひとが多い気がする。
あと、目を見るとなんとなくクリスチャンだってわかるよね。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/15(火) 13:46:39 ID:???
>>234
何でひと括りに出来るの?
ロシア正教にイエズス会、統一教会もクリスチャンじゃん。
同じカトリックでもマザーテレサから
テロの時「アフガニスタン人はみんな殺しちゃえばいいのよ」と
叫ぶアメリカ人女性まで様々。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/15(火) 15:41:17 ID:???
>>235
それなら>>1に言ってくれよ

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/24(木) 04:18:21 ID:ntG/1bEh
>>234=法律ヲタ


238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/08(木) 03:08:27 ID:ZTkM1HV+
戦争する人たちは怖いです
マジ

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 08:27:42 ID:???
age

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 12:53:54 ID:RmpVD627
カトリックとプロテスタントのミサに月一で行っているんだが、入信のお誘いがない。
両方一度に行くのが悪いのだろうか?


241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 13:12:45 ID:nwQdPROk
友人が栗。下宿先の近所のおばさんが層化。
いつも挨拶してたそうだが、ある日を境に挨拶しても
知らん振り。原因がわからなかった(別に影響はないが)
考えられるのは、その日彼女は自分宛の郵便物を持っておばさんと
あったそうだが、牧師さんからもらった葉書をもっていたそうだ。
「すれちがって挨拶するくらいの関係だし、何かしたとは
 思えない。考えられるのがそれだけ」だそうだ。

こういうの聞くたびに、層化には絶対はいるまいと思う。



242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 13:42:01 ID:???
どう見てるもなにも学校の授業に出てきたくらいで正直どうでもよい
ただ>>230には同意

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 23:49:26 ID:???
クリスチャンに「学会員です」って言うと、
それ以来、近づいてこなくなる。
向こうは、私を救おうとは思ってくれないらしい。
「学会員です」と言っただけで、勧誘もしてないのに。

結局、愛だの何だの言ってるけど学会員に対して
愛をもって接してくれようとはしていなかった。

クリスチャンは偽善者が多い。二重人格になる。
とか言うよね。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/27(金) 22:50:34 ID:???
これだから宗教は嫌い

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 11:12:47 ID:n5wRak66
>>243
>>235


246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 12:52:25 ID:???
>>243
創価学会がこれまでにやってきた所業を考えれば
ごく当然の反応だと思うが。

その人も、たぶん君以前に別の学会員に会った事があるんだろうね。
その時に「学会員には何を言っても無駄」という事を学習したんだろ。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 13:28:25 ID:0A1rYvZM
>>243

偽善者はオマエだろ?

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 14:18:27 ID:???
>>245>>247
良い情報を人に教えたいというのは悪い事じゃない。
学会はそれをしているだけ。
クリスチャンは、自分だけ良い情報(と思ってる)ことを
人に教えてあげようという心が無いから勧誘しないんだね。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 16:24:28 ID:???
>>248
カトリックに、草加に狙われていますと言ったら、聖ベネディクトの十字架をくれたぞ。 いらないって。
プロテスタントは私のために、ヨハネの福音書3:16を解説してくれたよ。


250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 20:53:47 ID:???
>>249は色々な宗教やりすぎ。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 09:21:01 ID:???
日本人なら
受験の前は天神様
雨がふらないときは竜神様
商売するならお稲荷様
戦争の前には八幡様
だが?
それで朝鮮人は草加なのか。


252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 10:18:57 ID:???
>>251
日本人ならって、テラワロス

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 07:59:20 ID:AZ52M0Y1
漏れは、熱心じゃない学会員で家の鍵にカトリックの
不思議のメダイを3個ほどつけていました。
昨日、アピタに買い物に行って家に帰ってみると、
鍵が無い事に気付きました。
即効、アピタ戻って探し回ってサービスカウンターにも
届けを出してきた。

こんな日に限って、コートの内側の毛皮を取って出かけた。

家の人が帰ってくるまで外で待った。寒かった。
これは、神様が漏れを見放されたからこうなったんですか?
それとも、学会員なのに謗法払いしないで変な物持ってた
為に起こった仏罰ですか?

ちなみに、マリア様に祈ってみたけど鍵は見つからなかった。
今日試しに題目上げてみようと思いますが、どうかな?
これで見つかったら、漏れはきちんと謗法払いします。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 10:15:52 ID:O9VKgC6l
253は、まず自分とこの教学をしっかりやって、それからよそに手を出すように。
カトリックの不思議のメダイなどというものは、ありません。
学会員なのかアンチなのかどっちなんだろう?


255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 10:29:33 ID:???
>>254
カトリックの聖品の「不思議のメダイ」だよ。
喪前こそ、クリスチャンなのか違うのか・・・・。

漏れは、熱心じゃない学会員だって言ってるだろう!!!!!!!

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 10:43:29 ID:O9VKgC6l
日本カトリック教会では、偶像崇拝は否定しています。 統一教会の間違いではないでしょうか?
私は、クリスチャンではありません。 テゥーク派の教会を探していますが、見つからないので洗礼はやってません。


257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 12:33:10 ID:???
>>256
つ http://www.tomoshibi.or.jp/medai/
もっと勉強汁!!!!

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/02(木) 09:11:42 ID:???
さて結果ですが、題目あげても見つからなかった。
この世には、神も仏も無いって事なのか・・・?

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/02(木) 16:10:25 ID:Vmwzjdph
結論が出たんならそれでいいじゃん。


260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/02(木) 16:12:53 ID:Vmwzjdph
日本にある、ハリストス正教会の教会は、だいたい立ち入り禁止なんですけど、ここはどうなったんでしょうか?
ロシア大聖堂は再建したし、アレクサンドルネフスキー寺院では盛大にクリスマスをやっとりましたが。


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/03(金) 07:09:02 ID:???
とりあえず、今日は祝詞あげてみようかと思います。
「見つかるといいね」と言う書き込みが無いのは、
クリスチャンも、学会員も、人情に薄いって事なのか?

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 07:47:59 ID:???
>>261
鍵無くしちゃったのか・・大変ですね。

イエス様にお願いしましょう。
マリア様はイエス様に”取次ぎしてくださいます”ので、マリア様に祈るときは
”・・・・・・  自分のしてほしいこと  ・・・・・” + 主に取り次いでください。

というのがよろしいかと。

あなたの鍵がひょっこり現れるように 私もお祈りします。

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 08:00:45 ID:Lqb8Kr96
あらら・・・

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 09:45:51 ID:kOVRPIvK
262はキリスト教カトリック派。 カルバン派は、地獄行きを決められて生まれてきたものは、とっとと火あぶり。


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/05(日) 16:22:18 ID:pO2Mz13y
クリスチャン?そりゃ創価は下半身にだらしがないから
  クリトリスしかかんがえないだろ

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/05(日) 17:10:48 ID:???
↑こんなのが、創価でもクリスチャンでもなくてよかったね。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/05(日) 23:24:42 ID:UzXE5riM
同感ですな。


まじめに生きている人が報われる世の中になりますように。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/05(日) 23:27:00 ID:???
創価でもクリスチャンでも無宗教でも品が無い人はいらないよ。

269 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/05(日) 23:29:04 ID:bYqND0aK
まじめに生きてる人が報われる世の中になりますように。

主と精霊の お導きが あらん事を。

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/06(月) 21:20:46 ID:neEihdQw
で、鍵の件はどうなったのかな?

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/06(月) 21:32:43 ID:???
>>270
見つからない orz
この宗教なら見つかるよ!絶対!と言える宗教は無いか。
今日は一応、神奈川県警の遺失物届出やってみた。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/06(月) 22:51:12 ID:???
>>271
ねーよw

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/06(月) 23:06:38 ID:???
まぁ何にしても>>272みたいな人間にならずに済んだのは
宗教のおかげだな。宗教心を忘れた人間は、このように
荒んだ人間が形成されるんだな。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/07(火) 06:24:54 ID:???
うちのオヤジはバリ学会員(キチガイ)だ
ある日キリストの人が来たときがあってね
ものすごい勢いでキリスト批判してたよ
ビデオまわして全国に流したいよ


275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/07(火) 10:10:03 ID:???
学会員辞めてカトリックに入ろうと思うけど受け入れてくれるんでしょうか?

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/07(火) 10:52:51 ID:???
>>275
大歓迎だろうけど、学会員辞める必要ない。
入ってから後悔する。
鍵を無くして、寒い思いをするぞ。

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/09(木) 00:59:36 ID:???
カトリックですか。

お経はこれですけど、鍵は出てきそうもないよ。
ヨブ記 7章
この地上に生きる人間は兵役にあるようなもの。 傭兵のように日々を送らなければならない。
奴隷のように日の暮れるのを待ち焦がれ 傭兵のように報酬を待ち望む。
そうだ  わたしの嗣業はむなしく過ぎる月日。 労苦の夜々が定められた報酬。
横たわればいつ起き上がれるのかと思い 夜の長さに倦み いらだって夜明けを待つ。
肉は蛆虫とかさぶたに覆われ 皮膚は割れ、うみが出ている。
わたしの一生は機の梭よりも速く 望みもないままに過ぎ去る。

嗣業:なすべき事柄。 天命


278 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/12(日) 18:00:42 ID:8SrwLOta
これをイスラム穏健派と原理主義とキリスト教系のサイトに貼って良いでしょうか?
創価学会作成と説明書付きで、キリスト教系は必死にイスラム穏健派と交渉してるのに
これは無い、更に今頃9.11事件のAA作る最低な団体だ。
生きていた証AA完成したんですね(笑)地獄に落ちろ。

ムハンマドAA & キリスト教系批判AA
http://aa5.2ch.net/test/read.cgi/aasaloon/1139223185/l50



279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 16:04:20 ID:ZRTorJyX
ばかやろう>>278
統一教会(原理運動)・エホバの商人(ものみの塔)はキリスト教ではないと、異端認定をくらっているが、ほとんどの日本人はキリスト教だと思っている。

草加も仏教の一派と思われているんだぞ。
 


280 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/13(月) 17:17:52 ID:6Wswa1m7
エホバ? 統一教会? 
実際に被害受けたわけじゃないし一般人だからわからないですぅ
神学には出てきませんよ? やっぱり創価は他宗教を攻撃してる節があるな
自分は許せて他人に厳しい もっとも嫌いな王様タイプだ ウザイ


恐喝されて集ストされたから創価に怒りをぶつけているだけw


281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 17:23:56 ID:???
って言うか、生きた証ほどウザイものは無いんだけどね。
オマエは一体何様のつもりで言ってるんだ?
オマエそのものが王様タイプである事に気付けヴォケが。

282 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/13(月) 17:47:46 ID:6Wswa1m7
創価暴言来たー(゜∀゜)キター
一般人です創価にとって都合が悪く言い返せないからウザイでしょ?
カワイソウ。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 20:58:34 ID:???
>>282
句読点も入れられないヴォケが。
スゲー読みにくいんだよ、オマエの文章。

284 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/13(月) 22:01:05 ID:6Wswa1m7
>>283
ナリスマシ学会員て解りやすいね2レスくらいで解る(笑)

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 22:44:42 ID:???
>>284
妄想もたいがいにしろ。
ナリスマシとか言って解った気になってろw
妄想妄言、寝言は寝て言えwwwwwwヴォケが。

286 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/13(月) 22:48:29 ID:6Wswa1m7
厨の煽りもここまで行くと可愛いね(≧m≦)ムププ
創価学会の気持ち悪さに底は無いね
晒したいです瑞穂と福生と青梅の
あざとい犯罪者は消えればいいのに

ウ ソ ツ キ 人 格 破 綻 者

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 22:54:01 ID:???
>>286
厨はオマエ自身だってわかんねーのかな?
まぁそこが厨の厨たる所以だね。
相変わらず、句読点も入れられないオバカだし。
人格破綻して友達もいないのは、お ま え だ ろ? クスッ

288 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/13(月) 23:00:01 ID:6Wswa1m7
リアルで友達無しが( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )なんか言ってますよ。

集団ストーカーで友達ほとんど居ませんが何か?
句読点と暴言しか責められない低学歴丸出しなのは同なの?
レポート2枚で卒業できる創価大学クオリティー?
どうせ創価ナリスマシ君でしょ? カマってほしいわけだ 

あーめん ナンミョウホウレンゲキョウ 南無阿弥陀仏    

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/15(水) 01:12:08 ID:l5Y/LDRa
まぁ、物心ついたときから層化の中にいて
ほかに選択肢のないまま大人になった香具師は他宗教への理解などない罠。

悲しいかな層化クオリティ。。。
人生の半分以上を損失していることすら気づかないね。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/15(水) 01:54:40 ID:JXVOETCg
生きた証さんあなたの実生活は暗くて孤独なものなんですね
かわいそう、、、
こんなところでしかそのような事いえないなんて
沢山いじめにあって性格がひんまがってしまったのね本当にかわいそう
泣けてきました、、、

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/15(水) 05:33:36 ID:???
>>1
メルヘンな感じかな

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/19(日) 18:33:56 ID:???
>>291

いい感じだな。 (w

293 :生きた証 ◆.vzL19eGqs :2006/02/19(日) 19:20:33 ID:Z5M6am2m
   ___________________
   || 
   || 重要 VIPは怒らせない。
   || 重要 季節の変わり目には変な奴が沸く。
   ||              ∧ ∧   。
   ||          ( ,,゚Д゚)/
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ノ  つ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                /  ̄ ̄ ̄ ./| lヽ________________
                | ̄ ̄ ̄ ̄| | |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|____|/|
                        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      \ は〜〜〜〜い           /
    ∧ ∧    ∧,,∧   ∧ ∧
    (・,, ∧▲  ミ  ∧ ∧ (  ∧ ∧
  〜(_(  ∧ ∧_( ∧ ∧_ミ・д・∧ ∧
    @(_(,,・∀・)@ (   *)〜ミ_ (   ,,)
      @(___ノ 〜(___ノ    〜(___ノ
      /  は〜〜〜い            \


294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/20(月) 15:04:53 ID:???
キリスト教の種類
古いの
カトリック派:ローマ市に本拠を置く大組織
プロテスタント派:実は、ドイツのルーテル派やスェーデンの王立教会等、地域別、カトリックとは地域ですみわけ?
ギリシア正教諸派:本山のアトス山がトルコに占領されるまではインターナショナルな組織だったのが、国別に。
---------------- しかも最大のロシア正教がロシア革命で解散させられて、どーなったんだか。 日本に布教に来る余裕はない。
モルモン教 : 教義は、他から異端とされるが、信者が好きこのんで砂漠に住んでいるので、特に攻撃はされない。
異端
統一教会(原理運動)・エホバの商人(ものみの塔) : 異端者なので正統なクリスチャンは話をしない。

ぜんぶ一緒に考えてはだめですよ。


295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/20(月) 17:33:25 ID:???
>>1
何人かに聞いてきてやったぜぃヽ(´ー`)ノ

男子部長「仏教とかとはまた違うわけだから、どうって言われてもなぁ・・・。創価学会っていうのは(ry」
男子部「いいと思いますよ」
男子部「よくわからないですけどいいんじゃないですか?」
男子部音楽隊「(5分間にわたって西洋音楽どうのこうの言いつつベタ褒め)」
青年部「よくわかんないけどおしゃれなイメージあるよね」
婦人部長「なによっ!そんなものっ!」
婦人部の人々「クリスチャンのかわいそうな人々にはやくこの仏法を教えてあげましょう」
女子部「仏法を知らないなんてかわいそう」
未来部「社会でザビエルやってるお( ^ω^)」
未来部「クリスマスのお祭り?( ^ω^)」

結果:
興味無しって人がほとんど。
女性にはウケが悪いようです。

296 :氏ね頃シ ◆Aw.t1S6exA :2006/02/20(月) 17:57:13 ID:???
>>295

キングの名前を一人も出してねーのがちっと淋しいな

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/20(月) 18:20:06 ID:???
>>296
それなら男子部長の話で「クリスチャンかどうかは知らないけどキング牧師とかマザーテレサとか〜」なんて出てきたぜぃヽ(´ー`)ノ

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/20(月) 19:49:21 ID:???
俺の友達はガチ創価でこの間「キリストとかマジ嫌いだし」って言ってた。

歴史観も何もない奴なので、やっぱり創価信者は馬鹿だと思った。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 11:48:27 ID:???
日本人で洗礼をうけた人 についての話なのか、キリスト教という宗教についての話しなのか、よくわからない。
日本人の場合、葬式のときにしかご宗旨がわからない(除 草加)。

>女子部「仏法を知らないなんてかわいそう」
かわいそうがるのは勝手ですが、神父さんを折伏。。折伏してくれ、犯罪になるから。 相手のほうが資金力が大きい。


300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/22(水) 00:04:31 ID:???
>>297

インタビュー、乙!

そんな程度の知識しかなくても世の中やっていけるんだな (w

ま、創価ヽ(´ー`)ノマンセーであれば他の宗教にはキョウミないわな

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/23(木) 09:20:41 ID:???
うーん、キリスト教の知識がないと、『えひめ丸』事件の米国の対応が薄情に見えるぞ。
日本人は遺体がないと納得しないけど、キリスト教徒の場合は、懺悔なしで死んだほうが問題だったりする。


302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/27(月) 12:10:29 ID:???
>>295
本当っぽいなあ。 賛美歌と聖歌と宗旨で違うけど、間違えるなよ。


303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/01(水) 04:14:24 ID:MR79eMwW
仏教は原因と結果を
明確にしてる点
では、キリストの神様は? どのような因果で
出現したのか?
教義も支離滅裂
キスで妊娠するなんて
ありえません
汝の敵を愛せ?だったかな、まぁそんな
変な事も言ってるわけで...
仏教徒が理解する訳がない
とは言うものの
創価だけ?は、人類愛を取り入れてるような気が...

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/01(水) 07:21:45 ID:???
地面から人が湧いてくるなんて妄想だよな。

釈迦が空に浮かぶ塔のなかから出てくるのは宇宙人だからなのか。

こんなこと書いても法華経を読んでない創価は理解不能だろうけど。(ボソ

305 :創価は反キリスト、仏敵の烙印を捺された破壊カルト!:2006/03/01(水) 16:45:20 ID:???
>>303
創価は虚飾にまみれた殺人集団でしかないわけで、キリストからの嫌われ者にしかなれやしない!

つまり、日米英と共にすでに反キリストとして、神とキリストから反逆者としての烙印を捺されたからだ!

殺人集団でしかない創価学会と融和できる宗教団体などはカルトを除いては、存在しない!

306 :シャア ◆F604BgOwHk :2006/03/01(水) 17:35:19 ID:???
教義については、心と宗教板へ。
組織・布教活動について語ってくれ。 
ものみの塔(エホバの商人)は毎日勧誘に回っているが、帰れといえば帰る。喪家は帰れと言っても帰らない。


307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/01(水) 20:55:22 ID:EBLt3ape
>>303

いまだに昭和30年代の頭の人、かわいそう。
あなたの発言は対話を進めている 池田先生の 意図に反しているのではないか??


原因があって結果があるのはこの世の常。
キリスト教にそれがないと言った時点で、あなたの不勉強は確定的。
今からでも遅くないから真の宗教を学んではどうかな。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/02(木) 01:27:04 ID:???
キリスト教っていっても色々あるよな。

輸血拒否で自分の子供ブッ殺したのとか、
駅前で無料英会話教室とかいって外国人がチラシ配って、最終的に入信させるやつとか(モルモン教)、
「ようこそここへ〜クッククック私の高い壷♪」とか(統一教会)。

仏教も色々あるよな。

仕事帰りの深夜に家の前で待ち伏せて折伏するやつとか(創価学会)、
戦争に賛成したくせに世界平和とかほざいてるやつとか(創価学会)、
機関紙で反旗を翻したやつの家族の不幸までネタにして攻撃するやつとか(創価学会)、
トップが「脱会すると地獄行き」を保障してやつとか(創価学会)、
組織的に盗聴やって断罪されたやつとか(創価学会)、
原爆もハンセン氏病も仏罰とほざいたやつとか(創価学会)、
破門前と後で言ってることが全然違う"じゃあお前らの教義ってなんなんだよ"なやつとか(創価学会)。

まぁ世の中デタラメな人達によって振り回されてるってことは確かだな。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/02(木) 07:17:59 ID:N+ebLs0+
>>308

それらはキリスト教ではないぜ〜〜〜 ク〜クックック

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/02(木) 19:07:50 ID:bee/qI/c
補足
輸血拒否で自分の子供ブッ殺したのとか、=ものみの塔

ここは、政治・経済のジャンルです。 神学論争はやめましょう。
宗教の、宗派の違いについては、人事権がどこにあるかで区別しましょう。
仏教 比叡山、永平寺、東西本願寺、、真言宗系は解散1寺1団体。

Souka-Gang
上納金の多寡でポジションが決まるのか? 地区Lが本部から派遣されるんじゃないみたい。


311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 00:31:04 ID:???
はいはい( ・ω・)∩ 303の創価員は創価お得意の逃走ですね。

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 01:04:25 ID:ZVEZrS1i
>>303
>>仏教は原因と結果を
>>明確にしてる点

そんなら、仏罰が落ちる仕組みを説明してくれ。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 19:40:52 ID:wUM8dXiP
>>304
釈迦仏法は頭でっかちの教えだから(皮肉)
絵に書いた餅だよ
理論だけの教え
法華経は読んでますよ

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 19:54:24 ID:wUM8dXiP
キリストも創価も
同じようなもんだ
アメリカ国内の福音派?
だったかな?
ブッシュとつながりあるもんで(ブッシュもキリスト) 信徒は泣きながら
十字架に向かって
当選祈ったりしてた ちょっと前にTVで
やってたよ
あの時は創価を思い出したねW

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 19:59:45 ID:wUM8dXiP
>>314
当選←×
大統領選挙←○
だったかな?
よくおぼえてない

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 20:05:05 ID:???
それをいうなら、キリスト教も仏教も…だね。
仏教の源泉にキリスト教があるみたいだから。
さらにキリスト教には別の源泉があり、皆が全て
の始まりと真実はここだけに!とかいうと
矛盾だらけになってしまうんだなあ。
だからって宗教を全否定することはないと思う。
統一も創価も…なら、似たようなまずいところ
があるからいえないこともないね。


317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 23:25:41 ID:/jrVaElL
>>314

人は誰でも困難に合う時、神に向かいますね。
気にスンナよ(w


つうか、いちいち創価と連結するなよ。

318 :たぶん、:2006/03/10(金) 00:25:38 ID:h93BQHep
クリスチャン・ディオーレぐらいにしか思ってないのではないか?

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 02:23:20 ID:???
俺達でも全く興味が無いようなものを創価が知ってるとは思えない
てか、ある程度でも知ってたら逆に怖い

320 :テVテテテA ◆0AUtFe5Au2 :2006/03/11(土) 19:47:17 ID:ACL6rZDp
>>316
キリスト教とイスラム教には十戒という道徳がある。
仏教には八戒がある。

創価員はやくざでもよい、というのはどういうことなんだ?


321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/22(水) 18:20:01 ID:???
hosu


322 : ◆0AUtFe5Au2 :2006/03/32(土) 03:22:48 ID:???
hoshu

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 21:14:32 ID:???
age

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 00:56:16 ID:???
キリストは神を信じればどんな良いことがあるのですか?

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 01:05:10 ID:rqdykD1H
>>324
信じるだけでは十分ではありませんが、死後天国へ行けます。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 01:20:53 ID:???
>>325
信じる+なにすれば天国へいけるのですか?
悪いことすればやはり地獄ですか?
また天国と地獄の中間の人はどこにいくのですか?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 01:28:50 ID:???
おちんちんが小さいのはだあれ?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 01:40:48 ID:rqdykD1H
>>326
洗礼を受けて、毎週ミサに出て、教会の教えを守って生活することです。
悪いことをすれば地獄です。信じない人も地獄です。
中間はありません。天国に真っ直ぐ行く人と、火で浄化された後に行く人がいます。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 03:51:39 ID:???
>>328
仏教とは別物だな

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 05:09:47 ID:eMIMgWY4
キリスト教知りたいのなら、聖書読めば良いと思う。特に新約聖書のほうかな……?
303 の汝の敵を愛せ……は、例えその人が自分の敵であろうとも憎んではいけない、って事かな。
キリスト教は隣人愛だから、人類愛に繋がると思う。血縁も関係なく、全ての人を愛しなさい、みたいな。

ちなみに、私は地域では有名な某ミッションスクールに通ってます。
そうはいえど私は無宗教だし、敢えて言うなら八百万の神が好きだけど、信仰しているわけじゃない。
別に宗教に頼らなくても、自分が正しいと思った道を外れなければそれで良いと思う。頼ることは否定しないけど。
で、キリスト教系学校に通うお寺の子供とか仏教系学校に通う牧師の子供なんて話はよく聞くんだけど、創価系の学校はどうなの?
さっき調べたら創価高校とか大学とかあったけど、ここに通う人たちは、みんな創価?

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 05:44:59 ID:e1cSomv1
        _
       /\ \
   __/  / ̄/
  /\  _\/ /_\
  /  / ̄       /
  \/__( ;-_-)/ 
   /  と    ノ ハァ
   /  人  Y ハァ 
   \/し'(_)



332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 21:54:12 ID:???
>>328
返答ありがとうございます

下記だけ良いですか?
1病気、事故などおこった場合どのように考え、のりきるのですか?

2例えその人が自分の敵であろうとも憎んではいけない、
>キリストはいくらかの宗派に分裂して敵対関係にあると思うのですが、
これはどのようにお考えですか?

333 :横レス:2006/04/03(月) 22:43:46 ID:Ysm5cRbM
>>332
328ではないが、回答してみます。

>1病気、事故などおこった場合どのように考え、のりきるのですか?
神に聞き従う方でも病気や災難に逢います。
1)その人の精神的成長に神様が必要と考え与えられるもの
2)神様に対して意図的に逆らったときに起こる罰
があります。
いずれも場合も神とともに歩む姿勢が問われます。
・必要であれば悔い改めること。
・苦難にあっても希望を持って神とともに歩むこと
が答えです。
1)の場合は大きな実を、2)の場合は神様との和解と正しい信仰姿勢が与えられます。
神様はすべて良いものを与えられますが、それが人にとっていつも心地よいものであるということはありませんね。

>2例えその人が自分の敵であろうとも憎んではいけない、
>キリストはいくらかの宗派に分裂して敵対関係にあると思うのですが、
>これはどのようにお考えですか?

憎んではいけないのではなくて ”理性を持って敵を理解せよ”ということです。
敵のために祈り、敵を愛せ というのは感情ではなく 理性を求めている言葉です。
敵の置かれている状況を考えることが和睦の始まりです。神様は争いを好みません。
敵への理解を求めておいでなのです。
憎しみの感情はそれ自体罪とは言えないでしょう。

また、ご指摘のようにキリスト教は分裂し、対立した歴史があります。残念なことにそれに政治の問題が絡み
歴史を重ねるごとに問題は複雑になるばかりですl。
しかし、あまたの国民がひとつの祭壇の前に集まり、ミサに与っていることも事実です。

現在、キリストにおいてまともな教会(統一教会・エホバの商人・そのた異端除く)は一致の方向に向かっています。
再び、神のみ前に教会がまとまる日も来ると希望を持っています。


334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 23:03:15 ID:???
>>333
回答ありがとうございます。

神に聞き従う方でも病気や災難に逢います。
1)その人の精神的成長に神様が必要と考え与えられるもの
2)神様に対して意図的に逆らったときに起こる罰
いずれも場合も神とともに歩む姿勢が問われます。
・必要であれば悔い改めること。
・苦難にあっても希望を持って神とともに歩むこと 。

>1)は何のための試練ですか?悔い改めれば治るということですか?
病気は神の意思で1)2)どちらにおいてでも、もしそれで亡くなってしまったら
神の意思で仕方がないということでしょうか?

現在、キリストにおいてまともな教会(統一教会・エホバの商人・そのた異端除く)は一致の方向に向かっています。
>統一教会は合同結婚式、エホバの商人は輸血禁止?
キリスト内で最もまともにみえないが。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 23:09:01 ID:78RYV5ZQ
あんた文字が読めないの?

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 23:14:32 ID:???
(統一教会・エホバの商人・そのた異端除く)
すいません間違えた


337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 23:19:38 ID:???
ここだけきいていいですか
苦難にあっても希望を持って神とともに歩んだ結果
もしそれで亡くなってしまったら
神の意思で仕方がないということでしょうか?

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 05:34:14 ID:sjt7uPOP
>>337さんへ

>ここだけきいていいですか
>苦難にあっても希望を持って神とともに歩んだ結果
>もしそれで亡くなってしまったら
>神の意思で仕方がないということでしょうか?

死に方だけはわかりません。神がいつ何時、死を賜るか・・・・
しかし、キリスト教では死後 天国に行くことが保証されています。
宗教であれば当然でしょうが。

大変漠然とした答えで申し訳ありませんが、神の意思に従うことは信じるものの義務であり
喜びであるので死に方においても生き方においてもそれ自体は大差ないということになります。
”どう生きたいか” ”どのように死にたいか” を神様に祈り、お願いすることはできます。

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 20:31:28 ID:???
>>338
キリスト教では死後 天国に行くことが保証されています
>キリストでない人で誠実に生きた人は天国へいけますか?
イエスキリスト=神ですか?

死に方だけはわかりません。神がいつ何時、死を賜るか”どう生きたいか” ”どのように死にたいか”を
神様に祈り、お願いすることはできます
>死に対してのとらえ方が重要と思いますが。
神様に祈り、お願いしても叶わない場合は何が原因ですか?
やはり神の意思ですか?だとすると
全て起こることは神の意思なのでそれを受け入れましょう。
そうすれば天国へけます。
神の意思は凡人には理解できないことです。
ということですか?

すいません、意地悪な質問ばかりで。

340 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 21:37:02 ID:9qxjVcfd
>>339
>神の意思は凡人には理解できないことです。
>ということですか?

キリスト教徒ではない私が書き込みするのも可笑しなものかも知れませんが、
大雑把な言い方をすることが許されるなら、そのとおりでしょうね。
凡人ではなくとも、神の御心・御計画は分かりません。
もっとも、信仰すると言う事は、キリスト教徒にとっては神の御心を行なう
と言う事でもあるのでしょうけれど…。

>神様に祈り、お願いしても叶わない場合は何が原因ですか?

もし神は人が願えばそれを叶える(叶えなければならない)存在なのだとすると、
それは我が“主”ではなくて、人の“召し使い”のような存在と言う事になり、
神が神たる事を否定する結果となってしまいます。
(以上、簡単に言うと、そのように考えているのだと思いますよ。)

341 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 21:46:40 ID:???
キリストの復活を事実として信じれば救われますとパウロは言いますが、信じる者は神に決められているんでしょうか?


342 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 21:55:49 ID:9qxjVcfd
>>341 興味@日蓮宗葵講さん
神のみぞ、知ることです。神にお聞きください。

少しだけマジに書くと、「信じる者」ではなく「救われる者」ですが、決められている
と考えるキリスト教の立場はあるようですよ。

343 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 22:00:40 ID:???
>>340
内村観三でしたかね、「真のキリスト者とは、神の奴隷となる事を喜ぶ者である…」これは的を得ていると思いますね。
千年王国で永遠の奴隷となるか……いやだなあ

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 22:03:01 ID:???
>>342
キリスト教では死後 天国に行くことが保証されています
>キリストでない人で誠実に生きた人は天国へいけますか?
イエスキリスト=神ですか?

我が“主”ではなくて、人の“召し使い”のような存在と言う事になり
>人が召使ですね。
運命がどうなっても神さまに全てをお任せますということですね。

またキリストの復活とあるが
>これは何を理由にいっているのでしょうか?
誰かが復活したのを見た?もしくは創造?

345 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 22:06:41 ID:9qxjVcfd
>>343 興味@日蓮宗葵講さん
まぁ、ある意味では「奴隷」・完全な僕(しもべ)なんでしょうねぇ。

「千年王国」と言うのは我々外部の者はよく言いますが、キリスト教内部では
あまり言わないそうですが…。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 22:23:02 ID:???
信仰なんて自身の安らぎのために心の中だけでやってればいいだろ。
それなら誰も文句言わない。
価値観を押し付ける人間は自我が確立出来ていないんだよ。
その点では層化は論外。クリスチャンはよくわからん。
正直、いい歳して集団でつるんで餓鬼じゃねーのか?といつも思う。
プライドとか信念とかアイデンティティーとかがないのか?と・・・
他人の思想に振り回される奴はただの馬鹿。

347 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 22:23:53 ID:Q4MSNzyT
>>344
「>キリストでない人で誠実に生きた人は天国へいけますか?」…これは、ちょっと意味が
とり難いところがあるのですが…。
それと、「>」は、2chにおいて一般的には引用した文章に付けています。
できれば、あなたもその様にした方が良いのではないでしょうか。

「イエスキリスト=神ですか?」…これは、そのとおりですね。
さらに、イエス・キリスト=神=聖霊、と考えています。(三位一体)

「>人が召使ですね。」…私がそこで書いた内容自体は、それとは違いますけれど、
キリスト教自体は、そのように考えていると言ってもよいでしょうね。

「復活」については、新約聖書の中で、それを見た人がいると記されています。
(この板ではなく、宗教板で質問なさるべきでしょう。)

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 22:35:54 ID:???
>>347
ありがとうございました

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 22:51:22 ID:???
>>347
ありがとうございました

350 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 22:51:34 ID:???
>>347
俗に言う「予定説」という考えですよ、経典宗教たる(預言書たるバイブル)を絶対としますから、キリスト教は人間の自由意思を否定します。救済とは神が自由意思により奴隷を選定する事でしょう。
あと、三位一体はカソリックの教義でしょう、東方教会にはないはず…

351 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 23:02:50 ID:Q4MSNzyT
>>350
「救済とは神が自由意思により奴隷を選定する事でしょう。」・・・別に否定する気は
ありませんが、キツイ言い方ですね。

>三位一体はカソリックの教義でしょう、東方教会にはないはず

プロテスタントもそうだと思いますが、記憶をたどると、(何々)正教と言った
東方教会は、あなたの言うように違ったと思います。
各立場で、様々な違いはありますね。
例えば、聖母マリアに関する扱いが、カトリックとプロテスタントでは違いますし。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 23:11:16 ID:v2339P11
>>339
もちろんです。
天国に行く権利のある人は ”神様の望む行動をこの世で行った者”と考えて下さい。
具体的にいうと宗教にまったく関係ない人でも 他人のためにすべてを犠牲にできる人
また、他の宗教であっても自らを戒め、正しく生きようとしている人のことです。

余談ですが、”断食”(キリスト教では小斎・大斎)の真の意味は 自分は食べるのを我慢してその分を恵まれない人に施す行動です。
神様の戒めの意味を正しく理解できる人はこの世で余り苦労することはないでしょうね。

あなたは神様にお願いしたら死ぬようなことはないとお考えのようですが、神様は”死に至るまで忠実であれ”と仰られています。
だから、”死に方”も大変重要なことですし、困難にあるときでも神様に希望をおいて生きることができるのです。

神様に祈り、叶わない事はあります。自分だけの強い願望であったり、神様から見て本人のためにならない願いは聞き入れられないことが多いようです。
その場合、私たちは一緒に祈る仲間を見つけることができます。一緒に心を同じくして祈ることができる内容であれば叶えられるでしょう。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 23:14:13 ID:v2339P11
ああ、長文だった・・・・ 


ヲタさん、回答ありがとうね!

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 23:15:52 ID:v2339P11
>>346

まったくそのとおりですね。

宗教をやっている人の一番 見苦しいところは ”思考停止”を喜ぶところですね。

355 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 23:17:22 ID:Q4MSNzyT
あれれ? わざわざ御礼を言われるような事ではないのですが、レス348・349と多少の時間の
間隔をおいて言われると、こちらも何か言わないと駄目なのかな?
ごく大雑把なことを書いただけですので、もっと、御自分で調べてみてください。
この板に書き込むような人だと、結構面白く感じると思いますし、何をどのように考えて
いるのかを知るのは、大切な事だと思います。

356 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 23:20:25 ID:???
>>351
救済の規準が外的な行動規範でもなく、内的な信仰でもない(証明不能やから)……
全ての人は罪人である−パウロ−
ヲタ氏的に言えば、受刑者に人権はないんですよ。
最期の審判を法学的に解釈してほしい

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 23:24:17 ID:v2339P11
>>356

わるいが、キリスト信者は ”赦された罪人”であるので、人権は多少あるかと・・・ (´・ω・`)

358 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 23:26:28 ID:???
>>352
>天国に行く権利のある人は ”神様の望む行動をこの世で行った者”と考えて下さい。
神の望む行動…
自らを崇め、エジプトの神より素晴らしいと自画自賛し、いけにえを要求、罪なきイスラエル人を虐殺…などなどをしろと?

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 23:27:49 ID:v2339P11
>>358
ひねりが足りない (w

だれが旧約の行動をしろと言っていますか?

360 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 23:28:56 ID:???
>>357
キリストの贖罪とは、神により選ばれる人の為の贖罪でありましょう?

361 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆xd7mxrd9Z6 :2006/04/04(火) 23:34:09 ID:g35Ndf5N
まその贖罪とやらで人間に罪おかさせておいて跡になってボクが背負う
ってい言われてもねえ。(藁)

362 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 23:39:37 ID:???
ちなみに、最期の審判における罰は「永遠の死」つまるところ六道からの完全なる消滅、これは仏教的には滅苦であり涅槃とも言える…

363 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 23:50:45 ID:Q4MSNzyT
>>353
いいえ、もちろん間違っているとは思っていませんが、勝手な事を書きました。


364 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/04(火) 23:51:45 ID:Q4MSNzyT
>>356 興味@日蓮宗葵講さん
>最期の審判を法学的に解釈してほしい

それを俺にやれっておっしゃるのですか?
面白そうではありますが、はて、どうしたものか?
一つお聞きしたいのですが、キリスト教は、人間に自由意思があると考えていると思いますか?

しかし、興味さんは、かなり強度のアンチ・キリスト教のようですね。(私も信じることはできませんが…)

365 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/04(火) 23:58:23 ID:???
>>364
一つお聞きしたいのですが、キリスト教は、人間に自由意思があると考えていると思いますか?
キリスト教は、運命論であるから、聖書預言を絶対とするならば、自由意思があろうがなかろうが、無意味ともいえる、キリスト教各派はこの問題に沈黙してますね

366 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/05(水) 00:04:59 ID:A2cpfmXe
>>365 興味@日蓮宗葵講さん
いや、刑法学的に考えるのに参考になるかなと思いまして…。
新派刑法学的に考えたら良いのか旧派刑法学的に考えたら良いのかで、その点が異なります。
(そろそろ寝ます。)

367 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/05(水) 00:06:36 ID:???
>>364
>>最期の審判を法学的に解釈してほしい

ちなみにヲタさん、キリスト教には戒律がありません、法もありません。
神の勝手きままな意思のみです

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 00:08:28 ID:uZNUmPUr
ちなみにヲタさん、興味@日蓮宗葵講にはキリスト教の知識がありません。
興味@日蓮宗葵講の勝手気ままな解釈のみです。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 00:18:06 ID:???
>>368
367に対して、具体的に解釈のどこがどう違うのかを
言われた方がよろしいかと思いますが


370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 06:27:57 ID:sbo+MSmJ
>>360

そう考える根拠は?
誰でもキリストの贖罪を自分のものにすることが出来ます。

そうしたいと思えば、ですが。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 14:29:38 ID:YBwnteD8
>>370 教義が知りたければ、牧師か司祭のところに行ってこい。 教会に住み込みだ。
2chでついているレスは、全部間違いだ。


372 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/05(水) 20:30:08 ID:???
>>370
>誰でもキリストの贖罪を自分のものにすることが出来ます。

ならば何故、最期の審判があるか?

救われるべき人に対しての贖罪である、パウロを読むべきです。

>そうしたいと思えばですが



373 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/05(水) 20:32:30 ID:???
>>372
>そうしたいと思えばですが
ならば貴方は、自由意思により未来を変える事がキリスト教の思想だと思いますか?

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 20:48:29 ID:sbo+MSmJ
>>373

あなたには教えないもん!

375 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/05(水) 20:54:49 ID:???
>>374
答える事ができないんですね……
そんなにヤハウェが素晴らしい神でしょうか?
ユングがヤハウェの心理分析をしてますね、栄光を好み、嫉妬深い……
ルターはこんな神は否定したい……と迄いいましたね。
ヤハウェは欲天に住まう神ですよ。

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 17:02:45 ID:/1gd0n++
>>375
だから、牧師か司祭に聞け。
栄光を好み、嫉妬深い神であるとは、聖書のどっかに書いてあるけど、そういう話じゃねー。 だいたい、Godと神は別の概念だ。


377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 17:19:15 ID:+G+krrZW
>>373
人間に自由意志がないなんて言ってるのはどこの教派だい?

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 18:32:34 ID:RIGWnNO1
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 ええか!  お題目すると幸せになっちゃうんだよ
             わかるだろう
   病気だって治っちゃうんだからしょうがないだろう
    ほれ、反論してみろ!
      論破されおったな
       わっははは   おまーらも お題目しろ!と云うことじゃ
ええか!  おまーら 学会に入れ!
       入らんなら 書き込みをするでない!
      お題目は学会の真髄じゃ!
       お題目はカッコイイだよ わかるか
         糖尿も治るんだよ
        お題目はお洒落だろう
         創価学会はお洒落な宗教なんだよ 
       おまーら 信心せい!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★


379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 22:24:17 ID:wFbDaQ1o
>>375

だから何?
ユングは神よりも偉いのですか?
あなたは神の品評会の審査員のつもりですか?

法華経のご本尊はユングに分析させるとどうなりますかね?

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 23:18:26 ID:???
>>377
そんな無意味な返しでなく
373の質問にただ答えればいいのでは?
373の質問にあると答えたいならば
これこれこうだから
あるんですって言えばよいだけと思うが

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 00:07:59 ID:ZVC8IrPh
ところで、>>369>>380のうち少なくとも片方は
興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI が名無しで
書き込んでいるように思えるのは気のせいだろうか?

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 00:20:26 ID:???
>>381
いいえ残念ながら違いますよ。
369と380は私ですが、興味@日蓮宗葵講ではないですよ
はたからみていて議論をさけているように
みえて歯がゆいのです。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 00:37:16 ID:ZVC8IrPh
>>382
じゃあお前が議論に加われ。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 00:52:05 ID:???
>>383
何で?キリスト教じゃないのに?
373に答えられないなら、
素直にわかりませんといえばいいのに

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 08:26:11 ID:iNFhIVhi
真如苑ならばかなり問題でしょうがクリスチャンは問題ないと思いますね。


386 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/07(金) 22:12:04 ID:???
興味は名無しをしませんし、私は臨済宗だよ。
他者を否定するならば意見を持って発言すればいい、ユングと神どちらが偉いかは知らないが、仏法的には神とやらは対した人格を持ってないし、なんかエジプトの神に凄く嫉妬してますね……

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 02:30:31 ID:9f+48PPX
>>377
予定説。 どこだっけじゃなくて、お寺はどこだ。 ICU?


388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 02:32:22 ID:7v7NGKx+
クリスチャンの事をクリスチャンだと思ってます それ以上でもそれ以下でもない

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 22:50:38 ID:OME17USL
>>388

このすれで唯一まともなレス (w

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 22:55:06 ID:54105E2J
多分…何も気にして無いんじゃないの!
所詮、仲間・友達(学会員関係者)以外は皆、人と思ってないもの

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 23:06:30 ID:66dvpiBd
戦争を仕方ないと考えている印象がある。

クリスマスなど、お祭りなどは華やかで素敵だけどね

宗教と現実がかけ離れているような気がしてとっつきにくい

比較するとそう思うよ

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 23:31:41 ID:KhnVLKdf
学会ぢャない人とだって仲良いし
人と思ってないなんて思ってませン!
うちの親だって学会人ぢャないし。

393 :CRYING WOLVES:2006/04/08(土) 23:51:41 ID:RCn5zGA7
392
逆にワシは、SGIを人とは思ってないがの。

ロボ・トミーだとおもっちょる。

394 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/09(日) 01:10:28 ID:???
>>392
それは学会員からみたら、一般人=会員予備員だからな。

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 09:14:10 ID:3Zov17an
現ローマ法王はドイツ生まれのユダヤ人 最初の演説で『我がユダヤの兄弟達よ』と言っていた ユダヤ教からキリスト教に改宗したかに見せ掛けたマラノの1人

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 09:16:50 ID:???
てst

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 00:11:31 ID:TNMWL7Tx
よくわかんないけど、心優しいイメージがある。

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 00:45:11 ID:???
よくわかんないけど、心優しいイメージがある。

誰が?

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 02:08:55 ID:R8jvIFFq
キリストは、教会への見学が自由なのはいいなぁ。

創価の文化会館や平和会館の内部の見学は、出来ないんだよな。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 02:24:02 ID:???
>>398
創価の人は優しいですね、確かに
本当に優しすぎる

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 02:53:39 ID:???
>>400
どこが?
聖教新聞や創価新報で他人の誹謗中傷してるのに?

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 05:50:23 ID:???
それとて救済の為だから。

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 12:20:25 ID:TNMWL7Tx
>>398
クリスチャンが。

404 :ぐりえりみんぴえとろ:2006/04/10(月) 12:32:58 ID:???
俺クリスチャンで、上司ソウカ。
頭おかしいって言われる。


405 : ◆0AUtFe5Au2 :2006/04/14(金) 02:16:41 ID:T1KG4PpX
クリスチャンの有名人  新渡戸稲造
そうか  宅間、姉歯、吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐事件の犯人、小原保

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/14(金) 02:45:00 ID:XDB7kkKP
学会員やってる知り合いが、「キリスト教って汚いよね?」って言ってた。

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/14(金) 06:37:09 ID:7JWksNHL
考えは人それぞれ

408 :鬼瑠◇ ◆T2ETDaxtSg :2006/04/14(金) 07:11:15 ID:LYPHVM8T
ちなみに俺は魚だ!

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 15:12:25 ID:???
誤爆?
ですが、12使徒のペテロは、信者を集める漁師のペテロと言われ初代教皇とされています。
洗礼受けますか?


410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 15:27:22 ID:TkhtpPaZ
ちょっと聞きたいことがあります。
創価学会ではクリスマスのお祝い禁止されているのですか?

昔の彼女、学会の人でしたが、クリスマスには全く興味関心見せませんでした。


411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 15:31:46 ID:TkhtpPaZ
>>406
自分達よりも組織力があるから、嫉妬してるのかな???

学会って・・・アンチ・キリスト教なんだね。
創価の人は上智や青山とかには進学できないのかな?

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 17:14:21 ID:???
池田先生の親友がクリスチャン。君は君の道を行け、僕は僕の道を行く。と
認めてるが違う道。

413 : ◆0AUtFe5Au2 :2006/04/16(日) 16:16:50 ID:1ktt1u64
>君は君の道を行け、僕は僕の道を行く。
>
尺服にくる奴に言ってやってくれ。


414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:30:49 ID:???
>>412
池田の兄弟も創価じゃないし、親友がクリスチャンでも認めるのかよw
その考えを池田の身近な人間にだけじゃなく創価全体に広めてくれ

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:32:16 ID:llHuzcIE


ただのお伽話じゃん



それよか、いつになったら終わるんだ?

1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 03/11/09 01:48 ID:EtpKRwpp




416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:34:05 ID:???
>415
2行しか書けない文盲乙!

   アンチは行き場所がないのか・・・   
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1140196838/

683 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/04/16(日) 11:49:22 ID:llHuzcIE






あああわわっわっわわっわっわっわっわわっわわww

日曜も2ちゃんなんて嫌だああああああああああああああああああ





684 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/04/16(日) 16:26:22 ID:llHuzcIE
日曜もアンチは粘着してんだな

キモイ



417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:52:01 ID:???
>415
創価には、バカ共を騙す与太話しかない。

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 14:23:58 ID:1GH8pQmJ
>>412 上げ


419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 17:47:57 ID:Yt1XY0qn
ほかの宗教を認める宗教なんて無い。

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 19:50:02 ID:F0pXpPeK
「文明の衝突」
キリスト教とイスラム教の対立は理解できる。根本的に、聖地の問題があるから。
でも、仏教と、キリスト教やイスラム教の間に、衝突しそうな問題はないでしょ?

なぜに、キリスト教へ敵意あるのだろう?
それが知りたい。分かる人いる?

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/20(木) 23:51:08 ID:???
宗教は全て自分とこが正しいと思っているから、
すべて敵なんだべ

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/21(金) 03:32:21 ID:???
創価は特にそういう排他性が強いよね。

423 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/23(日) 00:23:27 ID:???
>>420
カソリックの倫理で言うと、異教徒だけならまだしも布教を拒む=救済の否定となるんだよ。それはアンチキリストであるんだよ。
最期の審判はすぐに訪れるから、キリストの復活を信じる者を一刻でも早く増やすのが、義務なんだよ。

424 :ジャビットに食われたトラッキー。:2006/04/23(日) 00:34:17 ID:zIQbCou2
もし仮にキリストが再来したとして・・・
その時、古代ヘブライ語を理解できない日本のキリスト教徒は、
彼のどの言葉に導かれるのだろうか?
通訳を介すとまた曲解して伝わるのではなないのか?
余計なお世話だけれども心配になる。

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 00:44:53 ID:oH5wT+nx
私は学会員ですが、キリスト教の彼女と付き合ってました。
人の価値は人間性ですよ。


426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 01:11:52 ID:???
過去形で語るってことはやっぱ破綻したわけ?

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 03:54:14 ID:1ODkL6/v
>>425
>>人の価値は人間性ですよ。

池田大作の価値はゼロか。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 07:34:36 ID:vYRuLhlL
スレタイ違いかも?
学会員でもなんでもないただの貧乏人だが、キリスト教は人の命を尊重してない印象ですね。
旧約聖書読んでみたら、あらびっくり。
だから私は、マリリン・マンソンを支持する。

429 :ジャビットに食われたトラッキー。:2006/04/23(日) 07:40:33 ID:cDy9wuxc
425

人の価値は人間性と、池田にだまされない聡明さだ。

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 16:12:34 ID:???
>>428
旧約をメインとしてるのはユダヤ教。
キリスト教とイスラム教ではそれぞれ新約とコーランがメインで、旧約はおまけに過ぎない。

431 :我輩は、猫である、名前は・・・。:2006/04/23(日) 16:17:16 ID:nCsFv/7H
どーも、ね。キリスト、教徒も、イスラム、教徒も、仏教徒、つまり、
人間、ですよ。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 16:28:45 ID:???
>>> 創価学会666 <<<で検索してみよう!
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433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 16:39:41 ID:???
>>426
自然消滅です。


434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 16:54:17 ID:gb/W2x3S
日本の世界で、まれに見る恵まれすぎた、自然が作った
歴史、文化を抜きにして、宗教は語れない。

早急な進展、闇雲な信仰は、人を傷付ける恐れがある。
だから、自分は、そのままでいい。
そういう人はどうするのか教えて?

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 17:16:42 ID:88L6L5oo
そうかの答は、決まっている。 なぜここで聞く?
心と宗教板へどうぞ。


436 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 00:57:55 ID:???
>>424
再臨時は最期の審判ですから、神は自由意思にて、神の国に入る者を決めるただそれだけです。

>>430
土台としての旧約は大切ですよ、私はイエスは預言者だが神ではないと思うがね……

まあ、葵講の方が素晴らしいね

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 01:16:06 ID:???
創価とキリストは仲良しかと思ってたぁ。。ちがうんだ☆
だって、人○しっていう点で共通してるじゃん。

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 02:29:32 ID:???
>>436
どう捉えても良いけど、旧約だけであら探しするのは
立派な大人を捕まえて「こいつ小学生の頃万引きしてんだぜ、最低だよな」って言ってる感じがする。
イエスの教えは旧約を元にした形式主義を激しく批判してる面も多いからね。

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 08:40:24 ID:8aGCiH2R
例えば「隣人を愛せ」の教えがあるが、本来は相手がどの宗教でも愛せと言っていたのに、異教徒は 神の名の元に虐殺! これは有り得ない。 創価は、他宗教を次元の低い教えと見下す。教えの高い低いは一人一人が決める事だと思うが、

440 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 08:43:08 ID:???
自由意思をもたない、カトリック、予定説により神の奴隷として生きる事を喜びとする、戒律無き宗教……
葵講の足元にも及ばず

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 09:30:34 ID:7pCkXNo6
>>440
カトリックはどうか知らないが、いわゆる「新教」といわれるプロテスタント
は、予定説とかそういった運命概念はポピュラーにはなっていないと思う。
少なくとも日本でキリスト教といえば、そうではない。彼ら信者が説かれる
のは、

 「あなたは罪のある者です、だからそれをまず自覚しなさい、
  そうするとその罪の罪悪感から苦しく感じるようになるでしょう、
  それが神からの離反ということだとわかるでしょう、
  その神からの逃走をやめ、神の与えている救いの中に入りなさい、
  それは神がその神からの離反を許してあたかも罪のなかった者である
  かのようにしてまたあなたを迎え入れて下さるということであり、
  その救いの中に入ることであなたは神の潔めのみわざの一歩に立ち、
  無上の喜びが与えられます、みなクリスチャンとはその救いのわざに
  預かった者です、それはキリストがあなたの代わりに罰されて罪を
  かぶってくれたということを信じたからです、この身代わりに罰された
  から代わりにあなたが許されるということを信じることがキリスト教の
  『信仰』です、その『信仰』による「あなたは神から義とされて
  罪が許される」ということが、『福音』つまり『良い知らせ』です、
  さああなたもこの『福音』を信じて神の救いの素晴らしさに預かって
  ください」

この内容がキリスト教ということでした。

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 09:46:14 ID:7pCkXNo6
一般には誤解が多いですが、キリスト教といえば、基本的にこの>>441に掲げた
内容以外に本質はないでしょう。この内容を欠けばもうキリスト教とはいえない
でしょう。

つまり、日蓮のとなえる教えであるとか、その他東洋の仏教やその他の「修行」
による成長という宗教の主張する概念とは、キリスト教は大きく異なるでしょう。
少なくともその概念は相容れない内容でもありますね。

そういうこともあって、キリスト教と仏教などは基本的に別物として相容れる
概念を持ち合わせていません。

片や自分の心の問題を神からの離反に原因と考え、それが「キリストの十字架の
罰で肩代わりされたと信じるなら許される」、そしてそれを信じて実際にその
効果を実体験して「そうだ、やっぱりこれは真実だったのだ、神はわれらを救い
たもう、キリスト教は真実の宗教である、となってクリスチャンとなった人々は、
もうその概念の中でしかものが見られなくなる、のが普通でしょう。これでもう
彼らは神という「こちら側でないもの」の、旧約に始まった『啓示』によって
生まれた宗教の概念の中に入り、そこからすべてを理解するという道に居るという
ことなのです。

片や、古代インドに始まる哲学的思弁によって生まれたバラモン教や仏教はどうで
しょう。彼らはいわゆる人間の心理学的な分析学の一種と言えますね。つまり、
それらは本来は人間の営み、つまり人間の側から生まれた探求の形態である科学
の亜種であると考えられました。(続く)

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 09:58:24 ID:7pCkXNo6
このように、古代インドに始まる神秘思想は、実は本質においては、現代の言葉に
翻訳するのであれば、「科学」の一形態であったと見て間違いないと思います。

それらは人の思索の延長であったのであり、それらは「信仰」というより「想像」
の延長として考えなければならないと思います。少なくとも「信仰」の概念を
キリスト教のような「理性では納得はできないが、超越者が提供してくれている
とても理不尽でおかしな論理を、そのおかしさに目をつぶってでも、とにかく
そのまま受け入れるということ」だとするなら、「想像によって延長された科学を
理屈に合点がいくからその主張する修行をして成長する」という考え方はおそらく
「信仰」ではないでしょう。

東洋の宗教とは、「証明はされてはいないが、想像によって理屈がつけられるのでは
ないか、と考えている仮説に基づいて、しかしそれを半ば信じて、あるいはそんな
気分になって、その修行をして、その気分に浸って自分を変える」ということだと
いえると思われます。そしてその際に、その「修行の効果」がやはり現実的にある、
ということによって、このフィーバック回路が成り立つ結果、「この仮説は正しい」
という観念が生まれて、あるいはその気分を継続してそのあり方を続けるように
生きていく、ということだと考えられます。つまりこれは、「疑似科学の継続」と
いう言葉でも言い換えられると思われます。

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 10:14:14 ID:7pCkXNo6
さて、これら、キリスト教と東洋の宗教とは、「信仰」という概念においては元々
明確な違いがあると思われましたが、しかしもう一度これを客観的に見るときには、
実は共通の内容はあるでしょう。

もし片方から「超越者が与えた啓示」という部分を取り去って、それを人間が考えた
概念であったと仮定した場合、どうなるでしょう。つまりその元となった出自を隠して
その信仰概念だけを伝えても、>>441のような「信仰体験」は可能になるでしょうか?

それは可能になるでしょう、つまり人間が考えた概念であったとしても、その信仰内容
がもたらす「人間に与えることになる効果」は同じものになるでしょう。これは何を
意味するでしょうか?

それが意味するものは、1.神が実際に居るからその信仰は同じ効果をもたらした、
のか、それとも2.信仰したというその人の心的行為がその人に影響を与えたから
そのように結果した、のか。もし2.であったとしたなら、神が本当に居るからだ、
というよりも、それは東洋の修行の効果と実は似たものであった可能性も考えなければ
ならなくなるということです。

ユダヤ・キリスト教における「神の啓示」は「超越者からの一方的な啓示」でした
が、これを、現代人類よりもはるかに文明の進み科学的知見の進んだ知的存在、
人類亜種(あるいは「宇宙人」でしょうか、実際「創世記」では「ユフバー・エロヒーム」
と記されており、これは「神、空飛ぶ人」という意味です)が、地球人類に与えた
「信仰」であった可能性もないとは言えないでしょう。これが2.が正しいとした
場合の可能性でしょう。つまり人類は科学の延長において、「信仰」が与える効果を
体験していたのかもしれませんね。

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 10:24:16 ID:7pCkXNo6
さて、>>443では、東洋宗教の心理学的アプローチを「疑似科学の継続」であると
喝破していましたが、その言葉に引っかかる方もおられるかもしれません。

しかし、片方のユダヤ・キリスト教的超越者の存在を>>444のように考えることが
許されるなら、東洋宗教を>>443のように考えることも然りとするべきではない
でしょうか。つまり公平にものを見るなら、ここでの「真実」とは一体何でしょう?(笑)

つまりここで言えることはこうです。

東洋の宗教がいわば「心理学」を思弁して想像の延長によって結論した内容がその
「心理学」の延長であるとしたなら、その発展過程をすべて「宗教」の皮を剥ぎ取って
しまって、完全に「科学」の姿に変更してしまうべきではないのか、ということで
しょう。東洋の宗教は、本当に「宗教」であるべき必然性があるのでしょうか?

そこをもう少しまじめに真剣に議論してはいかがでしょう?ということですが、
ではまたとしてますね。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 10:37:42 ID:d/pQRjXn
スレタイ変えた方がいいよ。

「創価学会の人はクリスチャンをどう誤解してるの?」

447 :我輩は、猫である、名前は・・・。:2006/04/24(月) 10:47:13 ID:ZwAcL3yH
クリスチャンは、つまり、クリスチャンじゃん・・・。
ということで、チャン、チャン。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 13:09:28 ID:BCANyKyP
森ヶ崎海岸って曲を聞いてみ。

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 17:04:16 ID:7pCkXNo6
結局、お題目の効果とは一体全体なんなのだろうか?

彼らがそう言い、また信じているように、それは「法華経」というお経の
「名前」に「意味と世界の裏にもともと存在していた神秘的な何かの顕れ」
として「我々に働きかける」ところの「宗教」として存在し続けることが
望まれている何かなのであるのだろうか?

それとも、そのような「神秘」は「本当は存在してはいない」のだろうか?

神秘のベールに包んでおけば、それは宗教の源泉にすることができ、その結果
としてそれを材料にして宗教団体を構成してそこから収益を上げることができる
だろう。そしてその長に立つことで、そこからの収益の上前を吸い上げていい思い
に浸ることができるわけである。宗教という形態を残す意味のひとつには、この
目的が大きいといわざるを得ない。なぜなら教祖やここ創価学会の3代会長以後
名誉会長などはその恩恵を最大限に蒙っておまけに名誉のあらん限りをむさぼって
は世界に君臨できると考えているわけであったから、これは真実であろう。

ではこれを、宗教にせずに、これを科学にすることは不可能だろうか?

最近の動きを見るならば、これは興味深い。「気功」に至っては、病気治しの
事例がテレビなどでも取り上げられている通り、これが現実の現象として我々が
目にしまた現実に知ることができる通りの「効果」が証明されている類のものと
なっていて、これは「信仰」の次元ではなく、それは「意識と体をコントロール
することがもたらす現実的な肉体上の効果」を証明していた。

一見、創価学会員や日蓮系の宗教の信者らは、これらの事象や現実は「無関係」
と認識しているかもしれないものであるが、はたして本当にそうだろうか?
本当はこれらは実は深い関係にある現実ではないだろうか?

果たしてあなたはどう考えるだろうか?これをじっくりと考えるということを、
創価学会員らや日蓮系の信者らは、決してしないのであろうか。面白いことなので
ぜひあなた方のご意見も聴いてみたいのでしたが、さてどうでしょう。

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 17:14:12 ID:7pCkXNo6
これはまた、先に詳述したところの、「クリスチャンの『信仰』」についても、
実は関係しては来るのですが、それも、科学の探求の枠内で研究される可能性が
本当はあるのでした。

それは、>>444の2.において述べた考え方です。

つまり、超越者が与えたところの絶対的な恩寵のもたらす結果ではなく、人間に
元々あった「精神の構造」すなわち「心理学」あるいは「ストレス医学」に関係
するところの「生理学」や「医学」に還元される「信仰の効果」によって、人は
許されたと感じ、実体験し、そしてその結果として「ありがたい」と感じて「喜ぶ」
効果を得ていたのかもしれませんね。

仮にもし、そうであった場合、我々には「超越者」は証明されなくなります。つまり
それはあくまでも、その人の「信仰」においてしか「存在しない」ものとして認識
されるべきものとなるでしょう。

日本においては「信教の自由」は認められていますから、その「信仰」はその人の
自由ですので、その「超越者」が「居る」と考えるのは「その人の自由」ですが、
科学としてみることもまた「許される」余地が生まれることになります。「それは
心理学である」と。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 17:17:37 ID:7pCkXNo6
さて、それなら、「日蓮の主張したお題目の神秘的な効果」というものも、実は
単純に「生理学および心理学だったのではないですか?」ということに返って
来ますね。

つまり、キリスト教を斬って捨てれば、それは自分のところに返ってくることに
なるわけですが、それを日蓮は潔しとするでしょうか?

その辺をお聞きしたいと思っています。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 17:30:06 ID:7pCkXNo6
もしも、創価学会員らを含む「日蓮教」の信者らが、この>>441で述べたキリスト教
と呼ばれてきたものの「信仰」とそれによる「効果」というもの、それ自体を否定
する、ということであるなら、あくまでも創価学会員らを含む「日蓮教」信者らは
自分たちの宗教を守ることができます。

つまり、その主張する内容を、あくまでも「宗教」の形で今後も続けることが
できる余地が生まれてきます。

なぜなら、宗教と宗教の対立という「否定合戦」を続ければいいwけですから、
宗教対立という古くからやまない構造的対立にあってあくまでも戦争し続ければ、
「日蓮教」は「お題目の神秘」をあくまでも「神秘的なもの」として守り通す
ことができるようになるからです。

あくまでも自分たちを宗教の形態にしておいていつまでもそれを継続していきたい
場合は、キリスト教を「そんなものはすべて間違っているし、その主張する効果など
も全然存在していない、すべて気の迷いで勝手に嘘八百並べて人を惑わせているだけ
で、そんな『信仰』なるものは『人間にはことごとく無効果』である」と主張する
ことをこれまでと同じく続けていくのならば、自分たちの宗教もあくまでも宗教と
して立てて世に君臨していくことができるでしょう。

「お題目」の効果は、本当に宗教においてしか主張しえないところの「神秘」である
のでしょうか・・・。

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 17:36:35 ID:7pCkXNo6
たとえば、神秘として考えられているところの事例を申し上げましょう。よく
「題目を送る」と創価学会員らは表現しますよね。「題目送ってるから」と言い
ます、よね。

これは一体全体何でしょうか?

これは「テレパシー」効果ではないでしょうか?

ならば、その「思念を送る」ということによる「『何らかの』効果はある」という
ことが、何か「神秘的なお題目の効果なのかどうか」ということなのですが、
これについては創価学会員らを含む「日蓮教」の信者の方々は一体どのように
お考えになりますか?

よろしくお答えを戴ければ幸甚であります。

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 18:01:33 ID:???
>453
回向について勉強シレ
後は功徳な。話はそれからだ。

455 :454:2006/04/24(月) 18:09:06 ID:???
あと、妙に演説口調なのと長文が見苦しい。
ちゃんと勉強してから話せ。憶測で言うな。
もし本当に気になるなら身近の学会員に聞け。
君の質問は教学3級の人でも分かることだ。

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 18:43:30 ID:7pCkXNo6
>>454-455
えーっと、それでは私のお聞きしていることの意味や内容についてはご理解戴いて
いる、

とこちらが認識してよろしいですね。

>憶測で言うな。もし本当に気になるなら身近の学会員に聞け。
>君の質問は教学3級の人でも分かることだ

つまり、これはあなたが「私の質問」の「内容」が何であるかわかっていて、
understannd しているということですよね。

であって、しかも、その答えをも「ご自分では知っている」とおっしゃっている。

このように受け取ってよろしいですね。

では、あなたにはお答えをしていただけると考えられます。どうぞ、あなたの
思うところ、お考えになっておられるところを、ここでお話くださいな。

それはこうした場の意味であると、私は理解しているのですが、これは間違って
いますか。いかがですか?

さてどうです?

457 :うましかちゃん、達、屁:2006/04/24(月) 19:10:43 ID:ZwAcL3yH
て、言うか、だめ、法華ちゃん、達、行くとこ、無くて、暴れてる、だけだから・・・。

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 19:46:46 ID:7pCkXNo6
>>454
>回向について勉強シレ
>後は功徳な

回向も功徳も、どちらもつまりは「宗教用語」ですね。

私はそれを「科学」の俎上に載せることで、それらを「宗教から
科学に転換させることができるであろうところの可能性」について
議論しています。おわかりですね。

しかしあなたはそれをどこまでも「宗教」にしておきたいとお考え
である、と受け取っていいわけですね。


459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 20:36:27 ID:7pCkXNo6
>>455
>憶測で言うな

それからこれは、私の主張のどこが「憶測である」と言われていますか?

この点もよろしければ、どうぞよろしく。

さて、いかがですか。


460 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 20:49:18 ID:???
間違いが多い>>441キリスト教を仏教徒である私より理解していない……

「新教」といわれるプロテスタント は、予定説とかそういった運命概念はポピュラーにはなっていないと思う。
プロテスタントを理解していない、ルターやカルヴァンを理解してください。


461 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 20:51:34 ID:???
>>441
「あなたは罪のある者です、だからそれをまず自覚しなさい、   そうするとその罪の罪悪感から苦しく感じるようになるでしょう、   それが神からの離反ということだとわかるでしょう、   
それはカソリックだけの主張だよ、キリスト教全体として原罪思想があるわけやない

462 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 20:55:38 ID:???
>>441
神がその神からの離反を許してあたかも罪のなかった者である   かのようにしてまたあなたを迎え入れて下さる
全く、聖書を理解していない神への冒涜であります、神は予め定めた物を許すのです、自由意思による信仰などありえないのです

463 :454:2006/04/24(月) 21:07:59 ID:???
>458
>しかしあなたはそれをどこまでも「宗教」にしておきたいとお考え
>である、と受け取っていいわけですね。

宗教用語=非科学的とは面白い発想ですね。
あなたは科学というものが、どのようなものであるか知らないようだ。
現代科学は演繹と帰納のアプローチから法則を導くものですね。
つまりいくつかのデータを反証し、なんらかの法則を導くわけです。
さてさて、それを踏まえて考えてください。

あなたが疑問に思ったのは「題目を送る行為」が
「送られた相手」に「どのように作用するか」ですね。
これは実験するまでもなく、なんら直接の効果がないものです。

そもそも回向(題目を送る行為など)とは
死者や他者(または万物)に対して
自分の行った善行による功徳(利益)を送る行為だからです。

つまりあなたが行おうとしている科学的検証は、
検証する対象自体が間違っているのです。

もし科学的なアプローチで検証するのであれば、
「題目を送った人物」が、「題目を送っていない人物」と比べ、
「なんらかの変化があるか」。
これが正しい科学的アプローチと言えます。
この場所を意味のあるものにしたいという、あなたの考え自体は賛成です。
しかしより価値的に時間を使う方法はいくらでもあるはずです。

あと、もうひとつ、老婆心ながら…
「まるい卵もきり様ひとつで立派な四角形になるじゃないか」

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 21:15:10 ID:7pCkXNo6
>>460-462
おー、レスをばどうもでございますです。

あなたが>>440にお書きになられたことを見て、私はそのお考えの一方的な見方を
否定するためにこれらを書く気になったと受け取って戴いてももちろんかまいません
が、実際、ルターだのカルバンだののプロテスト時の文句はこれらには一切含まれて
いないのは確かです。

そして「ポピュラー」と表現したのは、実際に日本のそれらプロテスタントの教会
で信者らや求道者らに説かれている教説という意味ですが、そこにおいてはルター
の文句もカルバンの説も一切存在していないのが現実でしたね。

そこには私が>>441で披露した決まり文句が説かれていると考えて現実を詐称する
ことはありませんね。これは現実のプロテスタント教会の信徒らがこの>>441を見て
誰も「それは違う」といちゃもんをつけていないことからもわかるでしょう。

一般にキリスト教の実態というものは、世間では「あなたがた日蓮教の信者さんら」
も含めて、ほとんど何も認識も理解もされてはいないのが現実です。
なのであなたのそういった>>460-462のようなレスが出てくるのだと結論できます。

間違いなく、このキリストによる「贖罪の教理」こそが、カトリック教会ではなく
て、むしろプロテスタント教会こそが強く主張するところの主題であり、それを
もってこそ「初めてキリスト教であると主張するところのもの」なのでした。

この点をまず理解、または認識されることが「キリスト教」というものの実態を
知る出発点であるべきでしょう。カルバンもルターも、現実のキリスト教布教の
足元にはもう存在してはいないでしょう。それらは中世カトリック教会に彼らが
プロテスト(批判)するために用いた思弁のいくつかであったに過ぎません。
それを意味するかもしれない聖句を新約の聖書から見出すことは少しはできるに
せよ、それは彼らには大した意味も寄与もしていないのが実情であり現実なのです。
この点をまず誤解なきことが一歩だと考えますが、いかがですか?

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 21:29:02 ID:7pCkXNo6
>>463
まず、お題目の効果ということについて、ですが、意味として私が想定している
ものを明確には認識されていないと思われましたが、たとえば創価学会における
布教のされかたというものを端的に表現したものがありましたので、たとえば

http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1140363248/

を見てみてください。

創価学会においては、「生命」という言葉を用いることで、「お題目の効果」という
ものを表現していましたが、つまりは「お題目は元気になって欝を解消してやる気が
前向きに生きる気になってくる」という点がより強く主張されていました。つまり
「うれしいこともないのに、内側から先になんとなく喜びが出てきて」それが基礎に
なってこの世で生きていくのが「理由もなく楽しい」状態でいられる、ということを
主張していました。

つまり、ここで創価学会員らが主にこの「題目を送ってるから」という言葉で表現して
いたものとは、すなわち、この具体的な「効果」つまり「理由もなくやる気に満た
されるような気分」になったり、いろいろな困難にあってもそれこそ「功徳があって
助かった」とか思えるような事態を感じるような助けが得られるとか、はたまた、
折伏中の人が「創価学会に入りたいと言ってくるようになった」とかの「気分や気持ち
や選択の変化」があったとか、そういった「意識への影響力」という点を指摘している
わけでしたね。

彼ら創価学会員らが主に用いるところのこの「題目を送ってるから」という言葉が
意味していたことの、目的や意味や理由といったものはそういう「意識への影響力」
つまりは「テレパッシー効果」以外の意味を持ってはいなかったわけですから、私も
その効果をさして「効果」と申し上げています。

466 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 21:30:02 ID:???
>>464
私はプロテスタントに原罪思想は無いとは言ってませんよ、全てのキリスト教に原罪思想は無いと発言しています。
ルターやカルヴァンはサクラメントや教会による救済を否定し、ただ予定の理により救済されるとしています。
人間に自由意思はありませんから、救済される者は予め決められていると思います

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 21:36:12 ID:7pCkXNo6
>>465 http://society3.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1140363248/351-359
リンクはこちらに訂正します。さて、話を戻しますが、

『「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし」という日蓮大聖人様
の金言がございます。いずれにしても、御本尊様を放してしまえば、御本尊様と
離れてしまえば、地獄に落ちるというわけです。また、進まざるを退転と言う。
信心修行が、少しでも毎日進んでいなければ退転である。いわんや、御本尊様から
離れ、学会を離れた場合には、阿鼻叫喚地獄に落ちることは、はっきりしております。』
(昭和35年5月26日池田大作講演)

これが日蓮の主張であることは池田氏に言われなくとも調べることはできるでしょう
が、日蓮がまさしくそう考えていたであろうことは十分わかります。日蓮は確かに
「法華経という経文」に由来して「お題目を唱えることの効果」も「法華経という
経文が存在することに関係するところの」何か神秘的な効果なのだと本当に考えて
いたと思われます。つまり、
 「法華経のタイトルを何回も唱えるという行為」の「もたらす効果」
   ||
 「法華経」という経典がこの世に存在していなければ
 「もたらされなかったであろうと考えられる効果」
であると、彼は「信仰」していたことが伺えますね。しかしそれは本当でしょうか?
本当は「南無妙法蓮華教」いやもっと言えば、「ナンミョウホウレンゲーキョウ」
という「音韻」だけがあって、「それを繰り返して唱える」という「行為」だけが
あれば、「法華経という経典」が「存在していなかった場合」でも、その「行為」
による「効果」はあった、だろうと考えることができます。

これは、上記した>>444のようにキリスト教を科学的に分解した場合と同等の分解を
日蓮教に対しても行なった場合に該当しています。これについては、創価学会員ら、
または「日蓮教」の信者さんらは一体全体どのようにお考えになりますでしょうか。
ご意見または思うところをご披露くだされば幸いに存じますです。

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 21:52:04 ID:7pCkXNo6
>>466
>ルターやカルヴァンはサクラメントや教会による救済を否定し、ただ予定の理により
>救済されるとしています。

つまりこれが「中世カトリック教会」の権威自体の否定、つまり人間の行為による
救いというものは「ない」という主張ですね。

つまりは「人間の儀式や努力によらず、神の一方的な恩寵によってのみ人は救われる」
というのが、確かにルターやカルバンのプロテストの内容だったわけですが、それが
行過ぎたために、おっしゃっている「予定説」が生まれたのでしょう。

その点が、

>人間に自由意思はありませんから、救済される者は予め決められていると思います

とおっしゃっていることに当たっていますよ。

ですが、この教説は実際には現実のプロ手スタント教会ではもはや存在してはいない
のです。そこで「ルターやカルバンらが当時の中世カトリック教会に対して行なった
プロテスト(批判、抗議)の文句にあっただけである」と述べたのです。

よろしいでしょうか。

469 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 22:01:15 ID:???
>>468
貴殿の発言は順序が逆ではないか?
予定説により、人間に自由意思がないとルターなどが言い出したのではない、信仰にたいして人に自由意思がないと言い出したのはカソリックだよ、ペラギウス論争は五世紀の話しだよ。
元来、予定説を言い出したのはカソリックやないんですか?
ただ、現在において布教に相応しくないから隠しているんでは?

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 22:02:54 ID:???
昔折伏受けたときキリスト教のこと
矛盾していると言ってた幹部がいてましたわぁ
それはどんないい人間であっても神という超えられない
超越者がキリスト教にはある、仏法はそうじゃないと
うん?超えられない超越者?。。おるやん。。

471 :454:2006/04/24(月) 22:08:37 ID:???
>467
あなたの文章は非常に読みにくい上に、文法もめちゃくちゃです。
センテンスは短く、内容は簡潔にお願いします。

そして認識が間違いだらけで、いちいち指摘するのも面倒です。
南無妙法蓮華教は法華経のタイトルではありません。
また音読に関しても耳の障害をもたれる方は音読できません。
盲目の方は点字の経典を読みます。
ではそういった方には功徳がないと学会は言っているでしょうか?

あなたは法華経について語るには知識が少なすぎます。
http://www.sokagakkai.or.jp/member/n_member/index.html
ここの「なぜ勤行をするのか」を読んでみてください。

それと科学は本当に信頼に足りるものでしょうか?
科学が人類に貢献したのも確かですが、同時に核などの兵器を生みました。
またアメリカでは10人に1人は科学物質アレルギーです。

もうひとつ。誤解を恐れずに言います。
地球外生命はいるでしょうか?
地球以外の星に人類にとって有益なものがあるでしょうか?
それをどう考えることが、人生にとって有益でしょうか?
答えはあなたにおまかせします。

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 22:18:25 ID:7pCkXNo6
>>469
それらの経緯があったにせよ、ルターやカルバンらが主張した中心点は、>>468の通り
でした。つまり、

>「中世カトリック教会」の権威自体の否定、つまり人間の行為による救いというものは
>「ない」という主張

でした。

つまり彼らに始まって、「護符を配ったりや儀式を行なうことで神に代わる権威になって
信者を救うことができるとしていた」ところの中世カトリック教会を否定して、「信仰
による救い」というものが主張されることになったのが、新教の始まりでした。

新教はすなわち、「人の権威や行為による救い」を否定して、「ただ信仰による救い」
を強調するキリスト教として中世に蘇ったということです。これが現在のいわゆる教会
が説くキリスト教というものの中心テーマであり、実際にそれが人の精神に効果をもつ
「信仰内容」となっている、という点を理解することが、まず最初の段階であるべきです。

瑣末な教理(=屁理屈)がたくさんあるのはそれはそれとして、実際の信仰の内容とは
この「キリストが身代わりで刑にあって死んだことを信じること」が「我々の救い」その
ものなのだ、というのが「キリスト教」なのです。そしてこれを本気でそうだと信じると
その人は本気で「罪悪感からの開放」→「喜びに一転するという現実の効果」→「イエス
は私の個人的なキリスト(救い主)であり、私の大事な人であり、神の子である」という
認識を持って「そういう世界」に入る、、ということでした。

これが「キリスト教」の「現実」であり「実態」なわけです。ここを認識しないなら、
キリスト教をわかったということには全然ならないわけです。

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 22:32:02 ID:7pCkXNo6
>>471
>そして認識が間違いだらけで、いちいち指摘するのも面倒です。

認識に誤りがあると申されるなら、それをつぶさに否定されるのが正しい方法でしょう。
以下がそうであるとおっしゃるのなら、それに対応しましょう。

>南無妙法蓮華教は法華経のタイトルではありません。

「妙法蓮華経」が法華経のタイトルのひとつであり、それに「南無」の字をつけたものが
日蓮の説く「題目の称揚行為」ですね。

>また音読に関しても耳の障害をもたれる方は音読できません。

なるほど確かに。しかし音読もつたないながらでも真似をすることはできますし、「音読」
にならない、「呼吸だけの」仮の「音読」はできますね。その効果も実は同じものだという
のは私の主張となるでしょう。

音読行為は実は「呼吸法」を含んでいるからです。追って私の主張はあきらかになるでしょうが、
明確な音韻は踏めなくても、弱い音韻であっても、体内の筋肉の動きに関係した呼吸法に
関係があるのです。これが実はお題目称揚行為が人に与える効果のひとつの源泉となって
いるのです。これが私の主張の一部なのですが。

>盲目の方は点字の経典を読みます。ではそういった方には功徳がないと学会は言っている
>でしょうか?

これも確かにそうですね。目の見えない人には、音読行為が可能です、つまり彼らも同様に
呼吸法を実践することができます。しかも彼らはご本尊を目で見ることができないが、音読
行為はできますのでその効果の恩恵に預かることができるのです。

474 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 22:33:51 ID:???
>>472
ほう…パウロですか、では質問します、信じる者は予め定められているのではありませんか?
最期の審判は最大の予定説ではないのですか?


475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 22:38:23 ID:7pCkXNo6
>>471
>あなたは法華経について語るには知識が少なすぎます。
>http://www.sokagakkai.or.jp/member/n_member/index.html
>ここの「なぜ勤行をするのか」を読んでみてください。

こうした内容はあくまでも「宗教」として存在したいとする願望がきたらせる説明でしか
ありません。

これでは、「科学として存在させることができるかもしれない処のもの」を、あくまでも
「宗教として存在させなければならない必然性」は「証明された」とは言えませんね。

つまり、これらはあくまでも「宗教として存在させたいが故に、そう主張している」という
枠内からいっぽも出ていないのです。

いかがですか。


476 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 22:42:28 ID:???
ちなみに>>475の発言は要領を得ない、自分の言葉で発言せずに他スレに誘導するのは、きちんと理解できていないと思われる事がありますね。

477 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 22:47:20 ID:???
>>468
この教説は実際には現実のプロ手スタント教会ではもはや存在してはいない のです。

それは、質問への回答ではないよ、キリスト教に予定説が無いなら預言者を否定しているとも解釈できるぞ?

478 :454:2006/04/24(月) 22:47:54 ID:???
>475
いや、いかがですか?とか言われても…w
要約すると、人生に宗教(創価学会)は必須項目か?
ということを聞きたいの?
だとしたら、必須な訳ないじゃんとお答えしておく。

法華経は生命の法則を説いた教典なんだよ。
昔の人が地球が自転していることを知らなくても生きていたように、
生命の法則が分からなくても、生きていけるよ。

問題は創価学会(宗教)を学ぶことが、
人生を送る上で有益かどうかでしょ?
この答えもあなたにおまかせするよ。

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 22:51:57 ID:7pCkXNo6
>>474
なるほどあなたは知識が豊富ですね。なかなかのものですな。

そうです、要するに、少なくとも現代のキリスト教とは、要するに、ローマ書以降の
パウロの弁舌に基礎をおいて生まれたものだと考えてかまわないと思います。そういう
ことです。

パウロの言葉にも予定説のようなものを示唆していると考えられるような記述もある
ようですが、そのことにはほとんど主眼はないでしょう。あくまでも「人間に求められて
いるのは、神が与えた救いの一本の糸、信仰による救いを受け入れることだけである」
という主張がテーマだったわけです。

これがキリスト教なのでしたね。

>最期の審判は最大の予定説ではないのですか?

まーそういう見方もあるでしょうが、一方で「神は一人でも救いに入れる人を増やす
ために、ぎりぎりまで我慢して最後の日を遅らせている」という言い方もされていたか
と思います。ですが、この終末論も、半ば「方便」だという見方をしている人もいる
かもしれません。その辺はまさに「人の信仰の自由になっている」かに思われます。

キリストがいつ「裁き主」としてこの世に現れてもよいように常に信仰を失わずに
世にあって清められていなさい、という教育的な効果を期待して語られている方便だ
とい解釈ですね。つまり、キリスト教においては、先の「信仰による救い」という内容
以外のことは、ほとんど「付け足し」のおまけのようなもので、あまり重要視しない
というのがいわゆる「正統派」の見解ではないでしょうか。

480 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 23:04:20 ID:???
まあ、色々言いましたが仏教とキリスト教では救済が正反対なんですよ、仏教では生を苦とします、さらに土台思想としての輪廻説を用いるから、罪を作ると死んでも苦を受ける生を繰り返す、この輪廻から消滅(完全なる死)を目指すのが仏教です。
キリスト教では、死を罪による罰とします、故に最期の審判で永遠の生を得るのが目的、まったく噛み合わない

481 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 23:08:16 ID:???
仏教徒は神の国に入り、完全なる生を受け永遠を生きるのは最大の苦になる、釈尊は生きる事が最大の苦であり、仏法は滅苦であり完全に世界からの消滅を説きます。

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 23:16:28 ID:7pCkXNo6
>>477
>キリスト教に予定説が無いなら預言者を否定しているとも解釈できるぞ?

それは基本的には「無関係」ですね。

預言者の預言に関しては、たとえば旧約において「ヨナ書」の例を引くのがよいかも
しれませんが、これは神の預言なるものは「けっこう”いい加減”」なものだということが
そもそも聖書自体が語っている例です。

つまり、神はわざわざ預言者を立ててその口から「こう言え」というセリフを言わせたり
するわけですが、嫌だと断っても断ってもしつこく預言者を付け回して「あーもう勘弁して
ください、わかりましたよ、言えばいいんでしょ、言えば、あーもうまったくもう」と
ようやく預言してやると、今度はその預言を聞いて衆生が改心して罪から離れると、今度は
預言者に言わせた預言の警告を撤回してしまって、「もう連中は改心したから、罰は与え
ないでおくことにしたわい」と一言で済ませてしまったりしてました。

それを聞いて今度はヨナが怒り、なんで俺にうそを言わせたのだ、この神のあほめが馬鹿めが
というと、「そんなことを言うなよ、わしにはあいつらの一人でも滅ぼすのは本当は望んで
はいないのだ、おまえに言わせた預言は結果としてウソになってしまうかもしれんが、
改心したんだから気が変わったのだ、これでよしとしなければならん」と言われた、という
ことのようです。

つまり、ユダヤキリスト教の系譜には、元々「予定説」と「預言者」の間にはなんの関係も
ないと思った方がいいのではないでしょうか?

483 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 23:28:29 ID:???
>>482
ヨナに対しては、神の慈悲と言うより、神のみが自由意思を持つ事を主張したい内容にもとれる。
予定説とは、予め神が予定していると考える訳であり、それは預言者によって語られるわけでありますから、預言者のみが神から啓示をうけ予定を知るので、切り離すのはできないでしょう

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 23:36:29 ID:7pCkXNo6
>>478
えーっと、>>473はスルーでいいですか、つまりこの>>473の内容には文句のつけようがない
ほどに正確無比であるという認識でけっこうでしょうか??つまりこの>>473の私の主張には
あなたは一部ならず認めたと理解していいですね。それはそれで良いことですがね。

>要約すると、人生に宗教(創価学会)は必須項目か?ということを聞きたいの?
>だとしたら、必須な訳ないじゃんとお答えしておく。

まーそういうことであれば、「お題目を唱えて元気になる」ことは「宗教」であるべき
必然性は「主張できない」と「認めた」ということでいいのですか?しかしながら、、

>法華経は生命の法則を説いた教典なんだよ。昔の人が地球が自転していることを知らなく
>ても生きていたように生命の法則が分からなくても、生きていけるよ。

あなたがここで「法華経は生命の法則を説いた教典である」という主張をしているという
ことは、「法華経という経典が法則(=真理)を述べている」と主張しているため、これは
「アプリオリな絶対的な教説」として主張していることになります。つまりこの「主張内容」
自体はあくまでも「宗教」となりますから、あなたは「その”宗教”が”真理を知るため
には必須”だ」と主張しているに等しいことになります。

>問題は創価学会(宗教)を学ぶことが、人生を送る上で有益かどうかでしょ?
>この答えもあなたにおまかせするよ。

いいえ、有益かどうかではなく、「創価学会が主張している『お題目のもたらす効果』
なるものと、法華経という存在との関係性についての科学的真実を問題にしています。
>>467>>473ではっきりと申し上げているように、その効果は「法華経の存在」とは
本来的に無関係のものである、というのが私の主張ですから、それを必須の関係として
結びつけて「宗教」に仕立てている創価学会ならびに日蓮教の主張なるものは、そもそも
おかしいのではないですか、ということですね。このことがこれでもまだおわかりになり
ませんですか。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 23:45:45 ID:7pCkXNo6
>>480-481
これを読むとどうもあなたは創価学会のお題目の効果に関する説には無頓着のようなので
「葵講」なるものは「日蓮教」ではないと受け取ってよさそうですね。そう理解し認識
することと致します。つまりあなたは良識のある方で、要するにカルト化する狂信に至る
芽はなさそうですね。

>>483
あれこれと良く知っておいでですねー。

ただ、えーっと、、ですから>>482の正確な理解をお願いするとすれば、「預言者ヨナ」
は「神の腹積もりの予定」を「聴かされていたわけではない」ということですよ。つまり
「預言者は神の腹積もり」など知らされてはいない、ただの使いっ走りでしかない、つまり
元々「神の予定」と「預言者」の間にはなんの関係もない、ということですね。

486 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/24(月) 23:45:51 ID:???
>>482
だいたい、信じるとはいかなる行為か?
神のみ、その行為を証明するのであれば人心の救済は果たしてできるのか?
義人はいない…

>>484
題目は無功徳だよ、まじないや呪文により、真理に至る訳がない。

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 23:53:19 ID:7pCkXNo6
>>486
OK。

>だいたい、信じるとはいかなる行為か?
>神のみ、その行為を証明するのであれば人心の救済は果たしてできるのか?
>義人はいない…

この部分はちょっと、現時点では当方にはまだ意味が掴みかねるので、また今度にしま
しょうね。ではでは、See you again ! です。

488 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/25(火) 00:20:12 ID:???
>>487
キリストの復活を信じていると神が判断したら、最期の審判時に救済される、では信じるとはどういう行為か?

全ての人が罪人で、義人はいないのに、何故に信じる事が可能なんだ?
神の自由意思により救済されるべき人間が予定されるならば、信じる者は決まっているし、わざわざ信仰なんて必要ないように感じるが……

489 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/25(火) 00:36:10 ID:???
>>485
ああ、コテを見て私を日蓮系と思いましたか、私は禅宗であり、日蓮系サークル(講組織)にいるだけです、禅は経典を重要視しないんですよ。
経典は、月(真理)をさす指ですが月(真理)その物ではありません、ゆえに題目は無功徳です。

490 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/25(火) 00:58:16 ID:9cAhb59X
>興味さん
あまり私が余計な茶々を入れない方が良いのかもしれませんが…。

「義人はいない…」(>486)は、“ローマ人への手紙”ですね。
「義人」の意味するところが、ユダヤ教的律法に反しない人と言う意味であれ、キリスト教的な
信仰の人と言う意味であれ、「義人はいない…」なる文言は、もしも「予定説」を論理的に
徹底すると、擬人であろうとなかろうと、神の予定とは無関係なのですから、無意味な言い草と
いう事になりませんか?

>488で興味さんが言う「全ての人が罪人で、義人はいない」と言う時の「義人」は、あくまでも
ユダヤ的律法の人と言う意味でしかないわけです。
キリスト教的な「義人」とは何かについては、“ローマ人への手紙”の該当部分の続きに
書いてありますね。
ついでに書いておきますと、該当部分には「イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。…。こうして、神みずから
が義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。」となっています。
興味さんは、イエスを信じると言う事も、神の予定の内と言いたいのでしょうけれど…。

(それと、>>481で貴方が御述べになった事に関しても、後で少し書かせていただくかも
知れません。もっとも、私はキリスト教徒ではありませんので、貴方のお考えを否定しようと
言うわけではありませんので、誤解なさらないでください。)

491 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/25(火) 01:29:06 ID:???
>>490
カソリックは、五世紀のペラギウス論争により人間の自由意思を否定してます、この見解は現在もそうです。
自由意思が無い=神が決める事ですから、預言というのは宿命論であります、イエスを信じる事の出来る者は予め決められていると私は思います。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 02:49:27 ID:???
>484
いや、だからさ、あなたは日蓮仏法について無知に等しいから…。
勝手に妄想して、結論付けるのはやめたほうがいいですよ。
スルーしたのはめんどくさいからだよ。
またしても、アプリオリだの、絶対的真理だのと、めんどくさい。
真理=幸福ではありませんよ。ま、プラグマティズムでも勉強するんですね。

第一に南無妙法蓮華教は法華経の文底から大聖人が探し出したものだからね。
当時、法華経と遊離した修行方法に固執していた天台宗を否定してるから。
つまり成り立ちから、法華経に帰依させるためのものだから。

法華経の教えが最上の教えだって言ってるのに、
南無妙法蓮華教と法華経が無関係であるって理論は成り立たないよ。
種から花が生まれるように、法華経も南無妙法蓮華教も大事なんですよ。
それと毎日の唱題で方便品と自我偈も読んでるんだよ。
大聖人も題目・唱題だけしてれば、ほかに何もいらないなんて言ってないよ。

あなたが聞きたいのは口から南無妙法蓮華教って言葉を発すること自体が、
なにかしらの精神高揚作用があるか?ってこと?
ぶっちゃけ、正しい教えに縁してないようでは何の効果もないよ。
邪宗でも南無妙法蓮華教って唱えればいいことになっちゃうじゃん。
南無妙法蓮華教が呪いの言葉だって教えられたら、
いくら唱えても元気出るわけないじゃん。

今の科学で解明できるのは声を断続的に出すことに対する、
脳や精神への影響くらいだろうね。
あとは呼吸をゆっくりとすることで、アルファー波が出るとか…。
つか、そんなこと調べてどうしようってーの?
あーねむいw



493 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/25(火) 08:18:51 ID:SEUS+XLc
>>492
「いや、だからさ、あなたは日蓮仏法について無知に等しいから…。」…オイオイ、大丈夫ですか?
“南無妙法蓮華経”を「南無妙法蓮華教」などと間違えて表記したり、「第一に南無妙法蓮華教は
法華経の文底から大聖人が探し出したものだからね。」などとイイカゲンな事を言っているが…。
アンタ達の言う「日蓮仏法」とやらによると、もともと“南無妙法蓮華経”という“法”が存在していた
ところ、釈迦はその時代の状況に合わせて、その法を基として“南無妙法蓮華経”という“経典”を
説いたと説明しているのでしょう。
日蓮仏法とやらについて無知に等しいのは、アナタ自身なのではないのでしょうか?

494 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/04/25(火) 08:20:32 ID:SEUS+XLc
>>491 興味さん
なるほど、やはりそうですか。
それでは、貴方のそのような御考えに対してどのような回答が為されるのか、見守る事にいたします。

ところで、大した事ではないのですが、木目細かく論じようとなさっているので敢えて申し上げます。
>>481でお書きになった事は、確かに一般的な仏教の説明としてはそのように言われますし、私も
それで問題もないものとは思いますけれど、正確には、釈迦を含めてインドの思想状況を受けた
インド仏教の考え方であり、それが中国に入った結果は、現実肯定的な中国思想の影響を受け
変容しているのだと思います。
日蓮も、中国仏教の影響と考えるべきかはともかく、非常に現実肯定的な考え方をしていますよね。

495 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/25(火) 09:05:12 ID:???
>>492
貴方の言う日蓮仏法とやらは、仏法より、キリスト教に影響をうけている生命論だよ、大乗非仏説を正宗が否定する方法として、経典の正当性を主張する為に宗祖本仏論を主張、さらに教義に神智学より派生した生命論をとりいれた、仏法は無我であり、空故に生命など主張しない

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 09:41:16 ID:???
>>1
 は創価学会の人に聞いてるんでないのか?ベッキースレで創価と呼ばれても仕方がないわな。
創価学会の人に対する質問に答えてる人間は。


497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 10:06:57 ID:pfu1WVeF
>>491
>カソリックは、五世紀のペラギウス論争により人間の自由意思を否定してます、
>この見解は現在もそうです。自由意思が無い=神が決める事ですから、
>預言というのは宿命論であります、イエスを信じる事の出来る者は予め
>決められていると私は思います。

このご意見はそれでけっこうでしょうが、それは神学論争の一部ではあっても
信徒の信仰信条には含まれていないでしょう。

つまりそれらの宿命論や神の予定説自体は、信徒の信仰の一部ではない、という
ことです。つまり「そのような神学論によって人は救われるのではない」ということ
で、人の自由意志で「信仰」を選ぶかどうかで「救いに入る」かどうかが決まる、
と普通は受け入れていますよ。つまり人は自由意志によって神を拒むことも信じる
こともできると。

498 :454:2006/04/25(火) 10:23:46 ID:???
>493
ホントだorz
ごめん。HD替えたばっかで、変換しても出ないくってさ…。
めんどくさくて、上のレスからコピペして使ってたものだから…。

あと法が存在してたってのはその通りだけど、
難解文章君には通じないだろうと思って、文底秘沈を例に使ったんだよ。
ただでさえ、法華経と南無妙法蓮華経の科学的云々とか言ってるんだよ。
普通に考えて通じないよ。
探し出したって言葉も誤解が多いだろうが、創作したと言っても過言じゃないよ。

誤解を恐れずに言うと、「なんみょう」だろうが「なむみょう」だろうが、
ぶっちゃけ、どうでもいいんだよ。
神秘的(だと勘違いしてる)なものを
科学的(間違ったアプローチ)でどうにかしようって発想が、なめてるんだよ。
んなもん、話し合うまでもなく、無価値だろ。

>495
また誤解を生みやすいところをついてくるね。
ブッタ(実存した人物)の悟ったものが仏教の全てだと考えれば、
あなたの言っている大乗非仏説を肯定するほうがスマートだろうね。

ただあなたの信仰する禅が、現実社会に与える影響を考えたら、
創価学会と小乗教の教えのどちらがより価値的か分かると思うけど…。
宗教なんて人の役に立たなければ、なんの価値もないと思うけどね。
禅とか念仏やってるひとは、悟りきって悪に埋没、
または現実から遊離することが多いけど、そのへんをどう考えてるの?
まさか禅の修行が、本当に仏に至る修行だと考えているわけじゃないでしょ?

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 10:28:08 ID:pfu1WVeF
>>492
>真理=幸福ではありませんよ。ま、プラグマティズムでも勉強するんですね

プラグマティズム、つまり功利主義であるなら、それは宗教で「なければ
ならない」ということに賛成するということでよろしいですか?宗教である
からには、「こうでなければならない」と主張する、ということと同義なの
であって、功利主義であるなら、それは科学「であっても」よいということ
に賛成「し得る」ということなのですが・・・。しかし、実際にはあなたは

>法華経の教えが最上の教えだって言ってるのに、南無妙法蓮華教と法華経が
>無関係であるって理論は成り立たないよ。種から花が生まれるように、法華経も
>南無妙法蓮華教も大事なんですよ。それと毎日の唱題で方便品と自我偈も読んで
>るんだよ。大聖人も題目・唱題だけしてれば、ほかに何もいらないなんて言ってないよ。

と、「この”宗教”でなければ”正しい効果は”得られない」と主張されているので、
やはりあなたは「宗教のままにしておかなければ”ならない”」と主張していること
になりますよね。そこにはもしかすると矛盾があるかもしれません。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 10:38:58 ID:???
>499
>それは科学「であっても」よいということ
>に賛成「し得る」ということなのですが・・・。
って、別に仏教は科学を否定してないよ。
科学で証明できるのなら、科学で証明したらいいよ。

勤行の効果について食いついてるけど、
南無妙法蓮華経と唱えること自体が宗教である必要はないよ。
それより創価学会は永遠の生命とか語ってるんだよ。
神秘主義だの、化学的に証明できないことを問題にするなら、
まずはそっちを突っ込むべきじゃないの?

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 10:41:26 ID:pfu1WVeF
>>492
>あなたが聞きたいのは口から南無妙法蓮華教って言葉を発すること自体が、
>なにかしらの精神高揚作用があるか?ってこと?ぶっちゃけ、正しい教えに縁して
>ないようでは何の効果もないよ。邪宗でも南無妙法蓮華教って唱えればいいことに
>なっちゃうじゃん。南無妙法蓮華教が呪いの言葉だって教えられたら、いくら唱えて
>も元気出るわけないじゃん

この話はその>>498の話とも関係しますが、先に音韻の効果があるという事実、
あるいは科学的、つまり人間の構造論的な原因であるところの、神経生理学的な
土台の上では、必ず効果をあらしめるような行法として、そういったものが
まさに「アプリオリに」存在し得た、ということが仮にあったとして、それが
一体全体、なんなのでしょうか。

たとえば、人体に風邪薬が効くという真実があるのは、人体の生理学的構造に
由来するものであり、そこに化学物質である薬物が投入された場合の反応という
過程を経て「病状が好転する」わけであって、それは化学が生まれ、薬学が生まれ、
そうした人間の営為によってその秘密が解明される以前から、科学的な真実として
元々存在していた世界の構造に依存して「在った」現実に過ぎません。

それならば、「ナンミョウホウレンゲーキョウ」という音韻を人体が刻むときに
至るところの生理学的な効果である「元気が出る」という神経生理学過程は、
一体全体宗教と何のかかわりがあると主張できるでしょうか??さてどうです?

現実に、創価学会が未会員にお題目の効果が「素晴らしい」ということを教える
仕方は、「意味がわかるわからないはどうもいい」から、ご本尊も何もない段階から
「まず、先に、とにかくお題目を唱えなさい、そうすれば効果がある、元気が出る
から」と教え、指導するではありませんか?つまりそこでは法華経も何も関係して
はいないでしょう、つまりそれは明らかに、「ただひとえに」神経生理学過程による
ところの精神身体医学的効果、ストレス医学的な効果であることをすでに立証して
しまっているからにほかなりませんね。


502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 10:48:26 ID:pfu1WVeF
>>498>>500
つまり私が申し上げているのは、創価学会が「お題目の効果があるのは、日蓮の教えが
正しいからであり、それに付随しているところの法華経の教えに関係のある功徳なのだ」
という観念を以って「宗教にしている」のは、おかしいのではないですか?という
主張につながるわけです。

この論理が正しいことは、もちろんおわかりですよね?


503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 10:56:28 ID:9Lhur6rz
キリストって、一応他の宗教団体でも教会は見学OKなんだよな。

創価の会館は無理だけど(笑

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 11:00:37 ID:pfu1WVeF
>>500
>勤行の効果について食いついてるけど>南無妙法蓮華経と唱えること自体が宗教である
>必要はない

そうですよね、しかし実際にはこの「唱えると元気が出る、やる気が出てきてもの
ごとがうまく運ぶようになる」ということを「教えが正しいということの証拠である」
という主張、つまり「教えが正しいことを示すところの現証なのだ」と主張している
ではありませんか?(注:さてところでこれは日蓮の主張でしょうか、それとも創価
学会あるいは「日蓮教」の主張でしょうか?どちらでもある、ということなら、すでに
日蓮自身の段階から、論理の誤謬に陥っていたということにほかなりませんが。)

>それより創価学会は永遠の生命とか語ってるんだよ。
>神秘主義だの、化学的に証明できないことを問題にするなら、
>まずはそっちを突っ込むべきじゃないの?

ですから、その「生命論」の話は、そもそも「お題目を連続称揚する」という行為と
その神経生理学的な効果とは、論理的には別のことであるべきですよね。

つまり、お題目を唱えさせて、その神経生理学的な効果を体験させておき、その効果が
現実にあるから、この「宗教的観念は正しいのだ」と主張することは、「論理的には
通用しない話でしょう」と申し上げているわけですよ。

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 11:07:12 ID:???
>この論理が正しいことは、もちろんおわかりですよね?
いやいや、人の言ってること全然理解してないじゃんw

さらに噛み砕いて言いますよ。
法華経の要点が南無妙法蓮華経なの。
法華経に功徳(利益)があるなら、
お題目にも功徳(利益)があってあたりまえでしょ?

日蓮大聖人の教えが正しいと考えている理由は、
南無妙法蓮華経こそ法華経の要点である。
そう信じているからこそなんだよ。

>つまりそれは明らかに、「ただひとえに」神経生理学過程による
>ところの精神身体医学的効果、ストレス医学的な効果であることをすでに立証して
>しまっているからにほかなりませんね。
って、これが証明されたからってあなたの言う、
お題目の効果がないことの証明にはならないじゃん。
心理的な効果のあるものに科学的な効果が無いってのは理論の飛躍だよ。
現実にどんな作用をもたらしているかを考えるのだったら、まずは現実を見ろよ。
創価学会がまったく世の中に影響を与えていないのなら、
あなたの理論も一定のアプローチから証明されたことになるだろうね。

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 11:54:43 ID:pfu1WVeF
>>506
え、えーーーっと、さてこの>>505>>504に言及していないところを見ると、その
論理には当方の主張に関する未解読の要因があると判断しますので、もう少し待ち
ますか。

ちなみに申し上げるならば、この中の
>さらに噛み砕いて言いますよ。法華経の要点が南無妙法蓮華経なの。
>法華経に功徳(利益)があるなら、お題目にも功徳(利益)があってあたりまえ
>でしょ?日蓮大聖人の教えが正しいと考えている理由は、南無妙法蓮華経こそ
>法華経の要点である。そう信じているからこそなんだよ。

ということは、この際意味が違います。これはあくまでも当方が指摘しているところの
「宗教的教説をアプリオリに基礎とした説明」でしかなく、それを「論理によって
分解し」、それによって現実を解明しつつあるところの当方の論理を受け止めて
踏まえたお話ではありませんね。

さらに、
>お題目の効果がないことの証明にはならないじゃん。心理的な効果のあるものに
>科学的な効果が無いってのは理論の飛躍だよ。現実にどんな作用をもたらしている
>かを考えるのだったら、まずは現実を見ろよ。創価学会がまったく世の中に影響を
>与えていないのなら、あなたの理論も一定のアプローチから証明されたことになるだろうね。

これは、当方の主張しているところの意味内容とはある意味無関係の内容であり、
「宗教的観念を持った組織や団体が、人間社会においてなんらかの精神的、政治的
影響等を及ぼすことがありうる」という内容に関しては、当方は何も言っておりません。
またそういうことは然りであって、人間の営為が人間世界の在り方に「誤謬であろうと
なかろうと」影響を及ぼすというのは、そもそもそれが歴史であって当然の結果でしか
ありません。それは創価学会という団体組織に限ったお話ではありません。

507 :454:2006/04/25(火) 11:59:44 ID:???
>506
ごめん。雨なのに外に出なきゃいけなくなった。
仕事ですんでごかんべんを。
夜にレスするよ。
ほかに答えてあげる人いたら、たのんだ。
じゃね

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 12:32:47 ID:pfu1WVeF
>>507
行ってらっしゃい、お仕事がんばってくださいね。お忙しいところをどうもでした。

ちなみに、すべての宗教がこうした話に関係していると考えられますが、そこを
科学という視点を入れて、世界の宗教が統一される可能性が出てきます。そのとき
には、宗教という形ではなく、科学の一分野となるのではないでしょうか。

たとえば、「題目を送る」というのは、生きた人間に送る場合は昔なら「生霊」の
扱いになるような効果をもたらすと考えられますよね、つまり誰かの抱いている観念
や心境など、この世に生きている他人の意識が自分に乗り移るような効果をもたらす
と考えられるのです。つまりこれはテレパシーの一形態であろうと思われますが、
これは明らかに将来は科学の研究対象になると考えています。

すでに「遠隔」から気功師が「外気功」を「送る」と、気功師と患者の脳波が同期的
な波形を示し、意識におけるシンクロニシティがそこで起こっていることが強く示唆
される結果を得ていますね。この現象は十分な再現性が確認されていますから、ほぼ
間違いなく「現実に起きている何かの同期現象」でしたが、「題目を送って」誰かの
意識に「影響力を持つ」ということを可能にしているのは、あくまでも「宗教」が
可能にさせているのではなくて「この世の構造としてそのような現象が起こりうる
ようにできているから、多様な形態で意識の同期現象が発生し得るのだ」ということ
でしょう。

つまり、「題目を送ってるから」の信仰は、ただ単に一般的な精神身体医学の延長に
ある我々の物理学的な構造に由来する効果であろうことは、ほぼ間違いなく明らか
なのです。すなわちそれを可能ならしめているのは、あくまでも世界の成り立ちが
そういうものにできているからということに過ぎないのであり、「日蓮教に由来する
効果」ではないのです。それはただその一般的な現象を利用しているだけのことで
しょう。

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 12:40:29 ID:pfu1WVeF
そして、そのような「生霊が憑く」という効果を利用して、宗教という観念が
広まっていくことに関係してきたと考えられますね。

祈るということの効果は、このように要は生霊が憑く効果をもたらし、それが助けに
なったり呪いになったりしてきたのでしょう。そしてそのもたらす援助や災厄が作用
して、人々に五感経路を通して伝えられる思惟内容があたかもすべて正しいことで
あるかのように伝播していくような補完的な効果を与えてきたに相違ありません。

それらが、すべての宗教の祈りの効果に一部であったに違いありません。

510 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/25(火) 13:19:43 ID:???
>>498
私は禅は、仏である自己(自我ではない)に気付く為の方法だとおもいますし、世間と乖離するような覚りならば捨てるべきですよ、いや悟りは捨て忘れるのがいいと思う

511 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/25(火) 13:23:35 ID:???
>>497
>それは神学論争の一部ではあっても 信徒の信仰信条には含まれていないでしょう。
>救済に至る方法を枝葉のように取り扱えば、信仰は成り立たないよ…


>人の自由意志で「信仰」を選ぶかどうかで「救いに入る」かどうかが決まる、

>これは限定予定説やん

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 21:09:41 ID:???
>509
やあ、やあ!
素晴らしい、本当に素晴らしいですね。正直うれしいです。

非常に難解な文章ではありますが、
ものすごい建設的な書き込みに感動しています。
世界の宗教を統一するのは現実的ではないし、
祈りが直接に現実社会に影響しえるってのは
化学的に一切証明不可能な問題ですが、
あなたの目標としてるところには大いに賛同いたします。

こういった場では否定合戦に終始してしまうのは、
学会員の特徴というか、アンチの性質上そうなってしまうのですが、
私も実はこのような議論の場にできればよいと思っていました。

さすがキリスト教徒は寛容ですね。
日蓮信徒は短気で申し訳ない(別に代表って訳じゃないけどw)。
またいつもの否定合戦か…と思っておりましたw

さてさて、私はキリスト教についてはあまり詳しくありませんが、
日蓮宗(まあ天台なども)には一念三千という法理があります。
一念とは、瞬間の命と申しますか、人間の意志と申しますか、
そのようなものに世界の森羅万象(三千)が備わっていると説きます。
つまるところ、自身の一念を自在に操ることで、
世界はいかようにも変革できるという思想があります。

キリスト教ではこのような法理と申しますか、教えのようなものはありますか?
あなたの仰っている「祈りの物理学的な構造に由来する効果」を示唆するものが、
キリスト教にもあるのでしょうか?

513 :454:2006/04/25(火) 21:36:30 ID:???
上の書き込みも私の書いたものです。
2chビューワーが使い慣れないので、名前を何度も忘れてるw

>510
まさに、これぞって感じの禅問答ですねw
学会では許されませんが、私個人は禅は好きなんです。
無我の思想が現代人特有の無力感を
逆説的アプローチで解決に導く効果のあるものだと考えています。
また、自己に内在する自我を真摯に見つめる姿勢も
個性至上主義の暴走する現代において非常に価値がありますね。

さらにキリスト教などによく見られる、
告白に似た精神安定の作用も虐待や不条理の多い
現代社会において非常に有益であると考えています。
(実は隠れて瞑想や座禅に挑戦したこともありますw)

しかし、これは小乗の教えには宿命的問題ですが、
社会(人々の不幸)に対して万能ではありません。
禅を学ぶ気根の整ったものにしか道を開きません。
これはこのスレであなたがキリスト教について語っている、
限定予定説に近い気がしますが、
あなたはどのようにお考えですか?

すべての衆生を救うこと(可能だとして)よりも、
気根の整ったものが救われることの方が重要ですか?
身近に禅宗の方がいないもので、一度お聞きしたかったのです。
時間があったら、教えてください。

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/25(火) 23:01:30 ID:???
>>454
は学会員?又は日蓮宗?

515 :454:2006/04/25(火) 23:45:57 ID:???
>514
ん?学会員だよ。
今、会合から帰って来たとこw

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 00:00:27 ID:???
>>509
>「題目を送って」誰かの意識に「影響力を持つ」ということを可能にしているのは、
>あくまでも「宗教が可能にさせているのではなくて「この世の構造としてそのような
>現象が起こりうるようにできているから、多様な形態で意識の同期現象が発生し得る
>のだ」ということ でしょう。
>つまり、「題目を送ってるから」の信仰は、ただ単に一般的な精神身体医学の延長に
>ある我々の物理学的な構造に由来する効果であろうことは、ほぼ間違いなく明らか
>なのです。
横スレですが
この世の構造としてそのような現象が起こりうるようにできているから、
というのは賛成です。
ただ  >日蓮教に由来する 効果」ではないのです。
というのが判断難しいですね、宗教全体が可能にしているというよりは、
題目という行為(これも祈り方の韻とか呼吸法とかリズムとかも関連し)と
教義での己に勝ち宿命転換などという事だという組み合わせでそういう現象
(元気になるとか)を起こしやすい状況にしているのだと思うが、
これはどちらも日蓮仏法独特性の物であるからです。
要するに色々な宗教の祈り方、教義で祈りの効果が変わるといいたいのです。

517 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 00:50:43 ID:???
>>513
君等は勘違いしていませんか?
上座仏教(小乗とは大乗が言い出した否定用語)は自己の救済しかしないのではない、衆生を救済していますよ。
それと、無我=空や自我≠自己と言う内容を学会は教えないのはよくない妙法蓮華経とて空やのに

518 :516:2006/04/26(水) 00:57:06 ID:???
>>509
516 ×横スレ ○横レス

>すでに「遠隔」から気功師が「外気功」を「送る」と、気功師と患者の脳波が同期的
>な波形を示し、意識におけるシンクロニシティがそこで起こっていることが強く示唆
>される結果を得ていますね。

シンクロニシティという言葉でいうならば
起こる全ての出来事は科学的だということになり,
キリスト教でいう神の意思でないというふうに思えますが
どうお考えでしょうか?

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 01:05:05 ID:KuiBBwlQ
山口に在ったザビエル記念聖堂が日本最大の某オカルト宗教団体の工作員により
放火炎上したのは余りにも有名。

520 :454:2006/04/26(水) 01:38:01 ID:???
>517
「空」が何かくらい勉強してるよ。
禅宗は空・仮・中を勉強しないの?
空ってのは「有に対する非有」って意味でしょ?
だったら、空を見て、不空を見ないのはおかしくない?

衆生を救済してるって言ってるけど、
具体的に教えを広める方法だったり、
悟りを得て、人々を救う方法は禅にはないと思ったけど…
ちがったっけ?

禅は一切衆生に仏性(慈悲の働きetc)が備わるとは教えてないでしょ?
雑念を払って安定した境地に至るのが目的なんだから。
それとも弘教は、悟りを開いた各個人の自由意志に任せてるの?

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 07:55:51 ID:dnt9pwRr
>>512>>513>>516

どうもです。

あなたがおっしゃっていることの意味はわかります。

わたしの申し上げていることのひとつは、すでにあるように、宗教的観念やその他
すべての祈りやのろいのメカニズムは同じものの表れだということでした。これは
よろしいですね。

従って、キリスト教での祈りも日蓮教での祈りも、それが他人に作用して影響を
与えるメカニズムは、外気功が作用して神経系統が調整され内分泌系の働きが正常に
なったりして病気が治ったりするのと、同じメカニズムなのだということを言って
いるわけです。そのとき、そこにどんなソフトウエアが乗っていくかは、その発信者
が抱いている観念に影響されることがあり、それが宗教的観念の伝播に寄与している
ということも述べているわけです。

従ってあなたがそうした同様のメカニズムを利用して、その上に自分の信条や信仰内容
を他人に伝播させることも実際にしてきているはずなのです。これはキリスト教で祈って
病気が直るという場合でも平安が得られるという場合でもおそらく同じです。それらの
信念の内容がそこを経路して伝播するのです。「一念三千」といった観念ですら伝播して
それが正しいことのように人が信じやすくなる、ということでしょう。念力的な信念を
強めるための工夫をその観念で思い込みの強度を高めるということはありえるはずです。

それは基本的に同じ原理、同じ効果であり、そしてそれは人体の構造に由来する結果でしょう。
それを増幅しやすい方法が宗教というものであるということであるのは間違いない。

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 07:58:24 ID:dnt9pwRr
つまり、そこに一般原理をまず導入すれば、それを強める効果があるということで、
その宗教を特別視する理由はなくなるということにもなりますね。

またとします。

523 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 08:08:35 ID:???
シンクロニシティはユング心理学ですが、これは科学??
錬金術とヒンズー&仏教なんだが……
黄金の華だったかな??
ユング心理学は科学やないよ……

524 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 08:13:48 ID:???
>>520
>空ってのは「有に対する非有」って意味でしょ?
>ちがう、それは二元論であり空ではない、さらに空と不空の理解もできていない。

>衆生を救済してるって言ってるけど、 具体的に教えを広める方法だったり、 悟りを得て、人々を救う方法は禅にはないと思ったけど…
>ヤレヤレ…禅が何故に大乗仏教かわからないだけやん君は…

525 :イージー・ライダー 11:2006/04/26(水) 08:14:06 ID:8rhhf2OP
523

違うよ

526 :イージー・ライダー 13:2006/04/26(水) 08:15:09 ID:8rhhf2OP
523

違うよ、シンクロニシティーはポリスだよ。

527 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 08:20:05 ID:???
>>520
禅は一切衆生に仏性(慈悲の働きetc)が備わるとは教えてないでしょ?
>いえ、一切衆生はすでに仏であると考えますが、それに気付かないので、禅による縁で仏性を観る事により覚りを得るとします。

>弘教は、悟りを開いた各個人の自由意志に任せてるの?
>貴方は菩薩行について余りよく理解できてないみたいだよ

528 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 08:27:36 ID:???
>>526
シンクロニティーはユングの共時性とかやなかったかな?

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 08:27:55 ID:dnt9pwRr
ちょっと作業がはいりましたので。ちょっとにしてまたとしますが。

>>523
>>508のこの部分は立派な科学ですよね。
----
すでに「遠隔」から気功師が「外気功」を「送る」と、気功師と患者の脳波が同期的
な波形を示し、意識におけるシンクロニシティがそこで起こっていることが強く示唆
される結果を得ていますね。この現象は十分な再現性が確認されていますから、ほぼ
間違いなく「現実に起きている何かの同期現象」でしたが、「題目を送って」誰かの
意識に「影響力を持つ」ということを可能にしているのは、あくまでも「宗教」が
可能にさせているのではなくて「この世の構造としてそのような現象が起こりうる
ようにできているから、多様な形態で意識の同期現象が発生し得るのだ」ということ
でしょう
-----

>454さん
ですからですね、どういった宗教的観念を抱くで、どれだけ自分の神経中枢を刺激
しやすくなって、そしてその結果どれだけ内分泌系統が活性化され、そしてその結果
として、霊的な能力や観念伝播力が強まるかということは、ありうべきことだと
申し上げているわけですよ。

では、すでに当方は「風邪薬」の例を出していますが、数薬を新しく開発するたびに、
その風邪薬を崇拝するのか?ということですね、端的に言ってしまえば。

風邪薬はその利くメカニズムがあるから、それが作用して利くようにしているわけです。
つまり、風邪薬はいくらでも新しく開発できるということですよ。問題はそのメカニズム
にあるわけです。そこには何も崇拝したり宗教にして祭り上げたりする対象にする必然性
は、論理的には「無い」はずでしょう。

こういうことですが、どうでしょうか?

530 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 08:40:23 ID:???
>>529
気功は科学で完全に説明できますか?
再現性うんぬん以前に、ニュートン力学上いかなる作用により物質を動かすのか説明されたし……
エセ科学と宗教を一緒にするのは非常に危険である、創価学会がよく使う手法やから気をつけてね

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 08:44:17 ID:dnt9pwRr
つまり、人体には、それが強かろうと弱かろうと、音韻の発声にともなって体内の
呼吸や筋肉の制御に関係する神経に作用して脳幹や脳下垂体にまで影響するような
メカニズムが元々存在しているのです。

お題目の効果というのは、そのひとつの一例でしかありません。それ以外にも似た
効果を持つマントラをいくらでも開発することはできますし、それとは異なる効果
を強調して活性化するようなマントラも開発することができるわけです。

そのとき、その一つ一つの事例にすぎないマントラのすべてを壁にかけてお祭りする
というが、これまでの宗教の方法であったというだけのことです。その一例が日蓮教であり、
またその一例である創価学会などであったということにすぎないわけです。

ですからそれは、一般原理に回帰させて、宗教から科学へと転換させられるべきもの
であるはずですね。では、またと致します。

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 08:56:34 ID:dnt9pwRr
>>530
たとえば、
http://www.qigong-nakazato.com/nmk.html
にある東京電機大学の町教授らの研究はすでに有名ですが、なんども
なんども確認されている現象ですね。顧問にこれもすでに癌治療に太極拳や
気功を応用されていることで有名な帯津先生の名前もありますが、この分野
は近年かなり進んできているのです。

これらは物理的な確実性を以って確証が取れているものだと考えてほぼ間違い
はありません。

境界領域の学問は現在地震予知なども含めて近年従来とは異なる進展を見せ初めて
います。以前は眉唾とされていた常温核融合もそのひとつです。これらも
この先数年でおどろくべき進歩をみせて世間をあっといわせる可能性が非常に
高いと考えています。

ですので、これは非常にフロンティアの領域であることは認めますが、それで
あっても、それらが明らかにするものは古い観念でできあがってきたあらゆる
伝統をいずれは解体し、別の概念に変貌させてしまう基礎となるでしょう。

とりあえず、ではまたとします。

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 10:48:46 ID:dnt9pwRr
>>516>>518
あっと、うっかりしておりました、こちらは別の方ですね、すんませんです。

>シンクロニシティという言葉でいうならば起こる全ての出来事は科学的だという
>ことになり, キリスト教でいう神の意思でないというふうに思えますがどうお考え
>でしょうか?

というかですね、キリスト教でいう「神」という用語は、そもそも「自分ではない
超越者」を指していますから、「自分にはわからないことでも”神”なら何でも
知っている」という意味で使う場合に出てくる用語だと認識すれば当たらずとも
遠からず、みたいなモノです。

つまり「科学」は「人間の営為」であり、「未知のものへの探求」過程」であるに
過ぎません。意識の同期現象がしばしば起こるということの説明を求めてその現象
を「科学する」ことは人間の側の探究過程というだけであり、いずれにか存在する
真理は「神」のみぞ知る、というスタンスになり得るでしょう。

ということは、こういうことです、肉体の科学があるなら、その向こうにあるかも
しれない「霊の世界」の「科学」があってもおかしくはない、と。それを霊と呼ぶか
どうかはまた別の問題ではありますが、信仰の範疇にしか収まらないと考えられて
きた概念が今後科学の探究対象になり得るかもしれないことは、別段あってもおか
しくはないと考えます。

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 10:58:56 ID:dnt9pwRr
端的な例を挙げるなら、中世までの「天動説」はその典型的なものですね。

しかし、現在のキリスト教は天動説を信じることが、「神」の栄光をあらわすこと
だとは考えていないわけですよね。科学は現在までにほとんどあらゆる世の謎を
明らかにすることに挑んできたわけですが、それが「神」の領域と思われてきた
領域をどんどん解明してきたわけですね。それの成果が現在までのテクノロジーの
開花となって、良きにつけ悪しきにつけ我々の文明的基礎を与えてきていました。

要するに、人間の知は進歩するわけです。

ならば、これまで宗教の範疇だと考えてその形態をとってきたあらゆるものが、
科学による探究作業による洗礼を受け、概念が変更される可能性があると考えるのは
至極当然のことなのです。そのひとつにあなたがたの「宗教」も含まれることは
もはやすでにここでも再三にわたり申し上げている通りです。こういう意味になります。

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 11:26:05 ID:dnt9pwRr
付け加えるとしますと、つまり人間の知によって生まれた科学がテクノロジーを
使うのは、我々人間の側の主体性に依存すると思います、つまり、それによって
自分たちの存在する環境を破壊するとか、戦争をして人間を殺傷する道具にするとか、
見えない兵器を作って人間を監視するような世界を作り出すとか、そういった使い方
をすることは、我々の自由に任されていますが、それを選択しないのもまた自由です。

さて、宗教と関連して「呪い」あるいは「生霊」ということについても言及していました
が、これを「霊の科学によって得た知識の利用」という風に考えるなら、これも一種
のテクノロジーになるかもしれません。つまり、それを用いることは、霊の世界の環境
の破壊であったり、犯罪的な行為であったりすると考えることもできるかもしれせんね。

ということはこういう意味になります。強い思念発散効果を持つ呪文、マントラを
開発し、そこに特定の宗教を信じさせやすくする観念を乗っけて自在に発信すれば、
ある程度まではその宗教の信者をどんどん増やしていくことができるかもしれない、
そしてそれによって目に見える世界の支配も場合によってはできるようになるかも
しれない、というような推測はあながち否定できないものかもしれないわけですね。

これは科学技術の悪用という意味と非常に近いかもしれません。さて、そうした場合
科学の視点にたてば、こうした行為は「誤謬」として認識されるのではないでしょうか?
本来相対的なはずのものなのに、宗教の側がそうした教えや作業を添加しさえすれば
そうした悪用も可能になるかもしれません。それは世界の支配にさえつながるかもしれ
ません。新たな「宗教帝国主義」が次の時代を形成する可能性とてないわけではない
とうことになります。しかし科学の探究によるすべての宗教の相対化においてはこうした
ことの犯罪性を表面化させる可能性もあります。

さてこのように宗教は科学になりうるかもしれません。ではひとまず、まとと致します。

536 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 12:47:07 ID:???
ニューエイジやムー、天外氏の信奉者か?
解明されていないからといって否定するのはよくないが、解明されていないからと言って憶測での発言は危険だと思われ……
例えば地震予知なんかもそうだがオカルトに近い法則科学を利用した妄想解釈とかは…
ヤバイ
オウムや顕正会がよく使う技法

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 17:14:04 ID:dnt9pwRr
>>536
>例えば地震予知なんかもそうだがオカルトに近い法則科学を利用した妄想解釈とかは…

どうもです。おっしゃることはわかります。その意見も、もちろんあり、と認識
しています。

ですので、ここは意見の分かれるところかもしれないことは承知していますが、
測定器にかかる現象は「あくまでも事実」である以上、そして再現性が確認されて
しまっている以上は、これは単なる事実として認めるしかないものと考えられます。

その行く末を推察するとき、私はこれまで謎や神秘とされてきた物事がそうでは
なくなる可能性について論ずることができると考えるのです。この考え方であれば
どうでしょう。

もちろんまだ結論が出たとは申しておりません。しかし、この意見を明示的に否定
することができない以上、考察する価値があると考えるわけです。さていかがですか。

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 17:27:13 ID:dnt9pwRr
つまり、

 お題目の効果はある
 =法華経を教えようが教えまいが、そのマントラの称揚によるところの
  肉体的、精神的効果はあるということ

がはっきりしている場合、それを次の2つの解釈のどちらをとることも可能
である場合、

 解釈A(日蓮教解釈)
 =題目の音韻が人を仏にするということの現われであって、そのことが
  先にあったが、それを経文のタイトルとして後で現れただけのことである
  これが仏教の中心テーマである、とする解釈

 解釈B(私の解釈)
 =お題目の効果はあるが、それは単にマントラの称揚効果であり。
  似た効果を持つマントラは他にも開発可能で、たまたま「法華経の
  のひとつが」がそういった音韻を持つ「タイトル」として翻訳された
  偶然の産物であっただけであり、そこには因果関係を保証する何ものも
  存在してはいない、それは偶然であるという解釈

この解釈Aをとらなければならない必然性は証明されれいないと考えなければ
ならないわけです。

そしてここで、解釈Bには、気功現象と同様の原因が考えられることを指摘し、
音韻の持つ効果を科学的に解釈し理解することができる可能性を論じています。
つまり解釈Bをとることの妥当性が一方では示されうる、ということになるのです。

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 17:33:21 ID:dnt9pwRr
>>538訂正
>この解釈Aをとらなければならない必然性は証明されれいない
->この解釈Aをとらなければならない必然性は証明されていない

540 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/26(水) 20:56:56 ID:???
酒を飲んでカラオケを歌うと気持ち良いみたいなもんやないか?
元来、仏教にマントラとかなかったんでは?

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 21:36:44 ID:dnt9pwRr
>>540
実際、日蓮は、天台での修行時代に、当初、天台真言宗という僧侶グループに
所属していたことが判明しているようです。つまりこの時代に、彼は真言(マントラ)
行、および阿字観瞑想等に取り組んだと思われますが、千葉県の清澄寺を離れる
ときにも「真言の祈りをしたのに云々」といって真言が仏教の基本だといった観念
があったと思われます。

その後、法然の「南無阿弥陀仏」が流行り出しましたが、そうした中で彼は彼で
新しいマントラを編み出さなければならないと考えたに相違ありません。つまり
元々真言の観念が強い人だったに違いありませんね。

そこへ浄土三部経などの記述にもあったところの「気根の低いの者たちには、大乗経の
経文のタイトルを唱えて聞かせるようにすれば掬われる」という一節を知って、
それではと「法華経のタイトルに南無をかぶせたもの」が「新しいマントラになる
はずではないか?」と考えてあのお題目称揚という技法を編み出したに違いありません。

つまり、彼の「気根の低いものには云々」教説はすでに浄土三部経のひとつにある記述
そのものだったのです。

542 :善良学会員:2006/04/26(水) 21:40:32 ID:FjUK7k/D
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543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 21:44:06 ID:dnt9pwRr
しかし、創価学会などの日蓮教の人々が唱えている方法は、明らかに

  「ナンミョウホウレンゲーキョウ」  ・・・・・[T]

という音韻であり、元々の読みである、

  「ナムミョウホウレンゲキョウ」   ・・・・・[U]

ではありません。創価学会および日蓮教が主張する教えであった「お題目のもたらす
精神的、肉体的効果」は実は[T]によってより強くもたらされ、オリジナルの音韻
である[U]によってはそれほどもたらされないことがすでに明らかですが、これは
要するに、文字に充てられた漢字が何も関係がないことを意味しており、その意味も
まったく問題になっていないことが見て取れます。

つまりこれは、明らかにマントラの効果であり、音韻の効果以外のものではあり得ない
ことを意味しています。つまり本来的にこれは法華経とは無関係の事象であり、現象
なのです。

ではまた明日以降に。

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/26(水) 22:03:01 ID:mozxc4gE
街を歩いていると不思議な「街頭募金」をみますよねぇ。
彼らは「緑の党」「荒野座」「緑フォ-ラム」とコロコロ名前を変える
(全く同じ団体!)「時が来ればペンを銃に持ち変える!」と言っている
極左暴力集団です。
間違ってもお金を入れてはいけません!渋谷、秋葉原、新宿、上野、柏、
彼らはどこにでも出没する悪質な団体です。その善意の募金は彼らの
「衣食住」になっているんです!もし、しつこく募金をねだりるのでしたら、
彼らの写真を貴方の携帯で撮ってください。そしてここのBBSにUPしてください!
少しでも多くの善意が無駄になりませんように!




545 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/27(木) 21:08:16 ID:???
うーん、仏教は実在論を否定するから、科学とは相性悪いよ……
仏教は科学的だが科学ではない、実在論を否定した観察手法的な一面がある

546 :454:2006/04/27(木) 23:56:30 ID:???
公開proxyがどうとかで、書き込めなかったorz
俺はここしか書いてないのに…。


547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 08:41:04 ID:fSoX6n32
>>545
>うーん、仏教は実在論を否定するから、科学とは相性悪いよ……

つまりはじめから「肉体」の「物質的な解釈」をせずに「観念」において「論ずる」
ことを出発点にしているということですよね。「肉体」の五感機能を、「肉体の研究」
から出発してではなくて、「観念」において独自に考察することから出発して解明し
ようとした。そしてその結果として、人間の精神の安定という目的にたどり着こうと
したわけです。

それを悟りと呼んだわけですが、そうした悟りの状態あるいは、たとえば禅の深い状態
などにおいても、実は脳波が測定されて、それが現代に至っては「肉体的」または
「物質」の実証主義的な試みによって「科学的」に研究されたりもしていましたね。

つまり、お題目の効果もそれと同じ俎上に載せられるべきです。それは結局は「肉体」
への「操作」「作業」であり、元々バラモン教の「ヨーガ」に回帰した密教の手法の
一例であったにすぎないわけです。ですから、禅も含めてそれらが肉体に影響を与え、
その結果を物質的な測定器で研究する材料になるのはなるべくしてそうなったという
ことでしょう。

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 08:56:59 ID:fSoX6n32
>>547訂正
>その結果を物質的な測定器で研究する材料になるのは
 ->その結果を物質的な測定器で研究する材料にしたのは
-----

だからといって、肉体以外の世界がないとかの主張をここでしているのでは全然あり
ません。ここでは、仏教と科学が相性が悪いというご意見に対応して、いやそうでは
なく、その「効果」を「物質」科学の側から研究して得られる内容については考慮す
べき場合があるはずだということを申し上げたわけでした。

とにかくこのように、精神や肉体の安定化あるいは活性化の効果をもたらす仕組み
は、このように人体の構造的な基礎におけるいくつかの一定のメカニズムを考慮した
操作あるいは作業、それを施すことで精神と肉体において求める効果が得られるよう
にするという科学、つまり瞑想やマントラ(=ヨーガの方法論)、あるいはまた気功
といったものを考察するということは、もともと科学の探究の範疇に属することだった
わけです。

私の予想としては、すでに書いている通り、日蓮が700年前に考えた「法華経がらみ
で不思議にお題目が人間の精神や肉体に効く効果があるという主張」は、実際には
これらの範疇で十分理解し読解することが可能なものでしかないという結論に、
将来は落ち着くのではないでしょうかということわわけです。

これでよろしいでしょうか。

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 09:00:37 ID:fSoX6n32
>>548(訂正)
>将来は落ち着くのではないでしょうかということわわけです
 ->将来は落ち着くのではないでしょうかということなわけです

550 :454:2006/04/28(金) 09:24:18 ID:???
うーん。言いたいことがたくさんあるけど、時間がないw

とりあえず>549さんへ

禅やお題目(マントラでもなんでもいいですが)などの宗教的儀式に
精神安定や細胞の活性化の作用があることは科学的に証明されています。
もちろんそれは否定しませんが、
日蓮大聖人は「心の師となるとも心を師とせざれ」と仰っています。
つまり高揚したところの精神なるものを重要視しているのではなく、
あくまでも法(法華経)を重要視しているのです。

宗教の有用性において、科学的に証明できるものは限られています。
たとえば南無妙法蓮華経と唱えることが法華経の教えの要点を
余すところ無く言い得ているのか。
それは科学では証明されません。
永遠の生命を覚知し、社会によい影響を与える行動を取ったとしても、
科学によって題目との因果関係を証明するのは不可能です。
また、死後の世界を証明することは生命の構造上不可能です。
死んだ後のことは死んだ人にしか理解することはできません。
死者との物理的なコンタクトが不可能である限り、
科学によって死後の世界を証明することはできません。

あなたの目指すところである、祈りやマントラを科学的に解明し、
ひとつの理想系(科学的有用性)において統一するというのは、
健康科学や精神学の分野において可能かもしれませんが、
付随する教義の部分で諸宗教が別物である以上、
対話による融和以外に道は無いように思えます。

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 10:01:16 ID:fSoX6n32
>>550
>たとえば南無妙法蓮華経と唱えることが法華経の教えの要点を余すところ無く
>言い得ているのか。それは科学では証明されません。永遠の生命を覚知し、
>社会によい影響を与える行動を取ったとしても、科学によって題目との因果関係
>を証明するのは不可能です

ということはつまり、「宗教的信仰内容や信条」は「無根拠」であるということを
そもそも意味していますよね。つまり「そのように信じなければならない」根拠は
どこにも存在していないわけです。

しかし、宗教はしばしば暴走しますが、これは実にその「無根拠の宗教的観念」によって
起こりますね。

ということは「宗教的観念」は本当に必要でしょうか?

すでに示しましたように、「ナンミョウホウレンゲーキョウ」(創価学会や日蓮教の
唱え方)が人間に何か不思議なやる気を出させて効果を持ち、「ナムミョウホウレン
ゲキョウ」(いわゆる日蓮宗での唱え方)がそうした効果には乏しいという現実が
示すものとはなんでしょうか?

あなたがた創価学会や日蓮教の方々が「お題目=元気の源=法華経がらみの不思議な
因縁の物語が宇宙にあるからだ」という教説は、この前者のマントラを唱えた場合に
発生してきているという事実が「まず先に存在」しているのです。つまりこれは、
マントラが及ぼす影響力を受けて、「法華経」をそのように「解釈した」ということ
でしかないのではないでしょうか?つまりそれはマントラの影響力を受けて「そんな
気になっている」ということでしかないのではありませんか。

552 :454:2006/04/28(金) 10:09:09 ID:???
そこで私からも提案をしたいのですが、
瞑想やマントラなどが直接作用する効果が、
宗教の差異を越えて共通点があることは大変興味深いことです。

私は宗教とはどのような境遇であれ
一人の人間を救う力が無くてはならないと考えています。
また、救われた人間が公共性のある行動をとり、別の人間を救う。
そのような連鎖が生まれなければ宗教は無用の長物だと考えます。

キリスト・イスラムなど世界の諸宗教との共通点を模索し、
認めるべきは認め、相互理解と補完関係を築く。
そのための一歩としてキリスト教と仏教の生命観について、
語るのはどうでしょうか?

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 10:12:35 ID:fSoX6n32
つまり同じ「お題目」でも、「ナムミョウホウレンゲキョウ」(いわゆる日蓮宗での
唱え方)を用いた場合は、同じ「法華経」の「タイトル」であるにも関わらず、そう
した効果はあまり出てきませんよね。つまりその結果、創価学会や日蓮教の言うような
教説は日蓮宗の人々は取らないという結果に、まさしく対応しているわけです。

これを客観的に考察するならば、明らかに、これはただ単に「唱える音韻の差」が
「人の抱く、または抱きやすい」観念に影響を与え、その観念を形成させている、
ということでしかないと考える他はありません。

創価学会の人々が言うところの、「なんとなく内側から湧き出る喜び」に満ちて
「人生を楽しく謳歌する生き方」という方向が出てくる傾向というのは、実際には
法華経を読んだからではありませんよね。それは「お題目を連続して唱える」という
「行為」によって生じている「状態」であり、そしてそこから「そういった宗教観念
を抱きやすい」状態になっている、ということあるはずです。つまり、同じ法華経の
タイトルなのに「やり方」ひとつで効果はまったく違ってしまい、その抱く観念も
まるで異なるものになってしまっているわけです。これはひとえに、マントラの
肉体と精神に与える精神身体医学的な効果がなせるわざであるからに他ならないので
はありませんか??

554 :454:2006/04/28(金) 10:35:35 ID:???
>551
>ということはつまり、「宗教的信仰内容や信条」は「無根拠」であるということを
>そもそも意味していますよね。つまり「そのように信じなければならない」根拠は
>どこにも存在していないわけです。
ここは信仰の根幹に関わるところですね。
確かにあなたの仰る「無根拠の宗教的観念」は危険です。
また、暴走がこの点から生まれるのも事実でしょう。

しかし宗教において、「信じる」という行為をするに当たって、
根拠の有無は必ずしも必須項目ではありません。
第一キリストがそうであるように、信じる信じないは個人の自由であり、権利です。
また、根拠の無い信仰は全て暴走を意味するでしょうか?

問題は結果です。信じた行為によって、結果どうなったかが宗教において重要なのです。
もし現実を現実として受け止めるだけで安楽で平等な生活が保障されれば、
そもそも宗教など必要ありません。

学会員がマントラにおける影響が先にあって信仰をしているというのは間違いです。
初代会長は教育者です。「価値論」という理論をもとに法華経を研鑽しました。
二代会長は事業家です。宗教における無知が悲惨を生み出すという立場です。
ともに戦争の軍国教育に反旗をひるがえし、牢獄に入っています。
もしマントラなどの影響を重要視していたのであれば、
肉体的にも精神的にも過酷な牢獄において信心を貫いたでしょうか?
また学会の信仰のあり方について「信・行・学」という精神があります。
信じることや、行ずる(題目や広布など)ことと同じように、
法華経や御書(大聖人の法華経哲学)を学ぶことも重要視しています。

また同じ題目(南無妙法蓮華経)を唱えてる団体はたくさんあります。
その中で創価学会がここまで大きくなったのは教義や実践において
違いがあったと考えるのが合理的な判断だと言えると思います。

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 11:12:18 ID:fSoX6n32
555
>>552
元気が出ないで欝状態になっている人には、もしかすると創価学会や日蓮教のマントラが有効かも
しれないと思います。その結果としてその人は「救われる」かもしれません、その結果として創価学会
の言うところの「生命論」のような観念を抱くことで、精神的にもさらに安定な状態に収まるかも
しれません。その結果として、創価学会という組織の言うことはすべて受け入れてしまう、という
状態にもなっているかもしれません。

一方、何か悪いことをしたとか、罪に感じることがあって、罪悪感にさいなまれている人の場合に、
そこにキリスト教の救いの観念を植え付けると、そこでその人は「これこそまさに神の救いだ」と
感じて、キリスト教が説く一切の教説をすべて受け入れてしまうということになるわけです。
私が思うにですが、「救われる」とか「救う」という場合、人によっていろいろなパターンが
あるかと思います。

そしてさらに「生霊」の問題もありましたね。つまり人は他人の観念に目に見えない経路から左右され
(気功による脳波の同期効果と同類の影響力によって)その観念の確からしさの判断が外側から影響
されてしまっていながら、気づかずにその観念のとりこになっている場合もありうるわけです。それが
「宗教」というものが「文化」として世間に定着してしまうメカニズムになっているとも考えらます。

人が「救われる」という現実はこれらの多様な救いの様相があり、それに伴って様々な不思議な現象
が起こりうることは理解できることでした。つまり仮にその観念がただの「思い込み」であったとしても、
その観念をもたらすマントラの精神的肉体的効果と外界からのテレパシー的な影響力によって「何ごと
かが真理である」と錯覚することが在りうるわけで、そうして人々が「救われる」ということは確かに
「ある」わけです。

しかし「物事を正しく考えるという観点」からすると、そのような在り方や行為というものは、
「本当に正しい在り方や行為なのか」ということで、仏教でも「八正道」のひとつが「正しく考える」
ということで「そこ」が問題になるのです。「本当ではないことでも信じて受け入れること」を含むからです。

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 11:43:24 ID:fSoX6n32
>>554
>問題は結果です。信じた行為によって、結果どうなったかが宗教において重要なのです。
>もし現実を現実として受け止めるだけで安楽で平等な生活が保障されれば、そもそも宗教
>など必要ありません。

しかし、そこに「場合によっては正しく考えなくなる」という結果を招来する可能性を残した
「結果」であれば、それは「ありうべき」結果ではないでしょう。

>学会員がマントラにおける影響が先にあって信仰をしているというのは間違いです。

実際に、創価学会に加入することをする前に、学会員はまず先にマントラを唱えることを勧められ、
そしてその唱えた結果がどうだったかを体感して「元気が出た」と実感したから、そこで「では
ご本尊をもらって正式に学会に入る」ことにしよう、というパターンになるはずです。これは
前にも書きました。つまり人々は、1.まず先にマントラ体験をする→2.創価学会が正しいと
考える、という順路を進むのですから、これは法華経の意味理解などの効果では全然ありません。
これは事実であり現実です。

>初代会長は教育者です。「価値論」という理論をもとに法華経を研鑽しました。

牧口氏は元々「日蓮正宗」の信徒であった方で、彼が価値論なるものを起草したのはそもそも
その功利主義に発生していて、カントの「真・善・美」の「真」を「利」に変えたという説明が
されている通りです。つまりこれは日蓮教の教説そのものであり、お題目を唱えればやる気も
出てきて仕事も運び、経済的にもメリットがあり、これでこの世に価値=利を増やしていくこと
が幸福の源である、という主張でしたね。つまりこれはマントラが先にあったからに他ならない
でしょう。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 11:59:40 ID:fSoX6n32
>>554
>二代会長は事業家です。
>宗教における無知が悲惨を生み出すという立場です。ともに戦争の軍国教育に反旗をひるがえし、
>牢獄に入っています。

ですから、彼自身においても「無自覚なまま伝統(=法華経およびその類の宗派)と渾然と合体して
いた宗教的観念」によって、伝統を護持するために取った行動によって、当時の国家体制においては
「天皇不敬罪」のような罪を着せられてしまったということは、他の大本教の場合などと比べれば
それほど顕著な事例でもないでしょう。むしろ牧口氏などは太平洋戦争終わり近くまで、戦争称揚の
演説もしていたようです。これは証拠がどこかのスレの過去ログにもある通りです。

彼も先にお題目マントラの効果を実体験している人でマントラ効果が先にあった人です。確か
キリスト教の影響もあったらしく、「法華経」の伝統的な解釈ではなく「宇宙の生命」という概念を
入れて解釈し直したということで、これは現代では「ニューエイジ」教の流れと同じでしょう。上の
方でどなたかが「神智学」の影響であるとも書かれていましたが、同じものでしょう。つまりこの
時点ですでに「法華経であることの必然性」が薄れてしまっていたとも思われました。しかしそれを
つなぎ止めていたのはやはり単に「お題目」が法華経のタイトルを利用していたから、ということ
だけだったのではないでしょうか。

つまり、たとえば、「お題目」+「生命論」でそこにオプションである「法華経」を「オプション無し」
に設定すれば、日蓮正宗とははじめから別個の宗教として存在することも可能だったはずです。
しかし単に、行きがかり上、題目つながりで伝統宗教の形態を取っていただけであったかもしれません。
実際にはこの「伝統の形態に寄生していたこと」が、日本人の中に「仏教」の一形態として半ば認識
されるという巧妙な方法を取って広まったのではないでしょうか。

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 12:14:22 ID:fSoX6n32
新興宗教として「日蓮正宗」と無関係に現れていたら、ここまで大きくなったかどうかはわかりません。
「伝統の形態に寄生して」拡大することで、「日本人の伝統へのアプリオリな敬意や尊崇」を「無自覚
なまま動員する」という効果があったのではないでしょうか。

>もしマントラなどの影響を重要視していたのであれば肉体的にも精神的にも過酷な牢獄において
>信心を貫いたでしょうか?また学会の信仰のあり方について「信・行・学」という精神があります。
>信じることや、行ずる(題目や広布など)ことと同じように法華経や御書(大聖人の法華経哲学)
>を学ぶことも重要視しています。

ですから、人が何ごとかを思い込むということの結果して、そういうことはあり得るわけです。
宗教でもそうですし、共産党員であった小林多喜二などがいたこともご存知でしょう。彼などは
極度の過酷な拷問を受けています。しかしその「信ずる正義」が彼をしてその壮絶な苦しみを越えて
信念を貫き通させたのでした。「信念の力」また場合によってはそれは「思い込みの力」でもある
わけです。「正しかろうと正しくなかろうと」人はその「強く信じる」という「精神的な行為」に
よって普通なら耐えられない苦しみも受け入れてしまうのではないでしょうか。それはその信じた
内容の正しさを本当は保証するものではないでしょう。実際共産主義は別段現代では成功を修めて
はいませんよね。同じことではないでしょうか?

>また同じ題目(南無妙法蓮華経)を唱えてる団体はたくさんあります。その中で創価学会がここまで
>大きくなったのは教義や実践において違いがあったと考えるのが合理的な判断だと言えると思います。

ですから、これはすでに説明した処の「寄生効果による伝統への尊崇観念の無自覚な動員」を利用した
からということもあるでしょう。それ以外には、日本の戦後の高度経済成長時代においては、立正佼成会
のような倫理的観念を中心とせずに、むしろ「経済的な利の追求」や「病気も治る生命の力」といった
功利的な観念の方が、広く受け入れられ安かっただろうことはうなづけます。

559 :454:2006/04/28(金) 12:16:52 ID:???
>「物事を正しく考えるという観点」からすると…
物事を正しく判断することと、
証明不可能なことを信じることは相反することではありません。
天気予報や地震予測を科学的に分析したところで、必ず的中するとは限りません。
多様性ゆえに予測が不可能なのが現状です。
しかし確かではない天気予報について、盲目的に信じているのが実情でしょう。

同じように一見すると科学の力で生活水準が上がったように思いますが、
地球規模で環境を見てみると悪化の一途をたどっています。
しかし我々は、まるで物質に関しては支配者であるように考えています。

また理論や法則と呼ばれるものでも、
限られた研究室などで実験をしているにも関わらず、常に同じ値をとることはありません。
むしろ近似値や平均値によって証明されているといえます。

このように科学的に解明できる分野においてさえ、
人は「正しい判断」をしているとは限りません。


>しかし、そこに「場合によっては正しく考えなくなる」という結果を招来する可能性を残した
>「結果」であれば、それは「ありうべき」結果ではないでしょう。
正しく考えなくなることと、証明不可能なことを信じることも相反することではありません。
正しいと証明されたことだけしか信じないことの方が、むしろ問題です。
証明には事例が必要で、データを取る環境を整えなくてはなりませんが、
事例が確認できない(死の問題)場合や、
環境が整わない(現実社会では純粋に同じ環境を作ることは不可能)場合があり、
ただの統計としてしか、証明できません。
果たして統計は科学でしょうか?正しい証明になるでしょうか?

>556
しかし、あなたはデマ情報や認識違いが多く見られますね。
今日はこのくらいにしますが(夜までちょっと忙しくなるので)その辺から話をしましょう。

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/28(金) 12:53:44 ID:???
間違えたorz

×正しく考えなくなることと、証明不可能なことを信じることも相反することではありません。
○正しく考えなくなることと、証明不可能なことを信じることは同一ではありません。
 また、証明不可能なことを信じることは、正しく考えなくなることとほとんど関係していません。

これでお願いします

561 :最近のいつもの人です:2006/04/28(金) 21:55:55 ID:fSoX6n32
では簡単にちょっとだけにします。

>>559
>正しいと証明されたことだけしか信じないことの方が、むしろ問題です。

科学的な内容ですと、しかし「それは正しいと証明されているのか」が常に問題に
なります。人がある薬を飲むという場合、それが法的に資格のある機関や組織が
正しい手順で開発され認可されたものかを問題にするのは、それが科学的に正しい
とされているはずの方法やバックグラウンドの学問的正当性が問われるからですよね。

つまり、人は「信用する」か「しないか」を判断するのに、それが「正しい論理的な
思考を持って正しい方法や経路を経て生まれてきたものかどうか」を問うわけです。
それは科学の方法論が、人間の知の基本になっているからに他なりません。科学は
信用するかしないか、つまり明瞭な根拠をそこに求めるからですね。

しかし「宗教」においては、そうするための根拠は実はどこにもありません。つまり
真実か真理かはまったくわかりません。つまり「それを信じる」「根拠」は実は何も
ないわけです。ですから、そういう無根拠の物事を勝手に信じる、ということには
「間違い」をあからさまに含むことをアプリオリに排除することができないのです。

562 :最近のいつもの人です:2006/04/28(金) 22:03:44 ID:fSoX6n32
しかし、「科学的に正しい」経路を経たものは、それが詐欺でない限りは、それが
一定の範囲でほぼ信用することができる、といえるでしょう。それが社会の根底を
支えているのです。それはあなたが医者にかかるときにも、スーパーで食料品を
買うときでも、そこに並んでいるものが口に入れてよいかどうかいちいち疑問に
付していたら生活ができないわけですが、そこに一定の信頼をおいてよい、という
ことの根底は「科学」および「科学的思考」がそれを支えているからなのです。

宗教に対してはそういうわけには行きませんよね。それは元々間違いを含んでいる
可能性がまったく皆目わからない代物なのですから。さてどうですか?

>あなたはデマ情報や認識違いが多く見られますね

具体的にご指摘願いたく存じますが、もし明らかに間違いがある場合には訂正する
ことはもちろん可能ですよ。

563 :454:2006/04/28(金) 23:31:47 ID:???
>561
あなたの仰りたいことはよく分かります。
薬の例えも、スーパーの例えもよく分かります。
そして、その通りです。まったくの正論です。

しかし人間は「信じるに足りるか」についてあまり考えません。
信じるに足りるだけの科学的根拠は一切無いことも容易に信じます。
そして、そういった行為こそ人間を人間たらしめています。

個人的に恋の問題などを話すのは苦手なのですがw
分かりやすいので、例を挙げますね。
恋をした相手に告白するとき、自分の想いが過たず伝わることも、
相手に受け入れられることも、一切わかりません。
しかし分からない、証明されないからといって告白しなければ、
お付き合いをすることは出来ないでしょう。
そこには想いが伝わる確立0%という科学的な証明しか存在しません。

また宗教的な話に戻せば、自分がいくら善行を積んだところで、
自分に功徳が帰ってくることは一切証明できません。
(自分に帰ってくるという表現は仏法を正確に表現していませんが…)
それでも「情けは人の為ならず」などということわざもありますね。

つまり科学的証明は価値判断の一部ではあっても、
人格を創る上で、必ずしも重要な要素ではありません。
科学は客観的に正確さを証明する手立てではありますが、
宗教の有用性についての大部分を証明することは出来ないのです。

564 :454:2006/04/28(金) 23:57:25 ID:???
科学について認識が甘いと取り返しのつかないことが起こります。

第一に人間が実験・証明をしているということが挙げられます。
実験はある仮定の上に成り立っています。
仮定は研究者の憶測であり、誤認の場合も多く含まれます。
「こうであろう」という研究者の指向性が存在する以上、
法則の側面を理解することが出来ても、
別の側面を見落とすことがあるのは科学の宿命です。

第二に科学とは価値について考えません。
人間の生命は何よりも重要であるという認識すらありません。
それは人間の生命すら数量に落とし込む危険性があります。
生命の尊厳の問題はこれから本格的な検討が行われると思います。
科学の分野においてはDNAにおける人間の選別が、正しい判断です。
もしそうなれば、人種差別などより重大な問題となるでしょう。

第三に科学は森羅万象を解明しきれていないことも挙げられます。
地震予測や天気予報がいい例です。
化学物質がもたらす環境破壊はすでに人類の根幹を揺るがす事態になっています。
また、環境ホルモンなどの問題もあります。
ある一定の環境で証明された有用性は必ずしも、
人間に価値のあるものではありません。

科学至上主義は近代文明において盛んですが、
これこそ、ひとつの宗教であると呼べるのではないでしょうか。
これら科学における人類の慢心は非常に危険です。
信じるに足りるものを信じることは非常に難しいですね。
ゆえに、科学において宗教を統一することは難しいと考えますがいかがでしょうか?

565 :454:2006/04/29(土) 00:10:25 ID:???
デマなんかの具体的な話は、また明日でも。
また出かけなきゃいけなくなっちゃったよorz

566 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 11:47:23 ID:2LqRc1HP
>>565
それでは、何がデマなのかいずれご指摘ください。もし間違いがあるようなら訂正
しましょう。

>>564
「科学の限界」という意味においてあなたが指摘している内容には異論はありません。
それは一般に認識されている通りであって、そういった「人間の側の不完全性」に
起因する「思考の不足や漏れ」に属するミスや失敗は付きものです。

しかし、たとえば、ドモルガンの法則、つまり命題A、Bがあるとき、
/(A∧B)=(/A)∨(/B) や /(A∨B)=(/A)∧(/B)
が成立する、というのは、そういった人間のミスの問題とは異なる次元のものですが、
ここではこの次元の事柄を問題にしています。

つまり、ここでの問題は人間のミスの問題ではなく、特定のテーマに関する明瞭な
論理の問題でした。すなわち>>538>>541>>543のテーマにもう一度戻りましょう。

ここで「>>538の解釈B」が「成立するかどうか」について、そしてそれが成立する
場合には「解釈Aでなければならない必然性は無い」ことには同意されますか。そう
なった場合、日蓮教(日蓮正宗系の諸派や創価学会など)の教説は、対峙するもうひとつ
の解釈を崩せないことになるため、明日から廃業しなければならなくなるかもしれ
ませんが、 どうでしょう。

567 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 11:56:41 ID:2LqRc1HP
簡単にいえば、

 「>>538の解釈Bが成立する」
 =「お題目を唱えて病気が治ったり、元気が出たり、仕事のやる気が出たり、
   その結果成果が上がって給料が上がったり、商売が繁盛したり、他人から
   の評価が上がったりする、という効果があったとしても、それは法華経と
   は無関係の事柄であり、そのタイトルが法華経の意味を表しているとか
   いないとか、あるいはまた大昔からそのお題目があって因縁でその名が
   ついて法華経が説かれたとかの教説は信じる根拠は無く、むしろ人間の
   勝手な解釈でしかないと考えるべきだ」

ということに同値となります。この解釈が成立するとなれば、創価学会は廃業して
頂かなくてはなりません。どうでしょうか。

568 :516:2006/04/29(土) 13:29:42 ID:???
>>567
>解釈が成立するとなれば、創価学会は廃業して
>頂かなくてはなりません。どうでしょうか。

また横レスですが
教学は516で書いたように題目効果をよりあげるものと思います

ではキリスト教は何のために入っているのですか?
キリストの祈り効果は?

569 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 15:33:55 ID:2LqRc1HP
>>568
>教学は516で書いたように題目効果をよりあげるものと思います

ですからその効果は自分への精神の収まりどころを固めるためのフィードバック
になっているのは認めています。それで理屈がつじつまが合うように感じていける
のでより安心感が増し、さらにより強くその信仰信条を信じていけるようになって
いて、継続へのモチベーションを与えていくことになるからですよね。そういうこと
は他の宗教でも同じでしょう。それらは行の補完になり、行や会員であることの
継続を意図するものになっているでしょう。

>ではキリスト教は何のために入っているのですか?

キリスト教に関しては、ですから>>441に在るとおりで、クリスチャンという人種は
自分が神からの離反を罪という意識においてとらえたところから出発しています。
そこでその状態を神の赦しを受けるためには、キリストの贖罪を信じることであると
教えられ、そこでそれを「とにかく」受け入れるという心的行為を実行します。

そして、そこで神にその信仰を元に悔い改めて祈ることで、「信仰体験」をすること
になるのでした。そこで起こることは、心の癒しであり平安であり、この世のものと
は思えないような感覚を得ることもありますね。そのときに明確に自分は罪を赦されて
救われたのだという意識に支配され、神が実際にいてこの世を作られたこともすべて
受け入れるようになる、ということで、そのような意識になった人がクリスチャンと
呼ばれているわけです。

570 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 15:44:27 ID:2LqRc1HP
>>568
>キリストの祈り効果は?

これがあったとしても、それを他宗教で起こる奇跡や病気の癒しなどと、客観的には
区別は付きません。それらは同様に起こることも多いでしょう。

ですから、それらが祈りという行為に対して、「神」という存在がそれをかなえて
くれているのか、それとも、気功と同様なメカニズムでそれが起こるのかは、なんら
証明はできませんね。

ですから、それらは客観的に研究されうるだろうと考えるわけです。神の存在もこの
ようなわけですから、何も証明されたわけではないわけです。それは彼らの心の中で
意識されている事柄でしかないわけです。

571 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 16:15:38 ID:2LqRc1HP
「キリスト教における信仰の根拠」に関しては、キリストの出現の預言としてイザヤ書
などの旧約の段階からすでに存在していて、この「人類の罪の購い主がいつか現れて
その業を完成される」という預言がその根拠として語られていました。これに関しては
キリスト教の関係書籍で確認することができます。

したがって彼らの宗教は、「神が与えた預言」としての罪の購い主、つまり救い主
キリストが現れることが、文書的文言つまり聖書を証拠とする「根拠」を元にその
預言の与え主としての神、そしてその息子である「子なる神」キリストを信じる、
ということになります。

実際に救いの御業を人に行い、祈りに答え、また人に促しをする聖霊を加えて、
それらを「三位一体」の神として信仰する、という状態になるわけでしたが、この
点については、完全に「信仰の文言に入っている」ということで「とにかくそのまま
受け入れる」ということで成立している信仰箇条になっているかもしれませんが。
それについては旧約ではなくて新約聖書の範囲の記述を元にそうした信仰箇条になって
いるわけでしたが。

572 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 16:30:16 ID:2LqRc1HP
実際に聖霊がいて神の御業を連携して実施してくれているから奇跡が起こるのか、
それとも一部は気功の効果で起こっているのか、それともすべてが気功の効果と
同様のメカニズムで起こっているのか、それは実は客観的にはわかりません。

実際に、世に宗教はたくさんあるわけですが、この状況はすべて同じでしょうから、
その点ではあらゆる宗教が「主観」から「客観」に移行することでそれらを相対化
し公平に眺めることができるようになる可能性がありました。

そうなると、最後はすべての宗教が廃業しなければならない可能性もあるかもしれ
ないわけです。「客観」に立ってあらゆる宗教を科学することが、ここでは「正しい
考え」ではないでしょうか。「真理に近づくには正しい考えが必要」ですよね。

573 :454:2006/04/29(土) 18:42:12 ID:???
うーん、うーん。問題を整理しましょう。
>538
ここであなたはお題目の効果がマントラの称揚によるものと仮定した。
さらにお題目の効果がマントラの称揚によるもの「だけ」だとしたら、
法華経のタイトルは偶然、音韻が良かっただけで、教義は必要ない。
結論としてお題目は気功と同じである。という理論ですよ。

さてあなたの理論の間違いを指摘しましょう。
第一に「お題目の効果がマントラの称揚によるもの」という仮定が成り立ったとしても、
「マントラの称揚『だけ』によるもの」は成り立ちませんね。
例えるなら、林檎の中に種があったとしても、
林檎は種だけから出来ているとは理論の飛躍です。

第二に>558であなたは立正佼成会が倫理的観念を中心としてるので、
創価学会の功利的な観念の方が受け入れられやすかったと仰います。
つまり同じお題目を唱えているにもかかわらず、
バックグラウンドとなる思想で効果が大きく異なると認めています。
もし効果が同じなら、現在どうして規模に差があるのか。

第三にもしあなたの仰るとおり「マントラの称揚『だけ』によるもの」
という仮定が成り立つのなら、立宗以来700年間、ほとんど規模が変わらず、
戦後に学会が登場して初めて世界宗教になりました。
活動や思想が一切意味の無いものならば、この違いはどう説明しますか?
ここで導き出される結論は、むしろ思想と活動こそが重要であるということです。

まあ、指摘しようと思えばいくらでも理論破綻を指摘できますが、
こんなもんにしときます。
あなたの質問に答えます。
日蓮仏法の価値が「マントラの称揚『だけ』によるもの」だったとしたら、
私もよろこんで御書を捨て、学会を去ります。

574 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 22:09:49 ID:2LqRc1HP
>>573
>第一に「お題目の効果がマントラの称揚によるもの」という仮定が成り立ったとしても、
>「マントラの称揚『だけ』によるもの」は成り立ちませんね。例えるなら、林檎の中に
>種があったとしても、林檎は種だけから出来ているとは理論の飛躍です。

それは認識に仕方が違っているかと思います。

マントラの称揚による効果をうまく理論付けられるようにして、その精神の持ちよう、
ありようを制御したのは、そのマントラによる効果に合いやすい思想を植えつけた
からだということに過ぎない、と述べているわけです。

ですから、元々はマントラ効果であることに変わりはないわけです。

「ナムミョウホウレンゲキョウ」の日蓮宗の考え方と、「ナンミョウホウレンゲーキョウ」
と語呂の周りが良い音韻を用いているあなた方日蓮正宗系、つまり日蓮教の人々の考え方
の違いは、そのようにしてマントラの与える心の持ちよう、つまり「元気の出方」に起因
しているわけです、と説明している通りです。つまり「だけではない」とおっしゃっているが、
それは論理的には「異なるマントラ(そしてその効果)からの派生観念」の違いであって、
それはそのマントラを交換した場合にはそぐわないものになるでしょう。

575 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 22:22:53 ID:2LqRc1HP
>第二に>>558であなたは立正佼成会が倫理的観念を中心としてるので、創価学会の功利的
>な観念の方が受け入れられやすかったと仰います。つまり同じお題目を唱えているにもかか
>わらず、バックグラウンドとなる思想で効果が大きく異なると認めています。もし効果が
>同じなら、現在どうして規模に差があるのか。

これは「戦後の高度経済成長期にどうして創価学会が広まりやすかったか」の原因のひとつに
関する説明ですが、これと上のこととはそのまま同じことを言っているのではありません。

上で言っていることは、創価学会に入る人々のパターンのたいていのケースであった、
先に日蓮教の場合のお題目マントラを唱えさせて、その効果があると、そこで「それが
お題目の効果です、創価学会は素晴らしいでしょう」と言って入会させることができている
ことについて述べています。

しかし、人が貧しくで食うや食わずの時代には、人格の形成だのと倫理的な観念を前面に
押し出して人を呼び寄せるよりも、お金が儲かります、病気が治ります、ほらこのお題目を
やってごらんなさい、すぐに効果が出て「喜びを体で実感できますから」と言って勧誘する
ことがやりやすかったでしょう、ということを言っているわけですよ。

つまり貧しくて困っている人々を集めるにはこの呼び文句が有効でしょうと。そしてその
後で、「お題目という名のマントラを唱えさせて元気を出させる」という手品をやって
そこで「ほら効果があったでしょう」とそれが「日蓮正宗が正しい証拠です」と納得させて
入会させる、こういうパターンをとっていたということなわけです。これが創価学会が
入会動機の面で釣りやすい方法をとったということを言っているだけです。しかし実際には
人々はその後の手品に騙されて入会入信したのに近いでしょう、と述べているわけです。

576 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 22:38:59 ID:2LqRc1HP
>第三にもしあなたの仰るとおり「マントラの称揚『だけ』によるもの」という仮定が成り立つ
>のなら、立宗以来700年間、ほとんど規模が変わらず、戦後に学会が登場して初めて世界宗教
>になりました。活動や思想が一切意味の無いものならば、この違いはどう説明しますか?

ですから、>>574-575にある通りで「人が寄ってきた動機はさることが中心であった、しかし
その本当のからくりはこういうことです」と説明しているわけですよ。

そして、そのからくりとは、マントラの性質、つまりそれの与える精神や肉体における「感覚」
にマッチした観念を展開して、後付けすることができる、ということでしたね。これを何度も
説明しているわけですが、おわかりにならないでしょうか??

ですから、それが顕著になったのは、現代という功利主義的な時代により鮮明になったという
ことでもあるわけです。つまり科学によって時代が豊かになり、物質的な豊かさを創造できる時代
になって、お題目という名の一つのマントラの例が、それに付された「宇宙の生命」の力といった
「ニューエイジ教」的な観念とともに人々の間に広まりやすかったということなわけです。

700年の間は、そのマントラが「仏教という枠内で語るにはふさわしくなかった」ということ
を意味しているでしょう、おそらく。つまりそれは現代の「利を強く求めることが開放された
時代」にして初めてマッチするマントラだったでしょう。元々仏教とは無縁のものだったと
言っても過言ではないでしょう、つまりその「ナンミョウホウレンゲーキョウ」というマントラは。

>ここで導き出される結論は、むしろ思想と活動こそが重要であるということです

ですから、そうした説明は実は現実を本当には正しく表していないでしょうということを申し
上げているわけです。

577 :最近のいつもの人です:2006/04/29(土) 22:47:13 ID:2LqRc1HP
それがあたかも仏教というものと関係があるかのごとくに説明された原因は、それが
法華経という名の翻訳経文のタイトルの一つが、たまたま流用されていたからという
だけに過ぎなかったわけです。

しかし何度も言うように、同じタイトルを使った「ナムミョウホウレンゲキョウ」という
マントラの場合には、そして語呂があまり良くないので、連続して唱えてもほとんど「元気が
出てきません」よね。

つまり、その実験の結果は何を意味するかはもはや明瞭です。それは「法華経とお題目を
連続して唱えることによる効果との間には何の関係もない」という至極明瞭な結論ですよ。

さてどうでしょうか。

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 03:24:48 ID:???
俺も……割礼してくれれば、こんな人生にはならなかったのに……。

579 :454:2006/04/30(日) 03:51:12 ID:???
あーもー馬鹿!!
酔っ払って書き込んでるから、暴言失礼。

しかしだね、君は馬鹿だよ。
なに言っちゃってんの?全然的外れだよ。
日蓮仏法の正当性を証明する手立てがマントラだ?
全然違いますけど、何か?

君はマントラにどれほどの期待をしてるか知らんけど、
私が述べたように、それを科学的に証明することは、不可能なの。

おそらく高校生くらいだと思うけど、
難しいことを難しく言うのは簡単なの。
センテンスは短く、簡潔に述べてね。
はっきり言って、分かりづらくてしょうがないから。
私はプロの文筆家と語り合ってるので分かりますが、
あなたの文章は非常に幼稚ですよ。

>マントラの称揚による効果をうまく理論付けられるようにして、その精神の持ちよう、
>ありようを制御したのは、そのマントラによる効果に合いやすい思想を植えつけた
>からだということに過ぎない、と述べているわけです。

なにこれ?勘弁してよ。俺が言い換えてあげようか?
「教義はマントラの効果を促進するものである」
こう言ってください。あーもー本当にあなたは頭が悪いね。

音韻による効果のみしかないことは証明できないの。
キリスト教でもキリストが存在したか分からないようにね。
そんなことも分からないで、宗教の統一?視野が狭すぎますよ。

いったい君はなにが目的なの?
題目の効果を証明したいの?祈りの効果を証明したいの?なにが目的?

580 :454:2006/04/30(日) 04:02:53 ID:???
さてどうでしょうか?ってなによ?
鹿爪らしく神妙に言ってるけど、アホ丸出しだから。

「なんみょう」と「なむみょう」と唱える団体は、まず第一に教義が違うから。
活動の仕方も、思想も、全然違うの。
訳わかんない本尊を作って、ありがたがってるのと、
法をよりどころとせよ。との御金言を拝してる団体とではまるきり、
信仰の対象すらちがうから。

また立正佼成会は学会のパクリだから。
それが言葉悪かったら、日蓮大聖人のパクリだから。
全然、論理的でも倫理的でもないよ。
南無妙法蓮華経は日蓮大聖人が明かされたにも関わらず、
全然関係ないこと言ってるから。

世界の宗教の発端は全て同一の思想であるとかのたまってるけど、
全然的外れで、世界の宗教についての考察が足りないから。

じゃあ、オウムも一緒かよ!!って突っ込んで、
答えられた立正佼成会の人いないからね。
っつーか、創価学会の教義について勉強してよ。
御書をここで引きたいけど、仏教用語を語りたいけど、
君は仏教用語=非科学的という素晴らしい理論をお持ちだから、
さけてるんだよ。
仏教に対する造詣が甘すぎる。まるでなってない。
ものの本質を見抜く能力がなさすぎる。

581 :454:2006/04/30(日) 04:18:31 ID:???
>つまりそれは現代の「利を強く求めることが開放された
>時代」にして初めてマッチするマントラだったでしょう。

なにこの理論。大丈夫?頭に蛆わいてるの?
室町時代だろうが、江戸時代だろうが、
米を作って大名に納めて、飢饉を乗り越えた人に対して、
「利を求めること」が求心力が無かったとでも言いたいの?

日蓮正宗は700年まったくと言っていいほど、反映してないんだよ。
創価学会が広まったのが戦後だったからという仮説は成り立たないよ。
戦乱の世の中なんてたくさんあったんだから。

つーか利を追求する世の中で初めてマッチするマントラってなに?
まともに言ってるの?マントラの効果は状況によって左右されているのであれば、
証明できないでしょ?
唱えることに功徳があるなら、どんな環境でも同じ効果を立証できなきゃ、
マントラによる効果であると証明できないけど、どう考えるの?

582 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 09:09:52 ID:FlLV5VAM
>>579
>「教義はマントラの効果を促進するものである」

ですから、それを私の見方でも説明できるということと、をれを否定して消し去る
根拠が示せない以上、その考えだけが唯一存在できるということの証明はできない、
ということを申し上げているわけです。つまりその説明は一つの見方であって、正当性
を証明はできない、ということです。つまり、お題目に関わる日蓮教の伝統的な観念
は、私の行なった解釈で説明できるわけで、それを否定する反証が存在しない以上、
それも説明の一つとして存在できるということなのです。つまりその解釈を全く排除
できないからには、日蓮教の700年の歴史はただの思い込みの歴史だったと言われても
仕方ないということになる、言っています。

>音韻による効果のみしかないことは証明できない〜〜〜いったい君はなにが目的なの?

何度も言っている通りです。「それに付加された思想なるものがそのマントラにマッチ
するように付加されている」わけですから、それをどう解釈するかでその意味は変わって
くるということです。元は音韻による人体の反応であっても、それを精神においても
満足したいと人間は願望しますから、それを「本当かどうかわからないこと」であっても
それらしく付加することでその体感にマッチするような説明をしてそんな気分にしておく
ことは可能だということでしたよね、私の申し上げていることは。

そしてそういうやり方は「真理を知るために本当に正しい方法なのですか」ということだ
と申し上げているわけですが、これほど反復してもまだわかりませんか?再度読み返して
頂きたいとも思うわけですが・・・

583 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 09:23:25 ID:FlLV5VAM
>>580
>「なんみょう」と「なむみょう」と唱える団体は、まず第一に教義が違うから

ですから、それは「マントラに”対応する”違い」だと申し上げています。

「ナンミョウホウレンゲーキョウ」と唱える人々はその語呂の良さから連続称揚によって
活性化する体感を得て生命にあふれた感覚を得る、その結果「宇宙の生命」という観念に
支配されやすくなり、そうでないマントラを唱える人々はそうした観念を抱きやすくない、
ということだと何度も申し上げています。

日蓮が、その天台真言宗という僧侶グループに属していた時代に、仮にその「ナンミョウ
ホウレンゲーキョウ」と発音するマントラを唱えてその体感を得ていたとしましょう、
そうした場合、彼のいた当時の「仏教」とりわけ天台宗という宗派にあって、それを法華経
という経文に関係した「功徳」だと解釈して直感的にそれを中心とした「教義」を作り上げ
たとしても何も不思議はないのです。それは彼の時代の限界、つまり科学の発達していなか
った時代の「宗教による解釈」にしかなりえなかったということはしかたのないことだった
でしょう、と。

しかし、すでに私はそういう「宗教による解釈」以外の可能性を示し、そしてそれが何かの
根拠を持って排除することができていないことを述べています。つまり本当は私が言って
いることが正しいかもしれませんね。もしそうだとしたら、日蓮は彼の時代の制約を受けて
勝手に思い込みでそういう宗教に結びつけた想像で解釈して自分の「宗教」に仕立てただけ
ではないか、ということになるわけですよ。これを否定できますか?

584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 09:39:39 ID:4oqMPSc2




キリスト教とその亜流は

これ以上、戦争を引き起こさないでね





585 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 09:45:30 ID:FlLV5VAM
>>581
>室町時代だろうが、江戸時代だろうが、米を作って大名に納めて、飢饉を乗り越えた人に対して、
>「利を求めること」が求心力が無かったとでも言いたいの?

室町時代の京都は実は「題目の街」と言われました。その時代に京都の「商人」の多くが
日蓮信徒になったということは、確かに歴史の本に書いてあります。つまり利を追求する人々は
日蓮のような現世での幸福の思想に結びつきやすいのはその時代でも確かだったと思います。
つまりこれは「時代の反映」ということのミニ版ですよね。しかし戦国時代以降の間の大半は
封建社会でした、つまり伝統的な仏教や禅など武士道にマッチしやすい思想が支配したのです。
そこでは日蓮は一部でしか受け入れられませんでした。まして日蓮正宗のような「擬」伝統
な仏教はなおさらだったわけですよね。

明治になって文明開化しても明治政府という神道の圧迫がある時代においては、やはり「利」
の追求より「天皇崇敬」や「大和魂」といった「新伝統」に社会が支配された結果、やはり
利にふさわしい「日蓮教」はまだまだポピュラーにならなかったわけです。

しかし、精神への支配が緩和された大正以降、それが少し変わってきて世間は「利」を求めて
経済活動が活発になり起業してお金儲けをすることがポピュラーになってきて、それに伴って
思想も自由になりました。そのときに、日蓮正宗の信徒であった牧口氏がまさに「利」の価値
論を唱えて日蓮教の論理を主張し始め、あの「題目の街」が東京に再現するきっかけになった
ということでした。つまり日蓮教はやがて戦後にますます「利」を追求する功利主義の流れの
中で勢いづいたということで、まさしく私がすでに申し上げた通りなわけです。

586 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 10:04:24 ID:FlLV5VAM
>日蓮正宗は700年まったくと言っていいほど、反映してないんだよ。創価学会が広まったのが
>戦後だったからという仮説は成り立たないよ。戦乱の世の中なんてたくさんあったんだから。

つまりこれについても説明致しました。

>つーか利を追求する世の中で初めてマッチするマントラってなに?

ですから、これも高度成長時代にマッチしやすかった「ナンミョウホウレンゲーキョウ」
マントラでしたが、低成長時代になってからは「利」の論理だけでは人を引き寄せることが
しにくくなったわけで、同時に創価学会の拡大も低成長となっているのはご自身でもご存知の
通りでしょう。

低成長時代のキーフレーズは、よりソフトなイメージの「癒し」であり、それにマッチしや
すかった「スピリチュアル」でしょう。

つまり「ガキ大将のように元気になる爆発する宇宙生命体」ではなく、むしろ「人の心を
ソフトに癒すスピリチュアルな世界」になっているわけでした。これがたとえば「江原啓之」
などが流行っている理由です。これもニューエイジ教でしたが、そこで行なわれる瞑想での
マントラはまた別のイメージのものになっています。

しかしそれでもマントラが人体に効果を及ぼす原理は同じものでしょう。つまりそれは人体
のあちこちにある多様な神経、神経節、筋肉、呼吸などにともなう内分泌系への刺激に依存
したものとしてです。そしてそれが近年、気功の物理研究が進んできて、脳波の遠隔同期現象
などとともに研究されつつあるということなのでしょう。

さていかがですか。

587 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 10:23:55 ID:FlLV5VAM
>>583
>しかし、すでに私はそういう「宗教による解釈」以外の可能性を示し、そしてそれが何かの
>根拠を持って排除することができていないことを述べています。つまり本当は私が言って
>いることが正しいかもしれませんね。もしそうだとしたら、日蓮は彼の時代の制約を受けて
>勝手に思い込みでそういう宗教に結びつけた想像で解釈して自分の「宗教」に仕立てただけ
>ではないか、ということになるわけですよ。これを否定できますか?

少し付説すると、「ナンミョウホウレンゲーキョウ」という音韻においては、「ナム」
ではなくて「ナ・ン」となっている点が顕著な刺激をもたらしていました。

ナとンを続けることの、咽頭から鼻腔へと抜ける呼気の効果は相当大きく、日蓮教で
お題目を唱えている人々の多くが鼻声になっていることに気づきませんか?それはこの
効果によってもたらされていて、そして「お題目を唱えたことで、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)
が治りました、功徳です感謝です」と現証の体験談を語る人が大変多くおられるわけ
でしたが、これはまさに単なるこの呼気が鼻腔に送り込まれる際に、ナの音韻がその
送り込みが促進されやすいように咽頭から鼻腔への空間がより広く開くように作用する
効果があったからです。

これだけ見ても、すでにこれが法華経の功徳とは別段関係ないことがほとんど証明
されてしまっているでしょう。つまりお題目による「功徳だ、福運だ」と言って賛嘆
していたことのほとんどは、実は人体の構造が音韻を発生するときにとる筋肉と神経
の反応による効果だったということはほぼ明らかでしょう。これを勝手に法華経と
いう仏教の伝統と関係させて何かとてつもない不思議で妙な世界に巻き込んできたのが
日蓮教の方法であったということでしかありません。

588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 10:25:44 ID:E6kNVzdc
私の知り合い(日系ブラジル人)はクリスチャンなんだけど、学会の人に十字架を燃やされたって言ってたなぁ。

589 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/30(日) 20:36:24 ID:???
>>587
釈尊はマントラを用いないし、マントラを用いない宗派もあるよ。
ちょっと君は仏教を勉強したほうがいいよ仏教は無我であり実在論を否定する、これを中心に考えてみては?

590 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 21:12:02 ID:FlLV5VAM
>>589
>釈尊はマントラを用いないし、マントラを用いない宗派もあるよ。

それはもちろん知っております。たとえば禅宗の一つである曹洞宗などは本来そう
ですが、それでも法華経の陀羅尼品などは好んで読むなど、マントラ効果の亜流は
使っているかもしれません。それは精神の安定に資するからかもしれませんね。

>ちょっと君は仏教を勉強したほうがいいよ仏教は無我であり実在論を否定する、
>これを中心に考えてみては?

ここまで、すでに「日蓮教」と「仏教」を区別していることにもご注意ください。

観念の中で人にアハー体験を起こさせてそこで一瞬にして解脱に至らしめるという
禅の方法もわかりますが、しかし人間はそれだけですべてを語れないかもしれません。

現に、現代は科学文明によって営まれており、それは肉体の世界を維持しています。
産業を維持し新技術が生まれて文明は徐々にではあっても進歩し続けています。
これはおそらく観念論の仏教が成し遂げた成果ではなく、物質科学が論理正しくあった
ことで初めて生み出したものでした。

もちろん日蓮教が生みしたものでも、イスラム教が生み出したものでも、キリスト教
が生み出したものでもなかったのであり、これはひとえに「実在論の知」によって
生まれた世界でした。つまりこれがなければ、我々は今でも伝染病が猛威を奮い、
食料は不足して毎日おなかを空かし、学校も満足に行けない子供らであふれ返り、
寿命は短いままで、毎日それこそ地獄のままだったかもしれませんが、そうならなかった
のはひとえに、実在論の知であり、かつ論理学を正しく適用した科学のの結果である
広義のテクノロジーが発達したおかげでした。それが食料の生産性を上げ、多くの
病気を科学的に実効性を持って根絶し、便利さを増し加えて世を実質的に改善した
結果であり、その恩恵に浴することで、今の日本人の幸福の多くが与えられたのでした。

591 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 21:23:52 ID:FlLV5VAM
人間は精神的でもありながら、肉体的でもあり、さらには見えない霊的な要素もある
ものなのかもしれません。

ですので、仏教が実在論でないから、実在論の知が役に立たないということにはなり
ませんし、逆もまた然りでしょう。

問題は世界を自分の宗教一色で塗ろうという存在でしょう。オウム真理教、創価学会
はその代表かもしれません。

ここでもの申しているのは、そういう姿勢の根底には単純な論理の誤りがある場合が
多いということです。科学のほとんど発達していない時代に、勝手に作り出された思い
つきの発想で宗教がどんどん形成されてしまうということはありうることです。それが
現代にさえカルトやセクトのような形で影響を与えていくことが問題でした。

ヨーガに基礎をおくとされるオウム真理教などもそうしたもの一部ですね。そこで
語られている思い込みの思想は危険そのものであり、将来においてはなくなることが
望まれているでしょう。同様なものはやはり無くなっていく必要があると考えます。

592 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 21:34:45 ID:FlLV5VAM
私は、日蓮正宗や創価学会が主張しているような生命論や十界論や一念三千
といった考え方をするということそれ自体を否定しているのではありません。
実際にそのような仕方で思考して、自分の姿勢を前向きにしていくという工夫、
人間の心の制御の方法は非常に効果的であるとも考えています。それはマーフィー
の法則や「観念は現実になる」といったニューソートの思想と要は同じであり、
それをもっと分解した形で人がイメージし安くなるような工夫がされているか
とも思います。

それによって願望が実現していき、幸せな人生を送ることができる、というのは
それは良いこととも思います。

ただ、それだけの宗教なら、そこに特定の団体に帰属することへの偏った正義感
を植えつけて、カルトな行動をとらせたりする傾向が強くあるのはなぜなのかを
やはり考えてしまうことになります。そこにはどこか間違っている志向、あるいは
思考があるからではないか、その原因はその思想が元々因って来たったはじめの
段階にあった可能性がある。そこで単純な論理ミスを犯していたからではないか?
そこにカルトが生まれる原点があったのではないか、と考えたからです。

ではまた。

593 :はるな ◆D8aROQtru. :2006/04/30(日) 21:38:22 ID:2QaDr92i
興味さん・・・何してんの?(藁)

マスターベーションのお手伝いでつか?

594 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/30(日) 21:48:51 ID:???
>>593
なんか変な人がいるから見ているんですよ。
>>592
学会は実在論を肯定します、それと貴方は霊肉二元論者ですか?
なんか全てがつぎはぎだらけで、整合性がないんですよ、主張の中身がよくわからん??

595 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 21:51:52 ID:FlLV5VAM
>>592
>マーフィーの法則や「観念は現実になる」といったニューソートの思想と要は
>同じであり、それをもっと分解した形で人がイメージし安くなるような工夫が
>されているかとも思います

そこで、それを法華経という伝統あるいは神話のようなものによる「宗教」では
なくて、現実からフィードバックして改善していく「体験科学」に変えていけば
どうでしょう?

そうするとそれは特定の宗教の「教義」ではなくて、発見法的にさらに多様で大きな
発展が見込める可能性さえ出てくるのではないでしょうか?マントラはもっと自由に
改変してよい、自分がいいと思うものに変えてそれが効果的ならそれでもよい、され
にマントラの後で瞑想を加えるとさらに良い、とかいろいろと広く可能性が出てくる
かもしれませんね。

つまり、「願望実現で幸福に」という目的なら、このようにして「一宗教の固定的な
一教義」でない、科学としての発展で問題はないのではないかということで、これで
不都合はどこにあるでしょうか?あるとしたら、教義の首座をしめたいと考えてそれ
による経済的なメリットを享受するという目的が達成できなくなるということだけ
ではないでしょうか?

寝ていてお題目を唱えてもよくなったとかいう話ですから、それをお題目の後で5分の
瞑想をしてもよい、やりたいようにやってください、もっと効果があるならそれでいい
です、となれば別段かまわないでしょう。目的な人が願望を達成して幸福になりさえ
すればいいわけなんでしょうから。教義に縛る必要はどこにもない、つまり宗教である
必要もないということですよね。

596 :興味@日蓮宗葵講 ◆X872v3FaeI :2006/04/30(日) 21:54:47 ID:???
それから、十界論や生命論は私は仏教ではないと思うし、一念三千や摩訶止観も、慚修であり頓ではないと思うよ。
ここらへんは道元さんが批判してますね。

597 :はるな ◆D8aROQtru. :2006/04/30(日) 21:56:31 ID:2QaDr92i
>>594
興味さんも物好きやなぁ。
徒労に終わりませんように!(__;)

598 :最近のいつもの人です:2006/04/30(日) 21:57:18 ID:FlLV5VAM
>>593
マスターベーションではなく、すべてお相手して書いていることがあなたには
おわかりでないと。はーなるほど。

>>594
>学会は実在論を肯定します、それと貴方は霊肉二元論者ですか?
>なんか全てがつぎはぎだらけで、整合性がないんですよ、主張の中身がよくわからん??

主題が見えていないならそれも仕方ありませんが、主題を読み取れないために”つぎはぎ”
といった見え方になるわけですか。

まーいない間に何かいくらか書いておいてください。

ではまた。

599 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆xd7mxrd9Z6 :2006/04/30(日) 22:04:33 ID:RMidnOjk
>>595
それはもう宗教じゃないでしょ。体験科学っていったら。

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 01:40:33 ID:XH4ipePo
「長い付き合いの人は助けてあげてください。」知らん振りで・・・?

あなたが何でも言われるのが嫌で、その会員さん甘やかしてきた結果がこれで。
貴方がそもそも、この会員さんに、きちんと、話すか、その人が、
わからなければ、周りが巻き込まれないように、それとなく言って置けば
ここまでにならなかった。普通の人も、知らなかった会員さんも、
煮え湯を飲んだ。   
いまさら、キリスト教徒だったなんて、言うのは・・・。

何なんだ日本の宗教は? 自分が聞いたとき、宗教濁して・・・。

信者を甘やかして、正当化し、周りを弾く宗教なら、嫌だ。
そのために、しわ寄せで弱いものが連鎖的になるのは嫌だ。
それを止めるのが宗教ではないのか?
自己犠牲とか、慈愛、慈悲、持てるものは、貧しいものに・・・。
そうじゃないのか? 

宗教って?日本の宗教って何のためにあるの?自分だけが助かりたいため?
よく、わからない。 

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 01:54:24 ID:XH4ipePo
こういうひとは、自分、宗教してる感じがしないで、良いかな?

なにかあったら、仲間に逃げてしまう人、数を頼む人たち
団体を引き合いにする人は、所属欲求を満たしたいと言う事で・・・。

初めから、家族がその宗教してる人は、なんか、わからんが、
矛盾を見つけたら、やっぱり言った方がいいと思う。
時代は変わるから、そのまま矛盾を抱えたままだと、ややこしい。


602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 14:48:25 ID:ZbpqCOtf
上記ことは一応本人に言っておいたけど、無視することで
体面を保とうとなさり、他所で厭味というので、
他の人の前で事例を挙げて、
「長い付き合いの人は助けるように・・・」と、念は押した。
きついやろ?こんな事せんと、止まらない。

誰に替わってほしいです。  辛いです。でも、他に事情はなしてるのに
先に言わないと、もっと辛いことになると思う。
前みたいなことは懲りてるはずなのになんで・・・。わからん人たちだ。


603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 14:54:42 ID:ZbpqCOtf
人間性と宗教は関係ないんだと思ってしまう。



604 :うましかちゃん、達、屁:2006/05/01(月) 15:16:49 ID:FCHdLLie
人間性と宗教には関係は無いの。

605 :シャア ◆BwWlF2.Erw :2006/05/02(火) 03:51:17 ID:???
Bibleには 日蓮の注釈または解説がないので、まともに批判できない。


606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/02(火) 04:12:42 ID:5aSToAmE




クリスチャンは、もう戦争起こさないでね

お願いします





607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/02(火) 22:36:45 ID:???
>>最近のいつもの人です さん
あなたはキリスト教の人?


608 :454:2006/05/03(水) 09:54:18 ID:???
いやー傑作なほど、分からず屋さんですな。

>582
>「真理を知るために本当に正しい方法なのですか」
これも的外れだね。仏教徒は真理を求めていない。
キリスト教徒とその辺の感覚が相容れないものかもしれないね。
大聖人も仏教を判断する時に「浅深高低」という言葉を使ってる。
仏典は8万を超え、それぞれが釈迦に聞いたと書いてある以上、
真偽についてはもはや論ずる価値が無いのです。

仏法では世界の成り立ちについて語ってない。
また、釈迦は生老病死の苦しみから逃れるために修行をした。
つまり釈迦仏法の始まりは森羅万象の解明ではなく、
いかに考えれば、平安で苦しみの無い人生を送れるかってことなんだよ。
つまり西洋でいう、哲学を起源としてる。

まあ、興味さんも言っていたが、マントラなんかは
後に弟子達が作り出したものなんだよ。
学会員が「とりあえずお題目をしよう」というのは、
早く日蓮仏法に縁して欲しいからだな。
声を出すことによって入会前後の緊張してる心をほぐすことも出来るし、
実際にやってみて腹が決まるってのは世の道理でしょ。
題目あげて、いきなり効果が現れるなんて希少な例なんだから。
大抵の人は「あほくさ」と思いながら、「良かったです」って言うんだよ。

609 :454:2006/05/03(水) 09:55:53 ID:???
>583
日蓮大聖人が法華経の経文に神秘的な力があると考えていたってもの間違いだな。
もし神秘的な力があったと考えていたら、
自ら亜流である「南無妙法蓮華経」なんて作らないよ。

科学が未発達で「宗教による解釈」しか出来なかったってのも全然違う。
「宗教による解釈」しかできないのだとしたら、それこそ禅の方が合理的だし、
天台の方がより整合性があるんだから。
日蓮大聖人は地震や飢饉・戦乱(蒙古襲来なども)の世の中で、
民衆の幸福のために宗教をどのように活かすかを考えたんだな。

禅定やら断食やら(六波羅蜜やら戒・定・慧でもいいけど)の修行は、
生活に追われた民衆には現実的じゃなかったから、
髄他意(民衆の機根にあわせた教え)の日蓮仏法を作った。
つまり君の言うマントラ(南無妙法蓮華経)は当時流行ってた
念仏あたりをヒントに作られたものなんだよ(誤解の多い表現だがw)。
神秘の力があるなんてことは全然考えてないよ。
何度も弾圧・迫害されてるにもかかわらず、
神々に捨てられ、難にあっても命を懸けて法を広める言ってるから。
神や仏にすがっていたら、こんなこと言うわけないし。


610 :454:2006/05/03(水) 09:57:09 ID:???
>585
歴史考証も甘い。
>しかし戦国時代以降の間の大半は
>封建社会でした、つまり伝統的な仏教や禅など武士道にマッチしやすい思想が支配したのです。
>そこでは日蓮は一部でしか受け入れられませんでした。まして日蓮正宗のような「擬」伝統
>な仏教はなおさらだったわけですよね。
「檀家制度」や「自賛毀他の禁止」についてはどう考えてるの?
断定と憶測の連続ばかりで、聞くに堪えないよ。
それと日蓮正宗の歴史は他の諸宗教に比べて、決して短いものではないからね。
スピチュアルであるところの江原(ま、馬鹿らしいが)が流行ってるというが、
全然話になんねーよ。どうしたら江原教が創価学会より求心力があるなんて理論になるの?
つーか君の理論だったら、立正佼成会が繁栄してなきゃおかしいじゃないか。

正確な分析とはこういうのを言うんだよ↓
弾圧に抵抗するはずの日蓮正宗は権力に迎合する形でかろうじで形を留めていた。
戦後、天皇(国家神道)という精神的なよりどころを失い、また肉親をなくし、
生活の基盤を失った人々に巣くう虚無感に、創価学会の信心が受け入れられた。
この時代は信仰の自由を推奨するGHQの政策により悪質な新興宗教が跋扈した。
ベビーブームと虚無感を背景に、諸宗教は会員数を増やした。
しかし、ある悪質宗教では賢い信徒が反旗を翻し、断罪された。
また、ご利益宗教は豊かになった物質文明により存在価値をなくし、衰退した。
伝統仏教についても寺院を維持するのもままならない状況の中、
創価学会においては人間の根源的な向上を説き、世界190カ国・地域に大発展を成しとげた。

学会員を迫害した寺院は現在、存続すら危ぶまれている。
まあ過去の歴史や民衆の欲求に無知だった寺はだめだね。
いまさら伝統仏教連合作っても、修学旅行やらの旅行者を誘致するのが精一杯だろうね。


611 :454:2006/05/03(水) 09:58:44 ID:???
>587
>「お題目を唱えたことで、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)が治りました、功徳です感謝です」
これ何?俺を笑い殺しさせたいのか?w
日蓮宗(なむ系)は蓄膿症が多いってのは傑作で面白い理論だけど、
一言、言っていいかな?んなわけねーだろ。
日蓮宗は基本坊さんがお経を読むんだよ。
日蓮正宗だって、坊さんは鼻声でなに言ってるかわからんよ。
学会員は坊さんじゃねーから、物々しく読む必要ないの。
だから、ハキハキ元気に題目をあげるんだよ。
俺が思うに「読むのめんどくせ、毎日読むのに大声出せるかよ」
って感じで坊さんの題目はこもった声になるんじゃない?いや、知らんけど。
しかも蓄膿症が証明されると法華経の功徳がない証明になるってどんだけ飛躍するの?
スペースシャトルもビックリの理論飛躍だよ。
風が吹けば桶屋が儲かるどころの話じゃないけど、理解できて言ってるの?
否定・証明できないというだけで成り立つ理論なんて、ないんだよ。
君の理論は「宇宙は大きなうんこから出来ている」と言ってるのと変わらないのですよ。
この理論を現代科学では否定できないからね。

>592
つかなんでイキナリ学会カルト発言になるんだよ!
ぶっちゃけ言わせてもらえばな、どんなにしっかり指導しても、
変なやつは出てくるんだよ。もともと人間は不完全なものだしな。
全員に責任持てよとか言われそうだけど、
それを言ったらキリスト教の方がおかしな奴たくさんだしてるだろ。
つか、なぜカルト団体だと思うのか教えてくれよ。

>595
体験科学でみんな幸せに暮らせたら、誰も宗教なんてやってないから。
宗教の果たす役割を過小評価しすぎだよ。
健康にいいだけなら、青汁でもサプリでも飲むよ。
君は宗教の有用性について、大部分を理解していない。
宗教間の軋轢をなくしたいと思ったら、ちゃんと勉強してからにしよう。話はそれからだ。

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 09:59:19 ID:???
454って層化にいい様に洗脳されてる仏教音痴なんですね。w

613 :454:2006/05/03(水) 10:01:48 ID:???
ふーゴールデンウィーク中は友好拡大に努めよう。
との精神で朝から2ch…。
我ながらお粗末だなw
午後は、友人と会うけどさー。

あとさ、興味さん。
ちょっとお話がしたいんですが(ゆっくりでいいので)、
付き合ってもらえます?

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 10:11:28 ID:???
>>612
そうそう層化の書籍ばっかり読んでるからまともな仏教理解が出来ていない
要するになんちゃって仏教なんちゃって哲学の迷宮に入って抜け出せない
状態、こうなるとまともな宗教や哲学が異常に見えてしまい層化の思う壺。


615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 12:52:34 ID:Pgpj7Bsm
もう、そうやって、真理とか小難しい事ばかりいって、

本当のことなんか、知りたくないんでしょ?

言えば、言うほど、虚無に巻き込まれて、自分が空っぽになってゆく。
思考は自分の頭上の上を飛び、空回りしてゆく。

本当のことは、朝の輝きの中の草の露にもあるし、虫達のかすかな動きにある
眠る子供達の、笑顔や、悲しみの涙にある。
それだけの事じゃないのかな?

花は、花らしく生きたい。バラはバラであることが美しい。
それを、見守るだけで良いのに、何故皆自分の都合のいいように
矯正したりするのかな?  
痛いということがわかれば、人はそれをしない。
痛いということすら、わからない環境に、曝されるから
痛いということを、知らずに繰り返してしまう。
普通に生きていれば、痛いがわかるはずなのに・・・。

なぜ?自分の思い通りにしようとするの?

616 :興味@2ちゃん葵講 ◆X872v3FaeI :2006/05/03(水) 13:22:49 ID:???
何か用?
夜9時ぐらいに来ます

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 13:34:03 ID:7gkwwS4E
安田美沙子ちゃんカワイス
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618 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/05/03(水) 15:28:34 ID:vruHpd5g
>>608 の 454殿
何をイイカゲンな事を言っているのですか。
仏教も、真理を追求(追究)したものと言うべきですよ。
一般的に釈迦の言説に一番近いと考えられている“ダンマパダ(法句教)”は、“真理の言葉”
と言うような意味なのですから。
ダンマ(dhamma、パーリ語)は、サンスクリットではダルマ(dharma)ですが、それは
“法”という事であり、“真理”を意味するわけです。
アナタ方は物事を客観的に把握せずに我見を絶対視するが故に、そのような間違いに
とらわれるのですよ。(続く)

619 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2006/05/03(水) 15:30:42 ID:vruHpd5g
「仏典は8万を超え、それぞれが釈迦に聞いたと書いてある以上、真偽については
もはや論ずる価値が無いのです。」…こんな馬鹿げた考え方はありません。
それならば、同じように聖書は神の預言が書かれているのだから、「真偽については
もはや論ずる価値が無い」と言う事になるわけですね?

それと、「論ずる価値が無い」から、どうだと言うのでしょうか?
私にしてみれば、そのようなものを信じていること自体が馬鹿げているとしか思えませんよ。

「仏法では世界の成り立ちについて語ってない。」…仏教全体の中では、当時のインドの認識を基にしたものであれ何であれ、そして、かならずしも統一的なものではないにしても、一応様々な
形で語ってはいますよ。
アナタ達の言う「成住壊空」・「無始無終」にしたところで、その一部とみる事ができるでしょうね。
(その他いろいろと言いたい事はあるが、出かけるのでこの辺で…。)

620 :454:2006/05/03(水) 17:10:57 ID:???
>618
そんなにむきにならんでください。
私と「いつもの人」が問題にした真理と、
あなたの言っている真理は別物です。

>582にあるように
>「思い込みの歴史だったと言われても仕方ないということになる」
と言った発言や、
>「真理を知るために本当に正しい方法なのですか」
という質問からも分かるように、
ここで問題になっているのは「法華経は真理を解明しているか」ということです。
つまり経典の由来から教説に至るまで根拠を示し、
真実であると論証する必要があるわけです。

しかしながら、あなたも
「釈迦の言説に『一番近いと考えられている』」という言葉を使っているように、
釈迦自身は一切経典を残していません。
この事実がなにより思想と事物の一致していない証拠です。
つまり、釈迦の教えが真理であるという命題や、
法華経が釈迦の教えを再現しているという命題を論証することは不可能なのです。
不可能である以上、これを真理であるということはできません。

真理を求める方法として経典を学ぶことは
信仰という姿勢をもって初めて可能になります。
つまり経験や知識を超えた信心が前提にあるがゆえに、
真理を求めているといえるわけです。
これでは「いつもの人」の質問である
「普遍的な法則や事実」(真理)を求めていると言えません。

621 :454:2006/05/03(水) 17:11:47 ID:???
(続き)
真理を求める方法として経典を学ぶことは
信仰という姿勢をもって初めて可能になります。
つまり経験や知識を超えた信心が前提にあるがゆえに、
真理を求めているといえるわけです。
これでは「いつもの人」の質問である
「普遍的な法則や事実」(真理)を求めていると言えません。

これら事実から明らかなように、真理とは元来、
検証する人物に左右されない事実ですが。
仏教徒の信じる法(真理)は信じる人物によって異なります。
それぞれの仏典は自らの法こそが最高の真理だと言うわけですから、
どの仏典を依所とするかは信仰者の価値判断に任されます。
私が真偽について論じる価値がないと言ったのは、以上の点からです。

つまり真理を求めたとも、求めていないとも言えるわけです。
まあ、こんな場で私が我見に囚われているかいないか論じても仕方がないでしょう。
なにを信じることに価値を見出すかは、
論じるまでも無く自由なのですから。

622 :454:2006/05/03(水) 17:15:32 ID:???
いけね。一回でレスできなくて、コピペしたらミスったorz

623 :興味@2ちゃん葵講 ◆X872v3FaeI :2006/05/03(水) 19:51:11 ID:???
真理と仏教になると、仏教は真理の探求を目的としない、真理は無我であるがゆえに空、仏教は目的、方法、結果が既に決まっている、空=無我が真理でありそれを体得する方法も具体的に存在するし、結果としての覚りも有る(在るではない)

624 :興味@2ちゃん葵講 ◆X872v3FaeI :2006/05/03(水) 19:56:33 ID:???
それと、仏教を科学的に解釈するんは危険、確かに因果律は、原因と結果、間接遠因としての縁などと言う科学的な解釈をする、しかし竜樹いわくそれも空であるわけです。
それと学会員が言う、円融三諦に対して私は否定的、空仮中は並列ではない、根本は空ではないかな?
天台大師の思想はちゃんと誤りがある

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 20:54:06 ID:cQkSe19c
最長を誹謗するな池田チョン作のクズ信者野郎

626 :興味@2ちゃん葵講 ◆X872v3FaeI :2006/05/03(水) 21:24:18 ID:???
>>625
君は天台大師と伝教大師の違いも解らんのか?
ちなみに私はネット界最大反学会の葵講員だよ(藁

627 :最近のいつもの人です:2006/05/03(水) 21:56:50 ID:3gnp1pwo
>>611
どうも・どうも。おひさしぶりです。では今回は簡単にこれだけについて。

>>「お題目を唱えたことで、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)が治りました、功徳です感謝です」
>これ何?俺を笑い殺しさせたいのか?w
>日蓮宗(なむ系)は蓄膿症が多いってのは傑作で面白い理論だけど、
>一言、言っていいかな?んなわけねーだろ。
>日蓮宗は基本坊さんがお経を読むんだよ。
>日蓮正宗だって、坊さんは鼻声でなに言ってるかわからんよ。
>学会員は坊さんじゃねーから、物々しく読む必要ないの。
>だから、ハキハキ元気に題目をあげるんだよ。

実際に「大百蓮華」なんかにも「お題目上げて蓄膿症が治った、これだけでも
大変な功徳で助かっています」ってドクター部の「お医者」の会員さんが手記
書いてたりしてましたw

こういう証言はけっこう昔から多いと思ってますが、認識は間違っていますか?

ハキハキ、朗々とあげても、結局は「ナ・ン・ミョウホウレンゲーキョウ・・・」
と続く音韻を踏むと自然に鼻腔に息が入り込むと思いますよ。つまりこれははっきり
とお題目の人体への物理的な効果でしょう。これが断続的かつ連続的に起こると、
鼻の奥に湿った息が入っていくこと、低周波の振動が伝わって刺激すること、その
部分の神経が刺激を受けて活性化することなどの相乗効果で鼻づまりが治る、と
考えられます。

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 22:06:25 ID:???
創価では禿が治らないのではっきりいって力が有りません。

629 :最近のいつもの人です:2006/05/03(水) 22:07:18 ID:3gnp1pwo
別に「ナムミョウ式」だと「鼻が詰まる」とは言ってませんから、日蓮宗の人が
蓄膿症が多いとかは言ってませんよ。だから意味はそうではありません。

鼻声と言いますのは、鼻が詰まって鼻声になるのではなくて、鼻腔が広がることで
そこに人の出す声が反響しやすくなって、大きく低い声が出やすくなることを言って
いますよ。

風邪を引いて鼻水が出て、その鼻をびやーっとかむと、鼻の中の鼻水が全部出て、
一時的に鼻の通りが大変良くなることがあります。その時に出る声を思い出して
ください。その声の音質と同じ音質の声を、創価学会の多くの人々は出す傾向に
あり、これは現実ですよね。ほぼ間違いありませんよ。

ところで面白いことを言いましょう。聖書の創世記にはこうありますね。「・・・
神はその鼻から命の息を吹き入れた。すると人は生きたものとなった。云々」
つまり、鼻の奥に息が入りやすいということは、もしかすると生き生きとした
気持ちになりやすいのかもしれません。

もう夜も遅いので、さてそれではまたと致します。

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 22:09:30 ID:???
>>629
戯言空言はハゲを完治してからいって下さい。
それとも創価はハゲはシネというのでしょうか。


631 :最近のいつもの人です:2006/05/03(水) 22:16:08 ID:3gnp1pwo
>>630
あー私は創価の人ではありませんです。「ナンミョウホウレンゲーキョウ」で病気が
治りやすい、という証言をする人が多くいて、特に「蓄膿症」に特効的に効くという
人が多いので、その効果は宗教的なものではなく、その音韻が人体に物理的に刺激を
与えてそういう効能を持っているはずだ、ということを述べているわけです。
ご了解のほどよろしいでしょうか。ではまた。

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 22:18:49 ID:???
>>631
俺の周りで蓄膿症になったやつなど数える程しかいないが
全員創価員なんだけど、君の話は矛盾してるね。


633 :最近のいつもの人です:2006/05/03(水) 22:24:56 ID:3gnp1pwo
>>632
それは知りませんが、創価学会の雑誌には実際にそういう信心証言が多いですよ。
昔からそのようです。みなそれが信心の功徳だと信じているのですが、わたしは
そうではないと主張しているのです。

それは信心したこととはほとんど関係はなくて、音韻の物理的な効果だと言っている
わけです。

それではこれで本当に「ではまた」です。

634 :興味@2ちゃん葵講 ◆X872v3FaeI :2006/05/03(水) 23:09:48 ID:???
蓄膿症は信心で治すより医者にいけばいいやん、わざわざ蓄膿症がどうとか発言した学会員は常識がないと思う。

635 :454:2006/05/04(木) 05:38:40 ID:???
興味さん呼んでおいて申し訳ない。
ふらふらで今、帰ってきたよw
いや、ほんとすいませんでした。

私は創価学会さえ無ければ、
禅をしてたであろうと思われるほど、禅が好きなので、
その宗派の人が学会についてどう思ってるか聞きたいだけなんです。
相田みつをさんとか、いいですよね。
(私個人は)禅天魔!とか思ってないので安心してください。

てか、明日(正確には今日)も動き回るので、
書けるか分かりませんので、たまに覗いてください。

「いつもの人」さんも、あでぅー

636 :最近のいつもの人です:2006/05/04(木) 12:56:05 ID:WotWEUme
>>634
医者に行くと、最悪「手術」になりますが、それ鼻腔の拡大のためで、ノミの
ような酷い道具でガンガンと打って削るらしいです。つまりとてもお勧めできません。
あれは人間のすることには思えないと、個人的には感じています。蓄膿症の手術を
するよりは、お題目をあげた方がいいかと思っています。

鼻腔近辺の神経に自己の作業のみで刺激を与え、湿気や振動も加えることで鼻周辺の
筋肉も活性化し、血流の促進する効果があると考えられました。これはエクササイズ
とも言えますから、宗教的な理由によってではなくて「効め」があると。

つまり「法華経の不思議な因縁で」はなくて「エクササイズ」の効果があったのだと
いうことまでは、科学で解明できる効果ではないかと思うわけです。

それを、あのドクター部のお医者の人も含めて創価学会の多くの体験発表者の人々は
「創価学会が正しいことの証しだ」と信じてきていたのでしょう。しかしそうである
ことは証明できそうにないのではないかと。日蓮正宗の信者の人と創価学会の会員の人
の多くは、おそらくは鼻腔が広がった人が多いということではないでしょうか。

637 :最近のいつもの人です:2006/05/04(木) 13:07:19 ID:WotWEUme
さらに、お題目をあげているとその端から病気が快癒するという例も、本門
仏立宗の事例などからは見られていましたが、創価学会の体験発表等でも
難病が治ったり、完治とまではいかなくてもかなり元気になってしまうような
こともしばしば見られていましたが、これをどのように解釈するかということ
になるわけですが、、。

先にも挙げましたように、聖書の記述も参考にすると、どうも鼻の神経という
のは相当に重要なようにも感じます。つまりそこは健康に大きく関わる要である
可能性がありました。

私が思うには、鼻腔が大きくなり、爽快に空気が出入りできるようになると
呼吸が楽になり酸素も十分に取り込みやすくなり、健康にすこぶるよいだろう
ことは想像できます。

しかし、それだけでなくて、おそらくその神経への刺激を通して、脳幹の神経
と脳下垂体への刺激も伴うことになるだろうということで、脳下垂体は成長ホル
モンの分泌を司っていて、そこをも活性化する働きがあった可能性がありました。
中脳から脳幹への刺激も、そこが生物としての根源的な働きを制御している部分
であったため、それらの振動の刺激や鼻の神経の活性化から自然に伝播した刺激も
含めて生命維持や活性化のための刺激につながっていた可能性が高いのではない
かと想像されるわけでした。

638 :最近のいつもの人です:2006/05/04(木) 13:13:48 ID:WotWEUme
つまり、これらは「創価学会という宗教団体の正当性」とか、本門仏立宗とかそれら
の宗教の「教義」といったことと本質的に無関係の内容かと思われ、論理的にはマン
トラが持つ音韻の人体への物理的な影響なのだと考えられるのでした。

つまり、「病気が治った」からといって、その所属する宗教の正当性が証明される
わけではない、だろうということなわけでした。つまり、良いことや「功徳」があった
から「創価学会のやっていることのすべてが正しい」ということにがおそらくほとんど
ならない、でしょうと。

偶然の発見とはいえ、日蓮が現代に生まれていて、その偶然の発見をしていたら、それ
は宗教にはならず、科学になっていただろうと、私は思うわけですよね。

639 :最近のいつもの人です:2006/05/04(木) 13:15:30 ID:WotWEUme
>>638(訂正)
>正しい」ということにがおそらくほとんどならない、でしょうと
->正しい」ということにはおそらくほとんどならない、でしょうと


640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 13:28:59 ID:???
>>637
>これをどのように解釈するかということになるわけですが、、
横レスだけど
題目で病気に対して前向きになる→心が強くなるので自然治癒力がアップする
→病気が治る
というふうなものかと思うが。
ただ題目で心から前向きになれるには
信じる心(信じなければ真剣に題目できない)と
題目の韻とか呼吸とかもちなんでいるのかもしれないが

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 00:32:52 ID:???

   /三アホキミ、クy;)ヽ
  /三 ミミ、ソノノ、ヾ、}     みく ◆HsgNQ57fJU
  ,':,' __  `´ __ `Y:}    交通事故死です。
  }::! { : :`、 ,´: : j !:!    赤い車に十分に気をつけねばなりません。
  {:|‐=・=‐ i !‐=・=‐|:}    残念なことに的中率は100% !
  r(   / しヘ、  )j
 g !  ` !-=‐!´ ,ノg
   \._ヽ _´_ノ ソ
 __,/ ヽー ,/\___
 :::::.《  ヽー/  》.::.〈
985 :みく ◆HsgNQ57fJU :2006/05/04(木) 15:01:01 ID:POgH28D0
交通事故死です。
赤い車に十分に気をつけねばなりません。

989 :みく ◆HsgNQ57fJU :2006/05/04(木) 15:02:57 ID:POgH28D0
さて・・・
今回はかなり本気で返答してしまいましたが、
もうそろそろ終わりですね。

992 :みく ◆HsgNQ57fJU :2006/05/04(木) 15:05:05 ID:POgH28D0
残念なことに的中率は100%

聖母マリアの奇跡
http://yesmaria.exblog.jp/4537616/
キリスト教†聖母マリアについて語りましょう†2
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1115723618/l50

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 01:40:48 ID:???
>>641
なにがいいたい?

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 01:21:56 ID:???
細木みく先生が創価の行く末を案じておられるのではw

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 13:07:02 ID:???
>>643
細木みくって誰?
創価の行く末は?


645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 13:34:46 ID:???
>>638
>宗教にはならず、科学になっていただろうと
宗教は思想であり、信じる心である
科学とは違う気がするが。

646 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 14:26:10 ID:lv+k/dl1
>>645
どうもでした。

>>629 >風邪を引いて鼻水が出て、その鼻をびやーっとかむと、鼻の中の鼻水が全部
>出て、一時的に鼻の通りが大変良くなることがあります。その時に出る声を思い出して
>ください。その声の音質と同じ音質の声を、創価学会の多くの人々は出す傾向にあり、
>これは現実ですよね。

私は事実だとずっと思っていましたが、この見解には反論はありませんか?
違うという場合はご指摘をどうぞ。またひとしきりお題目をあげた後のご自分の
お声を自分でも聞いてみて確かにあげる前と後ではだいぶ声の音質に違いがある
とはお感じになりませんか?私は確実に違ってくると思っています。それはここに
書いた通りの理由のためと考えています。

>聖書の創世記にはこうありますね。「・・・神はその鼻から命の息を吹き入れた。
>すると人は生きたものとなった。云々」つまり、鼻の奥に息が入りやすいということは、
>もしかすると生き生きとした気持ちになりやすいのかもしれません。

それで>>631のようなことだを指摘していたわけですが、日本には神道の霊学として
「音霊(おとだま)」とか「言霊(ことだま)」とか言われていたものがありまして、
これは私が申し上げていた内容のことを、「神経」とか「筋肉」とか「呼吸」と
いった生物学的なタームを用いずに説明主張されていた事柄でしたよね。たとえば
「ウ」の音は力を出すのに適しているとか云々で、要するに「ナンミョウホウレン
ゲーキョウ」もそうした「音霊」あるいは「言霊」の一種であり、それがヨーガでは
マントラと呼ばれるものに対応していたと考えることができるわけですよね。

つまり、これらは科学的に研究すればすべて統一的な説明をつけてまとめて論ずる
ことができる種類のものであろう、と推察される、ということなのでした。

647 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 14:35:10 ID:lv+k/dl1
>>621
>これら事実から明らかなように、真理とは元来、検証する人物に左右されない事実ですが。
>仏教徒の信じる法(真理)は信じる人物によって異なります。それぞれの仏典は自らの法
>こそが最高の真理だと言うわけですから、どの仏典を依所とするかは信仰者の価値判断に
>任されます。私が真偽について論じる価値がないと言ったのは、以上の点からです。

えーっとですね、そこで私が申し上げているのが、それとは別の視点でありまして、
あなたのおっしゃっているような考え方で20世紀までは来ましたが、それで多くの
宗教が対立してわれこそが真理であると主張して譲らないということがあったわけで、
そこに人類の知の限界があったとも考えられるわけですよ。

そこでそうではなくて、その状況をより客観的な立場に立ち総合的に統合的に解釈して
理解し、科学として眺めてみるという作業を通して得られるものがあるはずだ、ということ
なわけでした。ここが新しい視点になるのではないでしょうか?

主観のはずの信仰を、一旦客観から研究する。これは非常に難しいことですが、現代以降
これが知の新しいステップとして望まれているのかもしれない。

648 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 14:50:59 ID:lv+k/dl1
>>608
>まあ、興味さんも言っていたが、マントラなんかは後に弟子達が作り出したものなんだよ。

というかですね、、マントラというものは「仏教」で言えば、密教の「真言」にあたるもの
でして、実際には仏教には起源はなく、元々はバラモン教のヨーガ行法の一つでありまして、
密教はバラモン教に回帰したことから、その行法を後から取り入れたということです。密教
自体が後代の大乗以降の産物ですから(釈迦の弟子とかの)仏教起源、であるわけがありません。
ですからこれはあなたの全くの間違いです。

>学会員が「とりあえずお題目をしよう」というのは、早く日蓮仏法に縁して欲しいからだな。
>声を出すことによって入会前後の緊張してる心をほぐすことも出来るし、実際にやってみて
>腹が決まるってのは世の道理でしょ。題目あげて、いきなり効果が現れるなんて希少な例
>なんだから。大抵の人は「あほくさ」と思いながら、「良かったです」って言うんだよ。

「大抵の人は「あほくさ」と思いながら、「良かったです」って言うんだよ」この意味は、
まさしく私の申し上げている「お題目を上げるだけで肉体的精神的な元気が得られる効果を
体験して」おーこれはすごい、奇跡だと感じて「では創価学会に入ってみよう」ということ
になるわけでしたから、そのものですよね。つまり、これは法華経の内容についても知ら
ない内でしたし、ただ何も知らないで「お題目を上げただけで」→「創価学会に入会する」
というプロセスを踏んでいたわけでしたから、これは「信仰の効果」ではなくてあくまでも
「エクササイズによる効果」を得て「創価学会はすばらしい」と考えて「入会する」という
パターンをとっているということそものでしょう。

つまり「創価学会に入会する」というのは「信仰による功徳を体験したから」ではなくて、
「お題目を上げて元気が出るという効果があった」という点を唯一の根拠にして「入会」
していたわけです。そこではまだ「信仰による功徳」はなかったでしょう、大多数の人の
場合は。この違いがわかるでしょうか?「やったかやらないか」は「信仰したかしないか」
とは別のことだとは思いませんか?

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 15:00:23 ID:Os0ekSxy
所詮宗教はアヘン
政治は茶ばん
めざしの頭も信心から
天上天下唯我独尊
自分をしっかりもとう。

650 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 15:08:55 ID:lv+k/dl1
>>609
>日蓮大聖人が法華経の経文に神秘的な力があると考えていたってもの間違いだな。
>もし神秘的な力があったと考えていたら、自ら亜流である「南無妙法蓮華経」なんて作らないよ。
-----
>禅定やら断食やら(六波羅蜜やら戒・定・慧でもいいけど)の修行は、生活に追われた民衆
>には現実的じゃなかったから、髄他意(民衆の機根にあわせた教え)の日蓮仏法を作った。
>つまり君の言うマントラ(南無妙法蓮華経)は当時流行ってた念仏あたりをヒントに作られた
>ものなんだよ(誤解の多い表現だがw)。神秘の力があるなんてことは全然考えてないよ。

というかですね、日蓮さんは確かあちこちでお題目のすごい効果について語ってたかと。
つまり彼こそがお題目をその福運や功徳があるという意味での「神秘的な効果」を強調して
語っている張本人だったと思いますが。それは「大百蓮華」なんかにもいっつもあちこちに
書いてあるんじゃないかなと思いますが。

つまり日蓮さんがそれをどうして主張したかというと、それを自分で体験していたからで、
彼は実に現代的な視点を語っているようにも思われて、その意味は功利主義的な指向が見える
ように思うわけですよ。たとえば自分の才能を生かす職業につくべきだみたいなことをどこか
言っていたかと記憶していますが現代的で合理的な見解だと思います。そういう見解に至る
根底は、天台真言宗僧侶グループに属して真言(マントラ)行で修行していた彼が、やがては
自分の作ったお題目マントラを唱えてみてその肉体的精神的な効果があったことを体感し、
元気が出て(おそらくは免疫力が上がって)ちょっとした病気ならすぐに治ったりしたり、
頭の回転も柔軟になっていろいろとアイデアも思いつくようになったりしたり、そういう
功利的な効果があることを知っていたからだと考えられるわけです。

その根底から、彼はこれが「法華経というお経が釈迦由来の真正の仏教の教えであることの
『現証』なのだ」と結論するに至ったのだと推察されるわけですよ。つまりここからかれの
教義の一つである三証の理論が生まれたんでしょう。この「現証」ということを私は「法華経
の神秘的な効果の現れ」と表現しただけです。

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 15:38:07 ID:???
ふっ、どの宗教も宇宙人に操られている。オカルトのイルミナルティもフリーメーソンも全て仕組まれている。

聖書やお経も元々この世界のものでは無い。

いや、この世界といえど多重世界。

形を持たないものの想像であり創造である。



ルートに外れたウィルスより

652 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 15:46:49 ID:lv+k/dl1
>>609
>禅定やら断食やら(六波羅蜜やら戒・定・慧でもいいけど)の修行は、生活に追われた民衆には
>現実的じゃなかったから、髄他意(民衆の機根にあわせた教え)の日蓮仏法を作った。つまり
>君の言うマントラ(南無妙法蓮華経)は当時流行ってたつまり君の言うマントラ(南無妙法蓮華経)
>は当時流行ってた念仏あたりをヒントに作られた

これについては>>541ですでに申し上げていましたよね。日蓮が言っていたところの「気根の低い
衆生には云々」は浄土三部経の中の観無量寿経では「経題を唱えて聴かす」ということはすでに言って
いたとでした。下記などご参照。

http://www.bunbun.ne.jp/~namo/sub28.htm
>(28) 釈尊はさらに阿難と韋提希に仰せになった。
> 次に下品上生について説こう。さまざまな悪い行いをするものがいる。大乗の経典をけなす
>ようなことはしないが、このような愚かな人は、多くの悪い行いをしても少しも恥じることがない。
>この人がその命を終えようとするとき、善知識にめぐりあい、その人のために大乗経典の経題を
>ほめたたえるのを聞く。このいろいろな経題を聞くことにより、千劫の間のきわめて重く悪い行い
>の罪が除かれる。

この後の(30)には「下品下生の者には南無阿弥陀仏を称えさせよ」と続いていましたが、
人間をその精神の高い低いや生まれの高い低いに応じて九品という分類をしてそれぞれに応じて
行の仕方を説いているようでしたが、これは日蓮さんも参考にしたに違いないでしょうね。つまり
「経題を称えて聴かす」というのはいかにもそのものでした。

日蓮さんは念仏を非難していましたが、実際にはその浄土教の経典も参照しつつご自分なりに
考察したのでしょうが、そこで発見法的に発見したのが法華経の題目を唱えるという行為だった
のでしょう。ここにおいてたまたま「法華経」と縁の深い「天台真言宗」が「浄土教」の経典を
参考にすることで編み出されたのが、彼の「真言」(マントラ)であった「ナンミョウホウレン
ゲーキョウ」だったのでしょう。そこで彼はそれを「法華経のタイトルがつけられたのにはそこ
にわけがあったのだ」と思考したはずなのです。それがおそらく「現証」の考え方につながったのです。

653 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 16:42:16 ID:lv+k/dl1
つまりこのように考えれば、日蓮のお題目という行法は実に発見法的つまり実験科学的に発見
され、そして結果としてそれが宗教に収まるように解釈されて「宗教」になってしまったもの、
だと考えられるのです。

それは宗教の下地のあるところで発見されたという理由によるだけで、それが科学の下地の
上で発見されていたら「科学」になっていたもの、だったと考えられるということなわけです。

そして実際に私が指摘しておりますように、、お題目はそれを初めて唱える者が「その効果を
『信仰』していようがいまいが」そういう「精神のあり方に無関係に」肉体的精神的な効果を
得るという「事実」(つまりこれが創価学会に入る人々が、お題目を唱えると元気になる、
生命力が湧いてくる気がする、これは真実の宗教だ!と実感して入会するに至るという現実が
あること、つまり「信仰」などなくても「効果がある」という事実)が意味するものは、その
ままこれが「法華経という『宗教』とは無関係」でかつ「エクササイズ効果であるということ」
を物語っている、と主張できるでしょう、ということなのでしたよね。

どうでしょうか?

654 :454:2006/05/06(土) 16:45:44 ID:???
「いつもの人」さん。
あなたの目標としているものについて対話をしましょう。
このまま問答して平行線をたどるのは、意味が無いですからね。

>そこでそうではなくて、その状況をより客観的な立場に立ち総合的に統合的に解釈して
>理解し、科学として眺めてみるという作業を通して得られるものがあるはずだ、ということ
>なわけでした。ここが新しい視点になるのではないでしょうか?

科学で証明できる範囲の利益に例えばどんな例があるか整理しましょう。
(あなたの仰るものも加えて)

1.声を出す効果。(一般に言われている効果を下記に)
 (1)声を出す習慣をつけることで他人とのコミュニケーションが容易になる(英会話スクールなんかはこの理論)
 (2)言語野の刺激は理論的思考を鍛え合理的な判断を助ける(特に子供に有効)
 (3)難しい発音も多く、口を円滑に動かす訓練になる
 (4)蓄膿症が予防できる(これはあなたの理論。真偽はわかりません)
 (5)人が何を喋っているか理解する能力が上がる(言語野の刺激で)

2.理想的な腹式呼吸になることが多い。(声を出し続けるのでゆっくりと呼吸をする)
 (1)自律神経を整える働きがある(特に更年期や季節の変わり目に効果あり)
 (2)細胞が活性化することにより代謝が増え免疫力が向上する
 (3)α波が出て、セロトニンの分泌量が増える(特に鬱病に効果的)
 (4)βエンドロフィンなどの脳内麻薬が分泌される
   (精神的には前向きになり、肉体的には活性化される。さらに活性酸素を押さえ老化防止。頭痛にも良い)
 (5)横隔膜が鍛えられ、内臓が活性化(便秘にも良い)

655 :454:2006/05/06(土) 16:46:15 ID:???
3.信仰の対象に向かって声を出すので意識を集中する(信仰が無くても意識さえすれば同等の効果が期待できる)
 (1)意識の集中は脳の中枢である脳幹を刺激し、脳全体を活性化する
 (2)ニューロンの発芽を促進し、記憶の整理や回路の構築が容易になる。
 (3)集中力をコントロールする能力が身につく(特に子供に有効)
 (4)一点を注視することでさらに集中力が向上する

4.勤行の姿勢(正座)による効果
 (1)背骨を垂直に伸ばし、脳が揺れるので適度な刺激になる
 (2)姿勢が良くなり、背骨が神経を圧迫することがなくなる(背中丸めたら効果なし)
 (3)腰痛の予防にも効果的
 (4)むくみや冷え性にも効果がある
 (5)老化による足の筋力低下を予防する
 (6)数珠を持った手を上げるので、頭に血が回る(頭すっきり)


デメリットについても書きましょう。
1.エコノミー症候群の危険がある(たまに姿勢を崩すせば解決)
2.のどを痛める可能性がある(適度な声の大きさで多少上を見上げて声を出す〈風邪のときはやめれ〉)
3.足が痛い(正座用の座椅子でも使え。っつーか慣れも必要)
4.時間がもったいない(シラネ)

656 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 16:48:01 ID:lv+k/dl1
>>610
>スピチュアルであるところの江原(ま、馬鹿らしいが)が流行ってるというが、
>全然話になんねーよ。どうしたら江原教が創価学会より求心力があるなんて理論になるの?
>つーか君の理論だったら、立正佼成会が繁栄してなきゃおかしいじゃないか。

ここ数年で頓に名前の出ている江原氏について>>586で当方が言っていることは、あくまでも
「創価学会が戦後数年で爆発的に広まった理由」に関係して、「人々の精神の傾向」を論じて
いるということでした。そこでは「求心力」云々については言っていません。

すでに申し上げている点としては、「創価学会が広まった原因」は、

「人々の傾向」として、
  戦後の高度経済成長期には人々は、経済的なメリットを求めたり、即効性のある病気治し
  といったように、功利的なメリットが気を引く時期であったので、すでに申し上げている
  ように功利主義的な宗教であった価値論や日蓮正宗の教義理論は一見して受け入れられる
  素地が高かっただろうこと、貧しく肉体的な病気が苦しい時代にはその改善に資する教義が
  受け入れられやすいであろうこと

があったでしょうと言ったわけです。この点は、江原氏などがテレビなどに頻繁に出ている現在
の「人々の傾向」と大きく異なるでしょうと申し上げたわけですよね。どうでしょうか?現代は
ソフトでスピリチュアルな雰囲気が受ける時代であり、またたとえば「体罰の戸塚ヨットスクール」
などは「とにかく」批判されやすい時代になっているということでもありました。

しかし、「創価学会に一度でも入ってしまったら、後は求心的になりやすくなっている原理」
に関してはまた別のことであった、ということです。それについては、すでにここでも書いて
いる「宗教」になっているがための「宿命」であったとも言えましたね。

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 16:50:13 ID:???
>>655 確かに

> 2.のどを痛める可能性がある

中学生くらいの女の子で酒やタバコをやってないのに
濁声の子をみると、『ああこの子の親はきっときちがい違いない』
とかわいそうになる。

658 :454:2006/05/06(土) 16:51:12 ID:???
以上、忘却のかなたにまだまだ、効果があるかもしれませんが、
お題目をあげるときの効果について、考え付くものをあげてみました。

追加・修正よろしくー

659 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 16:54:45 ID:lv+k/dl1
>>654-655
もちろんそれでもいいですが、ということは、あなたも>>656も含めて私が>>653
までに申し上げた内容については「考えうる思考フロー」であるとお認めになった
ということでよろしいでしょうか?

つまり「平行線」というおとは、「お題目の効果」への宗教」としての仮説も
「科学」としての仮説も、どちらも成り立ち得る、とお認めになったと。

660 :454:2006/05/06(土) 17:31:23 ID:???
>659
いや、考えうる思考フローであるとお認めにはなれないよw
君の理論は「君教」だね。そういった論点からなら、お認めになるよw
まあ、いいじゃないか。価値的に会話ができれば、それでいいんだから。
よかったら「法華経の智慧」でも買って読んでみなよ。
仏教の可能性について分かりやすく書いてあるから。
大百蓮華なんかも読んでるみたいだし、ネットで注文すれば安く変えるよ。

661 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 19:57:44 ID:lv+k/dl1
>>660
たとえば日蓮正宗や創価学会の教義でありました「お題目を唱えると仏界が湧現する」
あるいは「仏界とは生命そのものであるから、お題目を唱えると生命が湧いて出てくる」
ということについては、あくまでもこれはマントラの効果ではないという主張ですか?

つまり「お題目を唱えると仏界が湧現する」あるいは「仏界とは生命そのものであり、
お題目を唱えると生命が湧いて出てくる」というのは、これはあくまでも「法華経が
釈迦由来の真の仏教の教えであることの現証なのである」という主張である以外には
ない、とお考えでしょうか。

それは私は違うのではないか、という疑義を申し立てているということだけなのですが。
すべては要はそういうことですよね。

662 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 20:02:26 ID:lv+k/dl1
そういう主題の中で、あなたが反論されてきたところのことを検討してきた
ということでしたよね。

私の立てた反論はすぐ上にあるたけですが、それらについてはどうしても
認められませんか?そこはどのようなところですか。

よろしければお願いします。一応来週の水曜日まではこちらのできる範囲で
返答したく。以降10日ぐらいはちょっと時間がとれません。

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 20:08:35 ID:Liwx9O1C
                             ----
                           -------
                          --------        ズァッ
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                        --------------
           ズァッ        --------------------
                     -----------------------    ズァッ
                      ----------------------
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         __  /VIP   __  /VIP   __ /VIP   __
        / VIP   ▼▼  / VIP  ▼▼  / VIP  ▼▼  / VIP
        【▼▼】  [皿]  【▼▼】 [皿]  【▼▼】 [皿]  【▼▼】      
   __   [皿]  __    [皿]  __  [皿]  __    [皿]
   ΛVIPΛ       ΛVIPΛ       ΛVIPΛ      ΛVIPΛ
  《【▼▼】》     《【▼▼】》     《【▼▼】》    《【▼▼】》
  \[皿]/     \[皿]/     \[皿]/    \[皿]/
/⌒VXV⌒\ /⌒VXV⌒\ /⌒VXV⌒\/⌒VXV⌒\

  「VIP軍 進駐」 「VIP軍 進駐」 「VIP軍 進駐」 「VIP軍 進駐」

664 :最近のいつもの人です:2006/05/06(土) 20:12:22 ID:lv+k/dl1
さて創価学会において「生命」という言葉の意味していたものとは何でしょう?

私はそれは「お題目を唱えたときに体感する喜びの感覚、何かわからないが
内部で充実感がして、意識がしっかりとして自分自身が何か頼もしくなった
ように感じるあの充実感のような感覚、そして時として良い考えが浮かんだり、
十分休んだような感覚になり体力もずっと回復して何か自分のからだ強くなった
ように感じるあの感覚、自分がたくましくなったように感じるあの感覚、それ
だったと思うのですが、これは違う理解でしょうか。

しかしどうもその感覚に依存した教説であるように感じられてなりません。
そしてそれをそのように表現する池田氏などの「生命の躍動」といった文章を
読んで、みなそうだそうだと感心して創価学会は正しい、と思っている会員
や入会直前の人々が多いのではないか、と感じているわけですが、違うで
しょうか?

これがマントラ効果で説明されてしまうと、お題目にまつわるあらゆる功徳や
福運のすべてが「日蓮さんが法華経が釈迦由来の真の仏教である現証である」
という説明で主張することができなくなると考えられますが、どうでしょう?

665 :645:2006/05/07(日) 00:49:26 ID:???
>>454
>2.のどを痛める可能性がある(適度な声の大きさで多少上を見上げて声を出す〈風邪のときはやめれ〉)
大声ださなければいいんじゃないかな?
>4.時間がもったいない(シラネ)
時間がもったいないの?題目してからの1日の行動力、集中力がアップするので
時間もったいないとは思わないが。

666 :645:2006/05/07(日) 00:50:13 ID:???
>>664 :最近のいつもの人です
呼吸とか韻以外に信じる心(信じなければ真剣に題目できない)により
乗り越えれるんだ!という自己暗示的なものも大きいと思うが。

あなたは、キリストや他宗教の祈り効果は黙って祈るので
たいして効果はなく、全くの無意味なこと(もしくは日蓮教より効果はない)
ということを認めているということですね?

667 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 11:12:16 ID:YM4L95L3
>>666
>呼吸とか韻以外に信じる心(信じなければ真剣に題目できない)により
>乗り越えれるんだ!という自己暗示的なものも大きいと思うが。

私はそれも重要な要素だと考えています。つまり人間は肉体的でもあり精神的でも
あり、さらに霊的な存在でもあるからでしょう。そうしたものすべてがトータルで
効果を持つと思います。さらにはテレパシーという現象もあり、ですから生霊などと
いったことも本当であり、かつそれが宗教や文化というものを生んでいる要素になって
いるとも言っていましたよね。

しかしそれが法華経という文化でしか解釈できない、というのはおかしいのでは
ないかということです。つまりそれは科学になるべきではないかということです。
そうすると創価学会とか日蓮正宗とかといった宗教組織に求心せられるべきもので
はなくなるということなのですよね。

マントラの効果がもっと肉体的に持っている内容を検討し尽くし、そこで起こる
精神との関係、あるいはさらに霊的な意味との関係が研究されても然るべきでは
ないか、ということにもなります。

668 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 11:46:19 ID:YM4L95L3
>あなたは、キリストや他宗教の祈り効果は黙って祈るので
>たいして効果はなく、全くの無意味なこと(もしくは日蓮教より効果はない)
>ということを認めているということですね?

それはちょっと違っていて、まず「キリストや他宗教の祈り効果は黙って祈るので」は
事実と異なり、教会ではいろんな人が声に出してたくさん祈り、また祈られていて同様に
音声を伴っている場合が多くあります。

その「声に出す」ことは同じですから、それ自体は「音声に出されたものがまた自分の
耳に届く、他の人が祈る声も自分の耳から聞こえてくる」という意味ではそこで何らか
の肉体を通じた効果というものが有り得るものと想像されます。もちろん黙祷で祈る
こともあります(これもお題目でもあるでしょう)が、一方「祈り心」で居るということ
を教えられたりもしますね。

それから「たいして効果はなく、全くの無意味なこと(もしくは日蓮教より効果はない)
ということ」などは何一つ申し上げていません。キリスト教でも祈りで病気が治ったり、
希望がかなったりするという証はたくさんあると思います。祈りが聞かれる、という
ことは基本的にキリスト教徒の認識になっているでしょう。

ただその場合、祈りがストレートにそのまま聞かれて自分の希望が実現するか、それとも
「神からもっと新しいことに気づかされて」自分の認識が変わるように導かれるという
結果になってその結果自分の希望する内容も変化させられていくということもキリスト教徒
の認識の一つでしょうが。

669 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 12:01:46 ID:YM4L95L3
そこで宗教一般に共通する「祈りの効果」というものがあるかもしれないと思われます。
それをかなえている機構、メカニズムが何なのかは一概には言えませんが、共通する内容
はあるのではないかとも考えます。「自己暗示」と言われているものでもあるかもしれませんし、
さらにもう一段奥のものもあるのかもしれません。それが宗教によって異なるのかもしれません。
しかしそれを科学としてトータルに考察するということがありませんでしたよね。

しかし少なくとも、キリスト教の場合で言うなら、そこでは「マントラ効果」は考えにくい
かと考えられます。というのはキリスト教には原則として「10字程度の決まった短い文句を
際限なく繰り返す」といった発声法を伴う祈りは存在しないからです(「アーメン」は祈りの
最後にひとつ追加されるだけですからそれではないでしょう)。

つまりキリスト教の祈りはマントラ効果ではないとほぼ断じてかまわないかと思われるわけです。

ではキリスト教とは何だったかを振り返ると、それは当方が書いている通りで>>441のような
ものだったわけですが、ここで面白いことに気づくかと思います。つまりキリスト教においては、
創価学会や日蓮正宗と異なり、「先に信仰が必要になる」ということでした。

つまり、「とにかく"信じなくてよいから"まずお題目を上げてみる、そうすれば効果がある
(つまりこれがマントラ効果だといわれてしまう原因でしたが)」ということで、実際に「(肉体的
な作業として)やってみる」と「確かに効果がある(仏界が湧現する=何かわからないが喜びを
感じるし何か頼もしく感じてしまうような自分の意識)」から創価学会に入会するということに
対し、キリスト教では「とにかくキリストの購いを信じてみる、そうすると"神と断ち切られていた
分離が解かれて神の赦しの中で生きるようになる"、つまり神と繋がることになる、何でも神に祈って
神と共にある人生となる、そこで喜びも聖化も受けられる、この世を終われば天の御国に行くこと
になる」ということになるわけですから、肉体の作業ではなく先に「信仰ありき」なのでした。

670 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 12:20:12 ID:YM4L95L3
ですから「キリスト教はマントラ効果を利用した入信、というものは行なわれていない」と
考えて間違いないと思います。

その代わりに「信仰」を通じて「信仰体験を先に得る」、それを証して初めて「信仰を告白」
でき、つまり「信仰した時に『神が自分にして下さったこと』を証する」ことでキリスト教徒
となり、洗礼を受けることができる、ということで、これは「肉体的な作業を通した体験」
ではなくて「(キリストの購いを信じるという決意表明を神に対してする、それは自分が
たとえば押入れの中で一人でしても良いが、とにかくその信仰項目を個人的に受け入れるという
こと、、つまり)『信仰』という『精神的な作業』」を通して初めて可能になるものでした。

つまりこの「キリスト教徒になる」という経緯を見れば分かるように、キリスト教徒の祈り
とは元々マントラの効果を持つ要素がほとんどないと言えると思います。この「信仰が先に
来ることで『神と繋がる』という体験をする」ところがすべての出発点になっているからですね。

『神と繋がる』という体験は非常にリアリティのある体験でして、本当に喜びを伴い、赦され
るということがどういうことなのかが全身で感じられるものとなるでしょう。その時にキリスト
教徒は「神という世界」に初めて入ることになります。つまり逆に言えば、そこで『神』を
初めて意識する(できる)ことになるわけでした。

ですからキリスト教徒がする祈りとは、その体験した神とのつながりにおいて、その神に祈る
ということになるわけです。つまりそれは自分の罪を赦してくださった神であり、すべてを
ゆだねてよい神様ということになるわけです。その神に個人的に祈るわけで、それは一般的な
行という概念ではなく、神とのパーソナルで精神的で心のつながりを持つということでもある
わけでした。そこではマントラというツールは必要とはされないわけです。

671 :645:2006/05/07(日) 12:43:40 ID:???
>>668 :最近のいつもの人です
>「キリストや他宗教の祈り効果は黙って祈るので」は 事実と異なり、
>教会ではいろんな人が声に出してたくさん祈り、また祈られていて同様に
>音声を伴っている場合が多くあります。
>キリスト教でも祈りで病気が治ったり、 希望がかなったりするという証は
>たくさんあると思います。祈りが聞かれる、という
>ことは基本的にキリスト教徒の認識になっているでしょう。

キリストの場合の祈りは題目のような呼吸法や韻はない、
効果原因であるとしたら信仰からの自己暗示のみだと思いますね。
まず、キリストでは病気はそもそも神の意思ですので治すものでないのでは?
つまり祈りで病気を治してくださいということ自体しないのではないでしょうか?
また自己暗示のみならば効果は題目より薄くなるのでは?

それと祈り効果が自己暗示ならば祈る時間も影響すると思います。
時間はどれくらい祈るのですか?


672 :645:2006/05/07(日) 13:47:34 ID:???
>>668 :最近のいつもの人です
>とにかく"信じなくてよいから"まずお題目を上げてみる、
>キリストは先に「信仰ありき」
信じなくても題目やれといわれても韻とか呼吸で多少元気にはなるかもしれないが
心からの祈りはできないでしょう。ただし仮に信じなくても、題目して、
効果を感じれば信じることになり信仰は深くなります。
ちなみにキリスト教信者が祈るのは週末だけですか?

>それをかなえている機構、メカニズムが何なのかは一概には言えませんが、共通する内容
>はあるのではないかとも考えます。「自己暗示」と言われているものでもあるかもしれませんし、
そうですね。現代科学のみで考えたらどれも共通するのは自己暗示だと思います。

>さらにもう一段奥のものもあるのかもしれません。それが宗教によって異なるのかもしれません。
題目でやる気アップして、自分で試練を乗り越える発想ですが、
キリストは試練を受け入れることによる安心感を期待する発想と思います。
祈る基準(思想)が異なるので自己暗示でも効果やメカニズムは微妙に異なる気がします。

673 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 14:04:52 ID:YM4L95L3
>>672
>ちなみにキリスト教信者が祈るのは週末だけですか?

ほとんど毎日どこでもいつでも祈るように教えられると思いますが、人によっては
形でなく祈り心でいるだけのときもあるかもしれません。

>>671
>まず、キリストでは病気はそもそも神の意思ですので治すものでないのでは?
>つまり祈りで病気を治してくださいということ自体しないのではないでしょうか?
>また自己暗示のみならば効果は題目より薄くなるのでは?
>>672
>現代科学のみで考えたらどれも共通するのは自己暗示だと思います。
>題目でやる気アップして、自分で試練を乗り越える発想ですが、
>キリストは試練を受け入れることによる安心感を期待する発想と思います。
>祈る基準(思想)が異なるので自己暗示でも効果やメカニズムは微妙に異なる気がします。

おっしゃっていることは確かにそうかなとは思います。
その観点で言うならば、確かにキリスト教は「神に対する受動性」が先にあり、「信仰」
もそれを反映した内容になっていて、日蓮正宗や創価学会のそれは題目の効果から誘導
されながらも、そこにあるのは「人間の側から始まる能動性」に依拠した「信心」になって
いるかもしれません。自分の希望や要求をとにかくこの世で実現することに重心が置かれて
いて、言ってみれば人間がこの世における「創造者」として動き回ることが前提されている
とも言えました。一方キリスト教では人間は神の僕であり、その意識主体の側の意向や意思
があるところでその「神と共に働く随伴者」として存在しているという意識ではないかと
思われます。

つまりキリスト教においては、多種の奇跡があるとするとそれが自分の力ではなくて、自分
ではない神の側のはたらきがあるところで一役を戴いて働く、という思想でしょう。そこで
働く神の側を「聖霊」と呼んでいました。つまり「聖霊」が働くのは自分の力ではなく、
暗示でもない、と主張されることになるでしょう。

674 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 14:20:04 ID:YM4L95L3
お題目の効果がマントラ効果であることを主張していますが、それを宗教としてはとらえにくい、
エクササイズ効果のためであろうと言ったのは、それが最初に「信仰から発するもの」では
なかったためでした。

つまり、キリスト教徒の信仰というのは、「神」という「自分ではない他者」を明確に意識する
ところから出発しています。「神」を意識するのは、自分が「信仰を心に決し、個人的に
祈ってそれを『神』に表明した後」でした。その段階で初めて意識の転換が起こりました。
そこに神を意識させる誘導体は存在していないわけです。そこにあるのは「人間と神」の
「約束事」に関わる信仰だけが存在していたのです。

しかし「お題目の宗教」は、おっしゃっているように結局のところ、その効果を云々すると
すれば「真言宗」に回帰してしまうことになりますよね。その「信心」内容は、申し上げて
いるように「法華経」の成り立ちであるとか、その現証であるとかといった「宗教としての
教義内容」はそもそも無関係であると考えられる点がキーポイントではないでしょうか?

戸田氏や池田氏が『生命』という言葉を使って会員を誘導したことは、それが「宇宙の根源
的存在」を意識させるものであることを考えると、呪術や密教的な概念で十分であるということ
を意味しているように考えられるわけです。

 『お題目をマントラとして採用した「真言宗」あるいはヨーガ教』=(科学になりうるもの)

従ってこれでも「創価学会というものは存在し得る」と考えられます。つまりそこには法華経
であるべき必然性はないのではないかということになるわけです。これでも「願望実現教」は
成立し得るのではないか、日蓮のタームや法華経のタームから解放されても十分存立し得る
のではないか、ということはそもそも宗教であるべき必然性はないのではないか、ということ
なのですが。

675 :645:2006/05/07(日) 14:30:30 ID:???
>>673 :最近のいつもの人です
>つまり「聖霊」が働くのは自分の力ではなく、
>暗示でもない、と主張されることになるでしょう。

いいえ、聖霊という言葉を使えば、すでに非科学で聖霊が影響しているかなどは
実際証明できない。
仮に題目でも自分が仏になる事によりなんらかしら霊的な存在等?が影響し、
諸天善人が働くんだといっても、それは証明できない。

私が言っているのは、現代科学のみでの考えです
題目は題目自体の呼吸、韻などで元気になり、
さらに祈りが自分で乗り越えられるんだということで自己暗示で
人間本来の最大の力をだせる事に対し
キリストは神依存で受け入れのみの発想なので、題目ほど効果が出ないのでは?
といいたいのです。

676 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 14:31:08 ID:YM4L95L3
(すでに書きましたように今週は水曜午前中までくらいしか書き込みできそうには
ありませんが)ところで長々と書いていて申し訳ないのですが、そろそろ750KBを
越えて書き込み不能になる可能性がありました。その際は、必要ならば適宜新スレ
でも立てて書き込んでください。


677 :645:2006/05/07(日) 14:33:30 ID:???
>暗示でもない、と主張されることになるでしょう。
いいえ暗示ですよ
神が救ってくれるとは科学的に何の根拠もないものです。
それは自己暗示です。

678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 14:38:11 ID:Z3f+IcBw



クリスチャンとその亜流は

もうこれ以上、戦争起こさないでくれよ






679 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 14:41:33 ID:YM4L95L3
>>675
>キリストは神依存で受け入れのみの発想なので、題目ほど効果が出ないのでは?

なるほど。確かに。

ただしキリスト教においても実際に難病が治るといった「奇跡」も時に起こって
います。つまりその辺は多様な「奇跡」の諸相があるでしょう、という意味で
です。その中で、おっしゃるような自己暗示による自然治癒力アップによる
場合もあるでしょうし、場合によっては「とても自分の力とは思えない」ような
難病が治る場合もあると思っています。

創価学会の昔の例では、確か難病の脊椎カリエスの人が治ったといった異例も
あったと思いますが、キリスト教でもそうした奇跡はあったかと思います。
その場合、キリスト教でも場合によっては創価学会の人が治ったのと似たメカ
ニズムが、マントラ効果を用いずに働いたことで、体内で奇跡が起こったのかも
しれません。その辺のメカニズムについてはまだなんとも言えませんね。

ただし、ここで私が申し上げていたことは、お題目を唱えて創価学会に入会
するきっかけになっていた点において考えられることを言っていたわけです。
その後の>>673-674もその意味で読むと意味がわかるかと思います。


680 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 14:50:03 ID:YM4L95L3
>>677
細かいことは省きますが、

>>674
>つまり、キリスト教徒の信仰というのは、「神」という「自分ではない他者」を明確に意識する
>ところから出発しています。「神」を意識するのは、自分が「信仰を心に決し、個人的に
>祈ってそれを『神』に表明した後」でした。その段階で初めて意識の転換が起こりました。
>そこに神を意識させる誘導体は存在していないわけです。そこにあるのは「人間と神」の
>「約束事」に関わる信仰だけが存在していたのです。

これと、>>441を読んでみられると、必ずしも「自己暗示」とはいいにくいかと考えられ
ます。

つまり「キリストの購いを信じます」という表明を、たとえば個人的に押入れの中
でする、というような場合、そこではとにかくまだ何も知らない状態なわけです、
つまりその人はなんらその効果がじわじわ湧いて出てきて自分が精神的に癒される
のだ、とかいった感触すら何も感じていないわけですが、とにかく「神が言うことに
ゆだねてみる」という意味で「とにかくその理不尽な内容を信じます」と意味で
初めて「神に祈る」ということになります。そこには誘導体は何もありませんから、
暗示を受けるにも暗示を受けたことでどうなるともわからない状態でそう「神に表明
する」わけです。

しかしその結果は多くのキリスト教徒が知っている体験をするわけですから、これは
自己暗示とも言いにくいわけですよ。どうでしょうか?


681 :645:2006/05/07(日) 15:17:17 ID:???
>>679 :最近のいつもの人です
>『お題目をマントラとして採用した「真言宗」あるいはヨーガ教』=(科学になりうるもの)
そもそも宗教は生きるうえでの思想です
法華経の一部に題目があり、題目が実際に一番受け入れやすい効果があるので
折伏でまず題目を薦めるというのはあります。
最終的にその人が法華経を学んで生活に取り入れ幸せにさせることが目的ですので
きっかけは信じることからでなく題目での効果であったとしても、それがきっかけで
最終的に信じれればいいのだと思います。

また、題目効果には呼吸法以外に最も信じる心は必要です。
それに祈り方でもキリストは神の意思の受け入れに対し
法華経は宿命は題目で自ら乗り越えるものという思想です。
この思想が題目効果に大きく影響していると思いますし、この思想が
法華経からくるものです。
つまり題目はエクササイズでなく題目+日蓮思想が必要なのです。

682 :645:2006/05/07(日) 15:28:16 ID:???
>>680 :最近のいつもの人です
>「とにかくその理不尽な内容を信じます」と意味で
>初めて「神に祈る」ということになります。そこには誘導体は何もありませんから、
>暗示を受けるにも暗示を受けたことでどうなるともわからない状態でそう「神に表明する」わけです。
>しかしその結果は多くのキリスト教徒が知っている体験をするわけですから、これは
>自己暗示とも言いにくいわけですよ。どうでしょうか?

キリストの祈りでの自己暗示で試練(病気など)を受け入れ、神にゆだねる事で
心に余裕ができ、不安をなくすことからだと思います。
ただ、信仰心がない状態でただ祈っても効果があるといいたいのですか?
効果があるとはおもえませんが、効果があるならばなぜだと思いますか?

683 :645:2006/05/07(日) 15:29:43 ID:???
>>680
682で
×心に余裕ができ、不安をなくすことからだと思います。
○心に余裕ができ、不安をなくすことから効果がでるのだと思います。

684 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 15:44:28 ID:YM4L95L3
>>682
>神にゆだねる事で心に余裕ができ、不安をなくすことから

まあそういうことではあるのですが、その際「何が神の意思なのか」を知る
という点で注意が要るわけですが、ここでおっしゃっておられるのは「現実を
ただ単に神の意志として受け入れればいい」ということだとすると「それは
違います」といわなければなりません。「神」は時として祈りの中で「それでは
こうしなさい」というような促しをされる場合があり、それをしないでいると
なんとも落ち着かない状態になったり、方向違いのところに行くような不安定な
感覚になる場合がよくあります。そこでついに決心してその促し(聖霊の促しと
言われますが)に従って行動すると「結果は自分が考えていたものよりも良く
なった」ということになります。これは自己暗示というよりも「神とのコミュニ
ケーション」と考えられるわけです。

あなたの想像しておられるように「なんでも現実にそのままならってこちらが
希望を持たずに受け入れて折れていく」ことが「キリスト教の祈り」なのでは
ありません。そこは認識を変えられるとよいかと思います。ですからキリスト教徒
は「神は生きておられる」と認識するわけですが。

>>682
>ただ、信仰心がない状態でただ祈っても効果があるといいたいのですか?

>>680にあることと>>441の内容をもう少しだけ仔細に吟味されたく。

685 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 15:52:35 ID:YM4L95L3
>>681
>法華経は宿命は題目で自ら乗り越えるものという思想です。
>この思想が題目効果に大きく影響していると思いますし、この思想が
>法華経からくるものです。
>つまり題目はエクササイズでなく題目+日蓮思想が必要なのです。

そういうご主張かとは思いますが、しかし実際には「そのような願望実現教として
根本を真言密教に置く」ことは理論的には可能でしょう。

宇宙の根源である「宇宙の根源生命」が自分の味方をしてくれる、そのために
はその宇宙生命を自分の中に湧き上がらせる方法が必要である、それはこの
おマントラを唱えることである、そうするとその生命力が自分の中で湧き上がって
きて病気でもなんでも治したいと思うものはすべて直すことができるし、願望
する目的や目標はすべてかなえることができる、できなかったとしたらそれは
真剣にやらなかったか信じきらなかったからだ、しっかりやりなさい、という
宗教にしてもかまわないわけですよね。

#『お題目をマントラとして採用した「真言宗」あるいはヨーガ教』=(科学になりうるもの)

ですからこれはそういう意味で申し上げたわけです。もしそうなるなら法華経で
あるべき必然性はなくなるのではありませんか。

686 :645:2006/05/07(日) 16:00:47 ID:???
>>684 :最近のいつもの人です :2006/05/07(日) 15:44:28 ID:YM4L95L3
>「神」は時として祈りの中で「それではこうしなさい」というような促しを
>される場合があり、それをしないでいると なんとも落ち着かない状態になったり、
>方向違いのところに行くような不安定な 感覚になる場合がよくあります。

つまり神の本当の意思を求めるということですね。
なんとも落ち着かない状態になったり、方向違いのところに行くような不安定な
感覚になる場合がよくあるのは、促しというより、祈ることで冷静になり
ふと自分の過ちに気づいてしまい、神の意思を理解していないのでは?
という脅迫概念から不安定になるのではないのですか?

題目でも祈りながらこの進むべくは間違っているかも?ときづくことはよくあります。
それは題目で物事を冷静に考えられたためのことからくるのだと思います。
こうあるべきだという心と反する祈りをしても、真剣に祈れませんし、
効果はでません。その人の心の本質で求めていない祈りは叶わないと思います。

687 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 16:02:37 ID:YM4L95L3
>>685
補足すると、何度も申し上げているように、お題目というのは、たまたま法華経の
「タイトルの一つの例」を取り入れてそれを利用した作ったマントラに過ぎない
わけで、それを「ナムミョウ・・・」と唱えるのでは効果が少なく、あくまでも
「ナンミョウホウレンゲーキョウ」と唱えなければならない」ということでしたから、
そこには「意味による繋がり」は存在しておらず、あくまでも発音のつながりしか
存在していない、同じタイトルを含んでいるにも関わらず方や効果なしでもう一方
の唱え方でないとダメであるということが意味するものとはそういうことである
わけですよね。

つまりそのマントラの言葉はあくまでも、法華経というお経の意味繋がりでの効果
ではなくて「発音繋がり」の効果だったわけで、それを真言宗が利用して使っても
かまわないことになるでしょうね。つまりそれは法華経や日蓮の主張するような
意味内容にはなんら拘束されないで利用可能ということになるわけです。

つまり元々そういうものであったそのマントラで一宗教を構成することは、そもそも
その宗教の唯一性は保証されないということを意味しますよね。つまりそれは宗教と
して成り立たない、ということでもあるのではありませんでしょうか。

688 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 16:14:03 ID:YM4L95L3
>>686
>題目でも祈りながらこの進むべくは間違っているかも?ときづくことはよくあります。
>それは題目で物事を冷静に考えられたためのことからくるのだと思います。
>こうあるべきだという心と反する祈りをしても、真剣に祈れませんし、
>効果はでません。その人の心の本質で求めていない祈りは叶わないと思います。

確かにそういうこともあるとは思います。その場合はおそらく自分でも気が付いて
いてということですよね。

しかしたとえば、自分では理性ではとても考えられないようなこと、たとえば、
明日になってみないとまったく分からないような状況というか、たとえば飛行機が
落ちるとか、どこかでこんな事故が起きるであるとか、思いもよらないような状況
が発生することが予測できていないような場合、それによってはこちらの予定や
行動計画ががらっと変わってしまうような場合、自分ではこれがベストの予定だと
目標を決めていたことが、とてもおかしな促しに思えるような内容を示唆される
ということがままあり、それは理性ではとてもおかしなことであると感じしてしまう
ようなものでも、結果としてそうするのがベストであったというようなことを指して
もいます。

こういうのが典型的な「ああ、まさしく神様がお助けくださった」と実感される瞬間
になるでしょうが。

689 :645:2006/05/07(日) 16:20:15 ID:???
>>687
>宇宙の根源である「宇宙の根源生命」が自分の味方をしてくれる、そのために
>はその宇宙生命を自分の中に湧き上がらせる方法が必要である、それはこの
>おマントラを唱えることである、そうするとその生命力が自分の中で湧き上がって
>きて病気でもなんでも治したいと思うものはすべて直すことができるし、願望
>する目的や目標はすべてかなえることができる、できなかったとしたらそれは
>真剣にやらなかったか信じきらなかったからだ、しっかりやりなさい、という
>宗教にしてもかまわないわけですよね。

すいません、何が言いたいのですか?
つまり題目を法華経と切り離して題目だけの宗教をつくっても効果あるのでは?
といいたいのですか?

690 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 16:24:58 ID:YM4L95L3
>>689
>つまり題目を法華経と切り離して題目だけの宗教をつくっても効果あるのでは?
>といいたいのですか?

ですからこの方ずっとそれを申し上げておりますよね。>>685>>687でまとめたことは
まさしくそれですよね。当然ながら、それ以外には読めないですよね。

あなたが引用されているその内容は池田氏の得意なフレーズそのものになっている
はずですよね。どうでしょうか?つまりは池田氏の「生命論法」はそもそも真言密教
やヨーガのマントラ行法の理論そのものでもあるわけでしたが。どうでしょうか?


691 :645:2006/05/07(日) 16:31:08 ID:???
>>688
>こういうのが典型的な「ああ、まさしく神様がお助けくださった」と実感される瞬間
>になるでしょうが。
創価で聞いたのは題目して飛行機にのる準備していたが、たまたま道が込んでいてとか
体調崩してその飛行機に乗らなかったら助かったとか聞きます。
ただそれらがどういうメカニズムかは正直わかりません。
それが信仰によるものだとしたらキリスト信仰者の事故死は0%ということになります。
実際はそんなはずないですよね?

692 :645:2006/05/07(日) 16:38:46 ID:???
>>690
>つまり題目を法華経と切り離して題目だけの宗教をつくっても効果あるのでは?
>といいたいのですか?
   ですからこの方ずっとそれを申し上げておりますよね

あなたがいっているのは祈りの効果のみを期待する宗教ならばキリスト教は
神の存在を創造し、認めることでの宗教ですので、神を鰯でも石ころでも特別にキリストの
生まれ変わりとして祀りあげ、新宗教として祈ってもキリスト教との祈り効果は
同じということですよね?

693 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 16:44:56 ID:YM4L95L3
>>691
>それが信仰によるものだとしたらキリスト信仰者の事故死は0%ということになります。
>実際はそんなはずないですよね?

もちろんそうでしょう。つまりはその人がどのように祈り、神と繋がっていたかに
掛かってそのすべてが決まってくるのだと思います。すべてのキリスト教徒がいつも
事故にあわないとは言えません。

たとえばご信心あついはずの人が、たとえば糖尿病などを長年お煩いであるとかと
いったこともあっても不思議ではないでしょう。それは個人の健康管理とも関係して
いるわけで、そのような「全員のどこどこ教の人がどうだ」ということを言っては
おらず、>>686に対する説明を申し上げたまでですよね。

ところで先の>>690に補足しますと、>>674ではすでに次のようにも申し上げては
おりました。ご参照ください。

>しかし「お題目の宗教」は、おっしゃっているように結局のところ、その効果を云々すると
>すれば「真言宗」に回帰してしまうことになりますよね。その「信心」内容は、申し上げて
>いるように「法華経」の成り立ちであるとか、その現証であるとかといった「宗教としての
>教義内容」はそもそも無関係であると考えられる点がキーポイントではないでしょうか?
>
>戸田氏や池田氏が『生命』という言葉を使って会員を誘導したことは、それが「宇宙の根源
>的存在」を意識させるものであることを考えると、呪術や密教的な概念で十分であるということ
>を意味しているように考えられるわけです。

694 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 17:02:29 ID:YM4L95L3
>>692
>あなたがいっているのは祈りの効果のみを期待する宗教ならばキリスト教は
>神の存在を創造し、認めることでの宗教ですので、神を鰯でも石ころでも特別にキリストの
>生まれ変わりとして祀りあげ、新宗教として祈ってもキリスト教との祈り効果は
>同じということですよね?

ところがここで問題になることがあります。

まず第一に「キリスト教」の規定ですが、何を以ってキリスト教とするかということでした。
それはひとえに>>441を意味しています。ここをはずすとキリスト教ではなくなりますから、
この「信仰信条」をいの一番に備えていることが「絶対条件」として必要になります。

次に
>キリスト教は神の存在を創造し、認めることでの宗教ですので、神を鰯でも石ころでも
>特別にキリストの生まれ変わりとして祀りあげる
ということですが、ここでは2つの点で問題があります。

一つは、キリスト教は聖書を与えた神を神とすることが根本ですから、勝手に「神を創造する」
ことはできません。二つ目は、「キリストの生まれ変わり」は聖書の内容上「再び女の腹から
イエスが生まれてくることはあり得ない」ことになっているのでこれも不可能でした。

従ってこのような宗教は「キリスト教としては存在は不可能」となります。

しかしこれらの基本に抵触しない範囲でなら、キリスト教は存在できるでしょう。実際に
いわゆる正統派としても多くの教会が存在し教派が存在しているのはその現われでしょう。
それらは基本が同じなので存在できるということなのですが、みなそれらは「同じ一つの神
を信じている」とどこも考え、思っているはずですね。ですからそれらは「商売仇w」では
あっても「信仰を妨害したり戦ったりする相手」としては存在してはいないわけでしょう。
(異端といわれるものに対しては論陣を張ったりしているようですが、それは上に
書いたような基本をはずしていることに対する批判でしょうね)

695 :645:2006/05/07(日) 17:07:18 ID:???
>>693 :最近のいつもの人です
>つまりはその人がどのように祈り、神と繋がっていたかに
>掛かってそのすべてが決まってくるのだと思います。すべてのキリスト教徒がいつも
>事故にあわないとは言えません。

つまり祈り方で神と繋がっていれば病死や事故死は絶対に起こらないということですか?
また祈り方で神と繋がっていれば死も起こらないのではないですか?
そんなことはないと思いますが。

>たとえばご信心あついはずの人が、たとえば糖尿病などを長年お煩いであるとかと
>いったこともあっても不思議ではないでしょう。
年取れば生活すればどこかしら悪い箇所はでるでしょう。
題目すれば全ての病気が治るともおもえません。
体の衰えと題目での最大治癒力とくらべ、どちらが勝るかで決まると思います。
もちろん最大治癒力をだす祈り方は重要ですが。

696 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 17:22:17 ID:YM4L95L3
>>695
>つまり祈り方で神と繋がっていれば病死や事故死は絶対に起こらないということですか?
>また祈り方で神と繋がっていれば死も起こらないのではないですか?
>そんなことはないと思いますが。

「祈り方」というかですね、お題目の上げ方(ナンミョウ・・・でないといかんとかの)
というのとは違っていて、要はもし重大な事故のようなことや突然の不幸な目にあう
ようなことは、神はその人を守ってくださるというのは、神に信頼を置くキリスト教徒
の信仰信条の一つなわけですが、しかしそうしたお守りをいただけるはずなのにそれを
受け取れないような生活をしている場合があるかもしれません。聖書の記載によれば
「あまりにこの世のことにとらわれ過ぎていると神からのメッセージが受け取れなく
なる」というような趣旨の言葉もあったかと記憶します。要するにそういうことを
言っています。いつもキリスト教徒が信心深くいるかどうかはその人に掛かっている
ということです。まあこれはそちらも同じようなものでしょうが。

>もちろん最大治癒力をだす祈り方は重要です

で、それだけでなく、祈り以外に実際に自分でちゃんと健康管理として正しい食事を
しているか、運動も適宜しているか、などによって結果は変わってくるわけでしょう。

この世のことはこの世での行動如何で変わってくる、そういうものでしょう。人間が
肉体的でもあり精神的でもあり、また霊的でもあるということはそういう意味を含む
でしょうね。

697 :645:2006/05/07(日) 17:24:32 ID:???
>>694 :最近のいつもの人です
>しかしこれらの基本に抵触しない範囲でなら、キリスト教は存在できるでしょう。実際に
>いわゆる正統派としても多くの教会が存在し教派が存在しているのはその現われでしょう

つまり正統派とどこも名乗るのですから勝手に基本に抵触しない範囲でキリスト新宗教を
作ってもどれも祈りの効果に差はないということですね?

698 :645:2006/05/07(日) 17:35:17 ID:???
>>696 :最近のいつもの人です
>「あまりにこの世のことにとらわれ過ぎていると神からのメッセージが受け取れなく
>なる」というような趣旨の言葉もあったかと記憶します。要するにそういうことを
>言っています。いつもキリスト教徒が信心深くいるかどうかはその人に掛かっている
>ということです。

上記は神の存在をみとめた上での祈り効果ですが
科学的見地でキリストの祈り効果は何だと思いますか?

699 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 17:37:14 ID:YM4L95L3
>>697
>つまり正統派とどこも名乗るのですから勝手に基本に抵触しない範囲でキリスト新宗教を
>作ってもどれも祈りの効果に差はないということですね?

ですから、その「基本の内容」がどういうことかをあなたがご理解されているという前提で
申し上げるならば、その同じ神を信じるキリストの僕であり友なるキリスト教徒はその
同じ神の救いとお守りの中にある、と信じることができる、ということだと言って
差し支えないでしょう。

>祈りの効果

これは結局のところ、キリスト教では祈りは神に繋がるための方法であり、コミュニ
ケーションなのでした。つまり「神と共にあること」を知るための手段でもあります。
それを支えるものはそこを通してそのキリスト教徒が神と繋がっているかどうかだけ
に関わるのであり、それはまさしくその人のプライベートな、個人的な、また人格的な
神との関係に依存していると言うほかはありません。

むしろどこどこ教派だから祈りが聞かれるとか聴かれないとかと言ったことではない
と考えるのはベターではないでしょうか。キリスト教徒は皆そのように考えていると
思います。

700 :645:2006/05/07(日) 17:50:41 ID:???
>>699
>それはまさしくその人のプライベートな、個人的な、また人格的な
>神との関係に依存していると言うほかはありません。

あなたもご存知と思いますが日蓮法華経でも題目効果を科学的な見方は
していませんよ。
確かに題目で科学的でなき不思議なシンクロニティな出来事はたくさんある。
そのメカニズムは私はわからないので
わかりやすい病気回復とか自分の目標実現とかいったことを
例にあげて自分なり(又はあなたなり)の創造で科学的に考えているのです。
キリストも祈りの効果があるならば>>682でいうような科学的メカニズムが
あると考えるのが普通と思いますが。

私が題目効果は科学でなく一念三千以外ありませんと言っても、
納得できないでしょう。

701 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 17:54:00 ID:YM4L95L3
>>698
>科学的見地でキリストの祈り効果は何だと思いますか?

そこですが、645さんがこられる以前からも何度か書いていますように、「人間が
肉体的でもあり精神的でもあり、また霊的でもある」ということの意味するものに
ついては、他の諸宗教とも考え合わせて研究する必要があるという立場なわけです。

ですから、おっしゃっているような「自己暗示」の効果である場合もあるかもしれ
ませんし、それでは説明不可能な場合もあるでしょう。それが宗教別にどのような
諸相があるのかは多様な研究が必要かもしれませんよね。

ところで、私が申し上げている日蓮正宗や創価学会への「唯一性に関係するであろう
ところの宗教としての存立可能性」への疑義に関しては、その点とはまた別の観点
でしたよね。

つまりそれは「肉体的、精神的な影響力」以外に「霊的な影響力」があったとしても、
それが「発音の差」で大きな効果の差が生じる種類のものであるとすると、それが
「法華経の意味内容」とは別の内容とがならないか、そしてそうであったなら、
それは「霊的な側面があったとしても、肉体的、精神的な影響力の方がかなり強く
現れた効果ではないか、そしてということであるとしたら、それは「法華経信心」
に限定されない真言的宗教としても存在し得るのではないか、ということでしたよね。
この点を先ほどから大分避けておられるように感じますがどうでしょう?

で、それがキリスト教の場合は>>696>>699のようなことであったわけですから、
発音や所属する教派とは関係せずに、>>680>>694などの通り、その人の「信仰」
それ自体に関係したものでしたから、これは「宗教」として考えるべき要素が大きい
と思われるわけなのでした。いかがしょうか?

702 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 18:07:07 ID:YM4L95L3
>>701訂正
>「法華経の意味内容」とは別の内容とがならないか
->「法華経の意味内容」とは別の内容とはならないか
-----

>>700
>私が題目効果は科学でなく一念三千以外ありませんと言っても納得できないでしょう

ですから、それは天台宗での教義の一つでしょうが、それとお題目とをつなげる必然性
は実際にはどこにも説明はないわけです。

つmり日蓮さんの論法では、先にそうした天台の教義があり、そこにお題目が付加
された論法で存在しているわけですが、実際に創価学会に入会される人々の信心の
持ち方というのはそれとは逆だったわけですよね。

先にお題目を「一切の信仰内容なしに」->「とにかくその指示された発音で唱える
と元気になる(生命感を感じる、なんとなく喜びを感じ出す)」(しかし同じ漢字で
も発音を変えてしまうとそうではなくなることが分かっているという現実の事実が
ある)ので->「日蓮は正しい」という論法になる、そして日蓮と「創価学会の」すべて
を受け入れることになる」というのは、理論とは逆の流れなわけですよ。

つまり逆は必ずしも真ならず、でありまして、そこでは別の新宗教が作れる可能性
が非常に高いということなわけでした。要はその点を問題にしいろいろとご説明
申し上げていたということなわけでしたよね。

703 :645:2006/05/07(日) 19:04:07 ID:???
>>701
>肉体的、精神的な影響力の方がかなり強く現れた効果ではないか、
>「発音の差」で大きな効果の差が生じる種類のものであるとすると、
>逆は必ずしも真ならず、でありまして、

創価の場合は題目は”なん”と”なむ”の違いがおかしい。それは
信仰心以外の効果だといいたいのですか?
まず なむみょうほうれんげきょう ですよ。
それと韻とか呼吸法のみの効果で題目からやらせることがおかしいといいたいのですね
 それは>>681で言った通りです。
信仰心がなければ効果は少ないです。

>そこでは別の新宗教が作れる可能性が非常に高いということなわけでした。
題目教でもつくれるといいたいのですか?
別の新宗教など、どこの教団でも作れると思いますが。
現にキリストがエホバや統一教会なども含め分裂していますし
日蓮教も分裂しています。
それぞれ自分こそ本物という解釈でできています。
新キリスト教だといい、自分なりの解釈で私が言い張って作っても
新キリスト教はできるのですから

あなたのいう祈り効果のみの宗教を求めるならば
それで科学的見地でキリストの祈り効果が>>682と証明されれば
精神的のみの効果で、石ころでも鰯でも神と
讃えるのと同じ効果という理論になり、キリスト教の存続はなくなりますよ

704 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 20:20:07 ID:YM4L95L3
>>703
>創価の場合は題目は”なん”と”なむ”の違いがおかしい。それは
>信仰心以外の効果だといいたいのですか?
>まず なむみょうほうれんげきょう ですよ。

それですと日蓮正宗からやっていた人たちの唱え方と違うことになりますが、まあ
この辺でとりあえずよしと致しましょう。この点が違うということになりますと
話はまた少し違って来るかもしれませんしね。

特に>>681-682に対しては一応ご説明はしていましたが、その論点がまだ伝わって
いないかもしれませんね。特に、

>あなたのいう祈り効果のみの宗教を求めるならばそれで科学的見地でキリストの
>祈り効果が>>682と証明されれば精神的のみの効果で、石ころでも鰯でも神と
>讃えるのと同じ効果という理論になり、キリスト教の存続はなくなりますよ

のようなご回答ですと、かなり論点を誤解しておられるかと感じるわけですが。

それではまたと致しましょう。

705 :最近のいつもの人です:2006/05/07(日) 20:31:57 ID:YM4L95L3
一応一言断っておくとしますと、私の論点は

>あなたのいう祈り効果のみの宗教を求めるならばそれで

ではありませんよね。これは「創価学会という宗教が祈りの効果が絶大でなんでも
望みがかなう」といったフレーズでしばしばお題目の力というものを強調されること
を指して「それならばその意味を読解してみたらどうなるか」ということを申し上げ
ているに過ぎず、私はそれを求めているわけでも、キリスト教の祈りの効果がそれに
勝るとか劣るとかの観点で申し上げているわけではないのです。この点はよろしいで
しょうか?この辺をどうも誤解されているかと思うわけです。

実際に「お題目を唱えるとそれだけで仏界が湧現する」とするこの信心は、その前に
一念三千があろうとなかろうと、日蓮さんはそんなことを以前にお題目の力はすごいのだ
と主張されているはずですよね。つまりこれはお題目というものそれ自体の効果だった
とやはり認識せざるを得ない。それに教学を加えて理論化したことでさらに効果が
出るとか言うことはもちろんあって然るべきですが、しかしなぜお題目で生命感がする
のかということには根本的には解答されてはいないですよね。問題はそこを言って
いたわけです。実際に「ナム」で唱えると生命感は出てこないという人が多いと認識
していますが、以降はまたこの次と致しましょう。 それではまたです。

706 :645:2006/05/07(日) 20:58:03 ID:???
>>705
>しかしなぜお題目で生命感がするのかということには根本的には
>解答されてはいないですよね。

科学的にいうと、それが題目の語呂で韻とリズムとセロトニン充足などの
454さんが>>654>>655で書いた内容プラス、題目で宿命転換できると信じ、
具体的に願いを祈ることで自己暗示的になり、最も適度な緊張感とリラックスできる
状態になるという気がするが、正直それ以上はわかりません。

707 :最近のいつもの人です:2006/05/08(月) 08:02:30 ID:L221tbjM
>>706
どうもです。せっかくお答えくださいましたので一言だけ申し上げますと、

つまりおっしゃっているような効果があるマントラであれば「なんでもいい」という
ことになってしまうわけでもありましたよね。つまりそれが「法華経のタイトルの
一つを含めたものであろうとなかろうと」ということになるかもしれませんが、
もしそうしたマントラが将来発見され、それが変わりを変わりも用いて、ただし
信心理論は法華経と天台でOKという宗教もありうることになりそうです。

つまりそういうことになってしまいますと、これは日蓮理論が崩壊するということ
を意味してしまいまうわけです。

これが意味しているものが何であるのかというと、つまりは私が申し上げている
ところの「宗教」であるべき「必然性」であり「唯一性」ということなわけです。

一方キリスト教については、祈りの効果や効力で希望がかなうということを本来テーマ
にした宗教ではなく、何度も申し上げて下ります通り、>>441>>680>>694
書いた通りでしたから、似たようなものとしては基本をはずせばキリスト教ではなく
なるわけですから、本質が同じもの以外は存在できないことになるはずでした。これ
は祈りの効果云々とは意味としてはまったく別のことなのですよね。

ではまたと致します。

708 :最近のいつもの人です:2006/05/08(月) 09:55:27 ID:L221tbjM
>>707(訂正)
>それが変わりを変わりも用いて、-> それが変わり別のものを用いても、
>何度も申し上げて下ります通り、-> 何度も申し上げております通り
----
訂正ついでに付記しますと、つまり別の言い方をすれば、創価学会と日蓮正宗は「祈り
の効果の宗教」でありそれには代わりのものがあればそれでもいいということを意味する
ということで、キリスト教については「代わりものは在り得ない」ということになるかと
思います。

仮に「キリスト教の代わりのもの」があるとしますと、それは「罪の購いをしてくれる
ものが他にあれば」代わりはあるということになるかもしれませんが、しかし「宗教の
意味内容」としては、現時点ですでに「唯一性」があると言わねばならないでしょうね。
つまり「宗教の主旨」と「信仰」の「メインの信条箇条」が同じものは他には存在せず
「唯一性」が主張できるということなわけです。

しかし「祈りがかなうものがあれば何でもよい、生命感がするマントラがあればなんでも
よい」ということになると、結果オーライですから「宗教」である「必要」もなければ
「信仰」えあるべき必然性もなければ「唯一性」も要求されないということになるわけです。

それではまたと致します。

709 :645:2006/05/08(月) 21:25:12 ID:???
>>708 :最近のいつもの人です
>つまりおっしゃっているような効果があるマントラであれば「なんでもいい」という
>ことになってしまうわけでもありましたよね。つまりそれが「法華経のタイトルの
>一つを含めたものであろうとなかろうと」ということになるかもしれませんが、
>もしそうしたマントラが将来発見され、それが変わりを変わりも用いて、ただし
>信心理論は法華経と天台でOKという宗教もありうることになりそうです。
>つまりそういうことになってしまいますと、これは日蓮理論が崩壊するということ
>を意味してしまいまうわけです。

まず>>700で述べたように
確かに題目で科学的でなき不思議なシンクロニティな出来事はたくさんある。
そのメカニズムは私はわからないので、わかりやすい病気回復とか自分の
目標実現とかいったことを 例にあげて自分なり(又はあなたなり)の創造で
科学的に考えているのです。

といっているように、法華経と題目の関連性は科学的立証はできていないし、
創造もできない効果もたくさんあります。わかりやすい効果をあくまでも科学的見地で
考えるならば、ということを>>706でいっているに過ぎません
だから科学的見地で見たときマントラであれば「なんでもいい」かどうかは、
題目と法華経の関連性の有無の科学的証明ができないと判断できないという解になります。


>キリスト教については「代わりものは在り得ない」
>つまり「宗教の主旨」と「信仰」の「メインの信条箇条」が同じものは他には存在せず
>「唯一性」が主張できるということなわけです。

なぜそれほど「唯一性」にこだわるかわかりませんが、
キリスト信仰は変わらないが、教えの解釈違いでたくさんの宗派に
分かれています。その中でも統一教会やエホバも含まれると思いますが、
それらはキリストの宗派です。
統一教会やエホバもキリストの唯一性に含まれていると思われますか?
それとキリスト教に入る目的は何だと思われますか?

710 :最近のいつもの人です:2006/05/09(火) 11:02:51 ID:5TTro5tb
>>709
>わかりやすい効果をあくまでも科学的見地で考えるならば、ということを>>706でいって
>いるに過ぎません。だから科学的見地で見たときマントラであれば「なんでもいい」かどうかは、
>題目と法華経の関連性の有無の科学的証明ができないと判断できないという解になります。

確かにそういう意図でおっしゃっているかもしれませんが、実際には「創価学会や日蓮正宗
という宗教の目的」とは「人が幸せになること」だと定義できますよね。実際に牧口氏の
「価値論」なるものが開陳している意図とは「要は人が富んで幸福になることが必要である、
そのためにはこの日蓮正宗の教えに従ってお題目を唱えることが有効なのだ」ということで
したから、その一部として「お題目の祈りが有効」であるという教の立て方になっているわけです。

つまり大雑把に言ってしまうと、「人が幸せになるのなら」何でもよい、とも言えてしまい
そうですよね。そこまでは行かないとしても、そのお題目が「ナムミョウ・・・」だと「生命感
(=これは仏界とも言い換えられていますよね)が湧かない」ため「歓喜もそれほど生まれず、
元気も湧いてこない」からこれでは「大した価値がない」となり、一方「ナ・ン・ミョウホウ
レンゲーキョウ」(日蓮正宗がずっと教えてきた唱え方)で行なった場合に限ってのみ「生命感
が湧いてきてうれしくなり歓喜を感じるのだ」ということであるとしますと、これは果たして
「法華経との関連なのか」と疑う要素が出て来るでしょう、ということでしたよね、当方の主旨は。

この発音の差で生まれるような「歓喜」の有り無しが意味するものとは、やはり「宗教の効果」
つまりは「宗教であるべき必然性」または「その宗教の唯一性」に抵触するでしょうということ
です。つまりそれなら発音のまた異なる別の真言が出てくれば、それでまた一つ同じ教義で真言
だけ異なる宗教を作れる、ということになるではありませんか?

これでは「宗教としての体をなしているとは言いがたい」ということですよ。

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 11:08:38 ID:o3fJ5pbc
今日の格言
『宗教にろくなもの無し』

712 :最近のいつもの人です:2006/05/09(火) 11:12:21 ID:5TTro5tb
#これでは「宗教としての体をなしているとは言いがたい」ということですよ

つまり「宗教でないならそれは何のか」ということになり、それなら私はあえて言えば「それは
体験科学になるのではないでしょうか?」と申し上げたわけです。「こういう発音をするときっと
効果が出るよ」「ふーんそうか、じゃやり方変えてみよう」「どうだった?」「うん良かった、
今度からはこれで行くね♪」この会話ができるようなところは、宗教というよりはフィットネス
クラブでのベンチの持ち上げ方や腹筋体操の工夫や改良みたいな感じになるでしょう。どうですか?
これはエクササイズである以外に考えられますでしょうか?

ということですね。

713 :最近のいつもの人です:2006/05/09(火) 11:29:59 ID:5TTro5tb
>>709
>なぜそれほど「唯一性」にこだわるかわかりません

「『唯一性』にこだわる理由」はこの>>710に書いたとおりでありまして、宗教であるからには、
「唯一」である必要があるからですよ。教義が同じで、マントラが一文字違ってもまた別宗教が
存在できるようなものであったら、それが宗教であるべき必然性を有しているとは言えないで
しょう。それらは別の理由で生まれている効果であると考えないわけにはいかないからです。

そして>>709「科学的でなき不思議なシンクロニティな出来事はお題目の宗教でもたくさんある」
に関しては、そこには宗教一般で起こっている不思議な「霊験」や「巡り合わせ」、あるいは
「諸天善神のご加護」または「神の摂理」といった言葉で語られている、「人の所作の外側で何か
が働いてくれている」ことの証である可能性が非常に高いですが、それは「宗教による」という
よりも「宗教によらずに人間や世界に共通する何か」があるからなのかもしれません。それが
宗教によって呼び名や解釈が少しだけ違うということなのかもしれません。

それは人であれば誰にでもあるいは「個人的に」起こっていることなのでしょう。なぜならその
ような不思議な奇跡は「宗教がどれであるかに限らず起きている」わけでしたから、それに関しては
「宗教の唯一性」の議論には抵触しないはずでしょう。

問題は「宗教」というある意味人間を拘束するかもしれないものに関して、その独立した存在
可能性を保証するものが何であるのかがここでの課題なわけです。その点で>>710>>712のような
ことですと、それが宗教になりえるのかどうかということでしたね。

714 :最近のいつもの人です:2006/05/09(火) 12:10:37 ID:5TTro5tb
>>709
>キリスト信仰は変わらないが、教えの解釈違いでたくさんの宗派に分かれています。その中でも
>統一教会やエホバも含まれると思いますが、それらはキリストの宗派です。

そこでキリスト教についてですが、この「キリスト信仰は変わらないが」と一言でおっしゃって
いる点が非常に問題なのです。

おそらく>>441の内容がはっきりと飲み込めてはおられない場合には、この意味を理解することは
困難かとは思いますが、あえて説明するとすれば、

簡単に申し上げれば、「正統派」のそれはどこの教派であっても「『キリスト信仰』は変わらない」
は正しいです。つまり前にも述べました通り、「正統派」のキリスト教会は自分たちがどの教派で
あったも、「同じキリストの体」と称して構わないと考えています。そこには基本的にはいがみ合い
とか戦いと言ったことはあり得ません。ただし一部におかしなことをしている聖職者がいれば、その
「行動が批判されることはある」でしょうが、教理が露に対立して喧嘩をするということはないわけ
です。ですから、基本が同じキリスト教は「唯一のキリスト教」と言えるわけでした。

しかし「非正統派」においては「その『キリスト信仰』なるものは異なっている」と言うべきで、
現実に違っています。つまり「統一教会やエホバ」は「正統派には含まれない」わけで、それらは
「全く別の宗教」と言えますね。つまり、それは基本である>>441>>680の点を含んでいないからでした。

(ただしカトリックもプロテスタントも本来であれば、この基本の>>441>>680は同じでしたが、より
基本が強調されるのはプロテスタントであり、カトリックはこの辺は少し甘いかもしれませんが、
しかし協同訳聖書ができていたりするのは基本が同じだという認識があるからでしょう)

>統一教会やエホバもキリストの唯一性に含まれていると思われますか?

ですから、これは別の宗教であると認識されているわけです。全く別のものですから「正統派」
のキリスト教はこれらを「異端」といって自分たちとは区別しているわけです。

715 :最近のいつもの人です:2006/05/09(火) 12:48:06 ID:5TTro5tb
>それとキリスト教に入る目的は何だと思われますか?

そこでここに来るわけですが、一神教であるキリスト教にもイスラム教にも「人間の側が入る目的」
というものは、誤解が起こるかもしれないことを恐れずに言ってしまえば、「そういうものはない」
ということになります。そこにこそ「宗教であることの必然性と唯一性」があるということでした。

キリスト教にもイスラム教もユダヤ教も「神が人間をどうにかしたい」処の宗教であって「人間の側
がどうにかなりたいからじゃあ入りなさい」というものではありません。人は勝手にいろいろと目的が
あったり願いがあったり理由があったりして来るのかもれませんが、「宗教である」キリスト教も
イスラム教もユダヤ教もすべて「神があなたはこうでなければならない」から「悔い改めて信仰せよ」
というもので、「人の目的で編み出された哲学や思想」ではなかったのです。

しかし仏教は元々違っていますね。人が悩んで思索した哲学し、その自問自答の中でこうではないか
という「探究過程」が「宗教化」したものだったのです。すべての経文もその過程で「編み出されたもの」
だったわけで、要するに元々「哲学あるいは思索」の範疇のものだったわけです。元々のそのあり方
から生まれたものであったが故に、それは経験からの発展形であったり、ヨーガ的なエクササイズで
あったりしたものが「実験科学的に編集されてできてきたもの」が仏教などの東洋の宗教であったわけです。

ですから、要は「いわゆる言うところの”東洋の宗教”」は、そのほとんどが「必然性」や「唯一性」
を主張しにくいものとして体験科学的に編み出されたものだったと言えます。まさに「人間の側の目的」
で発生したものでした。にも関わらずおよそ「日蓮」だけがあたかも一神教のような「予言による警告」
などを用いて「唯一性」を主張した教えを立て「哲学の変形」ではなく「宗教として"君臨"した」わけです。

しかし実際には現代の「創価学会」に至ってそれは「哲学の変形版」として「人間の目的」に依存した
「人の要求を満たすための方法論」=「価値論」つまりヨーガや真言の考え方に回帰したとも言えた
わけです。ここに至ってはもはや日蓮を宗教ではなく体験科学として正しく認識するべき時が来たという
ことでしょう。

716 :最近のいつもの人です:2006/05/09(火) 13:07:28 ID:5TTro5tb
補足しますと、

#>>713「その点で>>710>>712のようなことですと、それが宗教になりえるのかどうかということでした」

たとえば、創価学会と日蓮正宗では同じ「ナンミョウホウレンゲーキョウ」の発音であるにも
関わらず、漢字が同じ「曼荼羅本尊」をわざわざ分けなければならない、としています。

では「発音の差」を同一漢字で吸収できないようなまた別の真言が開発され、それが同等以上に
「仏界湧現」=「生命感が出てきて歓喜が湧き、うれしく過ごすことができるという効果」において
有効であることが確認された場合には、一体どういうことになるかということでもあります。

そうなると違う漢字を使ってお曼荼羅をまた新しく作るということが必要になりますから、そこで
また新しく一つ宗教が生まれなければなりません。同じ漢字の曼荼羅でもご本尊を分けなければなら
ないのなら当然のことそうするべきでしょう。

しかしそのときちょっと考えれば「あれこれは何か変じゃないか?」と気が付くのではないでしょうか?
つまりこれは本当に「宗教」なのだろうかと。

本当は日蓮の時代においてすでにこれに気が付くことはできたかもしれませんが、あの時代は
こうした現代ならば当たり前なのかもしれない分析はできなかったでしょう。「時代故にすべて宗教
になってしまっただけなのかもしれない」ということでした。

717 :645:2006/05/10(水) 00:05:51 ID:???
>>710
>そして>>709「科学的でなき不思議なシンクロニティな出来事はお題目の宗教でもたくさんある」
>に関しては、そこには宗教一般で起こっている不思議な「霊験」や「巡り合わせ」、あるいは
>「諸天善神のご加護」または「神の摂理」といった言葉で語られている、「人の所作の外側で何か
>が働いてくれている」ことの証である可能性が非常に高いですが、それは「宗教による」という
>よりも「宗教によらずに人間や世界に共通する何か」があるからなのかもしれません。それが
>宗教によって呼び名や解釈が少しだけ違うということなのかもしれません。

かもしれませんと予測なので、その時点で題目と法華経の関連性の科学的根拠
にならないのですよ。
「宗教に"よらず"に人間や世界に共通する何か」があるかもしれませんし
「宗教に"よって"人間や世界に共通する何か」があるのかもしれないのです。
もし宗教に"よらず"〜に科学証明されたらキリスト教は廃業すると思いませんか?
また科学証明を求めているのならキリストの復活や、キリスト=神となる
非科学的な事をどうお考えになりますか?

>目的  「そういうものはない」ということになります。
>そこにこそ「宗教であることの必然性と唯一性」があるということでした。
>キリスト教にもイスラム教もユダヤ教も「神が人間をどうにかしたい」処の宗教であって「人間の側
>がどうにかなりたいからじゃあ入りなさい」というものではありません。
>「神があなたはこうでなければならない」から「悔い改めて信仰せよ」
>というもので、「人の目的で編み出された哲学や思想」ではなかったのです。

「人の目的で編み出された哲学や思想」ではないなら神の意思とでもいいたいのかな?
キリスト教(神の意思)を作ったのは人間ですよ。
キリスト信仰すれば罪を認めることでの罪悪感から開放され、
天国行けますよと謳っているのは、人間が罪から開放され、天国いきたいから信仰せよと
人間の利益が含まれるのではないのでしょうか?

>しかし「非正統派」においては「その『キリスト信仰』なるものは異なっている」
「非正統派」が存在している時点で唯一性はないと思いますが。

718 :最近のいつもの人です:2006/05/10(水) 10:21:29 ID:WFuYGhqM
>>717
まだ誤解されているかと思います。

>「宗教に"よらず"に人間や世界に共通する何か」があるかもしれませんし
>「宗教に"よって"人間や世界に共通する何か」があるのかもしれないのです。
>もし宗教に"よらず"〜に科学証明されたらキリスト教は廃業すると思いませんか?

当方の書いていることをもう少し丁寧に読まれますと意味がわかるかと。「宗教によらず」
と申し上げているのは、「特定の宗教によらず、宗教的な観念一般、あるいは誰も明瞭には
特定していない処の何かによって、あるいはそれを多様な宗教が自分のところだけで起こって
いると勘違いしているようなそれかもしれない」ということを言っているのです。これで
「私が書いた"宗教によらず"が意味したこと」がわかるかと思いますが、いかがですか?
ですので"ここ"においては「科学的に証明される」云々の話は無関係なんですが。

719 :最近のいつもの人です:2006/05/10(水) 10:31:14 ID:WFuYGhqM
>>717
>また科学証明を求めているのならキリストの復活や、キリスト=神となる
>非科学的な事をどうお考えになりますか?

ですから、、そうではありません。その話もここでは意味していることとの関係では「宗教」
であると主張する点においては「無関係」なのです。おわかりにならないでしょうか?

日蓮正宗の教義は「科学的に説明できる」可能性が「非常に高い」なぜならば「発音次第で
変わってしまうような生命感」(=創価学会は「仏界」という宗教用語の意味するものはこの
ことである、と主張されています。つまりはるかに科学的で体験的な用語に置き換えられて
います。これはすでに哲学思想の一つに格下げされていることがわかりますよね)に支えら
れて「科学でも説明されてしまいそうな体内感覚」という主張の「主題」を「あえて宗教に
しているだけではないか」ということですよね。

しかしキリストの復活やマリアへの無原罪懐胎といった内容は、はじめから「科学では説明
できそうもない内容」なので、これははっきり「宗教」の部類の内容であり、「信じるしか
ない」(=つまりこれが重要です)内容なのです。つまり「信じるか信じないか」だけで
決まる内容だけで構成されているものが、本来「宗教」と言われるべきものでしょうと。

これは私が疑義を呈している日蓮正宗と創価学会の主張が、一見するだけで「あーこれは
科学的に解明されてしまいそうな内容ではないだろうか」と言われてしまったら、その時点
で「宗教」としての存立可能性が否定される根拠になる得るということです。

その証拠としてお題目の発音による「仏界(=創価学会がいうところの生命感であり喜びなど)
湧現効果」の意味について仔細に申し上げているのでしたよね。つまり>>710>>712>>716です、
どうでしょう?そのようなものが、「法華経」という経文の存在との関係で果たして「唯一に
存在する」と本当に主張できるのでしょうか?どうですか?

720 :最近のいつもの人です:2006/05/10(水) 11:12:13 ID:WFuYGhqM
>>717
>「人の目的で編み出された哲学や思想」ではないなら神の意思とでもいいたいのかな?
>キリスト教(神の意思)を作ったのは人間ですよ。
>キリスト信仰すれば罪を認めることでの罪悪感から開放され、
>天国行けますよと謳っているのは、人間が罪から開放され、天国いきたいから信仰せよと
>人間の利益が含まれるのではないのでしょうか?

ですがそれは「キリスト教」が「主張する内容」ではありません。あなたがおっしゃっている
のは、「人間の側がもしかしたら求めているかもしれないものの一つだそうではないか」と
いうことであり、「キリスト教の教えの立て方」はそうではないのですから、それはここでは
「問題ではない」のです。

そうではなく、初めから「『神はこう言われる』だからあなた方は『こうのようでなければなら
ない』という立て方をしているから、それは「宗教である」ということを言っているのです。
つまり人間の側の義務として神が要求しているから、人間は素直にそうしなければならない、
ということを旧約から新約までの聖書なる文書を根拠として「唯一の神の教え」としてそこから
人間の側の義務、命令を説いているということです。この「形式」が重要なのです。

つまりあくまでも「神がこうせよと言われる、だからあなたはそれに従わねばならない」という
のが、ユダヤ・キリスト教の「宗教」であるということです。ですからその「同じ唯一の神」を
信じるキリスト教の正統派の諸派が「信仰の基本テーマ」を同じくするということは「唯一性の
ための絶対条件」でなけれなりません。そうでなければそれぞれ別の神を信じているということ
になってしまうからです。

>「非正統派」が存在している時点で唯一性はないと思いますが

ですからその「非正統派ら」は「その同じ信仰の基本項目を有していない」がゆえにこそ、それら
は「別の宗教である」となるわけです。ですからそれらは、はっきりと「キリスト教ではない」
のです。なので「キリスト教」は「唯一性」を持っている、と言えるのです。

721 :ドン・サバチャン:2006/05/10(水) 11:43:17 ID:70wxZVbq
学会は宗教団体じゃないじゃん。たまに念仏唱える詐欺グループ
じゃないの?ねずみ講みたいなシステムで金を吸い上げて、囚人
護送バスみたいので無理やり公命等に投票させて、挙句にどっかの
ゴーストライターが書いた本をゴッソリ買わせて…

722 :最近のいつもの人です:2006/05/10(水) 11:44:34 ID:WFuYGhqM
しかし、日蓮の場合はどうでしょう「法華経は釈迦如来直伝の経文であり、本当の仏教の教え
である」ということを主張の根拠の第一に据えていました(=文証)が、これは現代では明瞭に
否定されてしまっていて、釈迦は経文を残さなかったということが事実で日蓮は事実でないこと
を根底にして「宗教を構築」してしまっていました。根拠の一つは崩れてすでにいました。つまり
「大乗非仏説」でこれについては文献学の結果ですから、しかたがありません。

これが崩れると「釈迦が説いていたわけではない経文=法華経」が「正当であるとした根底」で、
そのいわば「釈迦」由来ではない経文は「大乗運動」という後代のインドでの思想運動の中で編纂
されたものを「日蓮は釈迦由来であるから正しい経文であり依拠すべきものだとした」ことは、
彼の「三証」理論の一つである「文証」理論が破綻していたことを意味しました。

残るものは「理証」と「現証」ですが、この二つは要は「人間の論理的な推測能力に依存して物事
を判断すべきである」ということで意味するものは「科学」であり「論理」、さらに「現証」は
「体験」であるとなりこれは科学での「実験」となるわけです。この二つから構築されるものとは、
すなわちそれは「体験科学」そのものだったのです。

723 :最近のいつもの人です:2006/05/10(水) 11:45:37 ID:WFuYGhqM
教えの立て方がこうであれば、私の申し上げていることが正当であることは非を見るよりも明らか
です。さらにそこに「価値論」を立てて「この日蓮教」を「利用する」という「功利主義」が
「創価学会」という人間の団体として生まれ、そこでまさに「仏界=生命感と歓喜という体内感覚」
と定義された「感覚の体験による実験」が行なわれ、「この『ナンミョウホウレンゲーキョウ』と
いう発音が正しく」日蓮宗の「ナムミョウ・・・」はいかんという現実を積み重ねていたわけでした。

そこで現実に「副鼻腔炎」軽減されるという効果も得られ、それを「体験発表会」で発表され「功徳」
であると『解釈して、それが "『この宗教』が『正しい』証拠" だと主張して50年が過ぎた』という
ことです。もし別のマントラが開発されてそれを用いていれば、しかしそれは「同じ基本教義」で
マントラだけ異なる別の宗教になり、それぞれが「うちのが正しい日蓮教だ」と主張し合っていた
でしょう。これは「宗教」として「おかしな話」だということになるわけです。

そうだとしたらこれは「元の日蓮の思考が間違っていた」ことを意味するでしょう。
どうですか?

724 :最近のいつもの人です:2006/05/10(水) 13:12:49 ID:WFuYGhqM
私は「生命感と歓喜という体内感覚」を体験することを悪いとかそういうことを言っているのでは
ありません。そうした一つのヨーガ体験は良いものでしょう。それは健康にも寄与しますし、明るく
解放された感覚でいることは素晴らしいことであり、推奨されてしかるべきことかもしれません。

問題はそれを宗教にしておけるのかどうかということであり、本来はマントラの一つと解釈されて
法華経に依存しない、より広い科学の体系の中で解消するべきものなのではないか、ということを
言っているわけです。

仮にそうしても、創価学会員の人たちの誰も困ることはないでしょう。曼荼羅も「宗教」として
存在していなくてもよいことになり(実際病気のときは寝床で唱えてよいことになっているわけで
したからいいでしょう)、宗教としては形態を解消し、フリーで良いことになります。それはもう
ヨーガ、真言思想の中に雲散霧消してしまうわけです。

願望達成のためには、こういう信念を持って唱えるとかなえやすくなりますよ、という資料だけ
残して、天台宗参照としておけばよいわけです。そうなると創価学会はもはや不要になり日蓮正宗
も要らなくなります。

さてこれでどうでしょうか?

それでは予告しました通りタイムアップとなりましたのでこれにて失礼します。それではまた。

725 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 14:00:43 ID:QU9+wocc




キリスト教とその亜流は

もうこれ以上、戦争起こさないでね



事実でしょ?

726 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 17:36:04 ID:iSvktKJ6
キリスト教の亜流
国家社会主義
マルクス/レーニン主義
ネパール共産党(毛派)ぐらいしか思いつかん。
ところで、ネパール共産党(毛派)と中国人民解放軍が戦闘になったそうだが本当?


727 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 17:41:32 ID:???
>>726
国家神道を忘れとる。w

まあこちらの場合、モデルはローマ帝国なんだが。

728 :645:2006/05/12(金) 20:22:30 ID:???
>>724 :最近のいつもの人です
>『ナンミョウホウレンゲーキョウ』と
>いう発音が正しく」日蓮宗の「ナムミョウ・・・」
>日蓮正宗の教義は「科学的に説明できる」可能性が「非常に高い」なぜならば
>「発音次第で変わってしまうような生命感」

私見ですが
それではキリストのアーメンの場合はどうか?
日本に於いては、「アーメン」と記述され、発音されているが、英語圏において
発音は「エーメン」又は「エィメン」に近いと思います。あなたの論理なら、その微妙
な発音でキリスト教の信仰告白は国が異なれば全く別の宗教という事になると思うが。
でも実際はそんなことないですよね?「アーメン」だろうが「エーメン」だろうが
信仰告白としてしているのですよね?つまりその人の心次第なのです。
それで「なむ」と「なん」の発音の違いとのことですが、題目した時、それが
「む」or「ん」or「む」と「ん」の中間なのかは微妙な発音の違いですね
外国人の人が「なん」にしても「なむ」にしても連続して題目すれば
その発音は日本人と微妙に異なるでしょう。仮に「む」にしても「ん」にしても
その発音の正確さが重要ならば、発音が、より正確で上手な人ほどで功徳があると
いう事になってしまう。実際そんなことはいわれていないでしょう。
南無妙法蓮華経とは法華経に帰依しますという意味で大事なのはそれを唱える事と思います。
ということは法華経を信じ、ご本尊に向かい、題目を信仰することが功徳をよぶ
という論理になり、法華経と題目の関連があるという論理になります。

あなたは唯一性とか宗教かにこだわっていますがそれより現実的に人が救われるかが
大切と思います。
ところで主旨は変わりますが題目は科学で証明されるかもしれない効果があると
あなたは言われますが、キリストの祈りは題目と比べて効果があると思います
か?ないと思いますか?

729 :645:2006/05/12(金) 20:26:50 ID:???
>>724 :最近のいつもの人です
>宗教によらず」 と申し上げているのは、「特定の宗教によらず、宗教的な観念一般、
>あるいは誰も明瞭には 特定していない処の何かによって、あるいはそれを多様な宗教が
>自分のところだけで起こって いると勘違いしているようなそれかもしれない」と言っている。
>ですので"ここ"においては「科学的に証明される」云々の話は無関係なんですが。

ならば、主旨が異なる話になりますが祈りの効果原因が科学的に証明されたら
キリスト教は廃業すると思いますか?

  また科学証明を求めているのならキリストの復活や、キリスト=神となる
  非科学的な事をどうお考えになりますか?
>ですからそうではありません。その話もここでは意味していることとの関係では「宗教」
>であると主張する点においては「無関係」なのです。おわかりにならないでしょうか?
>初めから「『神はこう言われる』だからあなた方は『こうのようでなければなら
>ない』という立て方をしているから、それは「宗教である」ということを言っているのです。
>「理証」と「現証」は「科学」であり「論理」、さらに「現証」は「体験」であるとなり
これは科学での「実験」となるわけです。この二つから構築されるものとは、 すなわち「体験科学」

主旨から外れますが
日蓮大聖人は「現証」や理証は題目効果で人が救われる立証をしたのですが、キリストは神の
存在を立証したのですか?何の根拠もなく信じるものは救われると言っているのですか?
、”神はこう言われる”はそれが真実か?または誰かが作った作り話か、どう思われますか?
それとキリスト教(神の意思)を作ったのは人間です。
なぜ人間が神の意思と断言できるのですか?多分神の意思だろうという予測になると思いますが。

730 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/12(金) 20:39:46 ID:ETuCoXiC


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731 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 15:04:48 ID:H38/Jbj/
お約束の通り不在でした、おひさです。これからペースは落ちるかと思いますますが
またよろしく。

>>728
>日本に於いては、「アーメン」と記述され、発音されているが、英語圏において
>発音は「エーメン」又は「エィメン」に近いと思います。あなたの論理なら、その微妙
>な発音でキリスト教の信仰告白は国が異なれば全く別の宗教という事になると思うが。
>でも実際はそんなことないですよね?「アーメン」だろうが「エーメン」だろうが
>信仰告白としてしているのですよね?つまりその人の心次第なのです。

ですから、前にも書いている通りでして、これは「信仰内容」に無関係でして
「お題目の場合」とは、私の言っている意味が異なっているでしょう。

キリスト教の信仰箇条は、要するに>>441です。そこには実は「アーメン」も「エイメン」
も無関係でしたよね。どうですか?

でありますから、初めから「アーメン」と言おうが「エイメン」と言おうが、何の
違いもありませんよ。それは「私は間違いなくこう言います」という念押しの言葉
でしかありませんでしたからね。ですからあなたのおっしゃっている話は、キリスト教
への全くの誤解の一つにすぎません。キリスト教というのは、あくまでも>>441
ようなことを指してそういうのだと、肝に銘じてご理解ください。そうしないと
他のキリスト教の人と話されるときも話が通じないでしょうから。

まー大体の普通の人はそんなものなんですがね・・・・・。実はそこがキリスト教の
要であるし、関門はそこだけしかないと言い切ってもいいのでしたが。

732 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 15:10:51 ID:H38/Jbj/
付け加えるなら、アーメンもエイメンもなくても別にいいのですがね。そんなものは
ほとんど意味がないです、キリスト教においては。

キリスト教はお題目の宗教とは全く異なります。つまり祈りにおいては、何言語の
言葉で言うかとか、どのアーメンを付けるのかなど、全くどうでもいいのです。

そういうことは「信仰」には一切関係しないのです。

この辺はずっとお題目の宗教やってきた人々にはわからないでしょう。
まーそんなところです。

733 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 15:24:30 ID:H38/Jbj/
>>728
>仮に「む」にしても「ん」にしても
>その発音の正確さが重要ならば、発音が、より正確で上手な人ほどで功徳があると
>いう事になってしまう。実際そんなことはいわれていないでしょう。

というかですね、私の言っていることをどこかで変えて理解していませんか?

前から見てもらっていればわかると思うのですが、私が言っているのは、
あくまでも「ナン・・・」でなければ「強い生命感を感じられるお題目」に
はならないでしょう、ということだけですよ。

そして日蓮正宗では昔からそれを正統な唱え方として実際に指導してきている
し、その伝統を創価学会も受け継いできたとね。だからあなた方の指導もそう
だっただろうし、その結果私が指摘している通りにそれで初めて生命感を感じる
が故に、そういう「宇宙生命思想」も主張するに至っているでしょうと。

私が言っているこの意味をちゃんと理解していますか?

734 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 15:27:15 ID:H38/Jbj/
>南無妙法蓮華経とは法華経に帰依しますという意味で大事なのはそれを唱える事と思います。
>ということは法華経を信じ、ご本尊に向かい、題目を信仰することが功徳をよぶ
>という論理になり、法華経と題目の関連があるという論理になります。

この「お題目の意味」ですが、実際には創価学会に入る初心者の人々は、しかし
そんな意味など考えてはいませんが、とにかく「無意味なマントラとして」唱える
ことを要求され、それに従って「とにかく何度も声に出して唱える」ことで
「生命感」を感じて「功徳がある」と実感して、では創価学会に入りましょう、
となるわけでしたから、彼らは意味など考えて唱えてはいません。

また、創価学会に入会した後でも、ほとんど誰も「法華経に帰依しますです」
と「唱え中にひたすら意味を考えて唱えて」はいませんでしょう。どうですか?
むしろその間に考えていることは「ああなったらいい、こうしたい、ここを
どうにか突破したい、あの人がこうなればなー、うーんこうなりたいぞえ」と
いった願望を念ずるのではないでしょうか?そこに「法華経への帰依」など
はないはずですよね?どうですか?なら、唱えているものはあくまでもマントラ
であり「意味の言語」ではないはずでしょう?

>ところで主旨は変わりますが題目は科学で証明されるかもしれない効果があると
>あなたは言われますが、キリストの祈りは題目と比べて効果があると思います
>か?ないと思いますか?

私はそういう意味での「優劣」の話はまだしたくありません。私はまだどこにも
優劣を方ってはいないと思いますが、ちょっと前の方から全部読んでみてもらえれば
と思います。優劣を語るにはまだまだ検討すべき議論が足りなすぎますからね。

735 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 15:44:25 ID:H38/Jbj/
>>729
>主旨が異なる話になりますが祈りの効果原因が科学的に証明されたら
>キリスト教は廃業すると思いますか?

>>731にも再々々々々度書いている通り、キリスト教の要は>>441です。つまり、
その>>441の効果が「それがもし神の存在とは無関係の効果であり、神がいようと
いまいと起こるものである」ことが証明された場合(それが仮に「科学的」にで
あろうとあるまいと「とにかくそれが証明された」場合)に「キリスト教」なる
ものは「廃業」に至るかもしれません。

そうではなくて、それが「お題目によるもの」であろうと「キリスト教の信者の
祈り」によるものであろうと、その「祈りの効果」の「一つの要因」が仮に「気功」
の一種でありまたモードであったことが「科学的に証明される」ことはあるかと
考えているわけですが、わたしの予想としては、「お題目」によるものはおそらく
「科学的に証明はありうる」という考えです。

そう考える理由の一つは、>>733にも書いている通りで「その祈りの本質である
"発音に依存した効果"」がお題目の効果であるから、これは機械的な効果であり、
これは体内の物理的な工学技術の問題であり、そこに意識の載せ方がうまいか
下手かで異なることはあるにしても、お題目は技術の祈りであるに過ぎない、と
考えられるからです。ここにこれまで何度も書いてきた論理が繋がっていますが
どうですか?

>キリストは神の存在を立証したのですか?何の根拠もなく信じるものは救われると言っているのですか?
>”神はこう言われる”はそれが真実か?または誰かが作った作り話か、どう思われますか?

ですから前にも言っています。キリスト教は「信仰において神を信じるのです」と。
立証した時点でそれは科学になるでしょう。もともと>>441のような教えそれ自体が
不合理なのです。その「不合理」あるいは「理不尽」を「神」の言葉だとして信じる
のがキリスト教なのです。ですからどこまで言ってもおそらくは「立証」はされない
のがキリスト教なのです。すべて「信仰」のおいて受け入れるのがキリスト教なのです。

736 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 22:06:11 ID:H38/Jbj/
>>734
>南無妙法蓮華経とは法華経に帰依しますという意味で大事なのはそれを唱える事と思います。
>ということは法華経を信じ、ご本尊に向かい、題目を信仰することが功徳をよぶ
>という論理になり、法華経と題目の関連があるという論理になります。

これについては再度言いますと、実際には未入会者には曼荼羅本尊は授けていない
段階で生命感を実感しているわけで(=仏界湧現効果といわれている機械的な作業
だけで生じる効果効能)、すでに本尊なしでその効能を感じるからこそ、「あー、
創価学会は正しいのだ」と思わされて入会に至っていたわけですから、あくまでも
ご本尊がなくても効果効能はあったことは明白でしょう。

つまりご本尊なるものはあくまでも形式に過ぎず、全く以って「必要」なものだとは
考えられません。それなしでも効果効能には現実に差は何もありませんからね。

あるとすればそれで自分の家が創価学会の会員なんだといっているだけのようなもの
で、それ自体がその人に効果効能を有らしめているのでもなんでもないからです。それ
は単に文化であり形式にすぎないものでしょう。それは未入会者がそれなしで効能を
感じている以上、効果効能それ自体に対してはそもそも全く不要なものとみなされて
しかるべきです。

つまりやはりお題目の効果効能はただのマントラに過ぎず、>>734に書いたこととも
あわせ、法華経とはそもそも何の関係もないことは初めから完全に明らかです。

737 :最近のいつもの人です:2006/05/18(木) 22:21:45 ID:H38/Jbj/
そこへ持ってきて>>722の通り、日蓮の考えた「文証」思考も現実には文献学の研究
で大乗非仏説が証明されてしまっていた以上、

 「法華経が釈迦に直に由来する経文であるから、そのタイトルであるお題目に
  効果効能があるのは当然正しい結果だ」

という論理自体が成り立たないことははっきりしていましたよね。

つまり仏教の正しい経文だからそれに功徳があるとかいうことはそもそもできない
話になっているわけでしたね。つまり、もう「文証」の論法は使えないのです。もう
「真性の仏教だから」の功徳説は根本的に成り立ちません。重大な論拠が崩れている
のですから。

ならば、なぜお題目が「"仏界湧現"と称されている生命感を実感する効果」がある
のか?それは法華経が釈迦由来だからではなく、その「お題目マントラ」が、偶然、
人体の物理的な内部構造に起因する呼吸や音韻の繋がりに関係する神経刺激効果を
持っていたというだけのことだったと解釈するのが、本来「自然で正当な論理」だと
いわなければならないはずです。

738 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆xd7mxrd9Z6 :2006/05/18(木) 22:23:14 ID:mSfh1OLr
ははははは!

739 :はるな ◆D8aROQtru. :2006/05/18(木) 22:26:48 ID:???
暇なんだな。(藁)(藁)



740 :はるな ◆D8aROQtru. :2006/05/18(木) 22:29:54 ID:???
読む気さえ起こらないんだが・・・・。(藁)

波木井も人がいいんだね。

741 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/18(木) 22:42:42 ID:c1E3ACol
創価は己が幸せになりたいがためにひたすら念仏唱える欲深
キリストはこじきに炊きだしをしたりする

742 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 03:48:44 ID:SkUHniPX
私はカトリックです。周囲に創価の人が多く、最近『信仰』について思うことが多々あったのですが、ここの長い長い議論を読んでスッキリしました。因みにうちは祖母が日蓮宗で隣家が創価、お題目の唱え方の違いが私にははっきり分かります。

743 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 03:52:42 ID:SkUHniPX
742続き
最近のいつもの人さん ありがとう。
創価学会の方、お題目頑張ってくださいね。

744 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 06:48:21 ID:PyBl2dgY




何でまだやってんだ?

戦争起こすなよ クリスチャン!





745 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 08:17:40 ID:Nwy/nMB5
>>744
ほかに居場所無いの?
迷惑かけるなよ、学会員。

746 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 08:19:38 ID:???


クリスチャンのマスかきは永遠と続く・・・・

747 :名無しさんお腹いっぱい:2006/05/20(土) 01:18:31 ID:uJaX3zgW
別に?

信仰してる対象ちがうものですのでヌルーですが?

何か?

748 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 01:24:12 ID:???

『ん』と『む』の違いでキチガイになる人どこいきますた?

カトリックもキチガイおりますし、何か?

749 :かず:2006/05/20(土) 01:40:21 ID:b3gkK0Uh
本題に戻させていただきますが、宗派がちがう夫婦ってうまくいくんでしょうか?とくに学会とクリスチャンは教えが全くちがうと思いますが。

750 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 01:44:50 ID:???
信仰は手段でありまして目的ではありませんが、何か?


751 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 01:49:11 ID:???
ましてや、比較と差別は違いますが、何か?

752 :かず:2006/05/20(土) 01:55:34 ID:b3gkK0Uh
失礼ですが、同じ家のなかに創価の仏壇と十字架が混在しているのでしょうか?まじめな質問です。

753 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 02:12:44 ID:???
>>752
俺の知り合いに出来ちゃった婚の人が居て、
母親がクリスチャンで、父親が学会員だったけど、
やっぱり難しいみたい。
両方ともちゃんと信心してたから。
引っ越しちゃったからその後は知らないけど、
家に十字架とご本尊様があったよ。
その辺は不可侵条約を結んでるって言ってたw

でも子供はお母さんと一緒にいるから、
クリスチャンの空気プンプンだったよ。

754 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 02:15:02 ID:???
けけけ!

問題はないですが、何か?

あるとすれば脳みそですが、何か?

755 :最近のいつもの人です:2006/05/20(土) 06:52:11 ID:+Lh3Vp3t
>>750
>信仰は手段でありまして目的ではありません

ですから、これがやはり「宗教」であるのかどうか、つまり「唯一性」があるかどうか、
にも関係するとことの、信じる側のあり方の違いにもなっているでしょう。

キリスト教においてはむしろおそらく「信仰」はそれ自体が目的ですらあるかと
思われますが、「工学的祈りの技術の擬似宗教」である日蓮教においては、やはり
「その擬似的な信仰」は「元気に生活していくための手段」になっているでしょう。

キリスト教においては神が人に要求しているところの契約を信じてそれを結び、
神との同伴者としての人生を歩くことが求められ、人はそれ自体を人生の目的として
祈り、人生を神にささげて祈り、そのために働くことになるのです。

マザーテレサが偉大な仕事をすることを決心し、そして障害を献身的にそうすることが
できたのかは、彼女が自分の人生を神に献げてしまって自分の目的ではなく、神の
目的のために自分を使っていただいていたからです。ここにこそキリスト教のキリスト教
たる本質があるわけです。そこでは生々しい神との同伴関係、その献げ人生に最大の
意味がありました。

756 :最近のいつもの人です:2006/05/20(土) 06:56:18 ID:+Lh3Vp3t
>>755(訂正)失礼しました。

>にも関係するとことの、信じる側のあり -> にも関係するところの、信じる側のあり
>そして障害を献身的にそうすることができた -> そして生涯を献身的にそうすることができた
>献げ人生 -> 「献げる人生」

757 :最近のいつもの人です:2006/05/20(土) 07:05:42 ID:+Lh3Vp3t
>>755
>「工学的祈りの技術の擬似宗教」である日蓮教においては、やはり
>「その擬似的な信仰」は「元気に生活していくための手段」になっている
>でしょう

つまりこれはずっと書いてきたことの本質そのものです。

「本質が功利主義であり価値論の創価学会」においては、あくまでも自分の
要求のために信仰があるが、「本質において宗教であるキリスト教」において
は「信仰者」は祈りの中で自分を神に献げるわけです。そこに神との親密な
交わりがあることになります。それなくして信仰は継続できないほど、神との
生々しい繋がりを意識することになるのです。もはやその信仰はそれ自体が
人生そのものとなるのが、まさしくキリスト教なのです。

そこに神がもし信仰のうちにいなかったら、そういう信仰を継続することは
不可能でしょう。神は信仰の内にまさしく「おられる」のです。それと一つに
なることが信仰なのです。

つまりこれで教えも在り様も全く異なるものであることがはっきりしたこと
でしょう。

758 :最近のいつもの人です:2006/05/20(土) 07:08:40 ID:+Lh3Vp3t
ところで、ここにアクセスしますと、どういうわけか、ほとんどいつも
ウイルスが付いてくるようになりましたが、管理人さんどういうわけ
でしょうか?

今日のはこれでしたが → Bloodhound.Exploit.6

2chサイトではここだけですね。5月に入ってからぐらいからほとんど
毎回そうなりますが、何か書き込みが問題でしょうかw

759 :もう来なくていいぞ。:2006/05/20(土) 08:20:56 ID:???
じゃまいか?>>758

760 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 13:25:31 ID:Y9+J2dtH
>>749
学会と日顕とかよりはマシ

761 :645:2006/05/20(土) 23:03:11 ID:???
>>736 :最近のいつもの人です
>この「お題目の意味」ですが、実際には創価学会に入る初心者の人々は、しかし
>そんな意味など考えてはいませんが、とにかく「無意味なマントラとして」唱える
>ことを要求され、それに従って「とにかく何度も声に出して唱える」ことで
>「生命感」を感じて「功徳がある」と実感して、では創価学会に入りましょう、
>となるわけでしたから、彼らは意味など考えて唱えてはいません。
>その「祈りの効果」の「一つの要因」が仮に「気功」
>の一種でありまたモードであったことが「科学的に証明される」ことはあるかと
>考えているわけですが、わたしの予想としては、「お題目」によるものはおそらく
>「科学的に証明はありうる」という考えです。

いや、私は発音による違いはないと思えます。
人により「ん」だったり、「む」と「ん」の間だったりまちまちなのです。
科学を論じてもあなたの言っているのは貴方なりの仮説で予測での判断に過ぎないです。
もし科学で証明されたらという仮説を並べても無意味な問答です。
それに鼻炎回復なんてのは初めて聞いたし、それが呼吸からのものだという
確かな科学的根拠はあるのですか?またそれ以外の非科学的体験はどう説明するのか?
それが「気功」だとかという根拠はあるのですか?
それと私の言っているのは意味を意識して唱えているかでなく、法華経を唱え
縁することで意味があるといっているのです。その科学的根拠がないという証明はないでしょう?
あなたの創造のみでの話しなのでこれ以上無意味かと思いますが。。

それと、実際には本尊を前にするのと、しないのでは経験上効果は異なると思います。
あなたは唯一性とか宗教かにこだわっているが、それより個人的に思想や宗教が
現実的に人を救うかどうかが重要で、宗教か科学かなんてのは、はっきりいって
どうでもよいと思えてしまうのですが如何でしょうか?
宗教は信じる事が大事でなく、信じる事で幸せになる事が大事なのです。
キリストの宗教としての人を救う良さはどこだと思われますか?

762 :645:2006/05/20(土) 23:04:00 ID:???
>>736 :最近のいつもの人です
  キリストの祈りは題目と比べて効果があるか?
>私はそういう意味での「優劣」の話はまだしたくありません。私はまだどこにも
>優劣を方ってはいないと思いますが、ちょっと前の方から全部読んでみてもらえ
>ればと思います。優劣を語るにはまだまだ検討すべき議論が足りなすぎますからね。

いやあなた自ら検討すべき議論は自分で結論出していますよ。
あなたの科学的論理ならキリストの祈りは効果を出すマントラがないので
題目より効果は劣ると認めていることになりますよ。
じゃないとマントラについてのあなたの仮説は矛盾していますよ。
そうですよね?

763 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 00:50:32 ID:???
>>761を100回読んだら懺悔する気持ちも出てくるか?>最近いつもの人です。

こんこんちきさんよ〜。ww

764 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 01:12:32 ID:2CbBd7N8





                     ハァハァ
            / ̄ ̄ ̄ ̄\  童貞は俺だけかぁ…。
 ̄||      ハァ (  , 、      )  ハァ
  ||         (-◎-◎ー  ;;;;;) __,,.-───ヽ__     )))
   ||      ハァ(  (_ _)    6)-"           ̄ ̄\   ))
   ||     ハァ (  ε  ∴  |    ⌒─-,,__/      )
    ||      ハァゝ_____/  ヽ、 _     ̄ヽ   ̄ ̄─⌒丶  )))
 ̄ ̄○二二二|, -─⌒ ̄ ヽ   , -─⌒ ̄ ̄      ノ         \
http://www.nbvfrty7u89olkjnbvcdrt6y789olkjnbvcxdrt6789olkjnbvcxdrty789olknbvcxsdrt6y789olknbvcxdrty789olkjnbvcxsdrty78i9olknbvcxdrty7u89olkjnbvcxsdrty789iokjbvcxsdrty789iokjnbvcxsdert6789okjnbvcxzsdert789okjnbvcxdty



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765 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 18:33:24 ID:ESsId38G
>>761
>いや、私は発音による違いはないと思えます。
>人により「ん」だったり、「む」と「ん」の間だったりまちまちなのです。

仮に、そうなのかもしれません。

しかし少なくとも私が試した場合においては、その発音の差はかなりの
割合で生命感の感じ方に影響を与えていると感じるほどのものになっていますから
これは体験的に間違いないと感じるということです。

>あなたの創造のみでの話しなのでこれ以上無意味かと思いますが。。

ですからこれは「想像」ではなく「実体験」としてですよ。

>科学を論じてもあなたの言っているのは貴方なりの仮説で予測での判断に過ぎないです。
>もし科学で証明されたらという仮説を並べても無意味な問答です。

確かにそうかもしれませんが、

>>762
>いやあなた自ら検討すべき議論は自分で結論出していますよ。

結論を出しているわけではなくて、これらを検討する材料にして提供している
ということですよね。どうですか?ですからおかしくはないでしょう。

766 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 18:34:31 ID:ESsId38G
>>761
>それに鼻炎回復なんてのは初めて聞いたし、それが呼吸からのものだという
>確かな科学的根拠はあるのですか?またそれ以外の非科学的体験はどう説明するのか?

それはまたおかしいですね。もぐりではありませんかw?

「大白蓮華」にもときどきドクター部のお医者の人が書いている「唱題勤行を怠ると
途端に副鼻腔炎がひどくなり、私はこの大きな功徳で救われています」との手記が
載っているのを、この私が実際に去年か今年あたりに読んでいます。
それから前にも書きましたが、昔から実際にこういう体験発表をしている人がいるのは
間違いありません。実際にそれが文書になって衆目にさらされていたことを知っています
から本当ですね。

そして、何よりも私が実際にその効果を体験して知っているわけですから、その効果が
あること自体は間違いないと言えますしw

その自分の体内経験を、自分なりにヨーガ的な観察において観じてみて推測していると
いうことではありますが、お題目を唱える際にはそれによる顔面・喉・鼻孔・副鼻腔に
関係する筋肉や血流、そこの周辺の神経が活性化するのを実際に感じることができます。

また、それが脳下垂体への刺激に繋がっていることも知ることができます。

これらの微細な感覚は、実際には瞑想体験を通じて敏感になっていきますが、そのプラク
ティスを重ねた後に、お題目も経験すると、その効果をヨーガの一つとしてとらえること
が可能になるのです。はっきりいってお題目の効果には明らかにマントラ効果があり、
それが特徴的に脳下垂体や脳幹、および中脳あたりが活性化する働きを有していることは
ほぼ明らかだといえると思いますね。

767 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 18:39:13 ID:ESsId38G
(続き)
もちろんそのときにご本尊はありませんから、ご本尊のあるなしに関わらずにその効果は
あると断言できます。つまり日蓮は法華経のコンテクストからお題目を唱えることの効果を
独断で読解して宗教にしたが、わたしはそれを自分の体験と実際に創価学会に入信する直前
の人々の体験とその後の入信に至る行動と言動とから、それが間違いなく真言の一つとして
読解し得ることを知るに至りました。

これらははっきりと体験から申し上げることができると思いますよ。ですからこれは科学
としてとらえる際の足がかりにはなっていると考えています。想像だけで申し上げている
のではありません。実際に体験して申し上げているわけです。

>>761
>それが「気功」だとかという根拠はあるのですか?

ですからこういう議論がいままでされて来なかったことに、問題があるという主張です。

こういうとらえ方も可能なものに対して「アプリオリに宗教化して来ただけ」のものが
創価学会であっただけかもしれないのです。そういうことです。視点を変えることで
見えていなかったものが見えてくるということを言っているのです。これは重大な問題
提起なのです。

また、「ナム・・・」でなく「ナン・・・」が正統であるという教えは、ですから実際に
日蓮正宗で行なっているわけで、あなたがどう言われようとこれは現実にどうにもならない
ことでしょう。

768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 18:53:30 ID:???
お前は二度と日蓮だとか題目だとか書くな。
たった一回の題目でも生涯忘れられない題目になり得るんだ。そんなありがたさも知らず、ぐちゃぐちゃ語るな!
発音が違ってどうこう言うのなら外国人はどうなるんだ!
バカも休み休み言えよ!どアホ!
>最近いつも人です。

769 :引き題目は:2006/05/21(日) 18:56:36 ID:wpLnHFtm
なん→なむ
だぞ!



770 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 19:09:07 ID:ESsId38G
>>761
>それと、実際には本尊を前にするのと、しないのでは経験上効果は異なると思います。

ですから、逆に言えば、この主張も勝手にあなたがたがそう主張されているだけだとも
言えるのではありませんか?どうでしょう?本当にそうでしょうか?

仮にそういうことはあっても構いません。例えば、英語の勉強をするというときに、
自分の周りに英語の環境を作った方がいい、と考えて英語のカレンダーや英語のポスター
や英語の歌の歌詞を張っておいて雰囲気からはじめると、リスニングもスピーキングも
上達に好影響を与えるということはありますから、そうした意識下への刷り込みをする
ための道具立てとして用いている分、効果があるのかもしれません。しかしそれは
要するにナンでしょうか?それは要は「上達のための心理学」でしょう。

どこに宗教化するべき『必然性』があるのでしょうね?どうです?

>あなたは唯一性とか宗教かにこだわっているが、それより個人的に思想や宗教が
>現実的に人を救うかどうかが重要で、宗教か科学かなんてのは、はっきりいって
>どうでもよいと思えてしまうのですが如何でしょうか?
>宗教は信じる事が大事でなく、信じる事で幸せになる事が大事なのです。

だから「それ」を称して私が「功利主義だ」と断じていることはすでに読んでおられますよね。

ですから、私が正しく指摘している通りなんですよつまりは。あなたがたの擬似宗教は
「だから『宗教』なのではない」と言っているのです。よく読んでください。

「功利主義」だからこそあなたはそのお考えを主張されるのです。

771 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 19:09:55 ID:ESsId38G
(続き)
で、私はそれを非難したことは、どうですか、ありましたか?どうでしょう、どこにも
そういう非難も批判もしていませんよね。

しかし、仮に「優劣を扱う」という場合には、一体全体「何」に慎重になる必要があるか
を論じているということでもあるのです。

例えばこういう質問に意味があるとは言えないでしょう、つまり「そこの時計は食べて
うまいか?」などw「時計」は元々食べ物ではありませんから食べ物として扱って「旨い」
かどうかと訊くということは間違っている、と考えるべきではないかということですね。

ですから次の質問はこれと同じかもしれませんよ。

>キリストの宗教としての人を救う良さはどこだと思われますか?

>>762
>あなたの科学的論理ならキリストの祈りは効果を出すマントラがないので
>題目より効果は劣ると認めていることになりますよ。
>じゃないとマントラについてのあなたの仮説は矛盾していますよ。

ですから、こんなことを私がどこで申し上げているのか、と逆に質問しなければならない
でしょうね。

いかがですか。

772 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 20:17:17 ID:ESsId38G
>>761
>それと私の言っているのは意味を意識して唱えているかでなく、法華経を唱え縁することで
>意味があるといっているのです。その科学的根拠がないという証明はないでしょう?

私はそれについてこう言っているのです、つまり「ナンミョウホウレンゲーキョウ」という
音韻を唱えるだけで効果があるという現実を解釈するに当たり、それを「”ホケキョウ”
に縁したから効果があった」と本当に主張しうるのか?ということです。

唱える人に、仮に「法華経」なるものを知らせず、しかしそれでも「ナンミョウホウレンゲー
キョウ」と唱えさせても効果があることはほぼ明らかです。なぜなら私がその法華経に対して
なんの感情も持たず、またその意味内容も全く知ることがなく、また実際にこのお題目を
マントラとしてしか認識しないままで唱えても効果があるという事実が意味するものとは
そういうことだからですね。そして実際に私は創価学会にも法華経にも何も尊崇の念もありがたい
という認識も持たないままでも、いつでもそういう仕方でその事実を確かめることが可能である
という事実が意味するものとは、すなわち「法華経」は「この効果とは無関係だ」ということ
でしょう。いかがですか?これが重大な論拠です。

こうした現実にも関わらず、逆に「無根拠に宗教化」してしまったのが日蓮だったという
だけのことだと、私は逆に考えざるを得ないわけです。どうでしょうか?

おそらくアフリカの奥地で法華経について知らせずにいきなり、お題目を「魔術の呪文」と
して教え、その効果を確かめさせてもおそらくは間違いなく同じ効果をもつでしょう。法華経
に縁しないでも効果はあるのです。今度創価学会も海外でそうやってごらんなさい、はっきり
とこうだとわかるはずです。

773 :645:2006/05/21(日) 20:26:39 ID:???
>>765 :最近のいつもの人です
>ですからこれは「想像」ではなく「実体験」としてですよ。
>これらははっきりと体験から申し上げることができると思いますよ。ですからこれは科学
>としてとらえる際の足がかりにはなっていると考えています。想像だけで申し上げている
>のではありません。実際に体験して申し上げているわけです。

実体験じゃないですよ。題目を唱えてみてのあなたの勝手な創造じゃないですか?
ならば、あなた法華経信仰なしで題目して鼻炎なおったのですか?

>ですから、逆に言えば、この主張も勝手にあなたがたがそう主張されているだけだとも
>言えるのではありませんか?どうでしょう?本当にそうでしょうか?
ご本尊を前にしたほうが良いとは、しないときと双方比較しての自分の経験で
言っているのです。
あなたが言うように、功徳が変わらないなら創価は本尊いらないでしょうなあwwww

>こういうとらえ方も可能なものに対して「アプリオリに宗教化して来ただけ」のものが
>創価学会であっただけかもしれないのです。そういうことです。視点を変えることで
>見えていなかったものが見えてくるということを言っているのです。これは重大な問題
>提起なのです。

ぜんぜん重大な問題じゃないですよww

774 :645:2006/05/21(日) 20:29:01 ID:???
>>765 :最近のいつもの人です
 宗教は信じる事が大事でなく、信じる事で幸せになる事が大事なのです。
>「功利主義」だからこそあなたはそのお考えを主張されるのです。

ならばあなたは信じて不幸になっても信じることが大事と言われるのでしょうか?


 あなたの科学的論理ならキリストの祈りは効果を出すマントラがないので
 題目より効果は劣ると認めていることになりますよ。

>ですから、こんなことを私がどこで申し上げているのか、と逆に質問しなければならない
>でしょうね。 いかがですか。

あなたの科学的論理ならあなたは祈りは念などによる「気功」だとか霊的な何かといった
いいかたしています。
その部分は創価もキリストも変わらないとしたら、後はマントラに差があるのですよね?
つまりキリスト祈りは「気功」や霊的のみに対し、創価は「気功」や霊的と
効果のあるマントラが加わるのです。
その時点で効果は創価のがあるという理論になりますよ。

775 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 20:37:39 ID:UIg7lwlH
長くて読む気しない

776 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 20:42:05 ID:ESsId38G
日蓮は自分の教説を「文証」「理証」「現証」の三つの「証拠」で正しいと論じる
ことができると主張しました。

「文証」=
法華経は釈迦最後の直伝であるから正しい真の仏教である、そのタイトルを含んだ
「お題目」が効果があるのはこの法華経が正しい仏教だからだ。

しかしこの話はすでに述べたように文献学的研究でNOと結論され見る影もない事態
になっておりもはや主張できない、つまり最も根本の主張の根底がすでに崩れていた。

「理証」=
人が論理で追いかけてこの日蓮の主張が正しいことを知ることができるから、この
日蓮の主張は正しい教えである。法華経も正しい教えであり、そのお題目を唱えて
効果があると納得できるはずだ。

しかし、ここで私が呈した重大な根本的な疑義を納得の次元でひっくり返すことが
できないということは、すでにこの「理証」も崩れていることを意味しているわけです。

「現証」=
お題目を唱えれば実際に「生命感が湧く=仏界が湧現している」のだから、現実の
証拠である。

しかしそれはむしろ私の「理証」である反論でこそ本当は説明可能になると逆に
「理」解できるし、現代ではそう考える方が自然であり、理屈であると判断すること
ができる。これこそが「現象への正しい理解」であり、まさしくこれこそ「理証」
であるといえるでしょう。  さあ、いかがですか??

777 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 20:53:13 ID:4wHWp518
>>13がクリスチャンとして正しいことを言った。

>>1
悲しいことだけどわかりあえないんだから、
無理して近寄らなくてもいいんだよ。
一定の距離を保ち続ければ。

778 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 20:57:49 ID:ESsId38G
>>773
>ならば、あなた法華経信仰なしで題目して鼻炎なおったのですか?

もちろん。そうだと書いているではありませんか?>>767

どうも何度も書いているのに、あなたはこれ↓が見えてないですね。

>>766
>「大白蓮華」にもときどきドクター部のお医者の人が書いている「唱題勤行を怠ると
>途端に副鼻腔炎がひどくなり、私はこの大きな功徳で救われています」との手記が
>載っているのを、この私が実際に去年か今年あたりに読んでいます。

この人も言っていますが、このお医者の人も言っているように、「お題目をやめると
また副鼻腔炎がぶり返す」ということは何を意味しているかわかりますか?

それは、お題目が薬の効果と同じ効果しか持っていないことを意味しているでしょう。

もちろん完全に根治する場合がないとは言いません。しかしこれはお題目を唱えたとき
の体内の変化が直る要因であることを物語っているのです。つまりそれはお題目が
エクササイズの効果でしかないからです。

エクササイズがたとえば筋肉の力をつけて長く筋力を維持することはあるかもしれず、
それでしばらくお題目しなくても症状が出ないで済む場合もあるかもしれませんが、
しかしこのお医者の人も同様にそのときの効果で一時的に治っていることが多いことが
わかるでしょう。

779 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 21:01:27 ID:ESsId38G
>>773
>ご本尊を前にしたほうが良いとは、しないときと双方比較しての自分の経験で言っている
>のです。あなたが言うように、功徳が変わらないなら創価は本尊いらないでしょうなあwwww

ですから>>770。で、それが効果への相乗効果を生まないと私は言っていませんね。
どうです?ですから、効果があったってかまいませんでしょう。それは意識下に暗示を
埋め込む手段として有効であっても別に構いませんよ。それは心理学にすぎいませんから。
英語が上達したければその雰囲気をまず作りなさい、そうすればそんな気になって上達
にも寄与しますよと言ってるでしょう。それと同じであっても、それは宗教になる必然性
はないのではないですか?と。

>ぜんぜん重大な問題じゃないですよww

いやー、それならわたしがここまで書いてきたことを何も認識されていないということ
でしょうね。

なんにしろ、人の言っていることをもう少ししっかりお読みになった方がいいです。

780 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 21:08:26 ID:ESsId38G
>>774
>あなたの科学的論理ならキリストの祈りは効果を出すマントラがないので
>題目より効果は劣ると認めていることになりますよ。

ですから、>>771をもう一度お読みください。

>しかし、仮に「優劣を扱う」という場合には、一体全体「何」に慎重になる必要があるか
>を論じているということでもあるのです。
>例えばこういう質問に意味があるとは言えないでしょう、つまり「そこの時計は食べて
>うまいか?」などw「時計」は元々食べ物ではありませんから食べ物として扱って「旨い」
>かどうかと訊くということは間違っている、と考えるべきではないかということですね。

>>774
>あなたの科学的論理ならあなたは祈りは念などによる「気功」だとか霊的な何かといった
>いいかたしています。その部分は創価もキリストも変わらないとしたら、後はマントラに
>差があるのですよね?つまりキリスト祈りは「気功」や霊的のみに対し、創価は「気功」
>や霊的と効果のあるマントラが加わるのです。その時点で効果は創価のがあるという理論に
>なりますよ。

もし『時計』が「食べ物」であるのなら、その比較を私も先にやっているはずですが、
そしていないのはなぜでしょう?

言っていることの意味がわからないなら、ぜひもう一度初めからお読みください。
あなたは根本的に私が言っていることを、取り違えていると思います。

781 :code ◆8U./Lb8Pi6 :2006/05/21(日) 21:21:43 ID:4wHWp518
学会員は、哲学板に行って、
教義(または持論)が正しいことをもって彼ら哲厨を論破してみせろ。

782 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 21:30:22 ID:ESsId38G
>>773
>ぜんぜん重大な問題じゃないですよww

もし、エクササイズに過ぎないものを「宗教」にして広めようというのなら、それは「太てえ
根性してやがるぜ」と断罪されてしかるべきかもしれません。それは詐欺行為に等しいでしょう
から。

「本当は種がある手品」をやって見せてから、「ほーら不思議だろ?これが偉大な法華経様の
力だ!おまえら信仰しろよ、ささとお布施を払えおまえな」とやって「信者に信じさせていた」
ら、一体全体どうなるでしょう??

実際にやっていることはこれと同じでしょう。と平たく言えばこういうことを言ってるだけ
ですね。いかがですか?もしそうであったら、またはこの疑義がひっくり返せないのなら、
創価学会も日蓮正宗も根本的に考え直す必要がありますよ。種があることがわかったらもう
宗教として旗を揚げて置くことはならなくなります。

お題目はヨーガの一種であり、ただのマントラ行法に過ぎません、それが法華経の功徳だとか
申されるのは全くのこじつけでしかありません、それをキチンと論理を上げて説明していますね。
そうならば宗教として旗揚げしているのは赦されないことでしょうと。実際に私がここで3つの
証しをしているのは日蓮の主張している次元と少なくとも同じ次元で申し上げることができる
わけです。ですからこのどちらが正しいかはなんともいえないかもしれませんが、それならあなた
がたが自分たちが正しいと主張することもできないはずでしょう。つまり私の提示している疑義を
払拭することができない以上は、すでに根本が崩れていた日蓮の教説の方に分がないことはほぼ
明らかです。

こう申し上げているわけです。

783 :code ◆8U./Lb8Pi6 :2006/05/21(日) 21:48:39 ID:4wHWp518
     /    ,ィ,.イ /リノノ l !
     'ィ   /__ '     i iノ
      { r 、i ‐i ̄ `iー'r ‐=!'゙
      ヽl i),゙  ゙ー─' iー-イ!
      ヾi_  ' 、__ ' /゙
       | ヽ    -  /
       ,rl. _ ヽ、___,ィ、
 _,.. -‐, =ヽt' _゙二二ニ'ィノヽ、_

ハッハッハ! 見ろ!
学会員の百番煎じお題目がゴミのようだッ!

784 :最近のいつもの人です:2006/05/21(日) 21:57:09 ID:ESsId38G
>>724をごらんください、この通り、わたしはこの効果をちゃんとプラスに評価して
いました。

しかしそれを宗教にしているのは本当はできない相談ではないのか、ということを
申し上げているわけですね。逆に宗教にしていることで問題を起こしている可能性
が高いとも考えているからこそ、それを解消して、宗教団体として存在していること
をやめて、一時代の文化だったとして解散してはどうかとも考えるのです。

どうでしょうか。


785 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 22:02:49 ID:???
>>784
ふざけんな!コーヒー吹いちゃったじゃねーかよ!

池田先生「ごっめん。文化でした」
学会員「まっじ!超リスペクト!!」

…なんてなるか!

786 :645:2006/05/22(月) 20:55:14 ID:???
>>778
>もし、エクササイズに過ぎないものを「宗教」にして広めようというのならそれは「太てえ
>根性してやがるぜ」と断罪されてしかるべきかもしれません。それは詐欺行為に等しいでしょう
>から。

あなたの鼻炎が治ったとの事だが、どれだけひどい鼻炎だったのですか?
そして毎日どれだけ題目したら治ったのか?それは完治ですか?
もし本当ならば、本尊の前で、しかもまじめに信じて真剣に題目したらもっと効
果があるのだからすごい事になる。w  以信得入です。

ところで、仮に鼻炎が治ったとしても、鼻炎が治ったから全ての功徳が
同じ共通のマントラ起因ですか?
ずいぶん極論ですよ。ww、
それがすでにあなたの創造ではないのですか?
何度も言うが創造の話をしてもこれ以上無意味ですよ。
鎌倉時代に、ほらね、鼻炎が治ったから功徳が
ありますなんて言ったと思いますか?
それほど自信があるならマントラでの鼻炎治療で開業でも
なされたらいかがでしょうか?


787 :645:2006/05/22(月) 20:56:04 ID:???
>>778
>もし『時計』が「食べ物」であるのなら、その比較を私も先にやっているはずですが、
>そしていないのはなぜでしょう?

祈る土俵が違うといいたいのですね。ではあなたの言う
>キリスト教でも祈りで病気が治ったり、 希望がかなったりするという証は
>たくさんあると思います。祈りが聞かれる、という
>ことは基本的にキリスト教徒の認識になっているでしょう。

は神が祈りを聞かれたにしても希望を神に祈ることで聞かれる。
これはマントラはないがあなたの言う霊的や気功にならないのですか?

それとキリスト教での人の幸せとは何ですか?
人は何故生まれるのか?それは神様の意思だからわからないならば
人は神様のしもべだから幸せになろうが不幸であろうが神の意思だから
関係ないように思えてしまうのですが。

788 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 20:57:54 ID:9F/+oJ0s
http://10.xmbs.jp/n1sh1otsu/
こいつら創価学会の批判をしている
突撃

789 :最近のいつもの人です:2006/05/23(火) 15:37:35 ID:DjtSMBU2
>>786
>そして毎日どれだけ題目したら治ったのか?それは完治ですか?
>もし本当ならば、本尊の前で、しかもまじめに信じて真剣に題目したらもっと効
>果があるのだからすごい事になる。w  以信得入です。

ですから英会話のトレーニングの喩えで言った通りですがちゃんと読んでくださいな。

>仮に鼻炎が治ったとしても、鼻炎が治ったから全ての功徳が同じ共通のマントラ
>起因ですか?ずいぶん極論ですよ。ww、それがすでにあなたの想像ではないのですか?

しかし実際にそれを功徳だと解してあなたのところのドクター部の医者が自分で
証に書いているではありませんか。それが機械体操の効果なのにそれを功徳だと
しているのは詐欺行為ではないでしょうか?どうでしょう?これ読めてますか。

>>787
>祈る土俵が違うといいたいのですね。ではあなたの言う
>神が祈りを聞かれたにしても希望を神に祈ることで聞かれる。
>これはマントラはないがあなたの言う霊的や気功にならないのですか?
>それとキリスト教での人の幸せとは何ですか?

>>755をもう一度読んでみてください。

>人は何故生まれるのか?それは神様の意思だからわからないならば
>人は神様のしもべだから幸せになろうが不幸であろうが神の意思だから
>関係ないように思えてしまうのですが。

これも>>755に回答があります。

790 :最近のいつもの人です:2006/05/23(火) 15:45:28 ID:DjtSMBU2
簡単に表現すればこうなりますか。

創価学会の擬似宗教 = 食べ物(=元気生命感も含む)を与える宗教

キリスト教という宗教 = 人はパンのみに生くるにあらず、神から出る一つ一つの
             言葉によって生きるなら、それが無上の幸せとなる宗教

とでも言えば言えるかと。

この時、「だからキリスト教は日蓮教や創価学会のように自分の全部の願望がかなう
のでないなら、日蓮教や創価学会より劣る」とおっしゃりたいのがあなたであり、
私はそういう比較はできない、と言っているわけです。>>755を再度ご参照ください。

人が変わるということには、「なんとなく元気になる」だけではないと思います。
「人の願望が、神の目的や希望に変わるときがある」のがキリスト教であり、その
信仰です。それを信仰と神との交わりである祈りによって知ることができる、これ
がキリスト教でしょう。

791 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/23(火) 15:48:25 ID:11i7Jftw
はっきり言って宗教の事でここまで
討論するのは・・・ちょっとアレですぜ・・・・?

792 :最近のいつもの人です:2006/05/23(火) 15:57:51 ID:DjtSMBU2
ですから、

>>787
>祈る土俵が違うといいたいのですね。ではあなたの言う
>神が祈りを聞かれたにしても希望を神に祈ることで聞かれる。
>これはマントラはないがあなたの言う霊的や気功にならないのですか?

これは、何度も言いますが、私の申し上げていることを理解されていないことに
よる誤解でしょう。

キリスト教で例えば誰かの病気の人の回復を祈るときに、その祈る人から何か
気功と同じメカニズムで発されている、まだ未解明の「気」が出た結果として、
それが遠隔にいる人の体に作用して、回復に寄与するというようなことがある
かもしれない、ということを、「キリスト教の祈りにおいても」あるかもしれない
ということを言っているだけです。

しかし、初めから機械的な祈り作業だけで行なわれる創価学会や日蓮教でのお題目
行では、その可能性が非常に高いと考えておかしくないでしょうということも言って
はいます。

特に一時的とはいえど、自分の鼻炎もそれで治るわけですから、その可能性が非常に
高そうだということです。それが体内の気の流れといった概念のものに「機械的」に
作用してそうした効能をもたらしていると考えられるからです。

どうでしょうか。意図がお分かりでしょうか?つまり、キリスト教の祈りにおいても
そうした気の流れを起こして、遠隔の人に作用することもあるかもしれない、という
意味で言っているにすぎず、それがキリスト教の信者の祈りのメカニズムすべてで
あると断じているということではありませんよね。

793 :最近のいつもの人です:2006/05/23(火) 16:12:00 ID:DjtSMBU2
とにかく、創価学会を含む日蓮教の場合は、心理学の延長に落ち着く可能性が
非常に高い、つまり、精神身体医学(ストレス医学)や心理学の延長上に展開可能
なヨーガの科学的研究上で解明が進む可能性が非常に高いと。

なぜならそれはお題目行が機械的な体操行であるからであり、そこに意識の持ち方
を雰囲気をかもし出すファニチャーをツールとして自分を煽ることでますますその
気にさせるという補助方法をやはり機械的に備えているに過ぎないでしょう。

そういう事どものすべてを総合しておいて、法華経という昔の伝統の中に付随させた
のだ、現代のこれらの知識で読み解ける日蓮教であったというふうに解釈可能ですよね。

そしてこの解釈を、日蓮教の論理を以ってして否定し去ることはできないと。再度言い
ますが、それは仮にどちらも存在しうる解釈である以上、一方がアプリオリに正しいとは
いえないわけですが、しかし日蓮流の「理」を以って解するのが妥当なのだとするなら、
現代では当然私の方に分があるに決まっているといえるのではないでしょうか?

私の「理」をあなたが「想像だ」とおっしゃるのなら、同様に、いやそれ以上に
まったく日蓮はただの想像で宗教を作り上げただけだということです。それなら
想像で作られた日蓮教は正しいとは全然結論できないのではないでしょうか??

794 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/23(火) 17:23:27 ID:lBqoQeJ7
§==Э   §==Э               §==Э
  §==Э   §==Э          §==Э        §==Э §==Э
§==Э  §==Э§==Э       §==Э                   §==Э
         §==Э        §==Э   §==Э       §==Э    §==Э
            §==Э     §==Э  §==Э
       §==Э        §==Э      §==Э      §==Э §==Э
            §==Э       §==Э
§==Э              §==Э         §==Э
 §==Э     §==Э        §==Э     §==Э                §==Э…(;';A;`;)  アッーーー

§==Э              §==Э         §==Э
          §==Э         §==Э  §==Э          §==Э
§==Э    §==Э     §==Э          §==Э     §==Э
     §==Э          §==Э          §==Э     §==Э§==Э
§==Э
§==Э         §==Э       §==Э        §==Э    §==Э       §==Э
        §==Э        §==Э§==Э        §==Э
         §==Э        §==Э    §==Э      §==Э
                           §==Э        §==Э    §==Э
                 §==Э             §==Э       §==Э
     §==Э    §==Э           §==Э        §==Э    §==Э
           §==Э        §==Э                  §==Э§==Э§==Э


795 :645:2006/05/25(木) 00:59:26 ID:???
>>789 :最近のいつもの人です
>ですから英会話のトレーニングの喩えで言った通りですがちゃんと読んでくださいな。
>なぜならそれはお題目行が機械的な体操行であるからであり、そこに意識の持ち方
>を雰囲気をかもし出すファニチャーをツールとして自分を煽ることでますますその
>気にさせるという補助方法をやはり機械的に備えているに過ぎないでしょう。

機械体操の効果の科学的証明、経験なしで、
ますますあなたの創造じゃないですか?
同じこと繰り返しても無意味です辞めましょう。


それと、これ以上批判を繰り返しても悪循環ですね。
と自己嫌悪。熱くなってもーた
もう少し建設的な話をしましょう。
ところで、神を信じることで信仰者は幸せになり、神の意思に従い行動するということですね。
キリスト教は個人個人が神の意思を尊重した結果の人類の最終目標は世界平和ですか?

ところであなたの夫の家族は創価ですか?
宗派の違いは家族関係に影響しますか?

最近忙しいのでレス回数が減ると思います。スマソ

796 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/25(木) 01:44:18 ID:???
795は本当に『最近のいつもの人』のレスを読んでいるのだろうか?
本人が、お題目を唱えたら元気になったゆうてるやん。キリスト教は信仰すること自体が目的ゆうてるやん。
『幸せ』の概念て十人十色だし、『信仰』の概念も実感できていないのだとオモ。それと、いつもの人は男のようなキガス。

797 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/25(木) 02:05:49 ID:???
連投スマソちなみに上の方で「クリスチャンは天国に行きたがっている、それは自分の利益を求めていないのか」とかいうレスがあったが、天国行って何するかというと、神とご対面して永遠に神を賛美するんですよ。最終目標はソレ。生きてる間はむろん世界の平和を祈りますけどね。

798 :最近のいつもの人です:2006/05/26(金) 16:35:22 ID:+YquEUHo
>>795
>キリスト教は個人個人が神の意思を尊重した結果の人類の最終目標は世界平和ですか?

というか他派に嫌がらせしてこれが正義だと思うような人になるように教える教師
にはならないと思います。世界平和といってもそういうことをしているなら何が
世界平和かということになりますし「表向きお題目だけの世界平和」とはせいぜい
そんなものでしかない、ということかとも。

キリスト教の神は生きている神です。その神が同伴し、また神に同伴して共同創造者
として生きるわけですから「尊重して」ではなく、神を「主」とするのがキリスト教。
「生ける神と共なる信仰」であり、その命じる示しは、創価学会のように人の組織から
のものではありません。帰依する対象はあくまでも団体組織ではないのです。

ですから神がどうするのがベストであるかだけの問題ですね。その示しは各信仰者
それぞれに神がそれぞれ与えられるということであり、それが目に見えない生きて
いる神の証でした。それに忠実になるかならないか、だけです。

799 :最近のいつもの人です:2006/05/26(金) 16:42:43 ID:+YquEUHo
創価学会は「宇宙の生命」という「神」の別名を用いていろいろと教えている
わけでしたが、その目に見えない神に直接帰依しないで創価学会という人間の
団体組織に帰依することを信者に求めています。

これは本来おかしな話です。

生きている「宇宙の生命」がいてそれが全人類に繋がっているのなら、創価
学会に帰依するのではなく、その本来の神である宇宙の生命に帰依するのが
本当のあるべき姿ではないでしょうか。

それならその本来の神である宇宙の創造者に帰依し帰命するべきでしょう。
そうすれば団体組織を動かす長の言いなりにならないと地獄に落ちるぞと
脅される心配もありませんし、人々は無理矢理求心的カルトに絡めとられる
必要も全然ない、ということになり、何も問題はないでしょう。

800 :最近のいつもの人です:2006/05/26(金) 16:49:23 ID:+YquEUHo
かつて中世カトリックにおいて起きた問題は、カルトの問題そのものです。

つまり、地上の人間の団体組織が神の座に座り人間をいいようにコントロール
するような仕組みを作ってしまったわけですね。そしてその言いなりにならない
とおまえは地獄に落ちてしまうぞと脅して世界を支配したわけでしたね。

それとおなじことを創価学会はやっているわけですよ。そしてその組織を固める
ため守るためにはなんでもやってよい、長である池田大作氏なら何でもやってよい、
ウソでもなんでもいっておけ、という話になってしまうわけです。

こういうことを神は本当は望んでいないでしょう。ですから、あくまでもカルト
から宗教に転換するべきときが来ているということです。

801 :最近のいつもの人です:2006/05/26(金) 16:56:34 ID:+YquEUHo
仮に人体の中に、特定の音韻に反応する仕組みが存在していて、そのスイッチを
ひねると病気も治り安くなったり、頭がよくなったりする構造が存在していて、
その構造をよく利用できる器械体操が発見されたからといって、それでその器械
体操を発見した人がそれをする人々を従えて団体組織をつくり、その人々をその
効果の故に下々の者として従えるシステムを構築して世にはばかるというような
ことがあったらどうでしょう?

創価学会という組織はこれとおなじことをやっているように見えないでしょうか?

もし宇宙の生命に帰依するのなら、創価学会に帰依してその言いなりに動く必要
などありませんよね。

802 :645:2006/05/28(日) 11:52:47 ID:???
>>798 :最近のいつもの人です
>というか他派に嫌がらせしてこれが正義だと思うような人になるように教える教
>師にはならないと思います。

嫌がらせを具体的に?

>生きている「宇宙の生命」がいてそれが全人類に繋がっているのなら、創価
>学会に帰依するのではなく、その本来の神である宇宙の生命に帰依するのが
>本当のあるべき姿ではないでしょうか。
>それならその本来の神である宇宙の創造者に帰依し帰命するべきでしょう。

おもしろいことを言われるな。
創価学会に入信するのは法華経を学んで実践するためですよ。
池田先生に帰依するためでもなく、創価に帰依するためでもない
池田先生は指導者であり師弟関係なのです。
あくまでも法華経に帰依するのですよ

>仮に人体の中に、特定の音韻に反応する仕組みが存在していて、そのスイッチを
>ひねると病気も治り安くなったり、頭がよくなったりする構造が存在していて、
>その構造をよく利用できる器械体操が発見されたからといって、それでその器械
>体操を発見した人がそれをする人々を従えて団体組織をつくり、その人々をその
>効果の故に下々の者として従えるシステムを構築して世にはばかるというような
>ことがあったらどうでしょう? 創価学会という組織はこれとおなじことをやって
>いるように見えないでしょうか?

だから想像でしょ?題目で元気になったといいいたいなら
実際に以信得入での比較をしたことがあるのですか?


これからもでかけるので一週間くらいレスできないかもしれません
時間取れればレスします。スマソ

803 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/28(日) 11:59:20 ID:???
>>1
らーめんの具でいうとチャーシューかなと思っている

804 :最近のいつもの人です:2006/05/28(日) 21:30:21 ID:CdCOPhQO
>>802
>以信得入

といわれるが、実際にはお題目を信じようと信じまいと、またご本尊を信じようと
信じまいと、とにかく「顔面をしっかりと動かしながら、はっきりと発音するように
ナンミョウホウレンゲーキョウと声に出して唱え、ナンからミョウに移るときに
しっかりと息が堪る方式を自覚しながら唱えると、それが鼻の奥の神経を活性化する
ことを通じてはっきりと元気が出てくる効果は確認できる。そしてそれがやがて自分の
前頭葉および脳下垂体への刺激に繋がり、頭脳の活性化とホルモン分泌の活発化と
血流の促進に繋がるようになる。これが自分のあらゆる身体的・精神的活性化を
引き起こして、自分の力が強くなるという実感をもたらすようになる。

これが運といわれているものを強くし、また気功と呼ばれているからだの仕組みに
も好影響を与えていると考えるのは、現代では「理」のあることだと申し上げている
わけです。

日蓮が当時の「宗教的嗜好によって独断で想像して自分の宗教を作った理」と同じ
土俵には乗ると申し上げている。つまり私のことを想像だと言うのなら、あなた方の
方こそ元々が想像だといわねばならないと。ちゃんと読んでほしいものです。

805 :最近のいつもの人です:2006/05/28(日) 21:35:40 ID:CdCOPhQO
>>804の前半に書いたことを客観的に解するなら、それは「信じても信じなくても
やはり仏界は湧現する」と言わねばならないわけですから、それは「信仰とは無関係」
といわねばならない。

つまり「仏界を湧現させることが目的」だというのなら、「信じなくてもエクササイズ
すればよい」ということになるわけで、ならば「宗教である必要性はない」という
ことになる。

「仏界を湧現させることが目的」ではなくて、それ以外に目的があるから「宗教にしな
ければならない」ということかな。どうですか。

806 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/28(日) 21:55:01 ID:gxyhrOb9
貧しいやもめのたとえを真似た説教を創価の会員だった頃に聞いた。
どっちも金集めの宗教なんだろうな。
日本に原爆を落したプロテスタントも創価も両方ろくなもんじゃない。

807 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/29(月) 18:16:28 ID:5eOOwAE/
他の宗教を批判する事はないです。先生とトインビー博士(オックスフォード大学教授)は宗教が違いますが、批判したというのは聞いた事がありません。僕もその一人です。

808 :645:2006/05/30(火) 00:29:49 ID:???
>>804
今日は時間取れたんで

>といわれるが、実際にはお題目を信じようと信じまいと、またご本尊を信じようと
>信じまいと、とにかく「顔面をしっかりと動かしながら、はっきりと発音するように
>ナンミョウホウレンゲーキョウと声に出して唱え、ナンからミョウに移るときに
>しっかりと息が堪る方式を自覚しながら唱えると、それが鼻の奥の神経を活性化する
>ことを通じてはっきりと元気が出てくる効果は確認できる。

ここがあなたの想像なんだよね
信じようと信じまいと功徳が変わらないというのは机上の空論でしかない
以信得入 これは体感することであって体験なくして語るのは想像でしかない
だから双方体験し、比較しないとあなたは理解できないと思いますね。


>「仏界を湧現させることが目的」ではなくて、それ以外に目的があるから「宗教
>にしなければならない」ということかな。どうですか。

目的は成仏です。
題目は自分を強くし、あらゆる困難を乗り越え、仏性を高くできますね。
題目で福運がついてお金持ちや運がついて宝くじが当たるためのものでもないし
そんな祈りは叶わない。
題目で生命力をあげ、目先の困難に逃げずに挑戦し、そして乗り越えることで
自分が成長し仏性を高めるためです。

これも以信得入 の理解が得られなければ理解は無理でしょうけど

809 :最近のいつもの人です:2006/05/30(火) 08:51:56 ID:cXG9EaSJ
>>808
>目的は成仏です。題目は自分を強くし、あらゆる困難を乗り越え、仏性を高くできますね。
>題目で福運がついてお金持ちや運がついて宝くじが当たるためのものでもないし
>そんな祈りは叶わない。題目で生命力をあげ、目先の困難に逃げずに挑戦し、そして
>乗り越えることで自分が成長し仏性を高めるためです。

ただ「仏界を湧現させること」=「成仏」であるなら、

>実際にはお題目を信じようと信じまいと、またご本尊を信じようと
>信じまいと、とにかく「顔面をしっかりと動かしながら、はっきりと発音するように
>ナンミョウホウレンゲーキョウと声に出して唱え、ナンからミョウに移るときに
>しっかりと息が堪る方式を自覚しながら唱えると、それが鼻の奥の神経を活性化する
>ことを通じてはっきりと元気が出てくる効果は確認できる。そしてそれがやがて自分の
>前頭葉および脳下垂体への刺激に繋がり、頭脳の活性化とホルモン分泌の活発化と
>血流の促進に繋がるようになる。これが自分のあらゆる身体的・精神的活性化を
>引き起こして、自分の力が強くなるという実感をもたらすようになる。

はそのおしゃっている「成仏」には入るかと。なぜなら創価学会では「仏界」では
まさしく「『生命力』が現れること」でしょうから。どうですか。


810 :最近のいつもの人です:2006/05/30(火) 08:58:50 ID:cXG9EaSJ
>>808
それから別スレで当方は書いていましたが、福運が来るというのは悪いことではない
と思いますよ。何しろ可能性が増えるわけですから、自分の将来の可能性を広げる
ためにお金がたくさん増えることはそれ自体は悪いことではないと思います。

神はときにそうした御業を行なうことがあります。それがその人への神様の御心で
あり、祝福である場合があります。キリストの神は積極的にそうした奇跡を起こされる
場合もあります。それはその人の信仰によってその恵みを受けるようにしてください
ます。

創価学会のかつての「信心」もそうしたことを「福運」としてさかんに勧めていたと
記憶しています。キリストの神も信仰において各人個別の祝福を用意してくださいます。
それを受け取るかどうかは、まさにその人の「信仰」がそれを可能にするのでした。

811 :最近のいつもの人です:2006/05/30(火) 09:14:17 ID:cXG9EaSJ
たとえば、アブラハムは神から最愛のイサクを献げもののいけにえとして
差し出せと言われ、悩んだあげく「神への究極の信頼」という「最後の信仰」
において愛するわが子を差し出しました。それはわが子を刀で殺すことを
意味しました。そしてその刀を振り下ろす瞬間に、神が「わかった、汝の
信仰は受け入れられた、その刀をしまいなさい。最愛のイサクを信仰において
差し出した汝の信仰のゆえに、イサクから始まる汝の子孫を末代まで祝福します」
と言われ、そのとんでもない『福運』が下されました。これがアブラハムは
「信仰の父祖」と言われている所以です。

神からの恵みである『奇跡の福運』が信仰によって与えられることは、まさしく
「神への究極の信頼である信仰」の証でした。

神はそれを見てその人に究極の祝福を与えられます。このようにキリスト教は
「まさしく『信仰』が目的である」と言っても言いすぎではないと、わたしは
思っております。

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/30(火) 09:18:18 ID:???
ダ・イサク

813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/30(火) 12:15:50 ID:???
仏界=生命力
なら、ここのキチガイも仏界ってことか?ww

814 :最近のいつもの人です:2006/06/03(土) 15:30:23 ID:32diPsSL
>>813
というか、それが戸田氏のお悟りではないでしょうか。

「仏とは生命のことだったんだ」

この「汎神論」が創価学会の教義となったことが、現代で若者を信者として獲得
した原因でしたよね。

つまり私の申し上げていることは基本的には的を射ているのではないでしょうか。
生命力が湧いて出てきて生き生きしてくること、それでなんとなくうれしくなって
「歓喜」がある状態が、「仏界」が出ている状態だということで間違いないですよね、
創価学会の教えでは。

815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/03(土) 15:49:58 ID:???
>>814
はいはい。
なら天界の歓喜をどう説明しますか?

仏界が”歓喜”やら”生命力”だと戸田氏が言いましたか?
生命と表現した戸田氏は、それだけのことを言いたかったのでしょうかね。

816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/03(土) 16:02:34 ID:U3oM14Rm
>>814
それだと、人を集めて「最高ですかー!」とか言ってれば、
「仏界」が出ている状態だと勘違いさせることができるな。

817 :最近のいつもの人です:2006/06/03(土) 19:02:34 ID:32diPsSL
>>815
>なら天界の歓喜をどう説明しますか?
>仏界が”歓喜”やら”生命力”だと戸田氏が言いましたか?
>>816
>それだと、人を集めて「最高ですかー!」とか言ってれば、
>「仏界」が出ている状態だと勘違いさせることができるな。

おそらくそれは、自分の内部でじわわーと感じる歓喜のことが仏界で、外見の
威勢の良さは「天」の歓喜だとおっしゃりたいのでしょうが、わたしがずっと上の
方から書いているのはもちろん前者です。

お題目は「信じなくても」「唱えているだけで自然にそういう状態になる」という
効果があるので「『信仰』とは違うでしょ」という意味のことを言ってますよね。
手っ取り早くは、>>809の通りです。

>生命と表現した戸田氏は、それだけのことを言いたかったのでしょうかね

ですから、法華経の一説の「非〜」の箇所がいってることが「これはこの世に
いろんな形で現れている宇宙の生命のことだったんだ」という解釈でしたよね。

で、それが自分の内部でじわわ〜と湧いて出てくる感覚を、お題目唱えの業で
実現させることができると。これが創価学会の教義の中心でしょ、つまりはこれは
>>809で説明されそうだという主張でしたよね。ここには「信仰」はなくでも
「尊い宇宙の生命」が自分に現れることが示されているかと思います。つまり
お題目行は「信仰」行ではなくて、あくまでも「体操」行であり、それでもちゃんと
「生命=仏」は「自分の内側で「じんわりじわわ〜」と「湧いて出てくる」という
ことを言っているわけですよね。ということで、創価学会の教えはこれですべてだ
言ってもいいのではないでしょうか。「それが自分を強くしてすべての難の環境で
強くあることができるような自分になる」、これが「人間革命」なのだと。

818 :最近のいつもの人です:2006/06/03(土) 19:13:08 ID:32diPsSL
実際、>>809のように
>実際にはお題目を信じようと信じまいと、またご本尊を信じようと
>信じまいと、とにかく「顔面をしっかりと動かしながら、はっきりと発音するように
>ナンミョウホウレンゲーキョウと声に出して唱え、ナンからミョウに移るときに
>しっかりと息が堪る方式を自覚しながら唱えると、それが鼻の奥の神経を活性化する
>ことを通じてはっきりと元気が出てくる効果は確認できる。そしてそれがやがて自分の
>前頭葉および脳下垂体への刺激に繋がり、頭脳の活性化とホルモン分泌の活発化と
>血流の促進に繋がるようになる。これが自分のあらゆる身体的・精神的活性化を
>引き起こして、自分の力が強くなるという実感をもたらすようになる。

となれば、そのときに「信仰」とは無関係に「なんとなくうれしい感情」が頭の中
に生じますよ。これは実感です。

しかしそれは「信仰」しているかどうかとは無関係だと思います。これは純粋にお題目
というエクササイズの効果で、前頭葉で血流が増して頭脳が活発になるだけでなくて
体が元気になってうれしいという感覚を自然に持つようになるからだとも考えられるかと。

仮にそれだけでないとしても、基本的にこの「歓喜」の感覚は、エクササイズに
一対一に対応して出てくることは確かだと思います。つまりこれは何を信仰している
かに一切関係しない効果ではないかと思います。

819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/03(土) 21:55:28 ID:???
>>817
ありゃりゃりゃ〜。w

で、分かったつもりでいるんやね?
じわじわと・・・w

820 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 00:23:01 ID:skcedeFU
>>819
付け加えるなら、これはお題目唱えの行で呼吸において、呼気(=吐く方)が
リズムよく断続することで横隔膜のリズムが整えられることと、呼気が「ホウ」
の気で「肺の中の邪気がよく放出される」(気の導引術による説明)効果が相乗する
ことの効果も大きいと考えられます。このときに体の側の「喜び」を増幅しやすい
効果となっていると考えられました。ですのでこれは頭の中に湧いてくる喜びという
よりも、首から下の体の喜びに大きく支えられてもいるように感じます。

お題目が気功と関係が深いと考えられる理由の一つは、このようにお題目に使われて
いる音韻のいくつかが、気の導引術で用いられる漢字音に該当するからだでした。

気の導引術に関してはネットで検索しても出てくると思いますのでご参考まで。

821 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 00:33:30 ID:skcedeFU
>>819
で、わかったつもりとおっしゃるが、これ以外の理由をやはり考えるには
当方には法華経や仏教への「信仰」は足り無すぎるからです。それらへの
「信仰」がなくても、効果は感じられる以上、それは「信仰」と無関係の
ものといわざるを得ない、ということだけです。

「気の導引術」なるものは中国ではやはり歴史があるもので、老荘の時代から
あったようです。これらは太極拳などのエクササイズと関係がありますが、
インドで言えばヨーガとも考えられます。つまりお題目の効果はヨーガや
中国の気の導引術の効果が織り込まれているものと考えられます。

そこにはとりあえず「信仰」は必要はありませんでしたが、そこに「一念三千」
などの夢のある思想を合体させて精神の側の高揚も図ることで効果を相乗させる
ことができるのだと思います。「一念三千」とは、いわば「一念で世界は変更
されうる」という「希望」の意味でしょう。「神には何でもできる」という希望
と通ずるものがあると思います。

822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 00:35:50 ID:/RiPkdgd
創価学会の人はクリスチャンをどう思ってるの?

元エッジの相方だと思ってるんじゃねぇの?

823 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 00:43:10 ID:skcedeFU
ちなみに、胸からもじわわ〜と湧いてくる感じが、前頭葉で生じる緊張感
のあるしっかり感ともあいまって、覚醒的な感覚を生み出すのも感じられます。
この段階の「歓喜」はけっこうはっきりとした感覚で、まさに「喜び」として
実感されるものとなります。

これを、法華経のホの字も知らない海外の人たちも実感していると思います。
つまり創価学会の海外支部の人々は法華経の内容を知る前から、またそれへの
「信心」を持つ前の段階で、私が上に書いている効果を先に感覚として感じる
結果、皆「喜びがが違う。キリスト教の信者だったときには全然感じたことの
ない喜びがあります。」と証言している通りでしょう。

彼らはみなこのこれらの「気」の業にも関係したからだの機構に依存した
機械的な効果を感じて一律に同じ反応をしているのでしょう。

824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 00:48:47 ID:???
>>823
あ〜それは良かったですね。

かなり上から同じこと書かれてますが、いつまで書くの?w
あなた自身納得できたのならもういいんじゃない?

人それぞれですけどね。w

825 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 01:01:49 ID:skcedeFU
「お題目の一文字一文字が仏の本質を表している」といった感覚を感じる
のは、実はこのように、それらの漢字の音韻を唱えるときに体が快を感じる
ことに関係してそうしたとらえ方を促進しているかに考えられます。

それら一つ一つの音韻を吐くときに使われるからだの特定の場所の筋肉が
締まり、その結果その付近の筋肉の緊張感が程よいものになり、かつ気の
導引術で説かれる「邪気」の放出という状態が生まれて、体に快の感覚を
感じさせるものと考えられます。

そこにそれらの漢字の説明として、心に癒しを感じさせる概念を関係付けて
説明されると「ああそうなんだ、だからお題目は仏界を湧現するんだ」と
「納得」してしまって、もう上のような要素分解的で根源的な原因の分析的
な説明は受けつけなくなるのだと思います。

826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 01:07:33 ID:???
>>825
・・・アホでつか?w

お前の理屈では、声の出せない、またはブラインドの方はどうなるんだ?

お前のマスカキはいい加減見苦しいからやめろ!

声ではない!!どアホ!!

827 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 01:16:26 ID:skcedeFU
>>826
それに関しましては、一応、>>473には書いておりましたが、ご参考までご一読
ください。

音読とおっしゃるが、実際には呼気を吐き出すときにそれらの音韻を伴うかどうか
で、体の中で使用される筋肉が異なり、その結果その付近での筋肉の締まる状態が
変わってくると考えられます。

さらにそれがリズムよく繰り返されることで、その継続する断続効果で呼気に関係
するからだの各部分の状態が整えられるでしょう。それは音を健常者と同様に発音
できるかどうかではなく、その音韻を頭で理解し、その音を出そうとして意識において
トレーニングする際に使われる筋肉の動き、そのための神経の活性化に関係している
のです。いかがでしょうか。

828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 01:18:30 ID:???
こてこてのクリスチャンのくせに南無妙法蓮華経とシャーシャーと書くなや。

なめとんのか?われ??

お前が実験した結果はお前の結果であり、それが万民に通る、我賢こしか?

科学で宗教が分析できると思ってるお前を増上慢と言うのだよ。

お前のしてることは求道とは違い、ただの自己満足、二乗根性と言うのだ。

覚えておきなさい。


829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 01:33:25 ID:KTgNQBUQ
親友がクリスチャンで、そいつと一緒にアメリカにいたときに彼のいた大学のサークル
が「聖書勉強会」すなわちクリスチャンの集まりな訳よ。
で、よくパーティや祈祷会に俺も遊びに行ってた。(暇だったし)
「俺は仏教徒だ」ってちゃんと言ってたけど、その時感動したのが、
祈祷会で部屋を暗くしてローソクつけて皆で輪を作って、皆でそこにいる誰かの
事を順番に祈っていく訳ね。
その時、俺の番で牧師が言ったのは「○○(俺の名)は仏教徒だけど、その信仰を持って
幸福になり、彼のアメリカでの生活、旅行が喜び満ち溢れるものになり、無事に
日本に帰れる様に皆さんで神に祈りましょう」と言って、皆が祈祷してくれたのには
感動したな。そういう寛容さは評価している。

ただ、その親友とも宗教論争になるし、学会を非情に評価しているんdなけど、
突き詰めていくと、なんだかんだとキリスト教が最高で絶対でレヴェルが高い
という傲慢さがあるから、高みから見下ろす感じで(他宗教に対する)「寛容さ」と「理解」
が生まれるんじゃないかな。俺はそう感じる。

キリスト教の信者数と布教の広さを何かにつけて権威づけて、学会と比べたがるが
そりゃ歴史の長さも断然に違うし、布教にどれだけ血が流されたかを忘れるなと言いたいね。

俺はそいつにハッキリ言った。
『人間にとっての最もな罪、原罪は「神」を作った事』だとね。

お題目、ご本尊の事を疑うなら、神が人間を作った、なんていう馬鹿げた
誇大妄想を疑うのが先なんじゃないかな?


830 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 01:41:04 ID:skcedeFU
>>828
私は真実が知りたい。そして真理が知りたいのです。ナンミョウホウレンゲーキョウ
がなぜ人々に喜びを与え、元気にさせ、すごいと実感させているのかの本当の原因が
何なのかの真理をも知りたいと切望していました。それを大局的かつ客観的に冷静に
分析するときに、上記してきた内容に収斂すると、やはり確信しています。

「求めよ、さらば与えられん」

つまり「お題目」の秘密に関して私が求めた結果として、やはりこれが真実だった
のだと感じます。

その根拠としては、やはり「日蓮は当時のそこでの宗教学に基づいて論理的に自分の
推測が正しいとして日蓮の宗教を立てた」ものの、その文献学は正しくなく、彼が
法華経は釈迦由来だとしたことはもう主張できないという点で、日蓮は論理の根本を
はずされてしまっていました。しかしそれでも結果としてお題目が効果効能を持つ
からには、そこには宗教以外の原因を求めてよいことを示しています。教祖が「真実」
の次元で間違えていたのに、その主張する効果だけは存在する、という場合、そこには
その元々の主張とは無関係の原因があるから、それらの効果、現象が伴うのだという
ことです。それは宗教とはそもそも無関係の効果だったのです。

831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 01:47:56 ID:???
>>830

だから、”あなた”はそれが真実だと信じていればどう??
あなたなりの結論がでてるわけでしょ。

なぜ、、、毎日書かないといけないのか不思議なんですが・・・。




832 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆xd7mxrd9Z6 :2006/06/04(日) 01:55:06 ID:IU/IslhF
一部の人には知られてる
(政治と軍事は悪魔の管轄)
というクリスチャンは連日連夜・毎晩毎夜
私の悪口三昧ですよ。

一年ぐらい前から名無しで葵講スレにも書いてます。

まさに悪女の典型ですな。

クリスチャンが信じられないね。

833 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 01:55:14 ID:skcedeFU
>>831
ですから見ていただければわかるかと思いますが、私はレスのあったことに対応して
反応して書いています。それだけです。

受け取られ方に誤解があると考えればそれを正すために書かねばならないと感じますし、
また詳説しなければ伝わらないと感じればそれを説明し続けるべきだと感じるという
ことだけです。

そして日蓮がそうだと信じたように、真理は述べ伝えねばならないかもしれません。
つまり「これらの真実」もまた述べ伝えねばならないかもしれません。それが人々の
意識を変え、何が真実なのかへの認識を「正しく」変更するべきだからでしょう。

それが私の使命だからなのかもしれません。

834 :( ^∀^)<はっはっは!:2006/06/04(日) 01:58:40 ID:???
>>832
ば〜〜〜か、お前ごとき無職のちんぽしゃぶりのズラ頭をクリスチャンが相手に
するハゲがねーだろ。
そんなのは、時間の無駄だ。
そんな事よりも、45歳にもなって、いつまで仕事もせずに2ちゃんに一日中粘着
しているつもりだ?
お前の両親が死んだら、収入が無くなるんだよ。
国籍も住民票も無いお前には生活保護は降りないんだよ。

835 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:00:53 ID:???
>>833

よく言うよ。w
散々書かれてますし、数回の書き込みで異常さを感じております。

わかったからヤメテ欲しいと書いてるつもりなんだが。。。
こちらとしてはかなり我慢して、たまに書いてるだけなのですよ。

長々と何度も書いてるくせに自分ではまだ満足できないと?
もう充分あなたの主張は理解されてると思いますよ。

あなたへのレスは激減してることがそれを物語っているでしょう。

でわ!!




836 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:05:26 ID:???
>>832

あれあれ?!w
そのクリスチャンに恋をしたあの頃は良かったですなぁ。。。

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:12:44 ID:K61AEkDp
>831さん
私は学会員の方に『創価学会はこれを信仰しているこのような宗教です。』と専門用語なしで簡潔に説明してみてほしいです。

838 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 02:12:45 ID:skcedeFU
>>835
しかしどうでしょうか?たとえば日蓮はしつこく自分の主張をしてお題目を唱えさせ
ては自分の宗教を言い張りましたが、そこであなたと同様に「いいかげんにしろよ、
うるさいんだよ、とにかくおまえは!出て行けやこの野郎!!」と言ったとしますと、
そのとき日蓮は「お題目の真理に触れて悩乱せり」と受け止めているでしょう。

結果として自分の文献学は間違っていたのに、それでも日蓮教の人々はまだこうした
とらえ方をして、相手がうるさがるのは自分たちの主張が正しいからだ、これは日蓮教
が正しい仏教であることの証だ、と主張しているようです。つまりしつこくして相手が
嫌がって反駁すると「これは自分たちの正当性を証明するものだ」と考えるという現実
はまだ変わっていないようです。

このような状態をあなたは異常だとはお感じになりませんでしょうか?

839 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:19:18 ID:???
>>831
う〜〜ん、私は学会員じゃないからなんとも言えませんね。

創価仏法を広め、世界平和を目指すってことじゃないのかな?
広宣流布・・・あまり言わなくなったみたいですが。(爆)

840 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 02:23:54 ID:skcedeFU
もしそうした姿勢が論理的に間違っているのなら、それを認識させる必要が
ありました。

また、実際にお題目を唱えて悩乱する人もいるかもしれませんが、それは
考えられます。つまり、お題目などを唱えてどうしてこんな効果が現れるのか
不思議だ、これは受け入れられない、いままでの自分の宗教の説いてきたことは
なんだったんだ、と疑問になり、悩み苦しむかもしれません。

しかしそれは逆に言えば、むしろ「当然のこと」だったのです。なぜならば、
それはお題目の効果は宗教の効果ではなく、私が発見している通りにそれは
エクササイズによる効果だったからです。それを宗教の効果だとして主張されて
それを真に受け、自分の精神において理解し信仰してきたこととぶつかって
悩むという「理不尽な事態」に遭遇して戸惑うからに他ならないからなのです。

しかし、その謎は私のこれらの説明ですべて氷解してしまうのです。もう何も
不思議なことは存在していないのです。お題目に効果があってもそれは何も
不思議ではないのです、それは体が器械的に与えられる刺激に対して生じる
機械的な反応であるからに他ならなかったからです。

841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:27:02 ID:K61AEkDp
>839さん
レスありがとうございます。その『創価仏法』とはどういうものなのか簡単にしりたいです。『世界平和を目指す』というのも漠然としていますね。

842 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 02:29:59 ID:skcedeFU
>>840(続き)
ちょうどそれは、例えば人が生殖器を刺激されると、理性では制御できない感覚を
感じるのと同じだからです。

さてこのようにして多く人の認識が正しいものになることが私の求めていることの
一つです。人間はいつかは真理に至らなければならないからです。

それではまた。

843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:32:27 ID:K61AEkDp
841
学会員の知人に同じことを聞いても「とにかく(正しい宗教だと私が言うのを)信じて勤行しなさい」なので…。それでどのように布教するのかが疑問です。

844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 02:48:39 ID:???
>最近いつもの人ですさんへ

眠たくなったのですが一つはお答えしておきます。

簡単な異常のその1
レスと言えどもキャッチボールですよね?
昔ある掲示板で教えて頂いたことですが、貰ったレスに対して長々と二回も三回も返答するのは常識に欠ける。
読む気さえしないと。

結局読んで貰ってなんぼのもんでしょ?
あなたはその常識さえ欠けているのです。

申し訳ないですが。

845 :熱血学会員 ◆FhiK7XTMtI :2006/06/04(日) 06:17:29 ID:???
>1
学会員はクリスチャンなんか眼中にないわ
なんで創価学会におんのに考えなあかんねん?
池田先生があるいみメシアやな

846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 08:58:49 ID:???
832:波木井坊竜尊@日蓮宗葵講◆xd7mxrd9Z6 :2006/06/04(日) 01:55:06 ID:IU/IslhF
一部の人には知られてる
(政治と軍事は悪魔の管轄)
というクリスチャンは連日連夜・毎晩毎夜
私の悪口三昧ですよ。

一年ぐらい前から名無しで葵講スレにも書いてます。

まさに悪女の典型ですな。

クリスチャンが信じられないね。

847 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 09:33:55 ID:skcedeFU
>>844
ですから、>>833の通りです。

それを異常だといわれるのであれば、>>838>>840となります。日蓮はその意味でも
異常ではなかったのでしょうか?

当たり前の「からだの反応」を、「信仰」の問題として提示して人々を真実ではない
観念に導くなら、それは間違っているといわざるを得ませんよね。そして創価学会と
いう団体をも出現させてしまい、そのカルトな組織に洗脳されて異常な折伏行為に
および、そしてまた異常な活動至上主義を正義と観念させ、実際に異常な行動に駆り
立てて家族の中で精神病院のお世話にならないといけない事態にまで発展している
場合もあるようでしたよね。

そうした問題を、私の述べている視点のように、あなたがたの「信仰」の根本から
見直す必要もあるかもしれません。

848 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆xd7mxrd9Z6 :2006/06/04(日) 09:38:57 ID:IU/IslhF
たしかに管轄は異常だよ。

849 :最近のいつもの人です:2006/06/04(日) 09:44:28 ID:skcedeFU
しかしそれは、必ずしもすべてのニューエイジ的観念が間違っている、という
ことを意味しているわけではありません。その中でも観念として残すべきものは
あるかもしれません。

しかしそうしたものは、本当に法華経でなければならないでしょうか?

むしろ法華経にとらわれない、もっとソフトで、共通言語で表現されるべき
ものなのかもしれません。

そしてそうなってくると、ますますナンミョウホーレンゲーキョウは法華経と
は無関係のマントラであることも浮き彫りになってきますね。

その方向が正しいのだと、私は感じています。どうでしょうか。ではまた。

850 :645:2006/06/05(月) 00:19:06 ID:???
>>809
申し訳ない、なかなか時間取れそうもないですので簡潔に書きます。

>はそのおしゃっている「成仏」には入るかと。なぜなら創価学会では「仏界」では
>まさしく「『生命力』が現れること」でしょうから。どうですか。

「成仏」のため信力、行力、仏力、法力ですよ

ちなみに貴方は何度も題目に関して同じこと言われているようですが
信がない題目しかしていないんで以信得入の比較できないのでは?
何度同じことを繰り返し述べられても経験なく貴方の想像ですよ

>それから別スレで当方は書いていましたが、福運が来るというのは悪いことではない
>と思いますよ。何しろ可能性が増えるわけですから、自分の将来の可能性を広げる
>ためにお金がたくさん増えることはそれ自体は悪いことではないと思います。

何を福運とよぶかというところになるでしょうね
顕益と冥益です

851 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/05(月) 00:35:16 ID:???
創価はクズ、低い人間の集まりだが、クリスチャンに比べたらまだまし。
クリスチャン=同和だよ。まじで。

852 :最近のいつもの人です:2006/06/05(月) 09:40:13 ID:43+Rs3e2
>>850
>ちなみに貴方は何度も題目に関して同じこと言われているようですが
>信がない題目しかしていないんで以信得入の比較できないのでは?
>何度同じことを繰り返し述べられても経験なく貴方の想像ですよ

同じことのようですが、それでも相手が異なるので説明は必要かと思いました。

さて、わたしはですから「これは効く」というふうに信じてその効果が増幅する
ことにも同意していたことを思い出してくだされば、その同じことをまたおっしゃって
いるのはあなただとも言えますよ。それは効果あると私は申し上げていたことを
お忘れでしょうか?それが「信力」ですから問題ありません。なんでも前向きに
信じてやる方がアクセルかかりますから効果出て当然でしょう。私はそれを否定して
いると感じていますか?

ですので、私はすでに「お題目には効果あり」ともう認めていますから、それを
「信じてもいる状態」で唱えていますから、その信力も加わっているからもしれません。
しかしそれがない段階からすでに効果があったことを踏まえてそうなったということ
を書いていますよね。そこを比較しているわけです。

今日も朝からお題目を高速目に上げて鼻の通りが良くなることをまた確認しました。
当然ながら「ご本尊」無しで、ですが、ここでまた新しく書きますと、この鼻の病気
に効果がある理由の重要な要因は、高速で唱えるときに、鼻が低音で振動するのが
とても効能あらたかであると感じます。つまり高速で唱えると、奏通低音が常時発生
しそれが鼻に振動を与えます。これが相当に大きな要因になっていることが感じられ
ました。つまり低速でもそもそと屋っているのではこの効果は生まれにくいということ
です。

もし鼻炎に悩まれている方がおられましたら、ぜひ試してみてください。おそらく
効果抜群になるかと感じます。

853 :最近のいつもの人です:2006/06/05(月) 09:46:26 ID:43+Rs3e2
>>852(訂正)
>その信力も加わっているからもしれません->その信力も加わっているかもしれません
>低速でもそもそと屋っているのでは->低速でもそもそとやっているのでは

このように同じお題目でも、低速版と高速版では出てくる効果が変わってきます。
同じお題目なのですが、低速で行なうのと高速で行なうのとで効果が違うということ
は、やはり同じ法華経のタイトルなのに効果が変わってくるということで、やはり
意味の効果とは考えにくいでしょう。そのことの一つの証左ではないでしょうか。

854 :最近のいつもの人です:2006/06/05(月) 10:01:15 ID:43+Rs3e2
このようにたとえクリスチャンでもお題目を使って病気を治すことも可能
です。つまりお題目で病気を治すのに宗旨を変える必要はないということ
です。つまりお題目はエクササイズの一つとして使用可能でしょう。

また念仏も同様に使ってもいいです。

確かどこかの宗では「朝勤行(アサカンキン)、夕念仏」といって朝は法華経
を読み夕方はお念仏を唱えるという習慣があるらしいですが、夜眠る前にはお題目
を数十回唱えてからさらに念仏も唱え、その後でキリスト教の「主の祈り」を
唱え、その後で瞑想するというデボーション日課もよいと感じています。これは
おそらく健康にも効果のあるものになりますね。

その際お念仏の方の唱え方は「ナ〜ン-マ〜ン-ダブ」として2.5拍子にします。
これが拍子のいいリズムです。このリズムを踏むと連続して唱えやすいのです。
ただしこれはややゆっくり目のリズムで唱えるといいです。この「ナ〜ン-マ〜ン」
の間にお題目の場合の「ナン」と「ミョウ」の間の呼気の溜めに近い効果が
含まれています。どちらも意味を考える必要はありませんが、お念仏の方では
阿弥陀仏如来のお姿でも上の方に感じながら唱えるのも乙なものですね。

ではまた。

855 :( ^∀^)<はっはっは!:2006/06/05(月) 10:12:47 ID:???
>>848
お前の方が異常なんだよ、創価のホモザルのキチガイ朝鮮人さん。

856 :通りすがりの名無し:2006/06/05(月) 10:24:22 ID:NmnTPHVY

池田大作は在日朝鮮人です。

本名は成太作(ソン・テチャク)

創価学会の幹部も在日朝鮮人です。

857 :645:2006/06/08(木) 23:59:33 ID:???
>>852
>ですので、私はすでに「お題目には効果あり」ともう認めていますから、それを
>「信じてもいる状態」で唱えていますから、その信力も加わっているからもしれません。
>しかしそれがない段階からすでに効果があったことを踏まえてそうなったということ
>を書いていますよね。そこを比較しているわけです。>今日も朝からお題目を高速目に
>上げて鼻の通りが良くなることをまた確認しました。当然ながら「ご本尊」無しでですが、
>ここでまた新しく書きますと、この鼻の病気 に効果がある理由の重要な要因は、高速で
>唱えるときに、鼻が低音で振動するのが とても効能あらたかであると感じます。
>もし鼻炎に悩まれている方がおられましたら、ぜひ試してみてください。
>おそらく 効果抜群になるかと感じます。

俺は鼻炎でないからよくわからないが
前も言ったが鼻炎に効くから他の病気やその他の功徳何でも効くといいたいのですか?
極論ではないですか?
また信の意味が異なりますよ、期間限定でまじめに信仰してみてくださいな
それを3ヶ月やった結果で鼻炎以外で何の生活が変わったか聞きたいですな

>また念仏も同様に使ってもいいです。
>夜眠る前にはお題目を数十回唱えてからさらに念仏も唱え、その後でキリスト教の「主の祈り」を
>唱え、その後で瞑想するというデボーション日課もよいと感じています。これは
>おそらく健康にも効果のあるものになりますね。

おもろいな。 何でもありですな。
でもキリスト教信者としてはそれは有ですか?

858 :最近のいつもの人です:2006/06/13(火) 10:19:51 ID:H25oIjGV
>>857
>また信の意味が異なりますよ

まあ確かにそれはありますか。

しかし問題はいくつかあります。日蓮が信じたことは少なくとも現代の文献学では
否定されていて法華経は大乗非仏説から釈迦の言による経典ではないことは初めから
明らかなので、もう日蓮が残した文書を元に信仰を持つことは不可能ではないかという
こと。これは前にも上げたことですが。

従って、法華経とのからみでというよりも、お題目がこの世の霊的な因縁で何かの
霊的な契約の範囲で、神様がまた別の恵みとしてこの日本で与えられたものである
といった「信仰」を持つ必要があるかもしれません。そこに信仰をおいて、だから
この法華経とのからみで云々されるようにして日蓮を通して仮に与えるようなやり方
で神は与えることを計画され、それがマントラとしての効用を十分発揮するために
釈迦との関連で信仰を後付けるような方法を取られ、そして人々に強く信じるための
根拠として与えられたのだ、そしてそのマントラとしての効果を強めるための方策を
準備されて、異邦人(="ユダヤ人以外の”)地である日本での祝福のための経路と
したのだ、ということにしたのかもしれませんね。

>期間限定でまじめに信仰してみてくださいな
>それを3ヶ月やった結果で鼻炎以外で何の生活が変わったか聞きたいですな

考えておきますか。しかし創価学会に入るという意味ではなく、実質的には同じこと
になる上記のような信仰を持ってという意味になるでしょうが。なぜならやはり大乗
非仏説が現代ではどうしようもないわけですから、日蓮が抱いたのと同じ「信仰」は
持つことはできそうもないわけでしょうから。

859 :最近のいつもの人です:2006/06/13(火) 10:32:02 ID:H25oIjGV
また、創価学会が機関誌などと通じて振りまいていることの一つにも問題があるかに
感じます。

創価学会では唯識論の説明を借りつつ「阿頼耶識」を人間の潜在意識の底部とみなし、
そこを変えていくことで、社会全体の改善に効果を及ぼすのだという説明が見られます
よね。

例えば、それを「世界平和」のために、人々がそれを意識できるようにするために、
お題目を上げて、その阿頼耶識が変わりますようにと祈るといったことが考えられました。
そういうことをやっているというようなことを創価学会は言っているのかもしれませんが、
しかしそこには問題もありました。

例えば、池田氏が本当はレイプ事件を起こしていたとして、それでもそれが無かった
ことにすることもできるといった信仰を持たせることも可能になるかもしれません。
つまり、池田氏は本当は信平氏のみならず、かつてからずっとうわさされていた通り、
全国の婦人部の幹部らを自分の2号としてたくさん抱えていたことが事実であった場合、
それでも「いいや池田先生にはそういうことはありません」と「とにかく思え」と
池田氏を囲む幹部らが心を合わせて「お守りし」て「事実はあったとしてもないことに
しておこう」これが「阿頼耶識をコントロールすること」になるのだ、どうだ凄い信仰
だろう、と考えたらそれもできることになってしまうでしょうね。

860 :最近のいつもの人です:2006/06/13(火) 11:10:17 ID:H25oIjGV
つまり、信仰を元締めする教団の都合にあわせて、人々の意識をどうにでも
コントロールすることはできる、という「信念」を池田氏ら創価学会の上層部
らが持つことはあり得るかもしれません。

そういう「信仰」内容が、創価学会には在る可能性があります。

池田氏のレイプ事件はあっても不思議ではありません。「誰も書かなかった
創価学会の真実」という元側近の原島嵩氏の本によれば、池田氏にはとにかく
たくさんの女性関係があったことはほぼ明白に感じます。

創価学会の上層部は、会員には「奴ら創価学会を出て行った連中の本は全部で
たらめなのだといい含めて初めから嘘だと思い込ませていますが、その根拠は
どこにもありません。

原島氏ら元幹部の人々は、当時の池田氏の女性問題をどうやってないことにする
べきかをしきりに話して対応を検討していたことも書かれています。そこには
北側昌宏氏や野口勲氏といった当時の幹部らが同席することもしばしばだった
ようですが、同書のp.328以降を見るとそれがよくわかります。

「英雄色を好む」というらしいですが、ケネディ大統領も女好きで有名だった
ようで、池田氏もその一人だったかもしれませんね。そうした事実があっても
それを「なかったことにできる」という阿頼耶識コントロールの業を創価学会が
標榜している可能性があります。

861 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 11:16:30 ID:WTzB8uAN
age



862 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 11:18:36 ID:WTzB8uAN
クリスチャンのこうじです。
層化に洗脳された人達を退転させる話法が完成しました。
人間革命はゴーストライターが書いた物、
聖教新聞の見出して、池田が世界の要人と合って話しているのは、
猿芝居医に過ぎないのです。
個人崇拝は北朝鮮の圧政に苦しむ人民と同じなのです。
僕たちクリスチャンは暖かくあなた達を迎えます。
どうか、狂信的な信仰はやめて、本当の自分を取り戻しましょうよ。
貴方達にとって、退転こそが、自分の歩く道を見つける事なのです。

仏法僧の仏は日蓮ではなく釈迦です。
これは仏法を学ぶ物の常識ですよ。
根本からあなた達は間違った教義を教えられているのです。

http://www.h3.dion.ne.jp/~cr-v6509/

863 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 11:18:42 ID:FVlGIJeT
俺、クリスチャンのファンだぜ!WWEでは雑魚扱いだったけど、団体移ってベルト争い出来るキャラになれたから嬉しい!
でもエッヂとのタッグが見られなくなったのは寂しいな…

864 :最近のいつもの人です:2006/06/13(火) 11:30:04 ID:H25oIjGV
まあ、創価学会に入ってしまって信じきっているような人々には何を言ってもどう
にもならないかもしれませんが、そうした人々は創価学会が表向き機関誌などを
通じて出している教義のたぐいや信者の人々の苦労から立ち返った感動話だけを
読んでここはいいところだと感じるように仕向けられているかもしれませんが、
池田氏らなどが実際にはどういう「信念」を抱いてきたのかの実態は全く知らされ
てないのが現実でしょう。

先ほどの同書の前頁p.327にはこうありますね。「池田の信念は、いかに表面を飾ろう
と"力こそ正義である"ことに貫かれています。その力も、きわめて世俗的な悪臭ただよう
力なのです」と。

仮に機関誌には会員の感動話が載っていても、教祖(に該当する人間)があからさまに
世俗的な人間であるというようなことはありえます。そして会員からの自分への信仰が
篤いことを根拠にして側近や幹部らへの支配力の根拠にするということも可能でしょう。

結論を言えば、仮に事実関係から言えば「正しくはなかった」日蓮の法華経信仰(大乗
非仏説)にも根拠は置けず、また世間への霊的な影響力として人間の意識を意図的に
コントロールすることを狙った生霊としての阿頼耶識への呪いあるいは祈りの行使と
教祖への不信により、やはり創価学会には入会は不可能となりますね。これは仮にクリス
チャンであろうとなかろうとです。

865 :最近のいつもの人です:2006/06/13(火) 14:13:32 ID:H25oIjGV
>>858
>俺は鼻炎でないからよくわからないが前も言ったが鼻炎に効くから他の病気や
>その他の功徳何でも効くといいたいのですか?極論ではないですか?

前にも書いている通りでして、鼻の奥は命の力の通る経路である可能性があります。
「創世記」にある言葉も上げていましたよね。「神はその鼻から命の息を吹き込まれ、
人は生きるものとなった」と。つまり鼻というのは人の命にとって重要な部分なの
かもしれません。そしてかつ、その付近の神経や血流の活性化から始まって、お題目
マントラがもたらす振動が(仮に音声を大きく伴わずとも)、中脳から脳幹への刺激
ともなり生命活動の活発になる基礎を与えている可能性もあります。またこれも書いて
いますが、顔面の筋肉の運動を通じて前頭葉の血流活性化も起こり、意識の覚醒感も
高まり、これらすべての効果に伴って、やがては脳下垂体の機能向上にも繋がっている
と考えられますね。その活性化は全身にある内分泌腺の機能回復に関係してくるのでした。

だから昔から創価学会の信仰体験発表にはけっこう難病からの回復などの体験発表が
出ていましたでしょう、そういうことは大いに関係があったと考えられるわけです。
内分泌腺の機能改善が多くの病気の回復に関係しているからですね。

またそれがまだ未知であるところの「気功」の発動に関係しているかもしれません。
それが故にそれらが「自分の外部への生霊的効能」の増大をもたらしているのかも
しれず、それが創価学会の言う「阿頼耶識」への意図的な介入影響力として利用と
いうことにも繋がっているでしょう。

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