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永井陽之助

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/12/06 22:03:05 ID:rZe1tIRH
永井陽之助について語ろう。

高坂正尭と比較するとマスコミへの露出度では地味だが、
あの時代を代表するリアリストの国際政治学者であるのは間違いない。

<永井陽之助の経歴>
東京大学法学部卒業。
北海道大学助教授、教授、東京工業大学教授を経て、
青山学院大学国際政治経済学部教授。既に定年退職。
『平和の代償』(中公叢書)によるとかなりの愛妻家らしい。
パイプスモーカーらしい。




70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 16:41:26 ID:oGolMNfX
永井陽之助スレ…すばらしい。こんなものがあるとは思わなかった。

『平和の代償』

学生時代に何度も読んだ。

「美しいものは、何らかの代償なしには得られない」

今、手元にはないが、確か、あとがきにそのような言葉があったと思う。
『平和の代償』という題名は、そこから来ているらしい。

「美しい理想」と「醜い平和」ならば、「醜い平和」を取るべきだ、という
議論。だから、『平和の代償』というタイトル。いつまでも、熟読されるべき
本である。

>>22が本当ならば、ショック。どこかの出版社が、永井陽之助著作集を出して
くれないかな。高坂正尭著作集があるぐらいだから(猪木正道にもある!)、
そろそろ出てもおかしくないと思うが。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/27(木) 13:35:42 ID:Izn/+KY+
永井先生に直系のお弟子さんっていたっけ?
いるなら、著作集が実現する可能性があると思うけど。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/27(木) 22:54:36 ID:Vi2hxENj
>>71
>>7を参照のこと。

73 :gabaocho:2006/05/05(金) 01:58:53 ID:M69WmxRP
永井先生の直系の弟子と言える人は何人かいます。
防衛研究所の長尾雄一郎氏、国際問題研究所の中山俊宏氏です。
中山氏などは青山学院の永井ゼミ出身です。
私も今大学で国際政治を教えていますが、
東工大時代の永井研究室で勉強しました。
「現代と戦略」を文春に連載している時には、私が原稿の清書をしました。
あふれるくらいに色々な話をしてもらったことを思い出します。
こんなサイトがあるとは知りませんでした。
残念ながら、随分と見当違いなことも言われていますが、
まずはこうしたサイトの存在を喜びたいと思います。
私の永井先生の文章で一番のお勧めは平凡社の「現代人の思想」
第16巻の「政治的人間」の解説です。これは後に、
「柔構造社会と暴力」に再録されています。
一番永井先生らしい文章だと思います。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 10:32:15 ID:Ifl5EaXA
>>73
著作集は出ないのですか?出たら、全巻買うんだけどな…。
それと、今、永井先生はどのようにお過ごしなのですか?

75 :gabaocho:2006/05/05(金) 10:44:45 ID:M69WmxRP
著作集が出るとは聞いたことがありません。
青山学院退官以後お会いしていないので近況についてはわかりません。
もう今年9月で82歳ですからのんびり過ごされているかと思います。
ただ、好奇心の塊ですから、ボーっとしてるってことは考えられませんが。

76 :gabaocho:2006/05/05(金) 23:26:07 ID:M69WmxRP
永井先生の著作集が望まれていることを知ってうれしく思っています。
ただ一般に、著作集を出すのはなかなか難しいようです。
たとえば、10年前に亡くなった鴨武彦氏には何人かの弟子が学会に
残っているはずですが、著作集は出ていません。
高坂正尭氏の著作集も予約販売のような窮屈な形でした。
永井先生の「モラトリアム国家の防衛論」や「平和の生態系を求めて」
などをもっと多くの人に読んでもらえる形になればなあと思います。
現在そして未来の日本外交を考えるためにも。
ちなみに、永井先生は学会で孤立していたなどという事実はありません。
国際政治学会では理事長もやっていますし、確か理事長の時に
学会30周年の国際会議があって「平和の公共哲学を求めて」という
基調講演も行ったと記憶しています。
桃色事件にも巻き込まれていません。青学に行く前には
ずいぶん春木事件のことを言って「注意せねば」などと冗談を言っては
いましたが。
色々なことをつい思い出してしまいますが、私がいた当時の東工大には
香西先生や江藤淳先生もいて、社会科学的に非常に刺激的でした。


77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 02:20:11 ID:kSGQsrJN
>>76:gabaocho さん
『現代と戦略』の文藝春秋での連載時というと昭和60年前後のことだと思いますが、
当時の東工大には、現在の大学院社会理工学研究科の前身となるようなコースがあったんでしょうか。

もしそうでないとすると、gabaocho さんはどこか他の大学院に籍を置いて、
実質的な指導は東工大で永井先生から受けられたのではないのかなと思われますので。


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 05:47:32 ID:m/tN2AGS
75、76を読ませて頂いて、ほっとしました。
噂というのは本当に怖いですねw

79 :gabaocho:2006/05/06(土) 09:34:25 ID:ZmOxcaPp
社会工学のコースの院生が3人いました。私はご推察の通り
他大学の学生でしたが、ほぼ毎日永井研で勉強していました。
現在東大教授で国際法を教えている奥脇先生が助教授でした。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 08:45:40 ID:mxYLQ8S7
「現代と戦略」を出したのは1985年。
これ以降の著作はゼロ。
ちなみに国際政治学会の理事長だったのは1984〜86年。

その後の長い沈黙は何なんだろう?


81 :gabaocho:2006/05/07(日) 11:31:46 ID:O2u6PBSa
反証はひとつで十分と思いますので、ひとつだけ挙げます。
共編ですが、1993年に「秩序と混沌」という本が出ています。
まともな学者の場合、マスコミに出てる時期の方が異例なわけで、
永井先生の場合も文春に連載した前後こそが少し異常だっただけです。
青学退官までは学会などでも随分発言がありましたよ。
75歳で退官した後はまさに引退という感じだと思いますが、
それを敢えて沈黙なんて言う必要はないと思います。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 12:02:26 ID:rrvRI887
>>81
質問を一つだけ。

『平和の代償』の中に、「丸山真男教授にはお忙しいところ、議論の
相手になった頂いた」云々の言葉があったように思います。私は、
永井陽之助が「政治学者」丸山真男の現実主義的な面を受け継ぎ、
発展させた様に思えてなりません。

見当違いかもしれませんが、そのことについて、どう思われますか?
あるいは、永井先生が丸山真男について何かおっしゃっていたことは
ありますか?

83 :gabaocho:2006/05/07(日) 12:33:26 ID:O2u6PBSa
永井先生が広い意味での丸山門下だったことは間違いありません。
同じ政治意識を研究する京極純一、ほんの少し上には福田歓一、
その他篠原一、坂本義和などなどが若手研究者としていたわけです。
82の質問に私が答えるのは相応しいようには思われませんが、
永井先生が言っていたことから推測すると、丸山真男の現実主義的な
面を永井先生が発展させたというような言い方には賛同しないように
思います。「平和の代償」に収録されている永井先生が初めて国際政治に
ついて書いた論文である「米国の戦争観と毛沢東の挑戦」を出す際には
とてつもない内面的な葛藤があったと聞いています。つまり、広い意味
での丸山門下で初めて丸山批判をすることになることへの畏れは
とてつもなく大きなものだったわけです。後に生きる我々が永井理論を
丸山政治学のある面での発展と捉えるのは自由ですが、当人は清水の
舞台から飛び降りるような気持ちで先人を批判する論文を書いたわけです。
「平和の代償」に収められている論文のとてつもない緊張感は
国際政治上の緊張の時代の反映であることも事実ですが、それよりも、
国内の学問上の権威への批判を誰よりも先にすることにまつわる緊張感
があったのだと私は思います。
以上、永井先生から聞きかじったことからの私の推測です。
ちなみに、永井先生は言う時にはかなりはっきりと言う人ですが、
元来はそれほど大胆不敵な人ではありません。むしろ、慎重で小心な
所のある人です。論文に書く小さな事実の真偽にも非常に慎重な配慮を
する人です。第1論文の際のストレスはいかばかりだったかと、永井先生の
話を聞いた時に想像したのを思い出します。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/11(木) 02:43:47 ID:57Co5d1/
現在アルツハイマーという噂はなんだかグレーゾーンぽいですが、
永井先生に親しい方のお話を聞けて嬉しいです。

>私の永井先生の文章で一番のお勧めは平凡社の「現代人の思想」
>第16巻の「政治的人間」の解説です。
激しく同意します。
自分は政治学科の学部生ですが、永井先生の文章を読んでみるたび、
「政治学」をかじってみてよかったなあと何とも言えぬ喜びや充実を感じます。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/11(木) 02:49:26 ID:57Co5d1/
ちなみに1985年以降の単独著作
「宇宙のノモス―戦後平和と戦略防御」『国際政治』国際政治学会創設30周年記念号(1986年)
「平和の公共哲学を求めて」『中央公論』1987年2月号(講演)
「米国の友人に送る手紙」『文藝春秋』1987年5月号
「冷戦は終わったか」『国際問題』361号(1990年4月)
「ポリテイカル・エシックス―核と生命科学の倫理」『青山国際政経論集』44号(1998年)

1993年くらいまで『国際問題』なんかでの鼎談・対談が多いですね。
土山先生との共著の『秩序と混沌』もシンポジウムの講演記録ですし。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/07(水) 06:44:28 ID:2h/9XzQP
そろそろ、dat落ちか?

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/07(水) 11:21:34 ID:u+lRDrL+
そんなことはない。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 17:01:02 ID:V78DWNmY
>>6
政界では橋本政権で経済企画庁長官を務めた田中征秀が、
東大を卒業したあと、永井を追いかけて北大に進学したそうです。
しかし私の記憶が正しければ、永井は既に東工大に転出した後で
彼は指導を受けることができなかったとか。

記憶があやふやなので、正しい情報とは言い切れませんが…。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 17:29:42 ID:V78DWNmY
>>88
>田中征秀
田中秀征に訂正します。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 18:06:37 ID:V78DWNmY
余計なことを言って申し訳ないのですが、この掲示板で冷静かつ、
成熟した深みのある大人の議論ができるみなさんは、ほんとに素敵ですよね。

冒頭からのレスを拝見する限り、私より年配の方が多いようにお見受けしますが、
私のようなものでも、皆さんの議論に参加させていただけるでしょうか?

色々と教えていただければ幸いです(汗)。 

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 23:21:26 ID:6iIUAl/1
>>88
田中秀征氏は東大文学部卒業後随分経ってからの1970年代後半に
北大法学部の3年次に学士入学したが、事情があって中途退学した。
衆議院選挙落選中の1989年春に復学して1990年春に卒業した。

永井陽之助先生は、僕の記憶が正しければ、
1966年の春には東工大に転出されていたはず。
田中秀征氏が永井先生を慕って学士入学したとするには
時間的にちょっと間があきすぎている。

ちなみに、木村汎氏(現・拓殖大学海外事情研究所教授)は、
国際日本文化研究センターに転出する前は、
北大スラブ研究センターの教授だった。
師匠の猪木正道氏から北大赴任の世話をしてもらったときに、
「永井陽之助先生の同僚になれる!」と感激したそうだ(本人弁)。
残念ながら、木村氏が赴任したのと入れ替わりに、
永井先生は東工大に転出され、大変残念に思ったらしい。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 15:40:53 ID:2/YSgW0t
>>91
thanks

朝日新聞記者・早野透との読書をテーマとした対談で北大に進学した話に触れ、
その際、永井のことを話題にしていた記憶があったので、勘違いしてしまったのかな(汗)。

いずれにしろ、わざわざレスありがとうございました。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 13:06:20 ID:l635AITA
age

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/10(月) 15:25:02 ID:zPIEbjxB
今のようなときに、永井陽之助ならどんな発言をするだろうか、と小一時間。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 23:10:05 ID:hBoP0W/D
定期保守

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 00:02:36 ID:9o0CPiEH


西尾幹二「私が『新しい歴史教科書をつくる会』を去った理由」
『SAPIO』2006年6月14日号によると、旧版『新しい歴史教科書』の
重要部分が、 岡崎久彦氏の手で 大幅に改定され、親米的な内容にされた。





97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 13:11:49 ID:CJ8TD2sc
>>28
中西が永井とは全く違うというのはその通りだけど、軍事的リアリストってのはどうかな。
永井が活発に言論活動をやっていた冷戦真っ只中と現在の中西が対している状況はかなり違う。
中西の主張が穏健派でないから軍事的リアリストと言うわけにもいかない。
思想や言説はともかく論壇で似たような位置を占めているのは誰だろうと考えても、論壇と社会の関係自体が随分変わってしまった感じがしてよくわからないな。

永井はかなりのレベルの思想史研究のバックグラウンドがあってそういう点からの洞察力の深さが魅力だったと思うけど、なかなかあれだけの人は出ないだろうな。


98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 11:02:35 ID:ySbmqtXq
保守揚げ

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 16:09:22 ID:qoQB/IZ/
保守あげ

青山の土山先生の紹介で、『平和の代償』を読んでみたんだけど凄いな。
他に永井先生の著作で、これはという本などあれば教えて頂きたいので、
詳しい人が見ていたらアドバイスよろしくです。

ところで青山って、何故、安全保障系の学者が充実しているのだろう?

100 :yamany:2006/10/01(日) 18:50:11 ID:yn021pq1
「永井政治学の偉業を称えて」で、土山先生は、高坂正堯、永井陽之助、若泉敬の
3教授を、代表的な現実主義者として挙げておられますね
(他方、土山先生は、戦後日本の文脈における「現実主義者」と、
アメリカ国際政治学の「リアリスト」とが全然違うものであることを、
前提として受け容れておられないようですが)。
永井先生に対する最近の評価としては、『思想』2006年8月号所収の
「国際政治論のなかの丸山真男」で、酒井哲哉先生が、
「左翼リアリズム」から「密教」を奪回し、保守の言説に組みこんだことを
挙げておられます。
それ以来、戦後平和主義から、リアリズムの一面が失われたのだと。
もしそうだとすれば、やはり、永井先生は戦後空間を一変させる役割を
果たされたということではないでしょうか。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 21:50:23 ID:RI9PduWQ
>他方、土山先生は、戦後日本の文脈における「現実主義者」と、
>アメリカ国際政治学の「リアリスト」とが全然違うものであることを、
>前提として受け容れておられないようですが。

私の記憶違いでなければ、講義で話をお聞きした際には、
まったくの別物だと明言されていたような気がします.....。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 21:57:23 ID:tT7r/aUu

アメリカが日本に出している、「年次改革要望書」を知ってるか?
これはアメリカが、日本を改造・奴隷化しようとしている要望書だ、
講談社現代新書「奪われる日本」に載っていた。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 03:35:46 ID:Wsc0t1N/
>>102は答える必要があるのか?

要望は日本→アメリカもあって双方向。
アメリカ→日本の要望書を良く読めば、日本の特定勢力の文言がそのまま使われていたり、
つまり、外圧利用という政策決定過程への回路があるということ。
この手の言説は昔からあり、特に80年代の日米貿易摩擦時には溢れていたものの焼き直しにすぎない。
ましてや日米摩擦が沈静化した今日に当てはめるなんて。

とまあ、いちいち相手にするほどのこともない。
外圧利用批判利用という、一種のメディア戦略と見れば良い。

104 :gabaocho:2006/10/02(月) 12:34:08 ID:7SAkLczh
論壇の状況が大分変化してしまっていますので、
当時のことをどう振り返ればいいか難しいところですが、
永井先生が当時おっしゃっていたことから、
当時の論争のことを書いてみたいと思います。
ちなみに、「現代と戦略」の座標軸は連載第4回目に登場したのだと
記憶しています。本にする時にそれを第1章にしたために、
それが全体のモチーフのように受け止められていますが、
それが正しいかどうか、私には微妙なところです。

105 :gabaocho:2006/10/02(月) 12:42:45 ID:7SAkLczh
座標軸の縦軸は「目的」の軸、横軸は「手段」の軸でした。
軍事リアリスト政治リアリストは目的が一致していたわけです。
それが何かといえば、日本は広い意味での安全保障において
一国ではそれを全うできないという深い自覚でした。
そこでどこと結ぶかということが重要な問題となりますが、
その点で、両リアリストは西側を志向していました。もちろん、
アングロサクソンに引っ付いていれば間違いはないというような
単純な考えの者からもう少し複雑な身のおき方を考える者まで
いたわけですが。
両者の違いは日本の安全保障を全うする手段の違いだったわけです。
軍事リアリストに分類される人たちは軍事的手段を重要視しましたし
政治リアリストに分類される人たちは非軍事的手段を
重要視しました。
永井先生は当時ベストセラーだった「戦略的思考とは何か」の
著者の外務官僚岡崎久彦と激しく論争しましたが、
あの論争の大事なところは目的ではなく手段のレベルでの
論争であったということだったのです。

106 :gabaocho:2006/10/02(月) 12:45:56 ID:7SAkLczh
当然のことですが、目的の論争において妥協は稀ですが、
手段のレベルの論争においては妥協が可能です。
日本の論壇は戦後長く目的レベルでの論争に終始してきたわけですが、
永井先生が意図していたのは、それを手段のレベルの論争へと
引き上げるということでした。


107 :gabaocho:2006/10/02(月) 12:50:56 ID:7SAkLczh
永井先生がもっとも警戒していたのが、
日本版ゴーリストが力をつけることでした。
清水幾太郎の「日本よ、国家たれ」、江藤淳、石原慎太郎などの
ゴーリストの人たちの主張が徐々に力をつけているように感じられた
時代です。
両リアリストの論争の最中に永井先生がおっしゃっていたことで
私がもっとも印象に残っていることは、
この論争の一番隠された狙いは、
Dグループの理想主義者たちを
両リアリストのうちの政治的リアリストの側に引き付けることだ
ということでした。

108 :gabaocho:2006/10/02(月) 12:53:51 ID:7SAkLczh
目的のレベルで一致している理想主義者とゴーリストが手を結ぶのが
最悪の選択肢で、理想主義者を政治的リアリストの側に
引き上げることで、
日本の安全保障論議のレベルを目的の議論のレベルから
手段の論議のレベルに引き上げることが
あの論争を通じての永井先生の究極の意図だったのです。
それ故、永井先生が考えていた最大の敵は
日本版ゴーリストだったわけです。

109 :gabaocho:2006/10/02(月) 18:29:03 ID:7SAkLczh
5つ連続は書けないみたいですね。

110 :gabaocho:2006/10/02(月) 18:37:16 ID:7SAkLczh
時間がたてばいいんですね。では、続きを。
政治的リアリストと軍事的リアリストの議論だけが記憶に残り
その対立ばかりがクローズアップされることは
永井先生の望むところではないように思います。
その間隙を縫ってゴーリストが力をつけて足をすくわれるような
ことがないようにしなければいけません。
論争を通じて日本の安全保障論議は
必ずしもレベルアップしませんでした。
その点では、永井先生の意図は実現しなかったのだと思います。


111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 15:49:10 ID:pAgC7YjH
いわゆる政治の俎上や、安全保障に関する議論を見るに、
改善はされてるんじゃないかなと。
(これは永井先生の起こした論争が身を結んだという評価はできないかもですが)

添谷芳秀先生なんかは、昨年の本でやっとこ「日米同盟を前提とした上で」どのような
外交を展開するかの、それこそ手段のレベルに外交論は移行できたと評価してますし。

小林よしのり氏や兵頭二十八氏のような冷戦後のゴーリスト論者は、よかれ悪しかれ
「それができれば面白いね」程度の、政策論とは別のネタ的位置に置かれている気がします。
(主張者のキャラクターも反映してだとは思いますが)

112 :yamany:2006/10/05(木) 04:06:18 ID:wIr22jLi
>>101
御教示ありがとうございます。
ただ、論文を拝読する限り、「現実主義者」と「リアリスト」の相違を踏まえて
おられるにしては、関寛治先生への言及が冷淡に過ぎると思ったのですが…。
あるいは、論文を発表されてから、その後で、更に御研究を深められた、
ということかも知れないですね。
(もちろん、土山先生は後者を研究されている大家ですから、
前者への言説の如何を以って、先生の御研究を云々するわけではありません。)

いずれにせよ、永井政治学の偉大さは、
「リアリズム」ではなく、あくまで「現実主義」の立場で議論をされたことにあると考えます。

113 :broken wing:2006/11/10(金) 06:32:14 ID:99nLulyk
>>99
個人的には「政治的人間」と「政治意識の研究」は、永井さんの人間観や
大衆社会の見方がよく現れていると思う。「柔構造社会と暴力」でやっている
学生運動の分析も面白かった。「時間の政治学」はちょっと毛色が変わって
いるけど、ニューアカ(!)の一部にも影響を与えた感があるし、実際、永井
さん自身がそう言っていたのを覚えている。読みやすさでは「現代と戦略」かなあ。
永井さんの著作じゃないけど、ブルームの「アメリカン・マインドの終焉」とか、
コジェーブの「ヘーゲル読解入門」も、出版された当時は絶賛してたよ。
>>110
同感です、というか、さすが正しい解釈ですね(笑)。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 06:48:32 ID:PP6auXbK
オカザキヒサヒコ

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 09:39:24 ID:Oznvf8qc
>>101-113
皆様レベルが高いですね。私、政治学は実は専門外で独学で、おかしなことを言うかもしれませんが。
質問してよろしいですか?
経済リアリストのアジア主義の出現をどう御覧になります?
政治思想は親米の穏健保守なのに・・・。つまり、経済産業省とか財務省とか、それと結びついている経済学者と自民党の政治家は?
これって、冷戦の終結後の大きな流れですよね。
国際政治のアメリカ一極化、経済・技術・文化のグローバル化とそれに伴う中国の台頭と東アジア全体の工業化。
自由主義経済体制への転換に伴う、経済閣僚の権威と権力の失墜。
社会政策に属していたことまで民間へ委託。
これが、安全保障と外交はアメリカと一体化でいいが、経済・社会政策は日本の独自性を保っていたいという心情をもつ親米保守が現れているように思われます。
親米だけど、主張は一部アジア主義で離米です。
安全保障リアリストは中国の台頭により、益々親米色を強めているように思われますが、外交リアリストの人は親米ながら、明確な進路を決めかねているようです。
実際、いくら、安全保障でアメリカと一体化しても、経済でアジア共通通貨とかそこまでいかなくてもアジア通貨単位、東アジア自由貿易圏構想、アジア版OECDなんてのが実現したら、アメリカは怒るのでは?
一方、中国の台頭も無視できないわけで、外交の人は安全保障も経済も文化も同時に考慮しますから、一体どうしていいのかわからないでしょうね。


116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 09:46:10 ID:Oznvf8qc
左派は左派で、昔は、共産主義と理想主義は明確にわかれていたのに、最近、区分が難しくなってきているのも懸念材料かと思われます。
ゴーリストは相変わらず、反西洋、反近代的でが、今は親EUで近代主義者なのに反米の大アジア主義もありの時代。
丸山先生とかは、社会主義と民主主義を結びつけようとしておられましたが、そのとき、やはり、西洋に範をとる近代主義であり、アジア的な権威主義体制には批判的でした。
アジアの工業化と、EUの成立、アメリカの一極化とEU・アメリカ間の対立・・・。
民主主義、多文化主義、男女同権、平和主義、環境保全、格差の是正といった、ヨーロッパのリベラル思想とEUの理念に共感する近代主義者が、反米で東アジア共同体を唱えることもあります。
共産主義の反米アジア主義は、反西洋、反近代の色彩を帯び、アジアを礼賛していたような気がするのですが・・・。
一方で、わかりやすい共産主義は消滅し、ゴーリストも力を失ったかと。
その分、現実主義にたった親米路線がどうあるべきか、どうあれるのか・・・わからなくなってきたのですが。
何気に、経済リアリストの親米ながらのアジア主義が、日本の戦後レジームを気づかないうちに変えてしまうのではないでしょうか?
みんなが安全保障や、教育・福祉といった社会政策の変更に気をとられているあいだに。
そして、この経済リアリストの安全保障はアメリカと一体化したままでいいけど、文化はアメリカ文化圏でいいけど、経済・社会政策はある程度独自性がほしいが故のアジア主義というのは、日本にとって、プラスなのかマイナスなのか、私にはまったく検討がつきません。
なにせ、くどいけど素人ですので。御教授願えませんか?

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 17:19:01 ID:Vr6S9CWd
>>115-116
長文乙。だが日本語でおk


118 :REQUIEM:2006/11/26(日) 08:04:07 ID:VyuK4HIi
本日このスレを見つけました。
おそらくは、gabaochoさんと同時代に、東工大の永井研に所属していた者です。
1977年から先生の退官の1985年まで足かけ9年間、永井研におりました。
永井研の膨大な書籍整理が私の学生時代の最後の仕事となりました。
当時の東工大は(今もそうかもしれませんが)人文系の教授の下でも、
本来の学科所属の教授と共同指導という形をとることで、自分の専門とは
相当遠い人文系分野の研究もできるシステムをとっていました。
私自身、社会工学科所属でしたので、その点あまり頭を悩ませることもなく、
また、社会工学科の大学院の教員として永井先生自身名を連ねていたので、
大学院生にとっては社会工学科に所属していれば何の気兼ねなく、
永井研で研究することができました。
また、abaochoさんが書かれているとおり、
当時、私が永井研に出入りしているのを見て、そんなことも
可能なのかと、さらに、永井研に入ってきた大学院生が2人おり、
その他奥脇研にも所属する大学院生もあり、結構活況を呈していました。
しかし、私の前に東工大の永井研で論文を書いたという方は、
1,2人程度しかおらず、私は数少ない東工大時代の永井門下生を
自認しておりますが、現在学究の道にはいないことから、
著作集などの発刊の働きかけや手伝いもできないこと残念に思っております。
しかし、このようなスレがあることが何より嬉しく思います。
現在、海外在住なので実家にある先生の著書を手に取ることはできませんが、
永井先生の本当の基礎的な部分は処女作でもある「政治意識の研究」にある
と思っています。また、私が留学生に永井先生に代わりちょとした
ゼミ的な指導をしたことがありますが、その際に有斐閣の「政治学入門」の
永井先生執筆の部分をかみ砕くように教えているうちに、その内容の深さに
圧倒されたことがありました。
今、改めて読み返したいと思っても手元にないことが悔やまれます。
>>22
海外に出て6年にもなることから、このところ音信が途絶えておりましたが、
もし、このとおりなら、ショックです。

119 :gabaocho:2006/11/26(日) 13:37:03 ID:KLDiOUaX
いやはや、懐かしい。お元気そうで何よりです。本当にいい時代でしたよね。
永井先生のご病気については私も知りません。
でも、高齢ですからね、病気ぐらいしますよ。

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